一話完結短編

サンダー叔父さん

 車の窓から見える童実野町は賑わっていた。夏休みだから観光客が多いのだと思う。あの武藤遊戯の実家である亀のゲーム屋の前にはいつもより人だかりができていた。
 観光客たちは亀のゲーム屋のそばで写真を撮ったり買ったばかりであろうカードを交換したり──みんな楽しそうで、少しだけ嫉妬してしまう。私はこんなに最低の気分なのに。
 スマホを見る。叔父に送ったメッセージへの返信はなかった。もしかしたら、家にいないのかもしれない。
 私は今、父の弟である万丈目準──プロデュエリスト万丈目サンダーの家に向かっている。父と進路について喧嘩になって、叔父なら味方してくれるかもしれないと思ったのだ。
「デュエルアカデミア本校なんて、問題児ばかりだぞ。あんなところはやめなさい」
「でも、サンダー叔父さんだってデュエルアカデミア本校じゃない」
「あの頃はまだ本校しかなかったからだ。同じデュエルアカデミアなら東京女子学園の方にしなさい。あそこならいい子ばかりだ。先生方が礼儀作法もしっかり教えてくれると評判もいいんだぞ」
「やだよ、あんな堅苦しそうなとこ」
「礼儀作法は生涯にわたって役に立つぞ。だいたい詩織は女の子なのに」
「男の子だったらよかったわけ?」
「そんなことを言ってるわけじゃない」
「もういい! お父さんとは話したくない!」
 だいたいいつも通りの喧嘩をして、叔父さんのところへ行くと言って飛び出した。飛び出した、といっても父の雇った運転手の運転する車に乗っているのだから、甘えたものだと我ながら思うけれど。
 くさくさした気分のまま叔父の家について、インターホンを押した。叔父の家のドアを開けたのは、高校生くらいの男の子だった。
「誰?」
 私は驚いて、少し大きな声で言った。男の子の茶色の大きな目が私をまじまじと見る。
「……訪ねてきたのはキミの方だけど、キミこそ誰?」
 確かにインターホンを押してドアを開けてもらった方が「誰?」と聞くのはおかしい。普通はドアを開けた方が聞くものだ。
「だってここ……叔父さんの家だから」
 叔父はほぼ一人暮らしで、子供はいない。仮に隠し子だって姉と同じくらいの男の子なわけがない。父と叔父は十くらい離れていたはずだ。彼は大きな目で再び私を見つめる──しかし先程のように疑うような目つきではなくなった
「……えーと、早織ちゃん?」
 私は早織じゃなくて詩織だ。でも、どうして姉の名前を知っているんだろう?
「オレ、サンダー叔父さんのパートナーの十代叔父さん。覚えてない? 昔一回だけ会ったけど」
 ……一回だけ。私は記憶をたどる。サンダー叔父と結婚するのだと、家に挨拶に来た男の人──あのときはスーツを着ていて、もっと大人に見えたけど──。
「あの、私、詩織です。早織は姉で」
「あ、詩織ちゃんか。大きくなったね。今日は遊びに来たの? サンダー叔父さん、今お仕事で留守なんだ」
「何時に戻りますか」
「オレも知らないんだよ。ついさっき海外から戻ったとこでさ。日本についたら連絡したかったのにケータイ電池切れちゃってて。さっき連絡したけど返事まだでさ」
 サンダー叔父のパートナーは海外で仕事をしている、とは聞いている。だから叔父は「ほぼ」一人暮らしなのだ。なんでもパートナーが長期に海外の仕事に行くことになるからと急に結婚して、祖父はずいぶん怒ったんだとか……当時小学生だった私は詳しいことを知らない。ただ結婚以来、サンダー叔父は親類の集まりには来なくなってしまった。サンダー叔父とデュエルするのが大好きだった私はすごく残念だったけど、サンダー叔父から「いつでも遊びに来てくれ」と言われてよく来ていた。
「とにかくさ、暑いから上がんなよ。さっきスーパーでチーズケーキ買ってさ、あ、アレルギーある?」
「ないです」
「じゃあよかったら食べて」
 十代叔父に招かれるまま室内へ入る。中は冷房が効いていて涼しい。玄関には赤いブーツがあった。パンフレットで見たデュエルアカデミア本校の指定靴にそっくりだ──まさか本当に指定靴だろうか? 在校当時のものなら物持ちがよすぎる。
 私もリビングに入る。ソファに寝転ぶファラオが私を一瞥し、また目を閉じる。私はファラオの隣に座った。
 十代叔父はお茶とケーキを一つは私の前に、もう一つは私の向かいに置いた。彼は私の向かいのソファに座る。
