刀剣乱舞の夢小説
黒猫の恋
今日、初めて加州清光と共に本丸の門をくぐる。
といっても、わたしは審神者ではないし、加州清光もこの本丸の初期刀ではない。彼はこの本丸の二振り目の加州清光で、わたしは彼の恋人として、彼の主に挨拶に来たのだ。
わたしと彼が出会ったのは、わたしの働く万屋だった。
「かわいい」
そんな声が聞こえて振り向くと、加州清光が立っていた。
「──それ、可愛いね。何に使うものなの?」
彼が指しているのは、わたしが並べていた猫の小物だった。
「服やマフラーに着ける飾りですよ。帽子なんかに着ける方もいます」
「そうなんだ。一個買うよ」
「色んな猫のがありますよ。三毛とか、トラとか。サビも結構人気で」
「あんたの持ってるそれがいいな」
手を差し出されて、私は彼の手に黒猫の小物を置いた。ほんの少し指先が触れてしまい、どきりとした。
「俺ね、今日初めてお給料もらったんだ。好きなもの買っておいでって主が言ってくれて」
そんな会話をしながら会計をした。
そしてその日から、彼はマフラーに黒猫をくっつけて店に来るようになった。審神者は同じ加州清光でも、違う本丸の男士なら見分けがつくらしい。しかしわたしにはどの加州清光も同じに見えてしまう。だから、黒猫の飾りを着けた彼だけはいつも区別がついた。
週に二、三度彼が買い物に来て言葉を交わすうちに、だんだんと惹かれ始めた。ある時、勇気を出して彼をお茶に誘った。彼はちょっと驚いてから、
「そーね……俺、二軒となりの新作ケーキ気になるの。そこ、一緒に行く?」
と答えてくれた。舞い上がりながら一緒にお茶をして、ケーキの味はよくわからなかった。流石にその日に告白は出来なかったが、それからは時折一緒にお茶や食事をするようになった。
何度目かの食事のあと、別れ際に告白をした。
「……俺も、あんたといるのは楽しいけど」
かたな、だから。
同じように歳は取らない。主の命で長い任務に着くことも、戦場で折れることもある。
「それでも」
あなたが好きです。
そうして、彼と共に本丸へ来たのだ。初めて足を踏み入れた本丸は、暖かな春の景趣になっていた。たくさんの桜が咲いている。
……本当に、外と季節が違うのか。
万屋の商品に景趣はあるが、こうして本物を見るのは初めてだ。
「ようこそ、彼女さん」
加州清光がわたしたちを出迎えた。きっと彼がここの初期刀だろう。極、と呼ばれる姿だからか、わたしの隣にいる加州清光より幾ばくか大人びて見えた。
審神者の執務室へと案内された。審神者は洋装の女性で、日頃いわゆる『巫女』の姿をした女性たちを見慣れていたから意外だった。
二振りの加州清光が頭を下げる姿に、ここの『主』なのだと改めて思い、緊張しながら挨拶をした。
「こんにちは。初めまして。こんな姿で失礼ですが、規則でして」
こんな姿、というのは額から鼻にかけて顔を隠した面のことだろう。加州清光から説明は受けていた。本丸に来訪者がある場合、審神者は面を着けなければいけないそうだ。
「そうかしこまらないでください。わたし、今日を楽しみにしていました。清光がいつも楽しそうにあなたの話をするものだから」
わたしの話を? なんだか頬が熱くなる。
「加州清光はいい刀ですよ。気を抜いているような言葉遣いをするけど、その実丁寧な仕事をしてくれる。あなたにとってもよいパートナーとなれると思います。──加州清光。わたしの刀として、彼女のよきパートナーとなれるよう、努力を怠らないように」
「はい」
加州清光が恭しく返事をして頭を下げる。少し、審神者がパートナーになれと命じたかのようで違和感があった。しかし、審神者としてはそうとしか言いようがないのかもしれない。審神者が「わたしの刀」と言うことに、少しも嫉妬心がないとは言わないけれど。
「さて。清光、少しお茶を入れてきてちょうだい」
「え、俺?」
「茶の間にふんぞり返って茶のひとつも入れない男になるつもり? さ、お嬢さんに出来るとこを見せなさい」
