GX一話完結短編
カラッポ
「アニキって好きなひといるの?」
丸藤翔にそう聞かれて、遊城十代は元気よく答えた。
「デュエルが好きだぜ!」
「『ひと』じゃないじゃん」
翔が呆れた顔をしたので十代は言い直す。
「翔も好きだよ」
「うん、そういうのでもなくて。せっかく告白されたんだから、ちょっと付き合ってみたらいいのに……」
翔は自分が何か失ったみたいに残念そうにする。
「デュエルなら付き合うって言ったけど、断ったの向こうだぜ」
「そりゃ向こうはデュエルしたいわけじゃないから」
「オレはデュエルがしたい」
「まあアニキはそうだよね……」
翔は肩を落とした。
「告白されるなんてめったにないのに、もったいないなぁ……」
めったにでもないけど、と十代は思ったが口にはしなかった。たぶん翔はもっとがっかりするだろう。中学生の頃にも何回かあった。今回のように「デュエルなら付き合う」と言うと向こうから断ってくる。いつものことだ。
誰か好きなひとでもいるの、と聞かれたときに思い浮かぶのはいつもカードだ。好きだから付き合ってほしいと言われたときに思い浮かぶのも。だから十代は自分が一番好きなのはデュエルだと思う。
けれど翔に言われたように「好きな『ひと』」と言われたのにいつもカードが思い浮かぶのはなぜだろう。人間とカードの区別がつかないわけではないのだが。でも一番すきなひとをイメージしようとしたときに脳裏にはいつも一枚のカードが浮かぶのだ。
──一枚のカード。
デッキではない。たった一枚のカード。でも、なぜかいつもそのカードの表は見えない。裏側のあの模様ははっきり見えるのに。いや、見えないというより「ない」のかもしれない。何かカラッポのように感じるのだ。カードなのだからカラッポもなにもないはずなのに。
──考えても仕方ないか。
十代はいつもそうして考えるのをやめる。たぶんどんなに考えても思い出せないのだ。子供の頃、十代は事故で少し記憶を失ってしまったらしい。病院で目が覚めたときにそう説明された。実際、退院直後は友達の名前が思い出せなかったり、仲がよかったはずの近所のお兄さんのことが思い出せなかったりした。読み書きや計算までできなくなり、しばし学校の授業についていけなくなって難儀した。十代の記憶はあのカードの表側がカラッポなように、いろんなことがところどころカラッポなのだ。最初は気にしていたけれど、しばらくして考えることをやめた。医師からも気にしないように言われていた。今となっては、普段は忘れたことさえ忘れてしまうほどに。
だからカードのことも。
思い出せなくても支障はないはずだ。
それなのにあのカードだけはいつまでも「カラッポであるということ」を忘れることができない。
──考えても仕方ないんだ。
そうして考えるのをやめないと、悲しくて、寂しくて。
何か悪いことが起きる気がする。
どうしてかはわからないけれど。
名前が書けなくなった。
ゆうきじゅうだい。
それが自分の名前だ──と、思う。そのはずだ、と少年は思う。
自分の名前も、なにもかも、頭の中は白く塗りつぶされてしまったようによくわからない。病院に行ってからずっとそうだ。思い出せないことがあっても怖がらなくていい、気にしなくていい、と言われたけれど。
ゆうきじゅうだい。
■、う、さ、し、■、に、い──書こうとしたら、そんな字になった。間違えているし、「ゆ」が出てこない。ぐにゃりとして書きづらい。
小学校に上がる前には、ひらがなはすべて覚えたはずなのに。あいうえお表を見ながら、何回も紙に書いて。書いたらほめてもらえるから、書くのは楽しかった。
よくできたね、じゅうだい。
そう言って笑ってくれた。
──誰が?
おかあさん? 違う、もっと大きかった。
おとうさん? 違う、もっと大きかったし、声も高かった。
誰が。
自分をほめてくれたんだろう。
■■■、かけたよ、■■■のなまえ!