「いただきます」
「どうぞ。学校、夏休みだよな。今中学生?」
「はい、今度三年です」
「じゃ、受験とか大変だな」
 受験──今まさにその話で父と喧嘩をしてきたところだ。サンダー叔父に味方してほしくて、約束もないのに押しかけてしまった。
 子供の頃からサンダー叔父さんは、デュエルが好きな私にいつも味方してくれた。家族に「カードゲームなんて女の子がやるものじゃない」と言われたときにだって「女子プロデュエリストもいるし、プロじゃなくてもデュエルに関わって活躍する女性たちはたくさんいる」と教えてくれた。叔父の卒業したデュエルアカデミアにだって女の子はたくさんいたし、プロになった人もデュエル講師などで活躍する人もいるのだと──。
「……十代叔父さんもデュエルアカデミアでしたよね。受験、大変でしたか?」
「学科は大変だったけど、実技は楽しかった。デュエルアカデミアに行くの?」
「行けたらいいと思うけど……」
 反対されている。特に全寮制の本校に行きたがっているからなおさらだ。東京女子学園は家から通えるから、そこも父にとってはいいのだろう。
「デュエルアカデミアの本校ってどんな感じですか?」
「楽しかったよ。まあ、オレたちがいたのはずいぶん昔だからな。だいぶ変わってるかもしれないけど、きっとデュエルが好きなら楽しいんじゃないかな」
「お父さんは──あんなところよくないって反対してて。問題児が多いとか……」
 十代叔父は吹き出した。卒業生にそんなことを言ったら怒られるだろうかと思ったけど。
「あはは! 確かになあ。キミの叔父さんも問題児側だ」
「そんなこと──」
「あるある。あいつ昔はアンティルールふっかけて遊んでたし、叔父さん以外にも夜中に歩いてる生徒にアンティふっかけてカード狩りみたいなことしてたやつらもいた。森ん中でサバイバル生活してたやつとか、展示されてた遊戯さんのデッキ盗んだやつとか……」
 十代叔父は楽しそうに生徒たちの悪行を並べ立てる。
「そんなに──なの?」
 問題児が多いなんて父の嘘だと思ったのに。
「別にそう悪いやつらじゃないんだぜ。キミの叔父さんがそうみたいにさ。でもこうやって振り返るとみんな結構ヤバいことやってたなあ」
「……十代叔父さんも?」
 十代叔父は三十代と思えぬ幼さのある大きな瞳をぱちりと瞬かせた。先程まで笑っていた顔が真剣なものになる。それから苦笑いした。
「んー……まあいろいろ……」
 十代叔父は麦茶を飲んだ。いったい何をしたのか気になるけど、深く聞ける雰囲気じゃなかった。
「本校は孤島にあるし学園内で起きた問題は学園内で封じがちだし、キミのお父さんが心配するのもよくわかるんだよ。今思い返すとよく無事だったなって思うこといろいろあったし……キミの叔父さんが一時的にノース校に行ってたことは知ってる?」
「はい」
 万丈目サンダーが強くなった秘訣はノース校なんだという話も聞いたことがある。男子校だから私には関係ないけど、デュエルアカデミアの分校の中でノース校も倍率が高い方だ。
「あれ、叔父さんは学園の船を勝手に運転して出てったんだ。もしノース校の校長先生がうまく捕まえれなかったら、死んでたかもしれない」
「へ」
「オレも勝手にボートで外出たことあるから人のこと言えないけど。あれも下手したら死ぬよなって今は思う。今は鍵とかきちんと管理してるかもしれないけど、昔はそのへん杜撰だったよ。まあそんなことしたの、オレと叔父さんくらいかもしれないけどさ」
 問題児──そう聞いたときにはピンとこなかった。しかし、二人とも勝手に学校の船を盗み無免許運転までしたのだ。
「あれキミとそう変わんない頃だ。もしキミがそんなことしたらって思うとお父さんは気が気じゃないんだと思うよ」
「そんなことしないけど……」
「いろいろあるとわかんねーぞ。叔父さんだってアンティはするけど中等部の頃から先生に一目置かれる優秀な生徒だったわけで……学校飛び出すにしても孤島より地続きの場所なら危なくないみたいな……」
 飛び出さないと思う。いや、でもついさっき家は飛び出してきたのか。行き先は宣言はしたし、家の運転手に頼んで連れてきてもらったから家出なんてほどじゃないけど。
「ともかく本校に独特の危なっかしさは確かにある。泥棒が入り込んでたこともあるし……なんかあってもすぐ警察とか救急とか来れない立地なのは事実だよ」