茶を? と不満そうにしながらも加州清光は席を立つ。初期刀の加州清光と審神者の三人だけになってしまい、胃がきりりとした。
「緊張しないでお嬢さん──あ、呼び方、これで失礼じゃないかな? お互い名前、名乗れないでしょう」
「そ、そうですね」
これも規則なのだ。審神者は、審神者と政府関係者以外に名前を名乗ってはならない。万屋の店員も、基本的に名前を伏せることになっている。
「清光とのことで困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね。いい刀だけど、『パートナー』としてよい相手かはまた別でしょうから」
「そんな……いつも、よくしてもらっています」
「あいつ素直じゃないでしょー? 俺がいうのもなんだけど」
初期刀が彼と同じ顔で笑う。でも、やはりどこか雰囲気が違う。
「そ、そんなこと……」
ある、のかな。先ほど「楽しそうにあなたの話をする」と言われて、なんだかいつもの彼からは想像が出来なかった。一緒にいるときは、いつも静かに微笑んでいる。
「実は清光がいないうちにあなたに伝えたいことがあってね……」
審神者は一呼吸置いた。何を言われるのだろう、と身構える。
「なんかこいつ無理! とか愛情冷めた! とかそういうのあったらすぐ別れていいからね! はっきり言ってそんな男と付き合うのは時間の無駄! マジで無駄! いいところもあるし……とか、心入れ換えてくれるかも……とかそんな我慢しなくていいの! 我慢するだけ時間の無駄! さっさと別れるのが一番! 付き合い長かろうがなんだろうが遠慮はいらない!」
先ほどの落ち着いた印象から一転、審神者はぐっと拳を握って力説する。
「……そういうわけで、問題があったら遠慮なく振っていいからね」
そしてまた一転、今度はトーンダウンした。
「えっ……と……」
「まあこのひとお嬢さんの倍は生きてるから、参考までに」
答えに窮したわたしに初期刀が助け船を出す。いや倍ってことはないと思うけど……。
「老婆心っていうか……審神者の責任としてうちの刀からクズ野郎は出しちゃいけないと思ってるから……」
……彼女なりにとても気を遣ってくれているようだ。彼女の過去に何があったかはわからないが、恋愛における失敗があったらしいことはうかがえる。
「お気遣い、ありがとうございます」
「俺への信頼感の低さひどくなーい? 俺ほどあんたに尽くしてるの他にいないでしょ」
初期刀は口を尖らせる。
「うん、加州はいい刀だ」
「そーよ」
「でもいいパートナーになるとは限らない」
「最高のパートナーにもなれるよ。あんたが望めば」
「別にそういうパートナーはいらない」
審神者はすげなく言った。初期刀は微笑んでいるが、内心はどうだろうか。
「──でも、あなたがそこまで言うなら心配はないのかもね」
「もちろん。加州清光は愛したひとに忠実なの」
「そうだね」
審神者が笑う。初期刀は満足そうに笑った。
「お待たせ」
加州清光が盆を持って戻ってきた。手が足りなかったのか、同じく盆を持った包丁藤四郎が一緒にいた。二人は茶と菓子を配る。
「こんにちは! 俺は包丁藤四郎! ねえねえ、結婚はいつするの!?」
包丁藤四郎は目をきらきらさせてわたしを見た。
「こら、包丁」
審神者が咎める。
「だって主は一生人妻にならないじゃないかー!」
「そんなのひとに失礼な質問をする理由になりません!」
戻りなさい! とぴしゃりと審神者に言われて包丁は「主のわからず屋ー!」と叫んで廊下を走って行った。
「すみません、失礼いたしました……」
「ごめん、包丁がどうしても行きたいって……」
審神者も加州清光も謝る。
「いえ……包丁藤四郎はどこの子もよくあんな感じで……万屋でもよく一期一振が叱ったりしてますよ」
いや、フォローになっていないな……? 何か話題を変えよう!