そんな風に名前を書いたはずだ。その相手は、笑ってくれた──気がする。
ありがとう、じゅうだい。うれしいよ。
そう言ってくれた──と、思う。でも、誰が?
母でも父でもない。忙しく働くふたりに、そんなことをした覚えがない。
名前が書けないだけじゃない。他にもいくつかの文字が頭から消えているし、数字はなんとか書けるけれど、計算もうまくできなくなった。前はもう少しできた気がする。
病院に行く前から計算は得意ではなかった。でもデュエルに使えるからがんばろうと思った。算数はデュエルで役に立つよ、と誰かに言われた気がする。
ただいま、■■■。ねえ、デュエルしようよ!
宿題はないのかい。
さんすうドリル……。
先にやっておかなくちゃ。算数はデュエルで役に立つよ──。
そんな会話をしたような気がする。
誰と?
「ただいま」
そんな声をかけても、広い家には誰もいない。
■■■。
誰かを呼びたいのに、その名前さえわからない。思い出そうとしても、頭の中は白く塗りつぶされて。広い家が誰もいなくてカラッポなように、頭の中でもなにかがカラッポになってしまった。
寂しい。悲しい。目が熱くなって、涙があふれそうになる。
──ないたらダメ。だって、ないたら──。
泣いたら、なんだ?
なにか大事なことだった気がするのに、それさえ思い出せない。
──ボクがもっと……。
もっと、なんだっけ?
ボクがもっと、ボクがもっと……。
もっと強ければ、という想いは記憶を封じられても幼い頃からずっと心の底にくすぶって、暴走したそれはきっと本来の願いとは違う方向に、最悪のかたちで成就した。
多くを傷つけて、友人たちに救われて、記憶を取り戻して、力をコントロールできるようになって──。
離れ離れだった魂をひとつにした。
別の存在だったはずなのに、ひとつになった魂はもとからそうだったように違和感がない。今となってはふたつだったときの方が欠けていたと感じるほどに。
カードの表側は、頭の中でもこの手の中でももうカラッポじゃない。
「──そういうのを穴があくほどっていうのかな」
カードの向こうにユベルが姿を現した。逆さまになって十代の顔を覗き込みくすくすと笑う。
「ボクを見つめてくれるのは嬉しいけどね」
カードの絵と同じ顔が、絵にはない熱を宿す目を細める。
「どうしてそんなに見つめてるんだい」
「──ずっとカラッポだったから」
「カラッポ?」
「……記憶が消えてから、カードの裏側ははっきり見えるのに、表側は見えなくて」
十代はユベルの前でカードの表裏を変えながら言った。
「頭の中でなにかがカラッポな感じがしてたんだ」
それが悲しくて、寂しくて。そんな感情は口にしなかったけれど。
ユベルは逆さまの状態からくるりと反転して、触れられない手で十代の頭を撫でる。
「──覚えてたんだ」
「覚えてはないよ」
「でも『いた』ことを覚えてた」
ユベルは十代を抱きしめる──実際に触れることはできなくても。
小さな頃もそうだった。触れられない手で、十代を撫でて抱きしめてくれた。子供の頃に伸ばした十代の手は、ちゃんとユベルの背に届いていただろうか。記憶を取り戻したのに、そのことは覚えていなかった。
「……やっぱり記憶力悪いなあ」
「キミは昔からそうだ」
ユベルにそう言われるということは、記憶操作の影響だけでなくもとよりそうだったのだろう。ユベルは抱きしめる格好から少し離れて十代を見つめる。
「……馬鹿は死んでも治らないというが……」
「真剣な顔で言わないでくれよ……」
「まあ、キミが馬鹿でもボクがついてるさ」
