GX最終回後短編集
エドと学園祭
学園祭に来ないかと最初に誘ってきたのはティラノ剣山だった。三年生なのだから最後の思い出づくりに、と。
真っ先に浮かんだのは断り文句だったが、日程としては行くことができた。だから、どうせ行かないだろうと思いながらも「考えておく」と返事をした。
二回目に誘ってきたのは斎王琢磨だった。彼もデュエルアカデミアに学籍があるが、まだ療養中でほとんど通えていない。彼は同じ施設で療養中の妹美寿知と影丸理事長と共に行く予定だとエドに伝えた。
──そういえば斎王と学園で過ごす暇はなかったな。
友達と学園祭を楽しむ、というのを想像して心惹かれた。が、周りの生徒がうるさそうだとか、人混みに行くのは嫌だとか、そんな気持ちも同時に浮かんだ。
迷っていたが、最後の一押しになったのは遊城十代からの電話だった。挨拶もそこそこに学園祭の日は暇か、と聞いてきた。
「……まあ、一応スケジュールとしては空いているが」
「ちょっと手伝ってくれよ。学園でデュエルしてくれるだけでいいからさ」
「デュエル?」
いわく──異世界に移動するためにデュエルエナジーが必要で、生徒たちがデュエルをしてくれたらそれが楽になる、ということらしい。
「無理なら剣山たちに頼むから、本当来れたらでいいけど」
「……その異世界ってこの前みたいなやつか?」
「あの時のとはまた別だな」
「危なくないのか」
「全然。今回は友達に会いに行くだけ」
「友達?」
「一年の時に会ったんだけどな、百年後くらいに行くって言ったけど行けなさそうだから早めに報せようと思って」
百年後に会いに行く予定だった異世界の友達──もうエドの理解の範疇はかなり越えた話になってしまった。だが、友が友のためにというなら、手伝わない理由はない。
「わかった。行く」
「サンキュー、エド! じゃ、当日会おうな!」
十代は声を弾ませていた。そういえば十代と顔を合わせるのは久し振りだろうか。最後に会ったのはまだ彼がデュエルアカデミアにいた頃か。アカデミアにも随分行っていない。二年生の学年末に進級試験を受けに行っただけか。クロノス教頭からできれば授業にも出てほしいと言われたが、忙しいので都合が合えば、と返した。もう十代もいないのに、と思ってしまった覚えがあるが、同級生の剣山は学園の催事にはよく連絡をくれる。たいていは予定が合うことはないのだが。
「学園祭」
呟く。エドの人生には馴染みのない言葉だった。
当日、エドはなぜかオシリス・レッドの制服を着せられた。エドは今現在レッド寮の所属だ。出席日数が足りない生徒はレッド寮所属になる。今現在、レッド寮生はエドのみらしい。
「だからってレッド寮伝統のコスプレデュエルをなくすわけにはいきませんからね」
赤い制服を着た早乙女レイが言った。小柄な子だと思ったら、飛び級で入っており一昨年までは小学生だったという。レイは厳密にはブルー寮生なのだが、ずっと赤い制服を着ているらしい。
「十代様も何か着る?」
「オレはこれ着てる時点でコスプレみたいなもんだからな」
卒業したにもかかわらずレッド寮の服を着たままの十代はそう答えた。
「そう考えるとエドはコスプレにならないな」
「そりゃここの生徒だからね」
とはいうものの、制服を着た自分の姿はあまりしっくりこなかった。在籍だけは二年以上しているのだが。
「あ、美寿知さん! すっごく似合ってます!」
「そう……? こういう服は着慣れなくてな」
ブルー寮生の制服に着替えてきた斎王美寿知にレイが声をかけた。美寿知はやや居心地が悪そうにしている。和装が多い美寿知には落ち着かないのかもしれない。
「とても似合っているよ」
斎王琢磨も妹に声をかける。琢磨も今日はデュエルアカデミアの制服を着ている。
「写真撮りましょうよ!」
レイに言われ何枚も写真を撮った。卒業アルバムにも絶対載せますねと言われて、ほとんど通わないまま卒業なのだなと他人事のように思った。
「じゃあこっちのトーナメント終わるまで自由に回ってくださいね! 楽しんでください!」
エドはレッド寮コスプレデュエルのトーナメント優勝者とデュエルすることになっている。プロデュエリストと戦えるチャンスだと、生徒たちは張り切っているようだ。デュエルエナジーというものがどういうものかエドにはよくわからないが、十代が頼んできたのだからエドの参加にも意味があるのだろう。
エドと斎王兄妹、そして十代はまずイエロー寮の出し物を回ることにした。イエロー寮の前に屋台がたくさん並んでいる。生徒たちで賑わっているが、街中を歩くようにエドが注目されることはなかった。制服だから気にされないのかもしれない。
「オレ、イエロー寮の出し物見るの初めてだけど、賑やかだな」
十代が言った。
「へえ。いつも回らなかったのか?」
「いや、一年の時しか学園祭やってないから。あの時はデュエルしてて他の寮を見てないんだよ」
学園祭は二年ぶりの開催らしかった。一昨年はジェネックス開催のため行われず、昨年は学園祭どころではなかったのだろう。
「今年できてよかったよ。剣山もエドも一度もできず仕舞いになるとこだったろ」
──そうか。
だから剣山も琢磨も十代も誘ってきたのだろう。学園祭なんて正直なところそれほど興味もなかったのだけど。
「アニキー! こっちザウルスー!」
出店のひとつから剣山が呼ぶ。飴細工の屋台だった。恐竜やモンスターの形の飴がいくつも並んでいる。
「すげー。これ剣山が作ったのか?」
「自信作ドン」
「本当器用だなー。お、これハネクリボーじゃん!」
「あ、やっぱアニキはそれが気になるザウルス?」
「ああ。これ買うな!」
十代はハネクリボーの飴を買っていた。斎王兄妹もそれぞれ気に入った形のものを買ったようだ。
「エドは? 買ってやろうか」
「あまり飴は食べなくてね」
「そっか」
「エド、後でデュエル見に行くドン。学園祭楽しんでほしいザウルス」
また楽しんでと言われた。そういえば、エドはいつもプロデュエリストとして観客を楽しませる側だが、今日は楽しむ側なのか、とふと思う。
「あ」