 言われてみれば確かにそうだ。そんなことは考えたこともなかった。
「父は東京女子学園の方に行けって言うんです。でも、あそこはお嬢様ばかりで礼儀作法もすごく厳しいらしいから嫌で」
「そりゃ大変そうだなあ」
「本校がダメならせめて童実野校の方がいいんだけど」
「あ、今は童実野校あるもんな。オレの頃にも童実野校あったらそっちにしてたかも」
「どうして?」
「童実野町って憧れの地だったからな! バトルシティの舞台だぜ」
 十代叔父は子供みたいに笑った。
 ──そうか。憧れの地。十代叔父にとっては童実野町。私にとっては尊敬するサンダー叔父さんの母校で、数多のプロデュエリストを輩出したデュエルアカデミア本校──。
「……やっぱり私は本校がいいな」
「じゃ、勉強とデュエル頑張らないとな。デュエルだったらオレも相手できるぜ。勉強は無理だけど」
「強いの?」
「叔父さんには勝ち越してる」
 叔父さんが負けるはずない──反射的にそう思った。疑う私に十代叔父は笑ってみせる。
「デュエルする?」
 私は鞄からデッキを取り出した。

◇◆◇

「ただいま」
 十代叔父とデュエル中、玄関の方からサンダー叔父の声がした。
「おかえり」
「おかえりなさい」
 十代叔父と私は玄関に向かって言った。リビングに入ってきたサンダー叔父はよく来たなと私に笑いかけた。
「お邪魔してます」
「チーズケーキ冷蔵庫にあるよ」
 十代叔父はサンダー叔父に言い、また盤面へと視線を戻す。今は十代叔父のフィールドにモンスターはいない──でも二枚の伏せカードがそう簡単に勝てないことを予感させる。
 十代叔父の様子を伺いながら私は新たなモンスターを召喚し攻撃を宣言する。伏せカードの一枚は《ヒーロー見参》だった。私は十代叔父の二枚の手札から、モンスターではないことを祈りながら右を選んだ。
「《E・HEROネオス》だ」
「あー! 嘘でしょ」
 私のモンスターでは返り討ちだ。手札ももうない。ターンエンドし、予想通りネオスの攻撃で私は負けてしまう。悔しい。でも楽しかった。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。楽しいデュエルだったぜ」
 十代叔父が笑う顔はやっぱり私の姉と同じくらいにしか見えない。サンダー叔父と見比べても、サンダー叔父はやっぱり大人の顔をしている。
「どうした?」
「なんだか同い年に見えなくて……」
「こいつは高校生の頃からほとんど顔が変わってないからな」
 サンダー叔父はおかしそうに笑った。なんだかいつもより機嫌がいい。やっぱり、パートナーが久しぶりに帰ってきてうれしいのかな。
「ねえサンダー叔父さん、学校の船盗んだって本当?」
「おい、そんな話をしたのか?」
 サンダー叔父は十代叔父をにらむ。普段は見ない顔だ。
「だって長作義兄さんが問題児が多い学校っていうから、オレたち問題児だったなと思って」
「言っとくが、こいつは三回盗んだ」
「三回も盗んでねえよ! それにお前と違って無免許運転もしてねえ。十六で免許取ったもん」
「しただろ、一年の時に」
 サンダー叔父に言われて十代叔父はしばらく考える。
「え? あ~……ありゃ学園のじゃないからいいだろ。誘拐から逃げるためだし」
「誘拐?」
 私は驚き思わず口元をおさえた。十代叔父はそんな話なのに楽しそうに続けた。
「アナシスのおっさんがさあ……って詩織ちゃんわかる? 海運王の」
「今は海上デュエル大会の主催者の一人といった方が通じるんじゃないか?」
 サンダー叔父に言われて、私は毎年テレビ中継される大会を思い出す。そういえば開会と閉会の挨拶をするおじさんの名前がアナシスだったような……。
「水属性や魚族や海竜族しか使えない大会のだよね? あれのちょっと面白いしゃべり方のおじさん?」
「そうそう。そのおっさんがさ、海に真のデュエルアカデミアを作るとか言って、学園のカードを寄越せって言ってきてさ。そんでオレがデュエルして勝ったんだけど、今度はオレが真のアカデミアに来いとかって潜水艦から出してくれなくてさ〜。あれって今思うと未成年の誘拐と監禁だよな」
「それ……通報とかしなかったの?」
「潜水艦じゃ別に楽しく過ごしてたからな。アナシスのおっさんや乗組員の人とデュエルして、うまいもん食わせてもらってさ。でもなかなか帰してくれねーから三日目にボート盗んで逃げた! でもありゃアナシスのおっさんが悪いからノーカン!」
