GX最終回後短編集

 最近暴れまわる人間がいるらしくて困ってるんです。助けてください、覇王様。
 精霊たちにそう言われて、遊城十代は異世界の湿地に来ていた。長靴でも履いてくればよかったと後悔したがもう遅い。ユベルにちょっと運んでくれと頼んだが嫌だとすげなく断られた。仕方なく十代はずぶ濡れになった靴の気持ち悪さに耐えながら湿地を歩いている。
「だからボクは反対したのに」
 ユベルはあんなふわふわした連中は相手にするな、と最初から言っていた。このあたりの連中はふわふわしてて好きじゃない、というのがユベルの意見だ。
 ふわふわしてるってなんだよ、と思ったが、精霊たちと話してみるとその理由がわかった。
「人間ってどんなやつ?」
「大きいよ」
「小さいよ」
「男? 女?」
「男じゃないかな」
「女だよ」
 質問するとそんな返事ばかりが返ってくる。西へ行った東へ行った、いや北だ南だと精霊たちの証言はバラバラ。仕方なく十代はそこら辺を歩き回って、湿地にたどり着いた。一応比較的ふわふわ「していない」精霊にこのあたりで人間を見たと聞いたので多少の信頼性はある、はずだ。
「だいたい、便利屋じゃないんだよ『覇王』ってのは」
 キミはホイホイなんでも受けすぎ、とユベルは口をとがらせる。精霊たちのちょっとした頼みごとを聞いたりしていたら、あっという間に「覇王様に頼めば助けてもらえるらしい」と広まってしまったのだ。そうしてもろもろ頼まれているうちにここまで来てしまった。
「しばらく覇王城でのんびりしてればよかったのに」
「別に支配者になりたいわけじゃないからなあ……」
 そもそも今回異世界に来たきっかけは『覇王』の名を騙り悪さをしていた連中がいたからだ。その連中は昔の『覇王十代』の元配下だった者もいればまったく知らない者もいた。十代としては穏便に解決したかったのだが、なかなかうまくいかなかった。結局覇王城を根城にしていた連中を穏便ではない方法で追い出したら「覇王様が復活した」と大騒ぎになってしまった──なぜか歓迎される方向で。
「あのあたりの連中は支配者がいる方が好きなんだから、『覇王様』してあげた方が喜んだと思うよ」
 十代としては歓迎されることが居心地が悪い。自分のしたことを思えば石を投げられたってまだ生ぬるい。だがユベルの言うとおり、あのあたりでは『覇王様』がいる方が嬉しそうだった。
「オレには向いてないって」
「そのわりにはE-HEROも使いこなしてた」
「突然ドローしたときマジでびっくりしたけどな」
 ならず者たちとのデュエルの最中、なぜかデッキの中にE-HEROや悪魔族のカードが入っていた。彼ら自身の意志で十代のデッキに入り込んだものだった。
 かつて覇王十代が惨劇のために用いたカードたち──E-HEROを自分が使うことはないと思っていた。でも実際に彼らと共にデュエルをすると、彼らが再び共にいたいと望んでいることが伝わってきた。
 ──またあのときのように間違ってしまったら?
 そんな不安がないわけではなかった。心の闇に支配されてしまったことは、十代にとっては思い出したくない、しかし忘れてはならない出来事だ。力に溺れてはならない。でも、宿命を果たすために力は必要だ。それに一度共にデュエルをしたら、彼らもまた仲間なのだと感じた。だから今はE-HEROたちも共にいる。
 ユベルはE-HEROたちが仲間になったことを特に喜んでいた。「悪魔族が多いし当然ボクがエースだよね?」というユベルの言葉にマリシャス・デビルが微妙な顔をしていたように見えたのは十代の気のせいだろうか。
 パシャリと水音がした。そこらじゅうが水溜まりではあるのだが、それより大きな池がある。そこからカエル型の精霊が顔を覗かせていた。大きな目でじっと十代を見つめる。
「おーい、ちょっといいか? このあたりで人間見てないか?」
「……もしかして覇王様?」
「うん、まあ──」
「覇王様が来たぞーーー!!!」
 カエルは大きな口を開けて叫んだ。とたんに池や水溜まり、木陰などから大量の精霊が出てくる。カエルたちがゲロゲロと騒がしく鳴き出した。
「歓迎はされてないね」
 ユベルはやや警戒しながら周囲を見回した。
「みたいだな」
 だが、カエルたちは攻撃しようという様子でもない。十代を取り囲んでいるが物珍しそうに見るばかりだ。
「わあ、覇王だって」
「本当に来たんだ」
「あれがあ?」
「結構弱そう」
 カエルの鳴き声と共にそんな言葉が聞こえてくる。
「来たわね、覇王! カエルたちをいじめるならわたしが相手になるわよ!」
 デュエルディスクを持った女が走ってきた。これがこのあたりで暴れまわっているという人間だろうか? 同い年くらいかと十代は思う。
「ん? もしかして遊城十代!?」
 十代の顔をじっと見ると女は言った。
「久しぶりね! わたしローズよ、覚えてる? デュエルアカデミアで一緒だった」
 名乗られても十代にはあまり覚えがない。デュエルアカデミアの女子生徒は明日香とジュンコとももえ、レイくらいしか親しくなかったように思う。
「あ、覚えてないか。あなた有名人だったけど、わたしはただの生徒だったし。昔一回デュエルしたのよ。王子様も一緒に」
 ローズがそう言うと、彼女の後ろから王子のような服を着たカエルの精霊が出てくる。その姿を見たとたんに記憶が蘇った。
「あ! カエルデッキの!」
「そうそう!」
 思い出した。確か光の結社と──。
「斎王先輩と十代のどっちが修学旅行先決めるかって対決だったわよね。斎王先輩ってあの頃大人気でみんな光の結社とかいってファンクラブみたいなの作ってて……」
「ファンクラブ……?」
 十代は耳を疑った。光の結社が斎王琢磨のファンクラブ?