ユベルは唇の端を上げた。その目は楽しそうな色をしていて、幼い頃でもユベルがこんな風に笑ってくれることはなかった気がする。幼い頃、ユベルはいつもどこか悲しげな目をしていたり、苛立ったりしていることが多かった。あの時から既に光の波動の影響で苦しんでいたのだろう。
「……そうだな。頼りにしてる」
十代も笑い返した。
「でも勉強はしなよ」
釘を刺すようにユベルは言った。
「それも昔から変わらないな……」
「言わないとやらないじゃないかキミ。ほら、もう片づけて寝な」
幼い頃とまるで同じようなことを言われた。床に広げていたカードを集め、デッキケースへとしまう。
思えば、小学生の頃はカードを学校に持っていけなかったが、今ならユベルも一緒に学校に行けるのか。それは少し楽しそうだと十代は思った。
しかし。
翌朝目覚めて感じたのは、これからなにがしか起こるであろうという、嫌な予感だった。それは十代だけでなく、ユベルも感じたようだった。
「やれやれだね。もとよりこの島は何事か起きやすいけど……」
「少し、見回りでもするか」
十代は制服に袖を通した。今は自分ひとりしか着る者がいない赤い制服。身体に合わせて新調したばかりだが、もし自分の存在がここに災いをもたらすなら、離れることも考えなければならないだろう。また自分のせいで学園のみんなを巻き込むわけにはいかない。
寮の外に出ると、自分の予感など不似合いなほどいい天気だった。穏やかな風が潮の香りを運んでくる。翔や万丈目は校舎からの距離や安普請が不満のようだったが、十代は海に近いこの寮のことがずっと好きだった。耳に届く潮騒も、狭いけれど賑やかで楽しい部屋も。
──大好きだった、な。
ユベルは十代の肩に触れられない手を置いた。二色の目が気遣わしげに十代を見ている。
「大丈夫──今度はやれるだけのことができる」
大好きな場所を、みんなを守れるなら、なんだってする。カラッポだったものを取り戻せたのは、学園のみんなのおかげだ。
十代は深呼吸して感傷的な気分を切り替える。
「行くか、ユベル。相棒」
笑顔をつくって、十代は階段を降りていった。
──オレがいなくなれば。
レッド寮がカラッポになってしまうなと、頭の隅で思った。
2024/10/10
「アニキって好きなひといるの?」
丸藤翔にそう聞かれて、遊城十代は元気よく答えた。
「デュエルが好きだぜ!」
「『ひと』じゃないじゃん」
翔が呆れた顔をしたので十代は言い直す。
「翔も好きだよ」
「うん、そういうのでもなくて。せっかく告白されたんだから、ちょっと付き合ってみたらいいのに……」
翔は自分が何か失ったみたいに残念そうにする。
「デュエルなら付き合うって言ったけど、断ったの向こうだぜ」
「そりゃ向こうはデュエルしたいわけじゃないから」
「オレはデュエルがしたい」
「まあアニキはそうだよね……」
翔は肩を落とした。
「告白されるなんてめったにないのに、もったいないなぁ……」
めったにでもないけど、と十代は思ったが口にはしなかった。たぶん翔はもっとがっかりするだろう。中学生の頃にも何回かあった。今回のように「デュエルなら付き合う」と言うと向こうから断ってくる。いつものことだ。
誰か好きなひとでもいるの、と聞かれたときに思い浮かぶのはいつもカードだ。好きだから付き合ってほしいと言われたときに思い浮かぶのも。だから十代は自分が一番好きなのはデュエルだと思う。
けれど翔に言われたように「好きな『ひと』」と言われたのにいつもカードが思い浮かぶのはなぜだろう。人間とカードの区別がつかないわけではないのだが。でも一番すきなひとをイメージしようとしたときに脳裏にはいつも一枚のカードが浮かぶのだ。
──一枚のカード。