美寿知が何かに目を留める。
「どうした?」と琢磨が聞いた。
「あの子……」
美寿知の見た方を見ると、輪投げの屋台で遊ぶ女子生徒がいる。《ブラック・マジシャン・ガール》の衣装を着ているから随分目立つ。
「あー、精霊だな」
十代が言った。
「え?」
「賑やかだから遊びに来たんだろ。オレが一年の時にも来てたよ」
「本当に精霊なのか? ただのコスプレした生徒に見えるが」
「わたしは少し人間と違う気配を感じる」
美寿知が言った。
「わたしにはエドと同じくただの女の子に見えるよ」
琢磨はエドと同じ意見だった。だが不思議なものを見る力に関しては十代と美寿知の方が強いだろう。
「ありゃ遊戯さんとこのとは違うよな……だよなあ」
十代は独り言のように言った。ふと、十代の左側に妙な気配がした。それを見つめるエドに気づいた十代が「見える?」と聞いた。
「何が?」
「ユベル」
「いや、見えない」
十代が今はユベルと共にいるのだという話だけは聞いている。だが、エドには精霊を見る力はない。ただ、時折ぼんやりと妙な気配を感じる。特に十代や万丈目のそばには。
「精霊ってあんな簡単に出てこれるのか?」
エドは別の屋台に向かうブラック・マジシャン・ガールの背を見やる。
「簡単には出てこれないな。でもこの島がもとから精霊界に近いのと、こういうお祭りみたいなので活気があると実体化しやすいみたいだ」
「へえ……じゃあユベルも?」
十代の視線が左上に動く。そのあたりにユベルがいるのだろう。エドが「ぼんやりしたもの」を感じるのと同じ場所だ。
「嫌だってさ」
「そうか」
エドはユベルの声も姿も知らない。
「一度くらい話してみたいんだが」
「……そのうちな」
十代は眉を下げて笑う。ユベルの方は嫌だと言ったのかもしれない。
「オレたちも輪投げやってくか?」
先程までブラック・マジシャン・ガールがいた屋台につく。景品は駄菓子だった。精霊は駄菓子を食べるのだろうか、それとも何も取れなかったのだろうかと思う。
全員で輪投げをやった。エドは三つ渡された輪のひとつしか入らなかった。琢磨は二つ成功し、美寿知は三つすべての輪を見事投げ入れて、店番をするイエロー寮の生徒二人に拍手されて少し恥ずかしそうに笑っていた。コンプリート賞として四つ駄菓子を選んだ。おめでとうと琢磨は笑っていて、この二人がこんな風に笑うのは久しぶりに見たような気がした。エドは時折斎王兄妹の見舞いに行くし、二人と話す時間は楽しいものだ。だが、見舞いではこのような楽しみは提供できない。二人がここに来られてよかったと思う。
十代は意外にも全部外して、参加賞として小さな飴玉をもらっていた。
「そんなこと言うならお前がやれば」
十代の脈拍ない言葉が聞こえたが、どうやらユベルと話していたらしい。十代はもう一度輪投げに挑戦し、ひとつだけ成功した。
「ほら、案外難しいだろ」
言葉から察するに二回目に挑戦したのはユベルであったらしい。おそらくユベルが十代に下手だとか言って挑戦したのだろう。
──上下関係というわけでもないのか。
十代と精霊というと、エドは異世界での覇王十代とその配下たちのことしか知らない。今の様子からすると、ユベルとの関係はたぶん友に近いのだろう。長い空白と衝突をどのように乗り越えたのかはよくわからないが。
少なくとも、十代がまた笑えるようになったのは事実だ。
その後もくじ引きや射的をやったり中古品ショップを冷やかしたりして、次はブルー寮の開催する喫茶店に向かう。
「十代先輩、来てくれたんですね!」
給仕の衣装を着た生徒が十代を出迎えた。
「よお空野。元気そうだな」
「おかげさまで。旅はどうですか?」
「ん~。この前遊戯さんとデュエルした」
「いいなー! あ、こちらにどうぞ」
空野に案内され席につく。
「皆さん何にします? 飲み物は紅茶かコーヒー、食べ物はブルー寮の特製スコーンがあります」
紅茶とスコーンを四人分頼んだ。紅茶もブルー寮特製ブレンドだという。
「ブルー寮のスコーン、うまいらしいぜ」
「へえ。ところで武藤遊戯とデュエルしたのかい? 詳しく聞いても?」
「ん? ちょっと過去に行って、遊戯さんがバトルシティでキングになった頃くらいかな。一緒にデュエルしてきた。あと未来から来た遊星ってやつも一緒に」
出だしの「ちょっと過去に行って」から理解しがたい。
「それは一月下旬あたりか?」
美寿知が聞いた。予知能力のある彼女はその頃何かを察知したらしい。
「あ、そうだな。なんか見えた?」
「よくわからないものがいくつも。もしやと思ったが、十代がかかわっていたのか」
「文句はパラドックスってやつに言ってくれ。たぶん今は未来に帰ったけど。……そういや何年後の人間か聞くの忘れたな」
「相変わらず常識はずれなことに巻き込まれてるな」
今日とて異世界の友達に会いに行くのだから今更か、とエドは思う。
「遊戯さんのブラック・マジシャンとマジシャン・ガール見れたぜ。あ、だけどさっき見たガールは遊戯さんに憑いてる精霊とは違うみたいだ」
「ブラック・マジシャン・ガールが何人もいるのか?」
「何人もというか……」
十代はまた左に目をやる。
「……あの精霊は思念世界の精霊だから幅広く認知されることにより存在を強めていて、あー……」
十代はしばし黙ってエドがぼんやり何かを感じる場所を見つめていた。ユベルの説明を聞いているのだろう。
「……まあ何人もいるって認識でいいと思う」
ユベルにされた説明を理解するのを放棄したのか、十代はそう言った。
「お待たせしました。ゆっくりしていってくださいね」
空野の運んできたスコーンは、素人の作ったものにしてはおいしいとエドは思った。十代にブルー寮の初代シェフからの直伝らしいのだと聞いた。
「やっぱブルー寮ってメシうまいんだろうなー。一回くらいブルーになっときゃよかったか」
「筆記何点だった?」
「覚えてねーけど追試はやった」
「出席日数ならボクに負けないだろうにね」
まるで生徒同士の会話だと頭の隅で思う。実際にそうだったときにはこんな会話しなかったのに。
