刀剣乱舞の夢小説

忘れえぬ約束②

 翌日、俺たちは新しい本丸へと足を踏み入れた。
「ようこそ、審神者様!」
 久しぶりに管狐の姿を見た。こんのすけによって本丸を案内される。
「こちら最新式の大型厨房でございます。こちらの釜は大量の米も短時間でしかもおいしく炊くことが可能で、審神者と刀剣男士の皆さんに大変好評です。またこちらの鍋は……」
 最新の本丸は、百年前とは随分様子が違った。
「食洗機もついてるの!?」
「はい! 初期備品の食器類は全てこちらに入れるだけです」
 目を輝かせた安定にこんのすけは誇らしげに答えた。
「昔の本丸とは全く違うんですね」
「これならすぐに刀を増やしても大丈夫そうだね。食料品は配給あるの?」
 宗三も感心し、主はこんのすけに訊ねる。
「刀数に応じて米または小麦が配給されます。受け渡しについては有料配送が可能で万屋受取なら無料となっております」
「ちなみに初期配備は……」
「アレルギー対応のため食品は調味料も含めて初期配備はありません。万屋で受け取り、お買い求めください」
「米運びはまたやるわけですね……」
 宗三がため息をついた。
「そーいや主、アレルギーは?」
「今はないよ」
「そっか。じゃあいろんなもの食べれるね」
「うん」
「主! 万屋行こうよ! 僕お米運ぶから!」
 安定が目をきらめかせる。
「いったんお仕事してからね」
「はーい!」
 それから、洗濯室、風呂や厠や井戸などの生活に関する設備を見回った。昔の本丸と違って、大人数の生活に始めから対応できるようになっている。
「百年くらい前でうろ覚えだけどさ、昔の本丸ってもっと狭くて不便じゃなかった? 何回も増築や改築してさ」
 安定が言った。俺も同じ感想だ。
「審神者や刀剣男士の皆様の意見を取り入れて、本丸も常に進化しております!」
 こんのすけが誇らしげに言った。
 設備案内が終わり、審神者の執務室へあたる場所へと移動した。
「審神者の仕事は、主に出陣、手入、鍛刀、刀装作り、ですね。手入に関しては既に前の本丸で行ったそうで」
「うん、手入は問題ない」
「では、鍛刀と刀装についてご説明いたします。まずは鍛錬所から参りましょう」
 鍛錬所、と聞いて安定の顔が強張った。
「安定。──小夜と宗三も、もう部屋で休んでてもいいよ。今日は加州が近侍ってことで……いい?」
 主は俺を見た。頷いて返す。小夜と宗三は顔を見合わせる。安定は、僕、と何か言いかけて口をつぐむ。
「……まあ、久しぶりにこんなに動き回りましたしね。あとで米も運ばされますし今は休みましょう」
 宗三が言った。安定は頷く。
「部屋、どこでも好きなとこ使って。こういうの、一番乗りの特権だよ」
 主は声を明るくして言った。安定は少し口角を上げる。
「……うん。清光、また相部屋でいい?」
「うん。日当たりと風通しいいとこにしてよ」
「りょーかい」
 安定と宗三と小夜が部屋を出ていく。主は端末を起動した。
「……うわ。三人共カンストじゃん」
 主は俺たちの情報を見ているらしい。俺も端末を覗き込む。──当たり前だが、四振りしか表示されていない。
「知らなかったの?」
「端末なかったもん。……まあ百年経てばそうだよね。でもこれなら新しい子は一人ずつ……ん?」
 出陣の画面へと変えた主は手を止める。そこには、『維新の時代 函館』のみが表示されている。
「こんのすけ! 戦場は引き継ぎの中に入ってないの?」
「前の本丸から引き継がれたのは刀剣男士のみです」
「戦場って審神者付けじゃ……って前の本丸はそもそもわたしに紐付けてない? わたしはここに異動じゃなく新入で来たことになってる?」
「左様でございます」
「あークソ!」
 悪態をつくのも無理はない。だって、主は。
「本当に捨て駒にされそうだったってこと……だよね」
「だから昨日あの端末使えなかったんだ……わたしの就任日が今日付けになってる。昨日死んでも業務中死亡者数には計上されない……」
「それだいぶヤバくない?」
「だいぶヤバい……実際何人死んでるか……」
「ご気分が悪いですか? 今日はお休みになりますか?」
 こんのすけが俯いた主に明るく声をかける。
「いや、仕事を始めよう」
「では、鍛刀を致しましょう」
 久しぶりに鍛練所に足を踏み入れる。これから多くの刀が生まれるであろうこの場所は、化け物が生まれた場所とは到底思えない。
「こんのすけ。さきの本丸は『鍛練所不正呪術スパム事件』と呼ばれる事件の被害に遭ったところだけど、その後鍛練所でそんな事件が起きないように対策はされたの?」
