刀剣乱舞の夢小説

転生アイドル!加州清光

 主は絶対ここに来てる!
 俺はそう確信していた。どうしてわかるのか? 刀剣男士の勘だよ! 今は人間だけど。
 そう──今は人間、なのだ。あの長い時間戦争の中で主を見送り、そして今は、あの時とは少し違う世界に生まれた。昔主に聞いた平行世界というやつではないかと思う。SFが好きな主から長い説明を聞いた気がするけど細かいことは忘れた。ただ、こう言っていたのは覚えている。
「平行世界では、加州清光は人間かもしれないね」
 人間だったら。その『もしも』に、俺はその時思いを馳せた。その縁が原因なのかわからないが、俺はこの世界に生まれた。そして、外見が「刀剣男士加州清光」に近づいた年齢の頃、思い出したのだ。自分がかつては刀だったことを。そして気づいたのだ。主がこの世界にいることに。
 そうなると、俺は主に会いたくてたまらなくなった。でも、この広い世界で主を見つけるのは盲亀浮木(お小夜が言ってたやつだよ。この世界にも仏教とかあるんだね)──いやそれならば、主に俺を見つけてもらえばいい! 主だって、俺の顔を見たら絶対俺を思い出して、会いに来てくれる。主に俺を見てもらうには?
 テレビやインターネットに、俺の顔をばらまけばいい!
 だから俺はアイドルになった。世界一可愛い俺が世界一知られるアイドルになるのなんて簡単だよね! そう思った。
 まあ、実際は苦戦したけど。最初のライブで五人しか客がいなかったとき心が折れそうだった。しかも一人途中から寝てたし……。
 昔の苦労はともかく。
 今の俺は超! 人気アイドルなのだ。CMとか歌番組とか俺がテレビに映らない日はないし、CD出したら毎回売上一位になるし。
 そして今日は、五万人のドームライブを満席にしている。しかもここに主が来てる!
 まだ姿は見てないけど、俺にはわかる。どんなに姿が変わっても、俺は絶対主を見つけられる──。
 と思ったんだけど五万人ってすごいね! 全然わかんない!
 ステージに立ったら、その瞬間に主がわかる、みたいな奇跡を期待していた。奇跡は起きないと思い知るのはなにも初めてじゃない。テレビに出れるようになった時も、俺を見た主が連絡をくれることを期待していた。ファンレターの中に見覚えのある筆跡があることを。手紙に俺との思い出を書いてくれたりしてさ。でも、そんな手紙は来なかった。
 よく考えたら主が俺のことを覚えているのかなんて、わからないよね。俺は一応神様だったから覚えてるけど、人間の主は忘れてるかも。
 ……と、そんなことはこれまでにも何回も考えていて、俺が作詞すると切ない歌ばっかりになっちゃうんだよね。それはそれでファンにはウケたりしてるけど。でも、主は明るい歌が好きだった。だから明るくて元気でーす! みたいな歌もいっぱい歌う。今、主は喜んでくれてるかな? 無数の赤いペンライトの何処かで、笑ってくれてるかな。
 あっという間に時間が過ぎて、ライブはもう最後の挨拶の時間だ。俺はいつも、この時に歌う歌がある。主が昔口ずさんでいた歌。正確な歌詞もタイトルもわからない。どうやら日本語ではないらしい。情報を募集しているが、これではないかと寄せられた曲名はハズレばかりで、ファンからは『謎歌』と呼ばれている。もしかしたら、この平行世界では存在しない歌なのかもしれない。
「──いつものことだけど、これのタイトルとか知ってたら教えてねー」
 主は覚えてる? よく口ずさんでたじゃない。俺のこと忘れても、前の世界を忘れても、お気に入りの歌だけは覚えていたりしないかな。
 そんな奇跡があればいいのに。
 結局俺は最後まで主を見つけられなかった。そもそもライブに来てくれたら見つけられるなんて、どうしてそんなに自信満満だったんだろう。五人のライブならともかく、五万人のライブじゃ見つけるのは難しい。六十億人から探すよりマシとはいえ。
 もうアイドルなんてやめちゃおっかな。主が見に来てくれたんだもん、もう十分だよね……。