もっと来たらよかっただろうか、と今更思う。高校の授業内容などエドには必要ない。でも昨年ここに来ていたら十代がいて、万丈目や翔もいて。あの宝玉獣のヨハンもいた。その代わり校舎ごと異世界に飛ばされただろうが。でも共にいたら、あんな憔悴した彼は見ずに済んだだろうか。
──ボクに。
助けることができたのだろうか。三年間共にいた友の手さえ届かない深い場所に落ちる前に。
──傲慢だな。
エドは十代のことを本当はよく知らない。エドが一年生の時に「背負うものなんてないくせに」と詰った彼は、今はとても重いものを背負っているんじゃないかと思う。この世界と異世界を股にかけ、過去にまで飛び、『遊城十代』が人知れず守っているものは。
子供の頃、宇宙を救うヒーローになりたかったんだ──。
そのあどけない夢はたぶん、いびつなかたちで叶ってしまったんだろう。
机の上の紅茶とスコーンがなくなり話題も尽きる頃、十代の携帯電話が鳴った。
「レイから連絡きたぜ。レッド寮行くか」
「ああああーーーー!!!! 悔しいーーー!!!!」
レイの叫びがこだました。レッド寮コスプレデュエルトーナメントの優勝者は《恋する乙女》の衣装を着たレイだった。エドとのデュエルはそのエースカード《恋する乙女》を用いて善戦したが、エドが勝利した。
「対戦ありがとうございました」
レイは気を取り直してぺこりと頭を下げる。
「こちらこそ。面白いデュエルだったよ」
「次は絶対ボクが勝ちますから! エド先輩、卒業模範デュエル来てくださいよ!」
「卒業模範デュエル?」
「卒業生代表と在校生代表でやるやつザウルス」
剣山が説明した。
「ただ、卒業生代表の座はオレのものだドン」
「在校生代表もボクだって頑張ればなれそうだけどなあ」
ブルー寮生の藤原が言った。今は羽根のついた衣装を着ている。彼はダークネス事件に関わったと聞くが、現在はそのような雰囲気はない。確か本来は亮と同級生なのだったか。ダークネスに囚われた間は肉体の成長も止まっていたらしく、まだ十六、七に見える。
「負けませんよ藤原さん。剣山先輩は空野先輩もいるしどうかなー」
「うっ。確かに……筆記だとなかなか勝てないザウルス……」
先程は自信満満だった剣山だが、筆記成績には自信がないようだ。
「卒業模範デュエルも結局オレとカイザーのあとやってなかったっけ」十代が言った。レイが頷く。
「そうだね。亮様と十代様のデュエル、ボクも見たかったなー」
「結局まだカイザーに勝ててねーなー」
「ボクは勝った」
「じゃあカイザーに勝ったエドに勝ったオレの方がやっぱ強いかも?」
ニヤッと十代が笑う。
「試してみるかい?」
「おい、十代先輩とエドがデュエルするかもしれないぞ」
「マジかよ」
レイとエドのデュエルを観戦していた生徒たちがざわつく。
「みんなー! そろそろ片付けないと日が暮れちゃうよ」
職員のトメさんが声をかける。彼女はブラック・マジシャン・ガールの衣装だ。影丸理事長の車椅子を押している。
「やべ、もうこんな時間だ」
「見たかったのになー」
「みんな、今日はありがとうございました! 来年もレッド寮コスプレデュエルやろうねー!」
レイが明るく声をかけた。おー! と生徒たちから声が上がる。
「エド先輩もお忙しい中ありがとうございました! みんなエド先輩に拍手~!」
エドは拍手する生徒たちに手を振る。
「じゃあ解散ですよ~! 片付けも頑張りましょう!」
レイの掛け声で生徒たちはばらばらと自分たちの寮の方へと帰っていく。
「アニキ、オレもイエローの片付け行ってくるザウルス。今日会えてよかったドン」
「おう。頑張れよ」
「エドもまた学園に来るザウルス」
「予定が合えばね」
卒業模範デュエルまで出れるかはともかく、卒業式くらいは出たいなと少し思った。
またな、と十代と剣山が手を振り合う。
「美寿知、制服がよく似合っておるな」
影丸理事長が美寿知に声をかける。
「どうも。最初は落ち着かなかったけど、慣れてきました」
「美寿知さえよかったらここに入るかね」
「ええと……」
影丸の言葉に美寿知は戸惑いを見せる。そういえば美寿知はほとんど学校に行ったことがなかったのではないかと思う。
「まあゆっくり考えておくれ」
はい、と美寿知は返事をする。
「美寿知さん、着替え行きましょ」
レイに呼ばれて美寿知は女子更衣室にしている万丈目ルームへ向かった。そういえば、万丈目のいなくなったあとのあの部屋を、今の生徒たちはなんと呼んでいるのだろう。
「じいさん、あれあった?」
「おお、これじゃな」
十代は影丸理事長からアクセサリーのようなものを受け取る。金色の輪──サークレットかネックレスだろうか。
「それは?」
「異世界に行くマジックアイテムってとこ」
「もう今から向かうのか?」
「いや、夜に行くよ」
「見てもいいか」
十代はちょっと驚いて、左上を見た。ぼんやりした気配がそこにあった。
深夜、十代とエドはレッド寮近くの森の中を歩いていた。十代いわく、エネルギーには流れがあり、それの集まる場所が異世界に行きやすい場所らしい。今日のように祭りやデュエルで集まったエネルギーがあれば、たいした苦もなく移動できるそうだ。
「普通の人間が間違って行ってしまったりしないのか?」
「稀にはあるみたいだな。でもエネルギーだけあっても使い方がわからなきゃ意味ないし、扉が必要とか、扉があっても鍵がなきゃ開かないとか」
十代は手にしていた金の輪をくるりと回す。今回はそれが鍵ということか。
「友達ってどんなやつなんだ?」
十代はエドを見た。月明かりと木の影の下では表情がよく見えない。
「──アビドス三世って知ってる?」
「古代エジプトのか? 生涯無敗の」
「そうそう、エドってやっぱ物知りだよな」
デュエルが好きなら誰でも知ってる、と思ったが、それよりも。
「彼に会うのか? どんなデッキだ? 前回は勝ったんだよな?」
つい矢継ぎ早に聞いてしまった。よもやそんな相手に会うとは思わなかった。なんなら自分も行きたいとエドは思う。
だが、十代はエドの反応に困ったような声音で言った。