「鍛刀以外の呪術構成がなされないようにセキュリティが高めてあります」
「……そう」
「では、鍛刀について説明しますね」
 百年経っても、鍛刀の基本的なやり方は変化がないらしい。少し懐かしい気持ちになる。
「では、こちらの短刀を顕現してください」
 こんのすけが出来上がった短刀を主に渡す。
「……神の名においてこれを鋳造する、汝ら罪なし──」
 主が呟いた。昔から変わらない、主流の顕現の言葉。
 短刀から幻想の桜が舞い、少年が姿を現す。
「ぼくは、今剣! よしつねこうのまもりがたななんですよ! どうだ、すごいでしょう!」
 少年は明るい笑顔を見せる。──まるで、あの日の再現みたいだった。
「いまの、つるぎ──」
 主の頬には、涙が伝った。
「だいじょうぶですか? どこか、いたいですか……?」
 今剣は心配そうに主を見上げる。主は首を横に振って、涙を拭う。
「……ううん。来てくれてありがとう、今剣。……これから、あなたにはわたしの刀としてたくさん戦ってもらうと思う。まだここは始まったばかりの本丸で、たくさん苦労もかけると思うけれど、これからよろしくね」
「──はいっ! よろしくおねがいします、あるじさま」
 にっこりと今剣は笑う。きっとまた、主の守り刀として立派に勤めるだろう。その死の瞬間さえも、共に──。
 ……それは。
 うらやましい、な。
「加州」
 呼ばれる。
「なに?」
「あと二回鍛刀するけど、打刀以上二振りと脇差一、打刀以上一とするか、どちらがいいと思う?」
「脇差はいた方がいいと思う。けど、脇差は戦場でも仲間になりやすいから鍛刀は打刀でもいいと思う」
「そうか……刀装は十一欲しいから、鍛刀に使えるのは九百……」
 主はぶつぶつと呟いて、
「よし、五百と四百!」
 資源数を決めて依頼札を使った。
 ──二時間半と四十分。
「脇差と……」
 大太刀か、あるいは打刀──。
「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」
 桜の向こうからは、洋装の青年が現れる。長谷部は少し視線を迷わせて、目線を下げやっと主を見つける。
「……あなたが、俺の主でしょうか」
「そう。子供に仕えるのは不服?」
「滅相もない」
「助かる。ここはまだ発足したばかりで、打刀のあなたが主力になると思う。頼りにしているよ、長谷部」
「はっ。ご期待に添えるよう、尽力いたします」
 長谷部は恭しく頭を下げた。主も嬉しそうだ。
「さて、お次は……」
 主はこんのすけに手伝い札を渡す。主に脇差が渡され、顕現する。
「物吉貞宗と言います! 今度は、あなたに幸運を運べばいいんですか?」
「物吉、これからよろしく。あなたと、今剣と長谷部の三人に主に出陣してもらうと思う」
「はい! 主様、みなさんも、これからよろしくお願いします」
 物吉はにこやかに頭を下げた。
 短刀と、打刀と、脇差──あの時と面子は違えど組み合わせは同じだ。主の新しい本丸が、ここから始まる。俺は見守るだけになってしまうのは寂しいけれど。
「今日はこれから刀装を作って、それから演練と生活物資の買い物に行く。その後に戦場への出陣の予定だからよろしく。それから」
 主は俺を振り向く。
「彼は加州清光。ここの初期刀──といっても、厳密にはわたしに渡されたわけじゃなくて……」
「いわゆる引き継ぎってやつでね。俺の最初の主は百年くらい前の人なの。俺はあんまり一緒に出陣できないと思うけど、刀剣男士歴は長いからなんでも聞いて。俺以外にも、あと三人同じ本丸の出身のやつがいるから、あとで紹介するね」
 主と話し合って、新しい仲間には主が生まれ変わり(たぶん)であることは伏せることになった。まああえて話すことでもないだろう。──安定がばか正直なところがあるから、少し心配ではあるけれど。
「加州。これからこの三人と刀装を作りに行ってくる。加州は安定たちと誰が演練に出るか相談して。三人出てもらう。あと、買い出しの後にはあなたたち遠征行ってもらうからそれも」
「詰めるね~」
 初日から演練、買い出し、出陣、遠征と主はやる気満満だ。
 ──昔から、やる気がある時には詰め込むんだよなあ……変わらないところが嬉しいような、初日くらいゆっくりすればいいのに、と思うような……。
「無理そう?」
「いや。血の気余ってるのが喜びそう」
「じゃよろしく」
 互いに軽く片手を振って別れる。
 忙しくなりそうだ。昨日まで、二十年も寝ていたというのに。