デッキではない。たった一枚のカード。でも、なぜかいつもそのカードの表は見えない。裏側のあの模様ははっきり見えるのに。いや、見えないというより「ない」のかもしれない。何かカラッポのように感じるのだ。カードなのだからカラッポもなにもないはずなのに。
──考えても仕方ないか。
十代はいつもそうして考えるのをやめる。たぶんどんなに考えても思い出せないのだ。子供の頃、十代は事故で少し記憶を失ってしまったらしい。病院で目が覚めたときにそう説明された。実際、退院直後は友達の名前が思い出せなかったり、仲がよかったはずの近所のお兄さんのことが思い出せなかったりした。読み書きや計算までできなくなり、しばし学校の授業についていけなくなって難儀した。十代の記憶はあのカードの表側がカラッポなように、いろんなことがところどころカラッポなのだ。最初は気にしていたけれど、しばらくして考えることをやめた。医師からも気にしないように言われていた。今となっては、普段は忘れたことさえ忘れてしまうほどに。
だからカードのことも。
思い出せなくても支障はないはずだ。
それなのにあのカードだけはいつまでも「カラッポであるということ」を忘れることができない。
──考えても仕方ないんだ。
そうして考えるのをやめないと、悲しくて、寂しくて。
何か悪いことが起きる気がする。
どうしてかはわからないけれど。
名前が書けなくなった。
ゆうきじゅうだい。
それが自分の名前だ──と、思う。そのはずだ、と少年は思う。
自分の名前も、なにもかも、頭の中は白く塗りつぶされてしまったようによくわからない。病院に行ってからずっとそうだ。思い出せないことがあっても怖がらなくていい、気にしなくていい、と言われたけれど。
ゆうきじゅうだい。
■、う、さ、し、■、に、い──書こうとしたら、そんな字になった。間違えているし、「ゆ」が出てこない。ぐにゃりとして書きづらい。
小学校に上がる前には、ひらがなはすべて覚えたはずなのに。あいうえお表を見ながら、何回も紙に書いて。書いたらほめてもらえるから、書くのは楽しかった。
よくできたね、じゅうだい。
そう言って笑ってくれた。
──誰が?
おかあさん? 違う、もっと大きかった。
おとうさん? 違う、もっと大きかったし、声も高かった。
誰が。
自分をほめてくれたんだろう。
■■■、かけたよ、■■■のなまえ!
そんな風に名前を書いたはずだ。その相手は、笑ってくれた──気がする。
ありがとう、じゅうだい。うれしいよ。
そう言ってくれた──と、思う。でも、誰が?
母でも父でもない。忙しく働くふたりに、そんなことをした覚えがない。
名前が書けないだけじゃない。他にもいくつかの文字が頭から消えているし、数字はなんとか書けるけれど、計算もうまくできなくなった。前はもう少しできた気がする。
病院に行く前から計算は得意ではなかった。でもデュエルに使えるからがんばろうと思った。算数はデュエルで役に立つよ、と誰かに言われた気がする。
ただいま、■■■。ねえ、デュエルしようよ!
宿題はないのかい。
さんすうドリル……。
先にやっておかなくちゃ。算数はデュエルで役に立つよ──。
そんな会話をしたような気がする。
誰と?
「ただいま」
そんな声をかけても、広い家には誰もいない。
■■■。
誰かを呼びたいのに、その名前さえわからない。思い出そうとしても、頭の中は白く塗りつぶされて。広い家が誰もいなくてカラッポなように、頭の中でもなにかがカラッポになってしまった。
寂しい。悲しい。目が熱くなって、涙があふれそうになる。
──ないたらダメ。だって、ないたら──。
泣いたら、なんだ?
なにか大事なことだった気がするのに、それさえ思い出せない。
──ボクがもっと……。
もっと、なんだっけ?