 十代叔父はにこにこ笑った。笑って話すことではないと思う。
「叔父さんが楽しかったとかじゃなくて……生徒が三日も行方不明で学園は何もしなかったの?」
 十代叔父はしばし考える。
「たぶんしてないな。てゆーか、オレがいないこと把握してなかったかもな。授業に寝坊して出ないとかたまにやってたし、先生も気づかなかったのかも……」
「サンダー叔父さんは誘拐されたこと知ってたんだよね? 先生に言わなかったの?」
「思えばあの時はあまり誘拐とまで思ってなかったな。そのうち戻ってくるだろうと」
 サンダー叔父まで適当だ。
「本校がよくないって思うキミのお父さんの心配はもっともだ。つまり詩織ちゃんが本校進学を反対されるのオレたちのせいじゃない?」
「オレもか? ……オレもか」
「こりゃ責任持ってオレたちが長作義兄さんの誤解を解かないと……」
 十代叔父とサンダー叔父は顔を見合わせる。二人ともばつの悪そうな顔をして、私はおかしくて笑ってしまった。いつも落ち着いた大人に見えるサンダー叔父にも高校生の頃があったんだと改めて思った。
「叔父さんたち、本当に昔は問題児だったんだ。ねえ、もっといろいろ聞かせて」
 私がそうねだると、十代叔父は目を輝かせる。
「面白い話あるぜ。キミのお父さん……というか、万丈目グループが本校を買収しようとしたこともあった。アカデミア本校を賭けてキミのお父さんと叔父さんがデュエルしてさ」
「学校を賭けてデュエルなんてしたの?」
「なんでもデュエルで決めるのさ、デュエルアカデミアだからな」
 驚いた私に十代叔父はウィンクした。
「あれで思い出深いのはやっぱり井戸かな?」
 叔父たちの語る思い出はなんだか突拍子のないものに聞こえた。父と対決するために二人で井戸にカードを拾いに行ったなんて? でも懐かしそうにしている二人の口振りから嘘ではないのだろうし、そのデュエルでサンダー叔父の使ったタクティクスは今のプロデュエリスト万丈目サンダーに通じるものだ。デュエルアカデミアの中で一番成績の悪いレッド寮にいた頃の話。輝かしくテレビで活躍する今とは全然違う少年時代。
「今思うとあの頃のキミのお父さん、今からだと信じられないくらいトゲトゲしてたなあ……」
 父の若い頃の話なんて滅多に聞けるものじゃなかった。父はときどき頭が固いと思うけど、すごく厳しいと感じたことはなかった。でも、昔はそうじゃなかったらしい。サンダー叔父は子供の頃はかなり厳しくされたそうだ。
「万丈目の三男として立派に育てようとしてくれたってことだからな。そこはありがたいことだ。……まあ、結局のところオレは父の期待には添えなかったようだが」
「それオレのせいだな! ごめん」
 十代叔父が笑いながら謝る。十代叔父と結婚してからサンダー叔父は祖父の家の集まりには出なくなっている。当時の私はよくわからなかったけど、今は二人の結婚はあんまり「普通」じゃないことは子供の私でもなんとなくわかる。
「でも、高校生の頃から付き合って結婚するなんて、ロマンチックだね」
 たぶん十代叔父は御曹司とかじゃなくて、いわゆる身分違いの恋ってやつで、反対されても諦めずに結婚するなんて恋愛ドラマみたいだ。
「え? 別に高校生のころは付き合ってないよ。オレは結構好きだったけど叔父さんはオレのこと嫌ってたし」
「そうなの? じゃ、いつから?」
「それがなかなか好きって言ってくれなくてさ」
「そういう話はしなくていい」
 サンダー叔父は十代叔父の言葉をさえぎった。気になるけど教えてもらえなさそうだ。
「詩織ちゃんはこういう素直じゃないやつと付き合わない方がいいぜ」
「こいつみたいなのも絶対やめておけ」
 こいつみたいなの、と言われても十代叔父のことをまだよく知らない。今は見た目が若すぎるデュエルの強い叔父さんということしか。子供の頃から知ってるサンダー叔父だって、私に見せる顔と学生時代に十代叔父と共に問題児だったという顔は全然違うのだろう。
「とにかくこの話はやめだ。何か他の……ああ! 本校の入試の話でもしてやれ。高等部の入試はお前しか知らないだろ」
 サンダー叔父が必死に話題を変える。そんなに聞かれたくないのかな。
「十年以上前だからもう変わってそうだけど。えーと、筆記と実技で日が違ってたよ。筆記の合格者が実技試験に出れて……」