「人気だったのよ斎王先輩。カリスマ性ある人だったじゃない。みんな彼の真似して白い制服着て。わたしは着てないけど」
 なるほど、学園内でのあの出来事を後から言葉にするなら「一人のカリスマ性ある生徒とそのファンクラブ」になるのか。その実態が「破滅の光によるマインドコントロール」だったなんて、他の生徒は知らなかったのだから。
「斎王先輩はわたしの精霊が見えるって話も馬鹿にせず聞いてくれて、いい先輩だったわ。学年末に入院したって聞いてその後は知らないんだけど……」
「あ、今は元気だぜ」
「そうなの? よかったわ。あれからもう十年くらい経つかしら。十代って全然変わらないわね」
「よく言われる。ローズはだいぶ変わったなあ」
 そうね、とローズは笑った。顔にはあの頃の面影があるが、それ以外は学生時代とあまりにも違った。当時はそれこそお姫様のようなドレスを着ていたが、今は黒いシャツに迷彩柄の丈夫そうなジャケットとパンツで、まるで軍人のようだ。
「そちらの精霊はパートナー?」
「ああ。ユベルだ」
「ローズよ。こちらはカエルの王子様。よろしくね、ユベル」
 ローズはユベルに微笑み、カエル王子は礼儀正しく一礼した。
「……ヨロシク」
 ユベルはやや無愛想ながらも返事をした。
「にしても、なんでこんなとこに?」
「わたしは王子様の呪いを解く方法を探してるのよ。今はこの沼地の魔女の解呪薬を試そうと材料集めてるところ」
「へえ、すげーな。オレは暴れまわってる人間がいるからなんとかしてくれって精霊たちに言われて探してたんだけど……でもローズじゃなさそうだな」
「もしかしてヘビの連中に頼まれた? カエルたちをいじめてたのを追っ払ったら覇王様に言いつけてやるとか言って逃げていったのよ」
 ローズは眉をつり上げた。
「いや? ヘビからは何も頼まれてないけど……」
「じゃあ別の人間がいるのかしら?」
 人間がそう簡単に来られる場所ではないのだが──現にローズはいるのだから、もう一人くらいいるのだろうか。
「彼女の噂があのふわふわした連中に届いただけで、そもそも『暴れまわる人間』がいなかったんじゃないの?」
 ユベルがため息をついた。
「そもそも暴れまわる人間がいる『らしい』って伝聞で言ってたし、話がバラバラなのも実際には見てないのに噂だけで見た気になってたんだよ。馬鹿らしい……」
「まだそうと決まったわけじゃないだろ。ローズはこのあたりに人間がいるって話は聞いたことあるか?」
「ないわね。あなたたちもわたし以外の人間は見てないわよね?」
 ローズがカエルたちに訊ねる。カエルたちは騒がしく「ない」と答える。
「見てないなー」
「女王様しか来てないよね」
「そうそう」
「人間が来たの女王様が初めてじゃないかなぁ」
「そうだっけ?」
 ここのカエルたちもユベルのいう「ふわふわした」雰囲気がある。さすがに人間を見たら覚えているだろうから信じていい気がするが。
「ローズって女王様って呼ばれてんだ」
「気がついたらね。あなたは覇王様? 精霊のあだ名って大袈裟よね」
 十代の場合はあだ名でもないのだが、そうだなと答えた。
「一度噂の出所を探した方がいいんじゃないか?」
 ユベルが言った。
「そうかもな。ローズ、そのヘビたちってどのあたりにいるかわかるか?」
「ここからだと西の方ね。ええと──」
「ボク案内しようか?」
 たくさんのカエルのうちの一匹が言った。
「ありがとな」
「そのかわり、女王様が覇王様の土地のあたり行くときは案内してあげてね」
「オレは直接行けないかもしれないからあの辺の連中に伝えとくよ」
「それってどのあたり?」とローズが訊ねる。
「暗黒界の辺ならオレの名前通ると思う」
「じゃあ今度はそっちの方に行ってみようかしら」
「女王様どこか行っちゃうの?」
「ずっとここにいてよう」
 周囲のカエルがゲロゲロと騒ぎ出す。
「女王様も忙しいんだから、無理言ったらダメだよ」
「そうそう」
「でも寂しいよぉ……」
 ローズはカエルたちからずいぶん慕われているようだった。ローズはカエルたちに笑いかける。
「王子様の呪いを解くために、いろんなところに行きたいの。でも、また遊びに来るわ」