「あ、これ、お湯呑みうちのお店のですね。そういえば前に包んだ覚えがあります」
加州清光が買っていったものだ。花ような柄の浮き彫りの湯呑みで、確か彼は色で悩んでいた。翠のものが綺麗だったので勧めた気がする。
「あ、お菓子のお皿の方も……」
「やっぱりお店の商品て覚えてるんだ?」
初期刀に訊ねられる。
「はい、そうですね。たくさんあるから、全部というわけではないですけど」
「じゃーこの部屋に見覚えのあるものたくさんあるかも」
にやっと初期刀が笑う。
「ちょっと!」
加州清光が大きな声を出した。──心なしか、顔が赤い。
わたしは、改めて審神者の部屋を見た。机にある小物入れに、ペン立て。棚に飾られた花瓶。その下の敷物。壁のカレンダー……。
──そのどれもが、加州清光の買っていったものだ。
「そういえば清光がよく御用聞きに来てたのはあなたに会う口実だったんだねえ」
「そーだねー。最近しないもんね~」
審神者は合点がいったように言い、初期刀は少し意地悪く笑った。
「いや、別に、ちょっと買い物に行きたかっただけだし!」
加州清光は耳まで真っ赤にしている。
ああ、確かあの小物入れは、まだ彼と出会ったばかりの頃に買っていったものじゃなかったか。主にあげたいけど最近の流行りはよくわからないから、と聞かれた覚えがある。あの頃は、やはり『加州清光』は主想いだなとばかり思っていたけれど。
──ねえ、ちょっと聞いていい?
いつもなんでもないような顔をして声をかけられていた。てっきりわたしばかりが焦がれていると思ったのに。
初めてデートした時のように、今日のお茶とお菓子の味はまったくわからなかった。
わたしたちの馴れ初めだとか、本丸での加州清光だとか、そんな話をしていたらあっという間に時間は過ぎた。審神者に別れの挨拶をする。
「本日は、お時間頂きありがとうございました」
「いいえ、こちらこそお忙しい中ありがとうございました。これ、わたしの個人的な連絡先です。困ったらいつでも連絡してください。あ、困ってなくても。愚痴とかも全然大丈夫ですからね!」
愚痴が前提なのか……と思うけれど、彼女の経験から出てくる言葉なのかもしれない。ありがたく連絡先を交換した。
来た時と同じように、初期刀が門まで見送りに来た。
「じゃ、また遊びに来てね~。自分から告白も出来ない情けないやつだけど今後もよろしく」
「主に告白出来ないあんたに言われたくないんだけど!」
馴れ初め話でからかわれた加州清光が反撃する。
「俺はもう伝えてるよ」
が、反撃にはならなかったらしい。
「お前たちとかたちは違うけど愛し合ってるから。恋愛だけが愛のかたちじゃないけど、お前たちを見てるとそういうのも楽しそーね」
加州清光は二振り目の頭を撫でた。こうしているのを見ると兄弟みたいだ。
「さ、遅くならないうちに送ってきな」
二人で門を出た。
「……お疲れ様」
加州清光が言った。
「はい、お疲れ様。……本丸だと、あんな感じなんだ」
なんだか、可愛かったなあ。加州清光は、噂よりもクールな刀かと思っていたけど、ああして見るとやっぱり『可愛い』のかもしれない。
「……なんだか、審神者さんが羨ましいなあ」
「俺は、主のことは主として好きなだけだよ」
加州清光はちょっと慌てたように言った。
「わかってる、そういう意味じゃないの。ただ今日はすごく可愛かったから」
「かっ……」
あ、赤くなった。それを隠すみたいに、加州清光はそっぽを向いてしまう。
「だから審神者さんが羨ましいなって。いつもはなんていうか……」
落ち着いてて、エスコートもスマートで。こんな風に慌てたり照れたりするところを見たことがなかった。
「……もしかして、わたしの前では結構無理してた?」
「無理、っていうか……カッコ悪いとこは、見せたくないじゃん……」
加州清光の声はだんだん小さくなる。
「──そっか、だからいつもかっこよかったんだね」
加州清光はちょっと驚いた顔でわたしを見て、それからまた顔を逸らしてしまう。
「……でも、そういう可愛いところも、新しく知れて嬉しい」
「そ、そう……」
小さな声で返事をした加州清光はまだわたしから顔を逸らしている。赤くなった耳の傍に、髪飾りみたく桜の花びらがついていた。
「本当、可愛らしいお嬢さんだったなあ……」
主は客人の姿を思い浮かべて笑みを見せる。