 慌ただしく毎日が過ぎ、最初は三振りだった主の新しい刀も戦力拡充計画によってどっと増えた。懐かしい顔ぶれにかつて亡くした仲間たちを思い出して胸が苦しくなる時もあった。
 あいつとは付き合いが長かったなあ──。
 ああ、あいつは何振り折れたんだっけ──。
 彼に初めましてと言われるのは、これで何回目だったか──。
 今の主ならば、きっと下手な指揮はしない。けれど、阿津賀志山も越えていないこの本丸は、まだ本物の脅威には出会っていないのだ。
 戦力拡充計画の、最後の演習場に出陣した。演習場に出るのは本来の遡行軍よりも弱めた仮想敵だ。刀剣男士の訓練だけでなく、審神者の采配や手入の訓練も兼ねているため、実際に怪我をするし最悪折れることもある。
 そこで、俺は一戦目から重傷になった。運が悪かった、というのももちろんある。遠戦を避けきれず、三体の槍に集中砲火を食らい、薙刀に刀装を破壊された。共に出陣していた長谷部と物吉はその薙刀の一撃だけで重傷になっていた。被害がほとんどなかったのは安定、宗三、小夜だけ──。
 主もこれには顔を青くしていた。百年前の戦場ならば一戦目で撤退などあり得ないことだった。過去の経験と知識だけでは、この先の戦場では敵わない。
 全く未知の戦場で、主は本当に間違わずにいられるのだろうか。
 かつての審神者たちのように、俺たちを使い捨てたりしないだろうか……。
 失敗は、かつての審神者たちの記憶をよみがえらせた。無茶な出陣をさせ、理不尽に怒鳴り散らす──もう、何十年と前の記憶なのに。
 主とあの理不尽な審神者たちは違う。あのひとはそんなことはしない。けれど、ひとはよくも悪くも変わるものだ。
「加州」
 今日、主に呼び出された。俺は戦場の出陣レベル制限によりほとんど出陣出来ない。なんの話なのか予想が出来ず少し不安だった。
「あなたに提案があるの。──修行に行く気はない?」
 修行。刀剣男士がより強くなるために、政府から許可された出陣以外の時間遡行。その許可は段階的に出され、主の死後に許可の下りた俺は修行に出ないまま現在に至っていた。
「まだ阿津賀志山さえ越えてないのに、随分先の話をするね」
「それなんだけど、今は引き継ぎ刀剣に限り池田屋前でも許可されてるんだって。うち、引き継ぎで修行前なのは加州だけだから」
 『俺』の修行許可が下りたのは、『主』が死んでしばらく経ってからだった。とてもじゃないが修行に行く気はしなかった。何人審神者が来ても、ずっと。
 でも──だから俺だけが、演習の敵にさえ歯が立たなかった。今のままでは、俺はこの先もこの本丸で内番や遠征だけしながら過ごすことになるだろう。
「どうかな?」
「俺は……」
 百年前の俺ならば、二つ返事で修行に行ったことだろう。あのひとのためにもっと強くなりたいと願ったはずだ。
「あなたが望まないのなら、無理に行けとは言わない」
 返事をためらった俺に、主はそう言った。
「主は、どうして俺に行ってほしいの」
「──先日の拡充でわかったと思うけど、この先は必ず極の力が必要になる。そのための戦力はなるべく早く整えたい」
 ああ。いつもの主の瞳だ。戦場でしか生きられないと十三にして決めてしまった、激情を宿したその瞳。出陣しない俺は最近見ることが減ってしまったけど、やはり俺はこのひとのこの目が好きだ──。あの日の約束を、俺はまだ忘れられない。
「……それに、ね」
 主は、不意にはにかんだように笑う。

