一次創作小説(短編)

恐怖! ヒト型エノキ

 『恐怖! ヒト型エノキ』というホラー映画がある。タイトル通りヒト型のエノキが人間を襲うパニックホラー──それも低予算B級映画だ。
 ヒト型エノキはこれまで人間に食べられてきたエノキたちの怨念が集まった怪物で、「今度は自分が人間を食べる番だ」とばかりに人間たちを襲う。いちゃつくカップルが一番最初に殺されたり、「たかがエノキじゃないか! オレが逆に食べてやるぜ」とイキった若者が殺されたり、主人公とヒロインが逃げながら仲を深め恋人になり──というB級ホラー定番のストーリー展開をしたあと、最後はヒト型エノキを焼き殺して醤油をかけて食べてハッピーエンドだ。
 そんなありがちな映画がSNSで万バズした。映画の中に登場するある老婆が話題になったのだ。
 老婆はほんの数分登場する。ヒロインがヒト型エノキから逃げ回る中、民家に飛び込んでテーブルの回りをぐるぐると追いかけっこする。そのテーブルで老婆は悠々とエノキを食べているのだ。突然我が家に飛び込んできた女性にもヒト型エノキにも目もくれず、黙々とエノキを食べ続ける。ヒロインも老婆などいないかのようにヒト型エノキから逃げているし、エノキを食べる人間を恨んでいるはずのヒト型エノキも老婆には反応しない。「激しい闘争が行われているのに気づかない一般人と、一般人を気にかけない主人公たち」というハリウッド映画などでもたまにあるコミカルなワンシーンである。
 そこを映画の宣伝のために切り抜き、監督がSNSに投稿すると瞬く間に万バズしたのだった。
 あれにクスッと笑う人もいるのだろうが、万バズするなんて世の中はわからないな──というのが私の正直な感想である。
「おばあちゃんもそう思わない?」
「うふふ──この歳になってねえ。エノキババア様様だよ」
 おばあちゃんはシワのある顔をさらにしわくちゃにして笑う。おばあちゃんは長年ずっと売れない女優を続けてきた。『恐怖! ヒト型エノキ』以前の仕事は怪しい健康食品のCMで「これのおかげでとっても元気(※個人の感想です)」と笑うことだった。それが今やSNSで「エノキババア」として大人気になり、本物のエノキのCM出演の打診まで来ているのである。
 ウケている要因の一つにおばあちゃんの芸名「榎木くい」もあるようだ。おばあちゃんはエノキが大好きで、そこから芸名をつけた。映画でおばあちゃんが食べていたのも、主人公とヒロインが最後に食べたエノキ料理も、おばあちゃんが料理したエノキなのだそうだ。
 エノキが大好きなおばあちゃんがエノキの映画で有名になるなんて、なんだか出来過ぎで怖いくらいだ。
「エノキの会社さんからエノキを頂いたけどね、食べるかい?」
「食べる!」
 おばあちゃんは台所から小鉢とタッパーを持ってきた。
「これね、煮浸し。新しいレシピを試してみたの」
 小鉢の中には、エノキにしては大きなカサと軸の白いキノコが入っていた。
「大きいでしょ? 今度から売り出す新しいエノキでね、このCMに出る予定なの。あ、今はヒミツね」
「わかったよ。いただきます」
 私は煮浸しを一口食べる。だしの香りが口内に広がり、エノキにはしっかりと噛みごたえがある。エノキはおいしいけど歯に引っかかりやすいのがネックだと思っていたけど、このエノキはよく噛み切れてその心配がなさそうだった。
「おいしい! これ、すっごくおいしいよ。エノキの噛みごたえもいいし、だしの味も最高!」
「うふふ、よかった」
 おばあちゃんはにこにこ笑った。タッパーいっぱいに煮浸しをもらって、私は家に帰った。
 その日の夕飯はもちろんおばあちゃんの煮浸しだ。アジの干物と味噌汁もテーブルに並べて、テレビのニュースを見ながら食べる。
 エノキの加工工場で火災があったとアナウンサーが告げる。おばあちゃんがCMを打診された会社の工場だ。
「やだ、おばあちゃんが行ったりしてる時じゃなくてよかった」
 お母さんが言った。心配そうにテレビを見つめる。工場の現在の様子が生中継で映されていた。消防署、救急車、パトカーなどが何台も工場を囲んでいる。
「工場には行かないんじゃない」
「わかんないじゃない、そんなの……あっ?」
 お母さんがテレビを見つめながら驚きの声を上げた。
「何?」
「今何か変なものが横切った……」
「田舎の方だし、タヌキでもいるんじゃない?」
「でも真っ白でタヌキじゃなさそうだよ」
「じゃ、猫とか」
 私もテレビを見つめる。
「ん!?」
 右端で何か動いた──と思った次の瞬間、何か白いものが映ってカメラが地面に落ちる。映像がスタジオへと切り替わった。
「──失礼いたしました。中継カメラが故障したようです。次のニュースです」
 アナウンサーは淡々と次のニュースを読み上げ始めた。
「何か映ったよね?」
「うん……」
 私と母は顔を見合わせる。その瞬間、スマホの着信音が鳴ってドキリとする。おばあちゃんからだった。
「あ、おばあちゃん……」
「ニュース見たかい?」
「え? 工場の?」
「アレが逃げ出しちゃったよ。大丈夫、そんなに強くないからね。頭を落としたら動かなくなるよ」
「何言ってるの?」
「エノキだよ。ヒト型エノキ。何、映画ほど大きくない。せいぜい幼稚園児サイズだ。おばあちゃんすぐにそっちに行くからね。戸締まりして、包丁研いでしっかり準備するんだよ」
 何言ってるの? おばあちゃんはついにボケてしまったのかな──。
 バン!
 台所の窓が叩かれた。すりガラスの向こうに白い人影のようなものが見える──。
「キャアアアアア!!!」

『恐怖! 帰ってきたヒト型エノキ』2227年夏公開予定

2026/07/21
2026/07/22 誤字修正
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