「照れた時に耳がパタンってなるの、すごく可愛くなかった? おめめもくりっと可愛くて、毛並みもつやつやでふさふさで……」
客人は艶やかな黒毛の猫のお嬢さんだった。二足歩行し服を着る通常の獣とは違う彼女らが何者であるのか、俺はよく知らない。まあ政府管理下の万屋で働いている以上悪いものではないのだろう。
「一目惚れするのも無理ないね、あれは……」
ああ、でも、と主は顔を曇らせる。
「本当にあの子とうまくいくのかな?」
「信用ないな~。『俺』ってそんなにパートナーに不義理に見える?」
「あなたがっていうか……少し、不穏な逸話があるじゃない?」
「ああ──」
主の気にしているのは、沖田総司に残る逸話だ。黒猫を斬ろうとしたというが、後年の創作ともいわれ真偽は定かでない。しかし史実であれ創作であれ、『人人の想い』から生まれるのが刀剣男士だ。
「でも『斬れなかった』のが逸話だよね。だったら、心配なんてないんじゃない」
「──だと、いいのだけど」
主の心の曇りは晴れないようだ。
「そーね……あんたの経験上人間同士はうまくいかないんだから、異類なら案外うまくいくんじゃないの?」
少し皮肉を込めてやれば、憂い顔はどこへやら俺をじろりと睨む。
「どーせわたしは人間とうまくいきませんよ」
「でも、刀とはうまくやってる」
「刀、だもの。持ち刀は主に逆らわないし、好意を抱くものだよ」
主は少し寂しそうに笑う。
「そーよ。俺はあんたの持ち刀」
俺は傍らに置いていた刀を持ち、姿勢を正して主に差し出す。
「あんただけの加州清光。あんたの命に従って、あんたのことだけ愛してる。主はそれが不満?」
主は瞬きをして、それから唇を吊り上げた。俺の差し出した刀を赤い指先で受けとる。
「ないとも、わたしの加州清光」
『俺』を胸に抱き、満足そうに微笑んだ。
「この命尽きるまで──いや、なんなら地獄まで来る? 実はこの本丸、地獄でも暴れようって血の気の多い連中が多くて。あなたもどう?」
「……あんたっていきなり重い告白をしてくるね」
なるほど、人間にはあまりに重い要求だ。主の過去はよく知らないが、人間相手にこの愛情はうまくいきはしないだろう。
「もちろん、あんたが望むなら地獄でも。俺があんたの一番なんだから」
約束、だよ。
そう言って主は俺の刀に頬を寄せた。
二振り目の俺とお嬢さんのような関係には、主と俺はなれそうもない。それでも、俺はこのかたちの愛でいいと思う。人間同士では到底結べない愛が、確かにここにあるのだから。
2021/01/04 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
今日、初めて加州清光と共に本丸の門をくぐる。
といっても、わたしは審神者ではないし、加州清光もこの本丸の初期刀ではない。彼はこの本丸の二振り目の加州清光で、わたしは彼の恋人として、彼の主に挨拶に来たのだ。
わたしと彼が出会ったのは、わたしの働く万屋だった。
「かわいい」
そんな声が聞こえて振り向くと、加州清光が立っていた。
「──それ、可愛いね。何に使うものなの?」
彼が指しているのは、わたしが並べていた猫の小物だった。
「服やマフラーに着ける飾りですよ。帽子なんかに着ける方もいます」
「そうなんだ。一個買うよ」
「色んな猫のがありますよ。三毛とか、トラとか。サビも結構人気で」
「あんたの持ってるそれがいいな」
手を差し出されて、私は彼の手に黒猫の小物を置いた。ほんの少し指先が触れてしまい、どきりとした。
「俺ね、今日初めてお給料もらったんだ。好きなもの買っておいでって主が言ってくれて」
そんな会話をしながら会計をした。
そしてその日から、彼はマフラーに黒猫をくっつけて店に来るようになった。審神者は同じ加州清光でも、違う本丸の男士なら見分けがつくらしい。しかしわたしにはどの加州清光も同じに見えてしまう。だから、黒猫の飾りを着けた彼だけはいつも区別がついた。
週に二、三度彼が買い物に来て言葉を交わすうちに、だんだんと惹かれ始めた。ある時、勇気を出して彼をお茶に誘った。彼はちょっと驚いてから、
「そーね……俺、二軒となりの新作ケーキ気になるの。そこ、一緒に行く?」
と答えてくれた。舞い上がりながら一緒にお茶をして、ケーキの味はよくわからなかった。流石にその日に告白は出来なかったが、それからは時折一緒にお茶や食事をするようになった。