 と、ライブが終わった直後は相当落ち込んだんだけど、よく考えたらまた見に来てくれるかもしれないよね! ライブだけじゃなくサイン会とか直に会える時に来てくれる可能性だってあるし!
 それに、これまでは主が俺のこと覚えてなくても、ライブで俺を見て思い出してくれたかもしれないじゃん? そうしたら今度こそ、ファンレターにまざって主からの連絡が届くかも。だからファンレターのチェックは欠かさない。超人気アイドルとして、ファンの声には耳を傾けないといけないしね。
 ファンレターを読むのは楽しいものだ。ライブでどこがよかったか書いてくれたり、好きな曲を教えてくれたり。こんなにたくさんファンがいるのに、軽率に辞めようなんてやっぱりよくないよね。
「あ……」
 心臓が跳ねた。淡い桜の絵の封筒。宛先が書かれたその字に、懐かしさを覚える。もしかして。もしかして。
 手紙の内容は、俺の期待していた「探してたよ」とかそういうのじゃなくて普通のライブの感想だ。ただ、最後に──あの歌のタイトルとアーティストが書かれていた。アルファベットの並ぶその文字列をインターネットで検索したけれど、それらしいものはなにもヒットしない。手紙にも「随分昔に聞いた歌なので、今見つけるのは難しいかもしれません」と書かれている。
 この世界には存在しない歌を知ってる──これ、絶対に主だよね。
「会いたい……」
 いや、会おう! 俺はスケジュールを確認して、すぐさま新幹線のチケットを予約した。封筒に書かれた住所はここから随分離れているけど、国内ならば外国に行くよりずっと近所だ。
 俺は緊張しながら主の住むアパートの部屋のインターホンを押した。押してから、突然女性の家を訪ねるなんてマナー違反かなと気づいた。ほとんど何も考えずに来てしまった……。
「はーい……って、清光?」
「安定!?」
 ドアを開けたのは大和守安定だった。
「うわ~本当に清光だ! すっごい久しぶり! いやこの前ライブ見たけど!」
「なんでお前がここに……ってあの手紙お前が出したのか?」
 封筒には女性とおぼしき名前が書かれていたが、もしかしてこの世界でのこいつの名前なのか。俺はこいつの気配を主と間違えてたわけ?
「手紙?」
「これ……」
 俺は封筒のリターンアドレスを安定に見せる。
「あ、この前主が書いてたのお前への手紙だったんだ」
「主いるの!? てかどーいう関係!?」
「僕のおばーちゃん」
「何それお前だけ!」
「安定、何大きな声……」
 女性の声がした。安定の後ろにいるのは──。
「主!」
「ありゃ、加州清光? アイドルがこーんな田舎に来ちゃって」
 皺のある顔が微笑む。
「だって、主に会いたかったよ!」
「そっかそっか、わざわざすまないね。まあ上がんなよ」
 主は嬉しそうにはしてるけど、めちゃくちゃ俺に会いたかった! って感じではなさそうだ。俺だけ片思いしてたわけ?
「疲れたでしょ、東京からここまで来るのは」
 主はお茶とお菓子を出してくれた。そういえば、俺は手土産の一つも持たずにここに来てしまった。
「へーき。地方のライブとか、もっと遠いとこいくことあるし」
「そっか。大活躍だもんね」
「主に会いたくて……テレビとかたくさん出たら、会えるかなって思って……」
 ボロボロ涙が出てくる。ああもう、カッコ悪いなあ俺……。
「早く見つけられなくてごめんね。わたしあんまりテレビとか見なくて……安定が先にあなたのこと見つけたんだよ」
「そー、なんだ……」
 努力の方向間違えてたのかな……結果的には会えたとはいえ。
「でも主ね、いつもお前の番組とかチェックしてるよ」
「うちの可愛い加州がアイドルなんだもん、見逃せないよ」
「ありがと……」
 主が差し出してくれた箱ティッシュを遠慮なく使わせてもらう。