「……王様、そんなに強くなかったよ。王様だから、生きてる間は誰も本気でデュエルしてくれなかったって」
呆気ない真実に、落胆と同時に納得もあった。王という身分の相手にその支配下にある者が無遠慮にデュエルすることはできない。生涯無敗の肩書きの真実がそれとは物悲しいが。
「だから、オレとデュエルしたとき負けたのにすごい喜んでてさ。一緒に天に行こうって言われて、そんときは百年くらい待っててくれって言ったんだけど、行けそうにないからさ」
「どうして?」
十代は一度空を見た。
「──天国ってガラじゃねーからな」
「そうか」
エドも自分が天国に行ける気はしない。そんな場所に行く資格はない。
「十代」
「ん?」
「また何かあったら呼べ。こういう手伝いでも、異世界に行くのでも。ボクは必ず力になる」
「──ありがとうエド」
その声には、二年前のあの日のような無邪気さはない。ひとりで抱え込みがちな十代に、エドの言葉がどこまで届くのかわからない。でも、伝えた。それをどうするかは十代の自由だ。
「そうだ、王様とデュエルしたいなら、エドのこと紹介しといてやろうか」
「弱いんだろ」
「強くなってるかもしれないし。それにこれからはたまに遊びに行こうかなって思ってるからさ、オレたちとデュエルするうちに強くなるかも」
「──じゃ、一回くらいやってみてもいいかもな」
「きっと喜ぶぜ、王様」
表情はよく見えないが、声で笑っているのがわかる。
「それにしても、天国なんて場所にも行き来できるのか?」
「数多ある異世界と似たようなもんなんだってさ」
「そういうものか?」
天国と異世界は違うものだ、となんとなく思ってしまったが。そもそも一度も異世界に行ったことがなければそんな発想さえなかったかもしれない。
「……お、このあたりだ」
たどり着いたのは、これまで歩いてきた森の中と何も変わらない場所だ。
「ちょっと離れててくれ」
十代は少し前に進み宙に手をのばした。すると、突如光の柱が現れる。エドは眩しさに思わず目を閉じた。
「お、行けそうだ!」
エドが目を開くと十代の後ろに翼を持った精霊の姿が見えた。ハネクリボーではない。ヒト型の、コウモリのような大きな翼に、三つある目。学園を異世界に飛ばし、ヨハンの体を奪い、亮と戦い、十代と戦いそして和解した精霊──。
「──キミが、ユベル……」
ユベルはエドを見る。初めて目があった。こちらを見返す三つの目に、特に恐ろしさはなかった。異世界でユベルを見た翔たちの話とは随分とイメージが違う。あれは斎王琢磨と同じく光の波動で歪んでしまったがゆえの行動とは聞いている。琢磨のように、本来は穏やかな精霊なのかもしれない。
「あれ、見えたのか? この光のせいかな」
「十代、早く行かないと閉じるよ」
女性とも少年ともつかぬ呆れたような声。
「お、そうだな。またなエド! ほんと今日はサンキューな!」
十代は子供のようにぶんぶん手を振って笑う。その様子になんだか笑ってしまったが、彼の後ろにいる精霊も同様に笑みをこぼしていた。彼を見つめる目はやさしくて、愛おしそうで、まるで。
「じゃあな!」
「あ──気を付けろよ!」
しばらくの別れになるだろうに、気の効いた言葉など出てこなかった。十代とユベルが光の柱に飛び込むとあっという間に光は消えてしまう。あとには静寂と暗闇が残る。
──騒がしい一日だったな。
エドは先程まで仮眠を取っていたレッド寮へと戻る。かつて十代が使っていた部屋を今回のために開けてもらっていた。ベッドの最上段に横になり、この部屋に来てからのことを思い出す。
日暮れからここでトメさんの作ってくれたおにぎりを夕飯として食べ、しばし十代と話してから仮眠を取った。トメさんはよかったら朝食に、とおにぎりと共にドローパンを十個も持ってきてくれて、エドは三個、十代は七個と分けた。その時に、十代は神妙な顔をして言った。
「オレ、エドにずっと言いたいことあってさ」
何か大事な話だろうかとエドは構えた、が。
「二年のとき、オレのたまごパンお前が食べたんだな」
「はあ?」
「食べるのは別にいいんだけど、先に言ってくれよ」
「すまない、なんの話かわからない」
「だから二年のときに、いやお前は一年のときか。確か斎王が剣山とデュエルしてた日でさあ──」
十代の説明でそういえばそんなことがあったような気がする、とぼんやりと思い出した。そうかすまなかったと謝った。そんなことを二年も根に持っていたのか、と少し呆れる気持ちもあったが。
「たまごパンうまかったろ?」
にっこりと笑ってそう言われて、正直あまり覚えていなかったがそうだなと頷いた。
「あるといいな、たまごパン。オレの方にあるかもしれないけど。学園にいるときいつもこれが楽しみでさ」
今日はたわいない話ばかりしていたように思う。いや、なんなら今日一日そのものがたわいないことだらけだったのだ。生徒の用意した安っぽい屋台で遊び、素人の作ったスコーンを食べて、プロの成績に影響しないデュエルをして、友達とたわいない話をする。
『普通の高校生』はこんな感じなのだろうか。そう考えてから、先程十代が異世界に行くのを見送ったことを思い出す。そもそもエドが今日ここへ来た理由も異世界へ移動するエネルギーを集めるためだ。
──全然普通じゃなかったな。
でも、今こうして学園の寮で寝るのは、他の生徒たちと同じだ。今のレッド寮生はエドしかいないが、この部屋にも寮にもこれまでたくさんの生徒たちが寝起きしてきたのだろう。
きっとエドがこの学園の寮に泊まるのはこれが最初で最後だ。生徒らしいことはろくにしないまま三年間が終わるだろう。でも、プロの道を休んでまでこの学園に来ることはやはりできない。歩むべき道はそこではない。
それでもエドはここの生徒で、レイが昼間撮ってくれた写真はきっと卒業アルバムに載るのだろう。今日くらいしか生徒らしいことはしていないけれど、それでも。
「来て、よかったな」
呟いてみる。
朝になったら、卒業式のあたりはスケジュールを調整できないか連絡しよう。そう決めて目を閉じた。
2024/03/23