「ほんとに?」
「絶対また来てね」
 でも寂しい、邪魔しちゃダメだよ、などカエルたちはやかましく鳴いている。十代は少し自分が覇王城を離れたときを思い出した。
 ──もう少し顔を見せに行った方がいいのかな。
 あまりいい思い出はないのだが。前回は歓迎されるばかりだったが、そうでない者も多くいる。すべて自分のやったことだ。こうして精霊たちの頼み事を聞いているのも、罪悪感を薄めたいだけなのかもしれない。
「さて、いろいろ話したいけどそろそろ行かなきゃ。またね十代。次はデュエルしましょ」
「ああ」
 ローズと別れ、カエルに案内されてヘビのいるという西の森へ向かった。
 ヘビたちは存外おとなしかった。カエルたちにはやりすぎたと謝り、噂を流したことも認めた。
「でも本当に覇王様が来ると思わなくてさー」
「意外と噂になっちゃったんだね」
 ごめんなさい、とヘビたちは謝った。やっぱり、とユベルが小さくつぶやく。
「まあ危険な人間がいなかったならそれでよかったよ」
 それに穏便に終わったのはいいことだ。穏便ではない手段を取るのはあまりいい気分がしない。
「覇王様、来てくれたついでにちょっとお願いしていい?」
 ヘビの言葉にユベルがため息をついた。
「……とりあえず話は聞くよ」
「ボクは止めたからね」
 釘を刺すようにユベルが言った。
「……まあ、急ぎの用もないし……」
 ふてくされるユベルに十代は苦笑いする。それに。
 忙しくしていれば寂しくもない──。
 十代がそう考えていることをわかっているから、ユベルは文句を言いながらも止めはしないのだろう。
「しゃれこうべなんだけどね」
「しゃれこうべ?」
「しゃれこうべってなに?」
 ヘビの言葉におうむ返ししてしまった十代と、言葉の意味を訊ねるカエルの声が重なった。
「あー……人間の頭蓋骨だな、一般的には」
「ずがいこつ……」
「頭の骨だよ」
「頭の骨!」
 十代が説明してやるとカエルは口をパカッと開けた。ローズ以外にはカエルしかいない湿地に住んでいるから見たことがないのだろう。
「しゃれこうべがね、人間界に帰りたいって泣いてるからさー。覇王様って人間界から来たんでしょ? 連れてってあげてほしくて」
 頭蓋骨を人間界に持っていくといろいろと問題が発生しそうだ。しかし見捨てるのも寝覚めが悪い。
「骨って帰りたがるんだな……」
 ファラオを生まれた世界で弔うことができてよかったと思う。猫が異世界に骨を埋めることに抵抗があるかは知らない。十代の感傷に過ぎないのだとしても。
「いいぜ、同郷のよしみだ。……持ち帰ると遺体遺棄になっちまうけど」
「しゃべるしゃれこうべって時点で人間かどうかは怪しいからいいんじゃない」
 ユベルはなげやりに言った。人間の法律など、ユベルにとっては関心外だ。
「覇王様、ボクも行っていい? しゃれこうべ、見たい」
 カエルはしゃれこうべに興味があるようだった。今度はヘビに案内されてカエルと共に森の奥へと向かった。

「でね、覇王様はしゃれこうべと一緒に暗黒界の方に行くって」
「人間界じゃなくて?」
 十代を案内してきたカエルにローズは聞き返した。
「しゃれこうべはビールが飲みたいんだって。でも人間界に行くとただの骨になっちゃうかもってユベル様が言うから。このあたりにビールなさそうだから暗黒界に行くんだって」
「へえ……面白そうなしゃれこうべねぇ」
 ビールを飲みたがるしゃれこうべ。長年旅をしているがそんなものは見たことがない。
「しゃれこうべ、ボクたちみたいに跳ねて移動するけど湿地は苦手なんだって。覇王様が運んであげてたよ」
「口に泥とか藻とか入りそうだものね……」
 しゃれこうべが跳び跳ねて移動する姿はちょっと見てみたい気がする。旅をするうちに出会うこともあるのだろうか。
「覇王様ってやさしいんだね。もっと怖いひとかと思った」
「そうねぇ──」
 ローズがこの世界に来たばかりの頃は、覇王は恐ろしい存在だという話ばかり聞いた。村や町を襲ってたくさんの精霊をデュエルで負かして、みんな異空間に閉じ込めてしまったのだという。最初のうちは誰も戻って来ないから、残った者たちは彼らが死んでしまったのだと思ったそうだ。あるとき一斉に異空間から戻り、覇王も死んだと聞いてみんなほっとしたのだと、そんな話をされた。