「にしても、よく手紙だけでわかったね」
「主の字だもん、わかるよ。あの歌のことも知ってたし」
「あれ、加州の歌聴くまで忘れてたよ。この世界に存在してないし。すごく懐かしくなっちゃった」
 主は嬉しそうに笑う。目元に笑い皺が寄る。俺の知らない長い時間が主の中にある。前は、俺と一緒にいた時間の方が長かったのに。
「主の好きだったアーティスト、この世界にいないなら清光が歌っちゃえば? 人気出るんじゃない」
「そんな映画あったなー、前の世界」
 安定の言葉に主が笑う。
「そんなパクりみたいなことしないって」
 あれから何十年、いや何百年と時間は経ったのかもしれない。でも、まるで本丸でおしゃべりしていた時みたいに主と安定と話すことができた。
 アイドルのお仕事はどう? 安定は今何してるの? そういえばこの前のテレビ番組って……と、話題は尽きない。
 でも俺は、「主はどんな風に過ごしてきたの?」という一言を言い出せなかった。俺の知らない長い人生。俺がいなくても、主は──。
 ……いや、主が幸せならそれが一番なんだ。こんな風に、孫がいて、笑って過ごしている。主が幸せなことが、俺にも幸せ。
「明日もお仕事だから、そろそろ帰るね。主、連絡先交換しよ。次からはライブのチケット送るからさ、また観に来てよ」
「ありがとう。えーと、連絡先ってどうやるんだっけ?」
 主は慣れぬ様子で端末を触る。昔は機械に強かったのにな。
「僕から送るよ。清光、先に僕と交換しよ」
 安定がそう言い、俺は無事主との連絡手段を手に入れる。
「いいなあ、主の孫なんて」
「僕孫じゃないよ」
「え? でも玄関で」
「お前が遮ったんじゃん。主は僕のおばーちゃんのおねーさんなの」
「妹の娘の息子だね。わたしが結婚とか面倒なことするわけないじゃない」
 主は笑顔で言った。そーだった、主は恋愛とか結婚とか面倒くさい、という考えの人だった。
「じゃ、安定って今日たまたまここにいたの?」
「ううん、一緒に住んでるよ」
「安定の職場、ここから近くてね。買い物とか掃除とかしてくれて助かるよ。年寄りの一人暮らしは危ないし」
「そーなの……」
 いいなあ、主と二人暮らし。
「俺もここに住みたい」
「お仕事あるんでしょ。世界一可愛いアイドルなんだから」
 冗談だと思ったのか、主は軽く受け流す。そもそも主に会うために始めたことだから、もう目的は果たされたんだけどな。
「加州の活躍楽しみにしてる。たくさんの人にわたしの刀が愛されてて嬉しいよ。もう刀じゃないけど。お仕事頑張って」
「僕も応援してるよ」
 主と安定はそう言って笑った。そんな笑顔見せられたら、帰りたくないなんてワガママ言えないじゃん。
「またいつでもおいで」
「……うん」
 情けない顔はこれ以上見せたくなくて、笑顔で別れた。
 がらがらの新幹線に乗れば、すごいスピードで主から離れてしまう。
 主。たくさんの人じゃなくて、あんただけに愛されたかったよ。人間になるより、あんたの刀でいたかった。そしたらきっと、ずっと隣にいられたのに。アイドルの地位もお金もいらないから、あんたの隣にいたい──。

 と、その気持ちを歌にしたためて発売したCDはミリオンヒットを飛ばした。
 主からは「すごいね」と誉をもらい、安定からは「よく考えたらお前の作った歌全部主のストーカーっぽくて怖い」というディスりが来た。うるせえ。主の妹の孫なんておいしいポジションに生まれたお前に俺の気持ちがわかるか。

2022/04/28 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
11/15ページ
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