2024/10/12 微修正
学園祭に来ないかと最初に誘ってきたのはティラノ剣山だった。三年生なのだから最後の思い出づくりに、と。
真っ先に浮かんだのは断り文句だったが、日程としては行くことができた。だから、どうせ行かないだろうと思いながらも「考えておく」と返事をした。
二回目に誘ってきたのは斎王琢磨だった。彼もデュエルアカデミアに学籍があるが、まだ療養中でほとんど通えていない。彼は同じ施設で療養中の妹美寿知と影丸理事長と共に行く予定だとエドに伝えた。
──そういえば斎王と学園で過ごす暇はなかったな。
友達と学園祭を楽しむ、というのを想像して心惹かれた。が、周りの生徒がうるさそうだとか、人混みに行くのは嫌だとか、そんな気持ちも同時に浮かんだ。
迷っていたが、最後の一押しになったのは遊城十代からの電話だった。挨拶もそこそこに学園祭の日は暇か、と聞いてきた。
「……まあ、一応スケジュールとしては空いているが」
「ちょっと手伝ってくれよ。学園でデュエルしてくれるだけでいいからさ」
「デュエル?」
いわく──異世界に移動するためにデュエルエナジーが必要で、生徒たちがデュエルをしてくれたらそれが楽になる、ということらしい。
「無理なら剣山たちに頼むから、本当来れたらでいいけど」
「……その異世界ってこの前みたいなやつか?」
「あの時のとはまた別だな」
「危なくないのか」
「全然。今回は友達に会いに行くだけ」
「友達?」
「一年の時に会ったんだけどな、百年後くらいに行くって言ったけど行けなさそうだから早めに報せようと思って」
百年後に会いに行く予定だった異世界の友達──もうエドの理解の範疇はかなり越えた話になってしまった。だが、友が友のためにというなら、手伝わない理由はない。
「わかった。行く」
「サンキュー、エド! じゃ、当日会おうな!」
十代は声を弾ませていた。そういえば十代と顔を合わせるのは久し振りだろうか。最後に会ったのはまだ彼がデュエルアカデミアにいた頃か。アカデミアにも随分行っていない。二年生の学年末に進級試験を受けに行っただけか。クロノス教頭からできれば授業にも出てほしいと言われたが、忙しいので都合が合えば、と返した。もう十代もいないのに、と思ってしまった覚えがあるが、同級生の剣山は学園の催事にはよく連絡をくれる。たいていは予定が合うことはないのだが。
「学園祭」
呟く。エドの人生には馴染みのない言葉だった。
当日、エドはなぜかオシリス・レッドの制服を着せられた。エドは今現在レッド寮の所属だ。出席日数が足りない生徒はレッド寮所属になる。今現在、レッド寮生はエドのみらしい。
「だからってレッド寮伝統のコスプレデュエルをなくすわけにはいきませんからね」
赤い制服を着た早乙女レイが言った。小柄な子だと思ったら、飛び級で入っており一昨年までは小学生だったという。レイは厳密にはブルー寮生なのだが、ずっと赤い制服を着ているらしい。
「十代様も何か着る?」
「オレはこれ着てる時点でコスプレみたいなもんだからな」
卒業したにもかかわらずレッド寮の服を着たままの十代はそう答えた。
「そう考えるとエドはコスプレにならないな」
「そりゃここの生徒だからね」
とはいうものの、制服を着た自分の姿はあまりしっくりこなかった。在籍だけは二年以上しているのだが。
「あ、美寿知さん! すっごく似合ってます!」
「そう……? こういう服は着慣れなくてな」
ブルー寮生の制服に着替えてきた斎王美寿知にレイが声をかけた。美寿知はやや居心地が悪そうにしている。和装が多い美寿知には落ち着かないのかもしれない。
「とても似合っているよ」
斎王琢磨も妹に声をかける。琢磨も今日はデュエルアカデミアの制服を着ている。
「写真撮りましょうよ!」
レイに言われ何枚も写真を撮った。卒業アルバムにも絶対載せますねと言われて、ほとんど通わないまま卒業なのだなと他人事のように思った。
「じゃあこっちのトーナメント終わるまで自由に回ってくださいね! 楽しんでください!」
エドはレッド寮コスプレデュエルのトーナメント優勝者とデュエルすることになっている。プロデュエリストと戦えるチャンスだと、生徒たちは張り切っているようだ。デュエルエナジーというものがどういうものかエドにはよくわからないが、十代が頼んできたのだからエドの参加にも意味があるのだろう。
エドと斎王兄妹、そして十代はまずイエロー寮の出し物を回ることにした。イエロー寮の前に屋台がたくさん並んでいる。生徒たちで賑わっているが、街中を歩くようにエドが注目されることはなかった。制服だから気にされないのかもしれない。
「オレ、イエロー寮の出し物見るの初めてだけど、賑やかだな」
十代が言った。
「へえ。いつも回らなかったのか?」
「いや、一年の時しか学園祭やってないから。あの時はデュエルしてて他の寮を見てないんだよ」
学園祭は二年ぶりの開催らしかった。一昨年はジェネックス開催のため行われず、昨年は学園祭どころではなかったのだろう。
「今年できてよかったよ。剣山もエドも一度もできず仕舞いになるとこだったろ」
──そうか。
だから剣山も琢磨も十代も誘ってきたのだろう。学園祭なんて正直なところそれほど興味もなかったのだけど。
「アニキー! こっちザウルスー!」
出店のひとつから剣山が呼ぶ。飴細工の屋台だった。恐竜やモンスターの形の飴がいくつも並んでいる。
「すげー。これ剣山が作ったのか?」
「自信作ドン」
「本当器用だなー。お、これハネクリボーじゃん!」
「あ、やっぱアニキはそれが気になるザウルス?」
「ああ。これ買うな!」
十代はハネクリボーの飴を買っていた。斎王兄妹もそれぞれ気に入った形のものを買ったようだ。
「エドは? 買ってやろうか」
「あまり飴は食べなくてね」
「そっか」
「エド、後でデュエル見に行くドン。学園祭楽しんでほしいザウルス」
また楽しんでと言われた。そういえば、エドはいつもプロデュエリストとして観客を楽しませる側だが、今日は楽しむ側なのか、とふと思う。
「あ」
美寿知が何かに目を留める。