 その「覇王」と「遊城十代」が同一人物とはローズには思えなかった。しかし「覇王」が猛威を振るったという時期と、遊城十代が行方不明だった時期──デュエルアカデミアでは彼が異世界に行ったと噂されていた──は一致する。ローズが異世界のことを調べていた時期だからよく覚えている。
 ローズがデュエルアカデミアの三年生の頃、精霊が見えるようになった。目が合って微笑んでくれたカエルの王子様を見たとき──彼に出会ったのはもっとずっと幼い時分だったことを思い出した。周りの人間から馬鹿にされたり怒られたりして、一度は見るのをやめて記憶も押し込めてしまった。それでもカエルの王子様に心惹かれることを止めることはできず、ローズにはカエルの向こうに人間の姿の王子様が見えるようになった。あのとき周りの人が信じてくれなかったのは人間の姿ではなかったからだ、と思ったからそのように見えたのだと思う。精霊のカエルの王子様が見えるようになってから、それは幼い心を守るための「イマジナリー・フレンド」だったことを理解した。ローズは王子に一度は忘れてしまったことを謝ったが、彼はただ嬉しそうに微笑みローズが見えるようになったことを喜んでくれた。奇しくもその頃学園の校舎が異世界に飛ばされてしまうという事件が起き、ローズは異世界の実在を知った。学園の資料や異世界に関する論文を読み漁り、卒業後から異世界に赴き今に至る──。
 その十年以上にわたる旅の間に、「覇王」の噂話は変化していた。最初は精霊を異空間に閉じ込める恐ろしい存在。一時は風化したのか話を聞かなくなり、最近では「覇王様は困っていたら助けてくれる」と噂された。遊城十代が覇王と呼ばれるならば、後者の方がイメージと合致する。ヒーロー使いの明るくて元気なお人好し。精霊が見えなかった頃のローズのことを否定せずにいてくれた。前者の覇王は別人なのではないかと思う。
 しかし、覇王は十代という名の人間の少年だったのだという話も異世界に来たばかりの頃に聞いている。ヒーローを使い、融合を使う、負け知らずのデュエリスト覇王十代──別人というには共通点が多すぎると感じた。それに。
 たぶん彼はただの人間ではない。学生時代とまったく変わらない少年のごとき若い姿で、あの頃から着っぱなしのような制服さえ少しも古びていない。カエルたちも「人間と精霊の混ざったような不思議な感じがする」と言っていた。ずっと異世界にいるローズももはや「普通の人間」とは言えないのかもしれないが、十代は何か特別なのだろうと思う。
 そもそも覇王というのは、魔女から聞いたところによるといにしえの伝説において「滅びをもたらす光の波動に対抗できる、正しい闇の力の持ち主」らしい。光の波動という言葉に、そういえば斎王琢磨の周りで光の結社というものを作っていたと思い出したりもした。しかしあれは斎王のファンが集まって白い制服を着たり寮の壁を塗り替えたりしていただけで、「滅びをもたらす光の波動」なんて大仰なものには見えなかった。──あるいは、ローズの目にはそう見えただけで、別の側面もあったのかもしれない。そういえば光の結社の中心にいた斎王や万丈目はやや十代を目の敵にしていたのだったか……。
「やっぱりもう少し十代と話してみたかったわ。久しぶりなんだし」
 魔法薬の材料を取りに行くため、ゆっくり話ができなかった。今日にしか咲かないという金色の花を探さなければならなかったのだ。
「急いで追いかけたら間に合うかもよ?」
「いえ、次は満月を浴びたサカサ蔓草の葉が欲しいから無理なの。明日が満月だもの」
「そっか~。でもたぶんまた会えるよ」
 楽観的なカエルの言葉にそうねと頷く。また十年ほど後になるかもしれないけれど。
「もしかしたら、そのときには王子様の呪いも解けてるかもしれないわ。楽しみね」
 ローズは王子に笑いかける。王子は穏やかに微笑み、しっかりと頷いた。

2024/08/10
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