何度目かの食事のあと、別れ際に告白をした。
「……俺も、あんたといるのは楽しいけど」
かたな、だから。
同じように歳は取らない。主の命で長い任務に着くことも、戦場で折れることもある。
「それでも」
あなたが好きです。
そうして、彼と共に本丸へ来たのだ。初めて足を踏み入れた本丸は、暖かな春の景趣になっていた。たくさんの桜が咲いている。
……本当に、外と季節が違うのか。
万屋の商品に景趣はあるが、こうして本物を見るのは初めてだ。
「ようこそ、彼女さん」
加州清光がわたしたちを出迎えた。きっと彼がここの初期刀だろう。極、と呼ばれる姿だからか、わたしの隣にいる加州清光より幾ばくか大人びて見えた。
審神者の執務室へと案内された。審神者は洋装の女性で、日頃いわゆる『巫女』の姿をした女性たちを見慣れていたから意外だった。
二振りの加州清光が頭を下げる姿に、ここの『主』なのだと改めて思い、緊張しながら挨拶をした。
「こんにちは。初めまして。こんな姿で失礼ですが、規則でして」
こんな姿、というのは額から鼻にかけて顔を隠した面のことだろう。加州清光から説明は受けていた。本丸に来訪者がある場合、審神者は面を着けなければいけないそうだ。
「そうかしこまらないでください。わたし、今日を楽しみにしていました。清光がいつも楽しそうにあなたの話をするものだから」
わたしの話を? なんだか頬が熱くなる。
「加州清光はいい刀ですよ。気を抜いているような言葉遣いをするけど、その実丁寧な仕事をしてくれる。あなたにとってもよいパートナーとなれると思います。──加州清光。わたしの刀として、彼女のよきパートナーとなれるよう、努力を怠らないように」
「はい」
加州清光が恭しく返事をして頭を下げる。少し、審神者がパートナーになれと命じたかのようで違和感があった。しかし、審神者としてはそうとしか言いようがないのかもしれない。審神者が「わたしの刀」と言うことに、少しも嫉妬心がないとは言わないけれど。
「さて。清光、少しお茶を入れてきてちょうだい」
「え、俺?」
「茶の間にふんぞり返って茶のひとつも入れない男になるつもり? さ、お嬢さんに出来るとこを見せなさい」
茶を? と不満そうにしながらも加州清光は席を立つ。初期刀の加州清光と審神者の三人だけになってしまい、胃がきりりとした。
「緊張しないでお嬢さん──あ、呼び方、これで失礼じゃないかな? お互い名前、名乗れないでしょう」
「そ、そうですね」
これも規則なのだ。審神者は、審神者と政府関係者以外に名前を名乗ってはならない。万屋の店員も、基本的に名前を伏せることになっている。
「清光とのことで困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね。いい刀だけど、『パートナー』としてよい相手かはまた別でしょうから」
「そんな……いつも、よくしてもらっています」
「あいつ素直じゃないでしょー? 俺がいうのもなんだけど」
初期刀が彼と同じ顔で笑う。でも、やはりどこか雰囲気が違う。
「そ、そんなこと……」
ある、のかな。先ほど「楽しそうにあなたの話をする」と言われて、なんだかいつもの彼からは想像が出来なかった。一緒にいるときは、いつも静かに微笑んでいる。
「実は清光がいないうちにあなたに伝えたいことがあってね……」
審神者は一呼吸置いた。何を言われるのだろう、と身構える。
「なんかこいつ無理! とか愛情冷めた! とかそういうのあったらすぐ別れていいからね! はっきり言ってそんな男と付き合うのは時間の無駄! マジで無駄! いいところもあるし……とか、心入れ換えてくれるかも……とかそんな我慢しなくていいの! 我慢するだけ時間の無駄! さっさと別れるのが一番! 付き合い長かろうがなんだろうが遠慮はいらない!」
先ほどの落ち着いた印象から一転、審神者はぐっと拳を握って力説する。
「……そういうわけで、問題があったら遠慮なく振っていいからね」
そしてまた一転、今度はトーンダウンした。
「えっ……と……」
「まあこのひとお嬢さんの倍は生きてるから、参考までに」
答えに窮したわたしに初期刀が助け船を出す。いや倍ってことはないと思うけど……。
「老婆心っていうか……審神者の責任としてうちの刀からクズ野郎は出しちゃいけないと思ってるから……」