 十代叔父は実技試験の思い出を話す。電車が事故で遅れてしまったけどそのおかげで偶然デュエルキング武藤遊戯に出会えたこと、当時実技の最高責任者だったクロノス教諭とデュエルして勝ったことなどを楽しそうに話した。
「実技って、先生に勝たないと受からないの?」
「採点基準は勝つことだけじゃなく、状況判断やデッキの組み方など複数あったはずだ。負けたら即座に不合格という単純なものじゃないと思うぞ」
 私が不安になったのを察したのかサンダー叔父はフォローするように言った。
「詩織ちゃん、学科の方はどうなの?」
「悪くは──ないと思う」
「そりゃ何より。デュエルならオレも叔父さんも教えられるよ。なんとなくだけど、あんまり誰かとデュエルしたことないんじゃない?」
「うん。友達はあんまりデュエルに興味なくて」
「カードショップのデュエルスペースとかは?」
「たくさん人が来る場所はあまり行くなって……」
「お前にはわからんだろうが、お嬢様はいろいろ自由に動けんのだ」
 サンダー叔父が言った。残念だけど仕方ない。本当はカードショップのデュエル大会とか行ってみたいけど。
「そっか。じゃあ本当デュエルアカデミアに行けるといいよな。いろんなやつとたくさんデュエルできるぜ。それにきっと、いい出会いがいっぱいある」
 そう微笑んだ十代叔父の目には深い実感があるような気がした。見た目は高校生のように見えても、やっぱり大人なんだなと思う。
「叔父さんたちみたいに?」
「もしかしたら、それほどの出会いもあるかもな」
 十代叔父が笑う。デュエルアカデミアに行ったらどんな出会いがあるのか、想像するだけでもわくわくする。でも、父はやっぱり嫌がるのかな。それに私自身、全寮制の学校に不安がないわけじゃない。両親の干渉がうざったいと思うこともあるけど、両親から離れるのは寂しいとも思う。叔父たちににだってなかなか会えなくなるだろう。
「叔父さんたちは全寮制の学校って、寂しくなかった?」
「オレはすごい楽しかったな」
「オレもまあ──実家から離れてのびのびできたというか」
 十代叔父はにこやかに、サンダー叔父は少し複雑そうに答える。
「詩織ちゃんは家から離れると寂しい?」
「……うん。でも、全寮制も楽しそうだなって思う」
「そっか。じゃあ本校か童実野校か迷っちゃうな。童実野校なら放課後とか遊びにおいでよ」
 十代叔父に言われて、童実野校ならそんなこともできるのかと気づく。本校も憧れるけど、それもすごく魅力的だ。
「まあ、合格できたらの話だ。もっと強くならないと実技試験に落ちるかもしれないぞ」
 サンダー叔父が釘を差す。確かに私はまだまだ弱い。本校か童実野校か以前の問題だ。
「じゃあ、サンダー叔父さんもデュエルして」
「今からやると遅くなってしまうぞ」
 サンダー叔父に言われて、いつの間にか夕方になっていることに気づく。昔話を聞いたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまったようだ。
 今日はもう帰るしかない。また遊びに来ると約束する。サンダー叔父からはちゃんと勉強や宿題もやれと言われて、十代叔父からはアメリカ土産だというお菓子をもらった。
「アメリカに行ってたの?」
「アメリカ以外も行ったけどね。家族で食べて」
 そういえば十代叔父がどんな仕事をしているのか聞きそびれてしまった。帰ってから父に聞いたらいいかなと思いながら迎えの車に乗って、そういえば喧嘩をしたのだったと今更思い出した。
「……ただいま」
 飛び出してしまって少しばつが悪いけれど、十代叔父からのお土産も渡したいし父の部屋を訪ねる。喧嘩のあとは、だいたい謝ったりしないままうやむやにしてしまうのが常だ。
「おかえり。サンダー叔父さんは元気だったか?」
「うん。あと、十代叔父さんもいた。これ、アメリカのお土産だって」
「十代叔父さんが?」
 父は驚いたようだった。十代叔父から預かったお土産を渡す。
「うん。十代叔父さんて、すごく若く見えるんだね」
「そうだな。お父さんも何年か会ってないが、最後に会った時も高校生の頃と変わらないような見た目だったな」
「十代叔父さん、なんの仕事してるの?」
「インダストリアル・イリュージョン社でカード関係の仕事をしてると聞いてる。機密事項が多いから出張先の国さえ明かせない時もあるそうだ」