「わたしはあなたを使いたいんだ、加州清光」

 照れくさそうにそう言った。
「演練や遠征にはよく行ってもらうけど、演習とはいえ久久に戦場に出して、改めて実感したの。わたしはあなたを使いたい。あなたは」

 戦場で最も輝く刀だもの──。

 うっとりと。まるで恋でも語るように。
「……そんなこと言われたら、俺、行くしかないじゃん……」 
「無理にとは言わないって。あなたもこの百年思うところいろいろあると思うし。──すぐ返事を出来ない程度には」
 主は少し寂しそうに笑った。普段は遠征だの畑だのと刀使いの荒い割にはこういうところは遠慮するのか。行けと命じられるのなら、こちらはすぐに行くというのに。
「……それでいいよ。わたしはあの時のわたしではないんだし」
「それ、前だったら俺はすぐ返事したと思うってこと?」
「違った?」
「違わないけど。──けど、今の俺の主はあんただし、そのあんたの気持ちは今聞いた。だから行くよ、修行」
「……いいの?」
「ただし、一個だけお願い聞いて」

「じゃ、行ってきまーす」
 旅装束を羽織り、加州清光は見送るわたしや仲間たちに手を振った。加州の姿が見えなくなり、ついため息をつく。
「そのうち戻ってくるんじゃない?」
 大和守安定はわたしにそう声をかけた。慰めてくれているのだろうか。
「心配?」
「いや……加州より自分の心配をすべきかな。俺が戻ってくるまで死なないで、って言われちゃったからね」
「ああ……」
 安定は納得したように声をもらした。
「それに……」
「なあに?」
 また約束をしてしまった。あの時のようにまた果たせないかもしれないのに。

 ──主。俺が戻ってくるまで死なないで。
 ──俺は今でもあんたと死にたい。
 ──泣かないでよ。あんたがそうじゃなくてもいい。俺がそう決めてるだけだから。

 加州清光。わたしも──。
 わたしも死ぬならここと決めている。

 ──そっか。相思相愛だね、俺たち。

 その歪な感情を、愛しているというのだろうか。

「……わたしはよくない主だなあ」
「いーんじゃない? 僕、祟り神らしいし。その主が悪い主でも」
 未だに安定は、否、安定を含めた引き継ぎ刀剣たちは外部の者から奇異の目で見られている。あの本丸で『無事』であったことは、その方が異常らしい。
「あなたが祟り神ならわたしは何になるのかな。祟り審神者?」
「主は主だよ」
 安定は迷いなく答える。
「なら安定も安定だ。あなたはわたしの可愛い刀」
「うん。僕はあなたの刀。あいつも、そう心を決めて帰ってくるさ」
「そう、だね」
 何もないとわかっているのに、加州が消えた先を振り返る。
 ただ新緑の鮮やかな庭だけが、そこにあった。

2020/05/11 pixiv公開
2022/11/18 一部表現の修正、削除
2024/11/02 当サイト掲載
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