……彼女なりにとても気を遣ってくれているようだ。彼女の過去に何があったかはわからないが、恋愛における失敗があったらしいことはうかがえる。
「お気遣い、ありがとうございます」
「俺への信頼感の低さひどくなーい? 俺ほどあんたに尽くしてるの他にいないでしょ」
初期刀は口を尖らせる。
「うん、加州はいい刀だ」
「そーよ」
「でもいいパートナーになるとは限らない」
「最高のパートナーにもなれるよ。あんたが望めば」
「別にそういうパートナーはいらない」
審神者はすげなく言った。初期刀は微笑んでいるが、内心はどうだろうか。
「──でも、あなたがそこまで言うなら心配はないのかもね」
「もちろん。加州清光は愛したひとに忠実なの」
「そうだね」
審神者が笑う。初期刀は満足そうに笑った。
「お待たせ」
加州清光が盆を持って戻ってきた。手が足りなかったのか、同じく盆を持った包丁藤四郎が一緒にいた。二人は茶と菓子を配る。
「こんにちは! 俺は包丁藤四郎! ねえねえ、結婚はいつするの!?」
包丁藤四郎は目をきらきらさせてわたしを見た。
「こら、包丁」
審神者が咎める。
「だって主は一生人妻にならないじゃないかー!」
「そんなのひとに失礼な質問をする理由になりません!」
戻りなさい! とぴしゃりと審神者に言われて包丁は「主のわからず屋ー!」と叫んで廊下を走って行った。
「すみません、失礼いたしました……」
「ごめん、包丁がどうしても行きたいって……」
審神者も加州清光も謝る。
「いえ……包丁藤四郎はどこの子もよくあんな感じで……万屋でもよく一期一振が叱ったりしてますよ」
いや、フォローになっていないな……? 何か話題を変えよう!
「あ、これ、お湯呑みうちのお店のですね。そういえば前に包んだ覚えがあります」
加州清光が買っていったものだ。花ような柄の浮き彫りの湯呑みで、確か彼は色で悩んでいた。翠のものが綺麗だったので勧めた気がする。
「あ、お菓子のお皿の方も……」
「やっぱりお店の商品て覚えてるんだ?」
初期刀に訊ねられる。
「はい、そうですね。たくさんあるから、全部というわけではないですけど」
「じゃーこの部屋に見覚えのあるものたくさんあるかも」
にやっと初期刀が笑う。
「ちょっと!」
加州清光が大きな声を出した。──心なしか、顔が赤い。
わたしは、改めて審神者の部屋を見た。机にある小物入れに、ペン立て。棚に飾られた花瓶。その下の敷物。壁のカレンダー……。
──そのどれもが、加州清光の買っていったものだ。
「そういえば清光がよく御用聞きに来てたのはあなたに会う口実だったんだねえ」
「そーだねー。最近しないもんね~」
審神者は合点がいったように言い、初期刀は少し意地悪く笑った。
「いや、別に、ちょっと買い物に行きたかっただけだし!」
加州清光は耳まで真っ赤にしている。
ああ、確かあの小物入れは、まだ彼と出会ったばかりの頃に買っていったものじゃなかったか。主にあげたいけど最近の流行りはよくわからないから、と聞かれた覚えがある。あの頃は、やはり『加州清光』は主想いだなとばかり思っていたけれど。
──ねえ、ちょっと聞いていい?
いつもなんでもないような顔をして声をかけられていた。てっきりわたしばかりが焦がれていると思ったのに。
初めてデートした時のように、今日のお茶とお菓子の味はまったくわからなかった。
わたしたちの馴れ初めだとか、本丸での加州清光だとか、そんな話をしていたらあっという間に時間は過ぎた。審神者に別れの挨拶をする。
「本日は、お時間頂きありがとうございました」
「いいえ、こちらこそお忙しい中ありがとうございました。これ、わたしの個人的な連絡先です。困ったらいつでも連絡してください。あ、困ってなくても。愚痴とかも全然大丈夫ですからね!」
愚痴が前提なのか……と思うけれど、彼女の経験から出てくる言葉なのかもしれない。ありがたく連絡先を交換した。
来た時と同じように、初期刀が門まで見送りに来た。
「じゃ、また遊びに来てね~。自分から告白も出来ない情けないやつだけど今後もよろしく」
「主に告白出来ないあんたに言われたくないんだけど!」
馴れ初め話でからかわれた加州清光が反撃する。
「俺はもう伝えてるよ」
が、反撃にはならなかったらしい。
「お前たちとかたちは違うけど愛し合ってるから。恋愛だけが愛のかたちじゃないけど、お前たちを見てるとそういうのも楽しそーね」