 だから十代叔父はどこの国に行ったのか濁したのか。プロデュエリストじゃないのに強いと思ったけど、デュエルモンスターズの本家本元で働いてるんだから強いのも納得だ。
 世間話が終わると少し沈黙が訪れた。いつもならここで適当に話を切り上げてしまう。でも。
「……叔父さんたち、デュエルアカデミアの問題児だったって言ってた。学園の船を盗んで学校の外に出たとか……」
「ああ──ノース校の時に」
 懐かしいのか、父は少し笑った。
「あと……お父さんがサンダー叔父さんとデュエルアカデミアを賭けてデュエルした話、聞いた」
 緊張する。この話をしたら父は怒るだろうか? そう思ったけど、父は少し恥ずかしそうに笑う。
「……そんな話まで聞いたのか。全く……」
「あのさ……最近全然やってないみたいだけど、私ともデュエルしてよ」
「……そうだな。たまにはいいかもしれない」
「私が勝ったら、もう進路に文句言わないでね」
「……何?」
 父は少し顔をしかめた。
「だって、なんでもデュエルで決めるのがデュエルアカデミアって聞いたから──そこに行きたいなら、まずはお父さんに勝たないとなって」
 父は少し驚いて、それから笑った。
「ははは! すっかりデュエリストだな。ブランクがあるからといって、お父さんにはそう簡単に勝てないぞ」
 父は手帳をめくった。しばし考え、何か書き込む。
「なら、詩織。来年の正月明けあたり、デュエルフィールドを借りてデュエルしよう。サンダー叔父さんと十代叔父さんも呼んで、デュエルを見届けてもらおう。勝とうが負けようがそれがお前の進路だ。いいな?」
「はい!」
 もし父に勝てないなら、デュエルアカデミアの実技試験にだって合格できないだろう。一番倍率の高い本校どころか、東京女子学園にだって──。
 決意を新たにし、私は父の部屋を出た。

◇◆◇

「気をつけてな」
「また遊びにおいで」
「お邪魔しました」
 迎えの車に乗って詩織は帰って行った。詩織が帰った後はいつもより一段と家が静かになった気分がするが、今日はそうではない。
「いや〜しっかりしてるなー。オレが中学生の頃、あんなじゃなかったぜ」
「万丈目の娘だからな。親戚づきあいやら社交やら……」
「えらいなあ。『万丈目』は大変だ」
 十代は感心したように言った。一応今はお前もその親戚になったんだが、と思う。
「にしても本校は反対なんて、お嬢様が全寮制学校はやっぱり心配なのかなあ。それともオレたちのせい?」
「両方かもな」
 十代と話しながら二人でリビングの皿やコップを片づける。五年もいなかったのに、もう当たり前みたいな顔をして十代は皿を洗う。
「サンダー叔父さんとしてはどう? 詩織ちゃんが本校に行くのは心配?」
「まあ──なあ。行ったところでやっていけるのかとは思う」
「どうして?」
 皿やコップを片づけてソファへと座る。ソファのど真ん中に寝る猫を挟んで二人で座るのは久しぶりだった。十代はファラオの頭を撫でた。
「詩織はプロを目指してるわけでもないからな。ぼんやりとオレやなんかに憧れはあるが、それだけだ。今の本校は昔よりもプロデュエリストを強く目指す連中が集まってる。そんな中にぬるい気持ちで入っていって続けていけるかどうか……」
 本校はオレたちがいた頃からプロを目指す心積もりの生徒が多かった。一人も卒業生にプロがいなかった昔でさえそうなのだから、何人もプロを輩出した現在ならなおさらだろう。ドロップアウトボーイのせいで一度は崩れたエリート主義もまた復活しているのではないのだろうか。
「別にいいんじゃないか? オレだって別にプロ目指してなかったし。万丈目だって詩織ちゃんくらいの頃って本当にプロ目指してた?」
 詩織くらいの頃──デュエルアカデミア本校の、中等部生の頃。いずれプロになることは頭の隅にあった。でもそれは今のような、自分の力で勝ち上がり、誇りと栄光を手に入れるものではなかった。ただ父や兄たちから「カードで頂点に立て」と言われたことを実行しなければという義務感で目指していた──。
「……お前こそどうなんだ? 入学したての頃はキングになるとかなんとか言ってただろ」
「そうだな。強いやつといっぱいデュエルして、いつか遊戯さんとデュエルしたいなって思ってた」