ボクがもっと、ボクがもっと……。
もっと強ければ、という想いは記憶を封じられても幼い頃からずっと心の底にくすぶって、暴走したそれはきっと本来の願いとは違う方向に、最悪のかたちで成就した。
多くを傷つけて、友人たちに救われて、記憶を取り戻して、力をコントロールできるようになって──。
離れ離れだった魂をひとつにした。
別の存在だったはずなのに、ひとつになった魂はもとからそうだったように違和感がない。今となってはふたつだったときの方が欠けていたと感じるほどに。
カードの表側は、頭の中でもこの手の中でももうカラッポじゃない。
「──そういうのを穴があくほどっていうのかな」
カードの向こうにユベルが姿を現した。逆さまになって十代の顔を覗き込みくすくすと笑う。
「ボクを見つめてくれるのは嬉しいけどね」
カードの絵と同じ顔が、絵にはない熱を宿す目を細める。
「どうしてそんなに見つめてるんだい」
「──ずっとカラッポだったから」
「カラッポ?」
「……記憶が消えてから、カードの裏側ははっきり見えるのに、表側は見えなくて」
十代はユベルの前でカードの表裏を変えながら言った。
「頭の中でなにかがカラッポな感じがしてたんだ」
それが悲しくて、寂しくて。そんな感情は口にしなかったけれど。
ユベルは逆さまの状態からくるりと反転して、触れられない手で十代の頭を撫でる。
「──覚えてたんだ」
「覚えてはないよ」
「でも『いた』ことを覚えてた」
ユベルは十代を抱きしめる──実際に触れることはできなくても。
小さな頃もそうだった。触れられない手で、十代を撫でて抱きしめてくれた。子供の頃に伸ばした十代の手は、ちゃんとユベルの背に届いていただろうか。記憶を取り戻したのに、そのことは覚えていなかった。
「……やっぱり記憶力悪いなあ」
「キミは昔からそうだ」
ユベルにそう言われるということは、記憶操作の影響だけでなくもとよりそうだったのだろう。ユベルは抱きしめる格好から少し離れて十代を見つめる。
「……馬鹿は死んでも治らないというが……」
「真剣な顔で言わないでくれよ……」
「まあ、キミが馬鹿でもボクがついてるさ」
ユベルは唇の端を上げた。その目は楽しそうな色をしていて、幼い頃でもユベルがこんな風に笑ってくれることはなかった気がする。幼い頃、ユベルはいつもどこか悲しげな目をしていたり、苛立ったりしていることが多かった。あの時から既に光の波動の影響で苦しんでいたのだろう。
「……そうだな。頼りにしてる」
十代も笑い返した。
「でも勉強はしなよ」
釘を刺すようにユベルは言った。
「それも昔から変わらないな……」
「言わないとやらないじゃないかキミ。ほら、もう片づけて寝な」
幼い頃とまるで同じようなことを言われた。床に広げていたカードを集め、デッキケースへとしまう。
思えば、小学生の頃はカードを学校に持っていけなかったが、今ならユベルも一緒に学校に行けるのか。それは少し楽しそうだと十代は思った。
しかし。
翌朝目覚めて感じたのは、これからなにがしか起こるであろうという、嫌な予感だった。それは十代だけでなく、ユベルも感じたようだった。
「やれやれだね。もとよりこの島は何事か起きやすいけど……」
「少し、見回りでもするか」
十代は制服に袖を通した。今は自分ひとりしか着る者がいない赤い制服。身体に合わせて新調したばかりだが、もし自分の存在がここに災いをもたらすなら、離れることも考えなければならないだろう。また自分のせいで学園のみんなを巻き込むわけにはいかない。
寮の外に出ると、自分の予感など不似合いなほどいい天気だった。穏やかな風が潮の香りを運んでくる。翔や万丈目は校舎からの距離や安普請が不満のようだったが、十代は海に近いこの寮のことがずっと好きだった。耳に届く潮騒も、狭いけれど賑やかで楽しい部屋も。
──大好きだった、な。
ユベルは十代の肩に触れられない手を置いた。二色の目が気遣わしげに十代を見ている。
「大丈夫──今度はやれるだけのことができる」
大好きな場所を、みんなを守れるなら、なんだってする。カラッポだったものを取り戻せたのは、学園のみんなのおかげだ。
十代は深呼吸して感傷的な気分を切り替える。
「行くか、ユベル。相棒」
笑顔をつくって、十代は階段を降りていった。
──オレがいなくなれば。
レッド寮がカラッポになってしまうなと、頭の隅で思った。
2024/10/10