加州清光は二振り目の頭を撫でた。こうしているのを見ると兄弟みたいだ。
「さ、遅くならないうちに送ってきな」
二人で門を出た。
「……お疲れ様」
加州清光が言った。
「はい、お疲れ様。……本丸だと、あんな感じなんだ」
なんだか、可愛かったなあ。加州清光は、噂よりもクールな刀かと思っていたけど、ああして見るとやっぱり『可愛い』のかもしれない。
「……なんだか、審神者さんが羨ましいなあ」
「俺は、主のことは主として好きなだけだよ」
加州清光はちょっと慌てたように言った。
「わかってる、そういう意味じゃないの。ただ今日はすごく可愛かったから」
「かっ……」
あ、赤くなった。それを隠すみたいに、加州清光はそっぽを向いてしまう。
「だから審神者さんが羨ましいなって。いつもはなんていうか……」
落ち着いてて、エスコートもスマートで。こんな風に慌てたり照れたりするところを見たことがなかった。
「……もしかして、わたしの前では結構無理してた?」
「無理、っていうか……カッコ悪いとこは、見せたくないじゃん……」
加州清光の声はだんだん小さくなる。
「──そっか、だからいつもかっこよかったんだね」
加州清光はちょっと驚いた顔でわたしを見て、それからまた顔を逸らしてしまう。
「……でも、そういう可愛いところも、新しく知れて嬉しい」
「そ、そう……」
小さな声で返事をした加州清光はまだわたしから顔を逸らしている。赤くなった耳の傍に、髪飾りみたく桜の花びらがついていた。
「本当、可愛らしいお嬢さんだったなあ……」
主は客人の姿を思い浮かべて笑みを見せる。
「照れた時に耳がパタンってなるの、すごく可愛くなかった? おめめもくりっと可愛くて、毛並みもつやつやでふさふさで……」
客人は艶やかな黒毛の猫のお嬢さんだった。二足歩行し服を着る通常の獣とは違う彼女らが何者であるのか、俺はよく知らない。まあ政府管理下の万屋で働いている以上悪いものではないのだろう。
「一目惚れするのも無理ないね、あれは……」
ああ、でも、と主は顔を曇らせる。
「本当にあの子とうまくいくのかな?」
「信用ないな~。『俺』ってそんなにパートナーに不義理に見える?」
「あなたがっていうか……少し、不穏な逸話があるじゃない?」
「ああ──」
主の気にしているのは、沖田総司に残る逸話だ。黒猫を斬ろうとしたというが、後年の創作ともいわれ真偽は定かでない。しかし史実であれ創作であれ、『人人の想い』から生まれるのが刀剣男士だ。
「でも『斬れなかった』のが逸話だよね。だったら、心配なんてないんじゃない」
「──だと、いいのだけど」
主の心の曇りは晴れないようだ。
「そーね……あんたの経験上人間同士はうまくいかないんだから、異類なら案外うまくいくんじゃないの?」
少し皮肉を込めてやれば、憂い顔はどこへやら俺をじろりと睨む。
「どーせわたしは人間とうまくいきませんよ」
「でも、刀とはうまくやってる」
「刀、だもの。持ち刀は主に逆らわないし、好意を抱くものだよ」
主は少し寂しそうに笑う。
「そーよ。俺はあんたの持ち刀」
俺は傍らに置いていた刀を持ち、姿勢を正して主に差し出す。
「あんただけの加州清光。あんたの命に従って、あんたのことだけ愛してる。主はそれが不満?」
主は瞬きをして、それから唇を吊り上げた。俺の差し出した刀を赤い指先で受けとる。
「ないとも、わたしの加州清光」
『俺』を胸に抱き、満足そうに微笑んだ。
「この命尽きるまで──いや、なんなら地獄まで来る? 実はこの本丸、地獄でも暴れようって血の気の多い連中が多くて。あなたもどう?」
「……あんたっていきなり重い告白をしてくるね」
なるほど、人間にはあまりに重い要求だ。主の過去はよく知らないが、人間相手にこの愛情はうまくいきはしないだろう。
「もちろん、あんたが望むなら地獄でも。俺があんたの一番なんだから」
約束、だよ。
そう言って主は俺の刀に頬を寄せた。
二振り目の俺とお嬢さんのような関係には、主と俺はなれそうもない。それでも、俺はこのかたちの愛でいいと思う。人間同士では到底結べない愛が、確かにここにあるのだから。
2021/01/04 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載