 能天気な動機。心からデュエルを楽しむ遊城十代の姿勢に、当時は嫉妬も悔しさもあった。ただ楽しむばかりで責任感もないやつに、どうしてオレが? そんな思いでいっぱいだった。
「当時のオレは楽しいだけで、中身なんかなんもなかったなって思うけど。だから別に、詩織ちゃんが今そんなに目標とかなくてもいいんじゃないかな」
 十代は苦笑いする。それは中身がなかったわけではないと、今なら知っている。半身と離れ記憶を封印され、宿命を知ることができなかっただけ。記憶と半身を取り戻し、ヒトの身には重すぎる宿命を受け入れた──ヒトでなくなることさえためらわずに。
「……お前と比べるとなあ……」
「そりゃオレはかなり例外っていうか……あ、翔は? たぶん最初は兄貴への憧れとかでアカデミアに入ったんじゃない?」
 丸藤翔──始めは十代と同じ落ちこぼれとして入学し、退学の危機さえ迎えたが、最終的には首席で卒業して今は兄とともにリーグ運営を立派に続けている。……詩織と比較するならば「普通の人間」でなくては意味がないか。
「別に学校入るまでにガチガチに目標とか決めなくても大丈夫だと思うんだよなー。明日香だって、中等部くらいの頃はプロも憧れたって言ってたしな」
「そうなのか?」
 そんな話は初耳だった。天上院明日香──中等部と高等部の間ずっと憧れた女性。学年で一番賢く強く美しい女性だったと思う。今は教師としてたくさんの生徒たちに尊敬される彼女が、教師以外の道を考えていたなんて。
「……あれ、お前は聞いてないんだっけ? じゃあ翔とかと一緒にいた時かなあ? なんでそんな話に……あ、ももえが教員免許取った時だ。お祝いにみんなで飲んでて」
 浜口ももえ──オレ自身はあまり親しくない。明日香さんの友人の一人という印象だ。十代は学生時代から女子にも広い友人がいる──気がする。浜口ももえが一度就職したデュエル塾で子供たちに教えるうちに小学校の先生になりたくなって大学に行ったという話は十代から聞いたと思う。
「そこで明日香は子供の頃からずっと教師になりたかったのかって話になって、中等部の頃はプロにも憧れてたって言ってた。教師になりたいと思ったのは高等部に入ってからで、クロノス先生はじめ先生たちがオレみたいなドロップアウトやお前みたいなのを更生させるの見たらすごいと思ったってさ」
 へらへらと十代は笑う。──オレみたいなの?
「……お前はともかくオレもか?」
「お前はほら、ノース校行ってから変わったじゃん。きっと市ノ瀬校長がすごいんだろうなって思ったって言ってた」
 それについては否定できない。ノース校の市ノ瀬校長がいなければ、今頃オレはどうなっていたのだろうと思うほどの恩師だ。
 しかしそれより気になるのは──。
「天上院くんは……オレもお前同様の問題児だと思ってたのか……」
「問題児だろ、アンティふっかけて学校の船盗んで」
 確かにそうなのだが。自分自身の行動を思い返せば問題児としか言いようがない──憧れの女性にだけはそう思われたくなかった、というのは虫のいい話だ。
「ともかくさ、別に詩織ちゃんが今しっかり目標なくたって大丈夫じゃないのってこと! 明日香だって高等部の途中で決めてるし、ももえは一回就職してから改めて小学校の先生になってるしさ」
「そうかもしれんが──あの子は少し気の弱いところもあるし、本校より東京女子学園の方がつまづかずに済むんじゃないかと思うんだが──」
 デュエルアカデミアに淡い憧れを抱く姪が、憧れの地に行くからこそ心折れてしまわないかと心配している。かつての自分がそうだったように。
 当時創立したばかりのデュエルアカデミア。その中等部第一期生として入学が決まったときは、武藤遊戯や海馬瀬人に近づける気がして期待に胸をふくらませた。しかし実際には、あまり手応えのない同級生たちとのデュエル、逐一親から監視される成績や戦績──憂さ晴らしにアンティ勝負を仕掛けたらそのスリルが楽しくなって、怯える同級生たちに気を良くして、かりそめの頂点に立って。
 その傲慢さを目の前の能天気にへし折られて──。
「転ばぬ先の杖? 詩織ちゃんが転んじゃわないか心配なんだ」
「そりゃ──な」
「でも、転んだ後のが楽しいかもよ」
 十代は笑う。オレの今の人生は正に「転んだ後」だ。十代だって──。