「どうした?」と琢磨が聞いた。
「あの子……」
美寿知の見た方を見ると、輪投げの屋台で遊ぶ女子生徒がいる。《ブラック・マジシャン・ガール》の衣装を着ているから随分目立つ。
「あー、精霊だな」
十代が言った。
「え?」
「賑やかだから遊びに来たんだろ。オレが一年の時にも来てたよ」
「本当に精霊なのか? ただのコスプレした生徒に見えるが」
「わたしは少し人間と違う気配を感じる」
美寿知が言った。
「わたしにはエドと同じくただの女の子に見えるよ」
琢磨はエドと同じ意見だった。だが不思議なものを見る力に関しては十代と美寿知の方が強いだろう。
「ありゃ遊戯さんとこのとは違うよな……だよなあ」
十代は独り言のように言った。ふと、十代の左側に妙な気配がした。それを見つめるエドに気づいた十代が「見える?」と聞いた。
「何が?」
「ユベル」
「いや、見えない」
十代が今はユベルと共にいるのだという話だけは聞いている。だが、エドには精霊を見る力はない。ただ、時折ぼんやりと妙な気配を感じる。特に十代や万丈目のそばには。
「精霊ってあんな簡単に出てこれるのか?」
エドは別の屋台に向かうブラック・マジシャン・ガールの背を見やる。
「簡単には出てこれないな。でもこの島がもとから精霊界に近いのと、こういうお祭りみたいなので活気があると実体化しやすいみたいだ」
「へえ……じゃあユベルも?」
十代の視線が左上に動く。そのあたりにユベルがいるのだろう。エドが「ぼんやりしたもの」を感じるのと同じ場所だ。
「嫌だってさ」
「そうか」
エドはユベルの声も姿も知らない。
「一度くらい話してみたいんだが」
「……そのうちな」
十代は眉を下げて笑う。ユベルの方は嫌だと言ったのかもしれない。
「オレたちも輪投げやってくか?」
先程までブラック・マジシャン・ガールがいた屋台につく。景品は駄菓子だった。精霊は駄菓子を食べるのだろうか、それとも何も取れなかったのだろうかと思う。
全員で輪投げをやった。エドは三つ渡された輪のひとつしか入らなかった。琢磨は二つ成功し、美寿知は三つすべての輪を見事投げ入れて、店番をするイエロー寮の生徒二人に拍手されて少し恥ずかしそうに笑っていた。コンプリート賞として四つ駄菓子を選んだ。おめでとうと琢磨は笑っていて、この二人がこんな風に笑うのは久しぶりに見たような気がした。エドは時折斎王兄妹の見舞いに行くし、二人と話す時間は楽しいものだ。だが、見舞いではこのような楽しみは提供できない。二人がここに来られてよかったと思う。
十代は意外にも全部外して、参加賞として小さな飴玉をもらっていた。
「そんなこと言うならお前がやれば」
十代の脈拍ない言葉が聞こえたが、どうやらユベルと話していたらしい。十代はもう一度輪投げに挑戦し、ひとつだけ成功した。
「ほら、案外難しいだろ」
言葉から察するに二回目に挑戦したのはユベルであったらしい。おそらくユベルが十代に下手だとか言って挑戦したのだろう。
──上下関係というわけでもないのか。
十代と精霊というと、エドは異世界での覇王十代とその配下たちのことしか知らない。今の様子からすると、ユベルとの関係はたぶん友に近いのだろう。長い空白と衝突をどのように乗り越えたのかはよくわからないが。
少なくとも、十代がまた笑えるようになったのは事実だ。
その後もくじ引きや射的をやったり中古品ショップを冷やかしたりして、次はブルー寮の開催する喫茶店に向かう。
「十代先輩、来てくれたんですね!」
給仕の衣装を着た生徒が十代を出迎えた。
「よお空野。元気そうだな」
「おかげさまで。旅はどうですか?」
「ん~。この前遊戯さんとデュエルした」
「いいなー! あ、こちらにどうぞ」
空野に案内され席につく。
「皆さん何にします? 飲み物は紅茶かコーヒー、食べ物はブルー寮の特製スコーンがあります」
紅茶とスコーンを四人分頼んだ。紅茶もブルー寮特製ブレンドだという。
「ブルー寮のスコーン、うまいらしいぜ」
「へえ。ところで武藤遊戯とデュエルしたのかい? 詳しく聞いても?」
「ん? ちょっと過去に行って、遊戯さんがバトルシティでキングになった頃くらいかな。一緒にデュエルしてきた。あと未来から来た遊星ってやつも一緒に」
出だしの「ちょっと過去に行って」から理解しがたい。
「それは一月下旬あたりか?」
美寿知が聞いた。予知能力のある彼女はその頃何かを察知したらしい。
「あ、そうだな。なんか見えた?」
「よくわからないものがいくつも。もしやと思ったが、十代がかかわっていたのか」
「文句はパラドックスってやつに言ってくれ。たぶん今は未来に帰ったけど。……そういや何年後の人間か聞くの忘れたな」
「相変わらず常識はずれなことに巻き込まれてるな」
今日とて異世界の友達に会いに行くのだから今更か、とエドは思う。
「遊戯さんのブラック・マジシャンとマジシャン・ガール見れたぜ。あ、だけどさっき見たガールは遊戯さんに憑いてる精霊とは違うみたいだ」
「ブラック・マジシャン・ガールが何人もいるのか?」
「何人もというか……」
十代はまた左に目をやる。
「……あの精霊は思念世界の精霊だから幅広く認知されることにより存在を強めていて、あー……」
十代はしばし黙ってエドがぼんやり何かを感じる場所を見つめていた。ユベルの説明を聞いているのだろう。
「……まあ何人もいるって認識でいいと思う」
ユベルにされた説明を理解するのを放棄したのか、十代はそう言った。
「お待たせしました。ゆっくりしていってくださいね」
空野の運んできたスコーンは、素人の作ったものにしてはおいしいとエドは思った。十代にブルー寮の初代シェフからの直伝らしいのだと聞いた。
「やっぱブルー寮ってメシうまいんだろうなー。一回くらいブルーになっときゃよかったか」
「筆記何点だった?」
「覚えてねーけど追試はやった」
「出席日数ならボクに負けないだろうにね」
まるで生徒同士の会話だと頭の隅で思う。実際にそうだったときにはこんな会話しなかったのに。
