刀剣乱舞の夢小説

初恋審神者と鈍感長谷部の話

 第一印象は意外に目つきが悪いな、だった。
 へし切長谷部といえば、主想いの頼れる刀ともっぱらの噂で、実際に演練で目にした彼は正にその通りだった。わたしは彼に仕えられる審神者のことをうらやましくなってしまったくらいだ。
 ──なのだけど、実際に鍛刀し出会ったへし切長谷部に抱いたわたしの印象は前述の通りである。それどころか、わたしは彼を少し怖いと思ってしまった。
 彼のように男らしい──と言うと先にいた刀剣たちに怒られてしまうか──軍人らしい、眼光鋭い青年が我が本丸に来たのは初めてだったのだ。それまでは見目愛らしい短刀たち、加州清光や鯰尾藤四郎を始めあどけなさを残す打刀と脇差たち、大人の外見ではあるけど物腰柔らかな歌仙兼定や蜂須賀虎徹──そんな刀たちに囲まれていたから、余計にだろうか。
 では長谷部の物腰は柔らかくないのかといえば、そんなことはない。戦場では苛烈な一面を見せるが、それはどの刀剣男士も同じことだ。本丸にいる時はいつも丁寧な態度で、忠誠心は噂通りで。だけどそれは事務的なもののように感じられた。他の刀剣たちと違って、彼には距離を取られている気がする。どうしたらあの演練で見たへし切長谷部のように──。
 そこまで考えて、わたしは気がついた。わたしがうらやましかったのは、あの審神者がへし切長谷部に仕えられていたことではないのだと。

 この本丸の第一印象は、なんて弱そうなのだ、だった。
 主は小娘。彼女よりも幼い短刀たち。短刀たちよりは大きくてもまだあどけない脇差と打刀に、剣よりも筆が似合いそうな男たち。こんな連中が本当に戦えるのかと疑問に思った。
 しかし実際に戦場へ出れば彼らは勇ましく戦い、先の不安はすぐに払拭された。歴史修正主義者という化け物たちとの戦いには、むしろ彼らに学ぶことが多いほどだった。
 そして主は──多くの刀を従えるにしては、やはり頼りなく思えた。いつも俯き加減にしているし、言葉を詰まらせることも多い。特に新入りのことはよく思っていないのか、距離を取られている気さえする。
 ──長谷部がこわいかおをするからですよ。
 とは、今剣の言葉だがそんなつもりはない。この身が折れるまでお仕えするつもりでいる。たとえ誰が主になろうとも、それが『刀』の務めなのだから。
 ふと──襖の向こうに気配を感じ、思考が止まる。この部屋の前にいるが、声もかけない。敵意は感じないが、短刀が悪戯でも考えているか。
「何か用か」
 そう声をかけると、予想よりも高い声が聞こえた。
「あ、あの! 長谷部っ、今、時間ある?」
 少し詰まりながら話すこの声は。
「主! お呼びくださればすぐ馳せ参じましたものを──」
「あの、いえ、来たかった、の。ちょっと開けてもらえる?」
 襖を開けると、主は両手で盆を持っていた。その上には茶と菓子が載っている。
「一緒に、お茶を飲まない? お話を──」
 盆から主の顔へ視線を動かす。いつもは俯いている顔が上げられて、少し潤んだ目がしっかりと俺を見ていた。
「だ……だめかしら」
 間が出来てしまった為か、主はさらに瞳を潤ませた。
「まさか! 光栄にございます」
 とは言うもののこんな狭い部屋で主をもてなすのも難しい。せめてもと二枚しかない座布団を重ねた。
「は、長谷部の分が」
「いえ、お構いなく」
「でも、あの……いえ、ありがとう」
 ためらいながらも主は座った。赤くなったり視線を泳がせたりしていたが、とりあえず茶を飲む。
「折り入ってお話とは。何か密命でも?」
「え? いえ……そういう話ではないの。その──おしゃべり、したくて」
「は」
 おしゃべり。つまりは暇潰しの相手なのか。
「……俺より適任者が他にいるのでは」
「違──その……あ──あなたと仲良くなりたいの!」
 何故か赤くなりながら主は言った。……仲良く、とは。
 ──そうか。主が俺と距離を取っていたのは紛れもない事実だったのであろう。しかし主が信の置けない刀が部隊にいるとなっては全体の士気に拘わる、そういう配慮なのだろう。
 まだ幼く戦えぬ主と不安に思ったこともあるが、彼女は彼女なりに主君としての役割を果たそうとしているのだ。ならば。
「はい! このへし切長谷部、主のお気持ちに全力でお応え致します!」
 ごとん、と主の手から湯飲みが落ちた。幸い中身は空であったようだ。何故か湯飲みを取り落とした主は両手で顔を覆い、耳を真っ赤にしていた。

2017/07/02 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
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