もっと来たらよかっただろうか、と今更思う。高校の授業内容などエドには必要ない。でも昨年ここに来ていたら十代がいて、万丈目や翔もいて。あの宝玉獣のヨハンもいた。その代わり校舎ごと異世界に飛ばされただろうが。でも共にいたら、あんな憔悴した彼は見ずに済んだだろうか。
──ボクに。
助けることができたのだろうか。三年間共にいた友の手さえ届かない深い場所に落ちる前に。
──傲慢だな。
エドは十代のことを本当はよく知らない。エドが一年生の時に「背負うものなんてないくせに」と詰った彼は、今はとても重いものを背負っているんじゃないかと思う。この世界と異世界を股にかけ、過去にまで飛び、『遊城十代』が人知れず守っているものは。
子供の頃、宇宙を救うヒーローになりたかったんだ──。
そのあどけない夢はたぶん、いびつなかたちで叶ってしまったんだろう。
机の上の紅茶とスコーンがなくなり話題も尽きる頃、十代の携帯電話が鳴った。
「レイから連絡きたぜ。レッド寮行くか」
「ああああーーーー!!!! 悔しいーーー!!!!」
レイの叫びがこだました。レッド寮コスプレデュエルトーナメントの優勝者は《恋する乙女》の衣装を着たレイだった。エドとのデュエルはそのエースカード《恋する乙女》を用いて善戦したが、エドが勝利した。
「対戦ありがとうございました」
レイは気を取り直してぺこりと頭を下げる。
「こちらこそ。面白いデュエルだったよ」
「次は絶対ボクが勝ちますから! エド先輩、卒業模範デュエル来てくださいよ!」
「卒業模範デュエル?」
「卒業生代表と在校生代表でやるやつザウルス」
剣山が説明した。
「ただ、卒業生代表の座はオレのものだドン」
「在校生代表もボクだって頑張ればなれそうだけどなあ」
ブルー寮生の藤原が言った。今は羽根のついた衣装を着ている。彼はダークネス事件に関わったと聞くが、現在はそのような雰囲気はない。確か本来は亮と同級生なのだったか。ダークネスに囚われた間は肉体の成長も止まっていたらしく、まだ十六、七に見える。
「負けませんよ藤原さん。剣山先輩は空野先輩もいるしどうかなー」
「うっ。確かに……筆記だとなかなか勝てないザウルス……」
先程は自信満満だった剣山だが、筆記成績には自信がないようだ。
「卒業模範デュエルも結局オレとカイザーのあとやってなかったっけ」十代が言った。レイが頷く。
「そうだね。亮様と十代様のデュエル、ボクも見たかったなー」
「結局まだカイザーに勝ててねーなー」
「ボクは勝った」
「じゃあカイザーに勝ったエドに勝ったオレの方がやっぱ強いかも?」
ニヤッと十代が笑う。
「試してみるかい?」
「おい、十代先輩とエドがデュエルするかもしれないぞ」
「マジかよ」
レイとエドのデュエルを観戦していた生徒たちがざわつく。
「みんなー! そろそろ片付けないと日が暮れちゃうよ」
職員のトメさんが声をかける。彼女はブラック・マジシャン・ガールの衣装だ。影丸理事長の車椅子を押している。
「やべ、もうこんな時間だ」
「見たかったのになー」
「みんな、今日はありがとうございました! 来年もレッド寮コスプレデュエルやろうねー!」
レイが明るく声をかけた。おー! と生徒たちから声が上がる。
「エド先輩もお忙しい中ありがとうございました! みんなエド先輩に拍手~!」
エドは拍手する生徒たちに手を振る。
「じゃあ解散ですよ~! 片付けも頑張りましょう!」
レイの掛け声で生徒たちはばらばらと自分たちの寮の方へと帰っていく。
「アニキ、オレもイエローの片付け行ってくるザウルス。今日会えてよかったドン」
「おう。頑張れよ」
「エドもまた学園に来るザウルス」
「予定が合えばね」
卒業模範デュエルまで出れるかはともかく、卒業式くらいは出たいなと少し思った。
またな、と十代と剣山が手を振り合う。
「美寿知、制服がよく似合っておるな」
影丸理事長が美寿知に声をかける。
「どうも。最初は落ち着かなかったけど、慣れてきました」
「美寿知さえよかったらここに入るかね」
「ええと……」
影丸の言葉に美寿知は戸惑いを見せる。そういえば美寿知はほとんど学校に行ったことがなかったのではないかと思う。
「まあゆっくり考えておくれ」
はい、と美寿知は返事をする。
「美寿知さん、着替え行きましょ」
レイに呼ばれて美寿知は女子更衣室にしている万丈目ルームへ向かった。そういえば、万丈目のいなくなったあとのあの部屋を、今の生徒たちはなんと呼んでいるのだろう。
「じいさん、あれあった?」
「おお、これじゃな」
十代は影丸理事長からアクセサリーのようなものを受け取る。金色の輪──サークレットかネックレスだろうか。
「それは?」
「異世界に行くマジックアイテムってとこ」
「もう今から向かうのか?」
「いや、夜に行くよ」
「見てもいいか」
十代はちょっと驚いて、左上を見た。ぼんやりした気配がそこにあった。
深夜、十代とエドはレッド寮近くの森の中を歩いていた。十代いわく、エネルギーには流れがあり、それの集まる場所が異世界に行きやすい場所らしい。今日のように祭りやデュエルで集まったエネルギーがあれば、たいした苦もなく移動できるそうだ。
「普通の人間が間違って行ってしまったりしないのか?」
「稀にはあるみたいだな。でもエネルギーだけあっても使い方がわからなきゃ意味ないし、扉が必要とか、扉があっても鍵がなきゃ開かないとか」
十代は手にしていた金の輪をくるりと回す。今回はそれが鍵ということか。
「友達ってどんなやつなんだ?」
十代はエドを見た。月明かりと木の影の下では表情がよく見えない。
「──アビドス三世って知ってる?」
「古代エジプトのか? 生涯無敗の」
「そうそう、エドってやっぱ物知りだよな」
デュエルが好きなら誰でも知ってる、と思ったが、それよりも。
「彼に会うのか? どんなデッキだ? 前回は勝ったんだよな?」
つい矢継ぎ早に聞いてしまった。よもやそんな相手に会うとは思わなかった。なんなら自分も行きたいとエドは思う。
だが、十代はエドの反応に困ったような声音で言った。
「……王様、そんなに強くなかったよ。王様だから、生きてる間は誰も本気でデュエルしてくれなかったって」
呆気ない真実に、落胆と同時に納得もあった。王という身分の相手にその支配下にある者が無遠慮にデュエルすることはできない。生涯無敗の肩書きの真実がそれとは物悲しいが。
「だから、オレとデュエルしたとき負けたのにすごい喜んでてさ。一緒に天に行こうって言われて、そんときは百年くらい待っててくれって言ったんだけど、行けそうにないからさ」
「どうして?」
十代は一度空を見た。
「──天国ってガラじゃねーからな」
「そうか」
エドも自分が天国に行ける気はしない。そんな場所に行く資格はない。
「十代」
「ん?」
「また何かあったら呼べ。こういう手伝いでも、異世界に行くのでも。ボクは必ず力になる」
「──ありがとうエド」
その声には、二年前のあの日のような無邪気さはない。ひとりで抱え込みがちな十代に、エドの言葉がどこまで届くのかわからない。でも、伝えた。それをどうするかは十代の自由だ。
「そうだ、王様とデュエルしたいなら、エドのこと紹介しといてやろうか」
「弱いんだろ」
「強くなってるかもしれないし。それにこれからはたまに遊びに行こうかなって思ってるからさ、オレたちとデュエルするうちに強くなるかも」
「──じゃ、一回くらいやってみてもいいかもな」
「きっと喜ぶぜ、王様」
表情はよく見えないが、声で笑っているのがわかる。
「それにしても、天国なんて場所にも行き来できるのか?」
「数多ある異世界と似たようなもんなんだってさ」
「そういうものか?」
天国と異世界は違うものだ、となんとなく思ってしまったが。そもそも一度も異世界に行ったことがなければそんな発想さえなかったかもしれない。
「……お、このあたりだ」
たどり着いたのは、これまで歩いてきた森の中と何も変わらない場所だ。
「ちょっと離れててくれ」
十代は少し前に進み宙に手をのばした。すると、突如光の柱が現れる。エドは眩しさに思わず目を閉じた。
「お、行けそうだ!」
エドが目を開くと十代の後ろに翼を持った精霊の姿が見えた。ハネクリボーではない。ヒト型の、コウモリのような大きな翼に、三つある目。学園を異世界に飛ばし、ヨハンの体を奪い、亮と戦い、十代と戦いそして和解した精霊──。
「──キミが、ユベル……」
ユベルはエドを見る。初めて目があった。こちらを見返す三つの目に、特に恐ろしさはなかった。異世界でユベルを見た翔たちの話とは随分とイメージが違う。あれは斎王琢磨と同じく光の波動で歪んでしまったがゆえの行動とは聞いている。琢磨のように、本来は穏やかな精霊なのかもしれない。
「あれ、見えたのか? この光のせいかな」
「十代、早く行かないと閉じるよ」
女性とも少年ともつかぬ呆れたような声。
「お、そうだな。またなエド! ほんと今日はサンキューな!」
十代は子供のようにぶんぶん手を振って笑う。その様子になんだか笑ってしまったが、彼の後ろにいる精霊も同様に笑みをこぼしていた。彼を見つめる目はやさしくて、愛おしそうで、まるで。
「じゃあな!」
「あ──気を付けろよ!」
しばらくの別れになるだろうに、気の効いた言葉など出てこなかった。十代とユベルが光の柱に飛び込むとあっという間に光は消えてしまう。あとには静寂と暗闇が残る。
──騒がしい一日だったな。
エドは先程まで仮眠を取っていたレッド寮へと戻る。かつて十代が使っていた部屋を今回のために開けてもらっていた。ベッドの最上段に横になり、この部屋に来てからのことを思い出す。
日暮れからここでトメさんの作ってくれたおにぎりを夕飯として食べ、しばし十代と話してから仮眠を取った。トメさんはよかったら朝食に、とおにぎりと共にドローパンを十個も持ってきてくれて、エドは三個、十代は七個と分けた。その時に、十代は神妙な顔をして言った。
「オレ、エドにずっと言いたいことあってさ」
何か大事な話だろうかとエドは構えた、が。
「二年のとき、オレのたまごパンお前が食べたんだな」
「はあ?」
「食べるのは別にいいんだけど、先に言ってくれよ」
「すまない、なんの話かわからない」
「だから二年のときに、いやお前は一年のときか。確か斎王が剣山とデュエルしてた日でさあ──」
十代の説明でそういえばそんなことがあったような気がする、とぼんやりと思い出した。そうかすまなかったと謝った。そんなことを二年も根に持っていたのか、と少し呆れる気持ちもあったが。
「たまごパンうまかったろ?」
にっこりと笑ってそう言われて、正直あまり覚えていなかったがそうだなと頷いた。
「あるといいな、たまごパン。オレの方にあるかもしれないけど。学園にいるときいつもこれが楽しみでさ」
今日はたわいない話ばかりしていたように思う。いや、なんなら今日一日そのものがたわいないことだらけだったのだ。生徒の用意した安っぽい屋台で遊び、素人の作ったスコーンを食べて、プロの成績に影響しないデュエルをして、友達とたわいない話をする。
『普通の高校生』はこんな感じなのだろうか。そう考えてから、先程十代が異世界に行くのを見送ったことを思い出す。そもそもエドが今日ここへ来た理由も異世界へ移動するエネルギーを集めるためだ。
──全然普通じゃなかったな。
でも、今こうして学園の寮で寝るのは、他の生徒たちと同じだ。今のレッド寮生はエドしかいないが、この部屋にも寮にもこれまでたくさんの生徒たちが寝起きしてきたのだろう。
きっとエドがこの学園の寮に泊まるのはこれが最初で最後だ。生徒らしいことはろくにしないまま三年間が終わるだろう。でも、プロの道を休んでまでこの学園に来ることはやはりできない。歩むべき道はそこではない。
それでもエドはここの生徒で、レイが昼間撮ってくれた写真はきっと卒業アルバムに載るのだろう。今日くらいしか生徒らしいことはしていないけれど、それでも。
「来て、よかったな」
呟いてみる。
朝になったら、卒業式のあたりはスケジュールを調整できないか連絡しよう。そう決めて目を閉じた。
2024/03/23
2024/10/12 微修正