 一度もつまづくことのない人生なんてない。そんなことは頭ではわかっている。デュエルアカデミアに行くにしろ行かないにしろ、彼女の人生には数多の困難があるだろう。誰だってそうであるように。
 詩織の人生は詩織自身のものだ。叔父があれこれ心配しすぎるのも、余計なお世話なのかもしれない。
「詩織ちゃんはサンダー叔父さんに愛されてるなあ」
「可愛い姪っ子だからな」
「本当可愛いよな。『十代叔父さん』だって」
 十代は嬉しそうに言った。そういえば十代には兄弟がいないから、本来なら姪っ子などいるはずもなかったのか。
「……オレたち家族になったんだな。五年前にバタバタ結婚して全然実感とかなかったんだけど」
 十代は感慨深げに言った。
 五年前──オレたちは大急ぎで結婚した。十代が長く異世界へと行かなければならなくなったからだ。異世界において光の波動が活動しているおそれがあった。十代は調査や対処にいつまでかかるかわからないしもう戻れないかもしれないとさえ言った。十代は全ての荷物をまとめて出ていってしまうつもりのようだった。
 その頃、オレと十代は一緒に暮らして五、六年経っていたように思う。明確に何年なのかはわからなかった。始めは旅暮らしの十代を時折泊めていただけだった気がする。いつの間にか一緒に暮らすのが当たり前のようになっていた。
 しかしオレたちは恋人のような関係ではなかった。学生時代にレッド寮で過ごしていたときのように、喋ったりデュエルをしたりしていただけだ。家事がある分生活を共にする意識はその頃より強かったように思う──だからだろうか。
 「十代が帰ってこない」ということを、オレは非常に受け入れ難く感じたのだ。
 引き止める気はなかった。光の波動から世界を守るのは十代の宿命そのものだ。だから帰ってきてほしいと思った。何年後でも帰ってこい、と──。
「気持ちだけ受け取っとく。いろいろ終わったらまた遊びに来るよ。その頃には──お前も結婚とかしてるかもしれないけど」
 その頃は、ちょうど友人たちも続続と結婚している頃だった。十代はオレも何年かのうちに誰かと結婚するだろうと思っていたようだった。
「そんな予定はないが」
「何年かしたらわかんないじゃん。オレは十年くらい戻らないかもしれないしさ、お前の生活もいろいろ変わるだろ。ここもまた引っ越すかもしれないし」
 引っ越しはそのうちするつもりで、十代とどこにするのか選ぶつもりでいた。オレはその頃にもう、十代のことを頭数に入れて考えるのがくせになっていたのだ。漠然と、何年先でも一緒にいるつもりでいた──。
「だったら結婚するか」
「お、誰かいんの」
「お前とだ」
「は?」
 ぽかんとした十代の間抜け面は今でもはっきり覚えている。
「オレ?」
「そうだ」
「なんで?」
「まあ──好きなんだろうな」
「は?」
「出発まであと何日ある? 最低でも一ヶ月欲しいが、最悪婚姻届だけでも出すか……」
「本気で言ってんの?」
「冗談でそんなこと言うか」
「オレと結婚してどうすんの?」
「とりあえず家を買う」
「家ぇ? 買ってどうすんの?」
「住むに決まってるだろ」
「け──結婚して家買って住むの? オレと?」
「そう言ってるだろ」
「オレ──いないよ?」
「何年かだろ」
「何年になるかわかんないし──なんかあったら何百年とか戻んないかもよ?」
「何年経っても帰ってこいと言ったろ。さすがに何百年先は保証できんが」
「帰って──来てほしい?」
「だから、そう言ってるだろうが」
 十代はひとつひとつ確かめるようにオレに質問した。
「帰ってくるよ。でも結婚はしなくていいし家もいらないんじゃないの」
「いる。お前、口約束だけで帰ってくるのか」
「信用ねーの」
「前科者だからだ」
 そうして半ば押しつけるような形で結婚を承諾させ、大急ぎで親への挨拶やら手続きやら済ませた。急な話で父からはかなり不興を買ってしまったが、兄たちは「十代くんが関わるとお前はいつもおかしくなるな」と笑っていた。
 そして童実野町で土地付き建売ですぐに購入可能なところ──という狭い選択肢の中から家を買った。童実野町にしたのは、そこなら十代が世話になっている武藤遊戯の家も海馬コーポレーションとインダストリアル・イリュージョン社のビルもあるからだった。十代は家まで買わなくていいだろうと渋っていたが、仮住まいではオレが安心できなかったのだ。
 十代は新居への家具の搬入も済まないうちに旅立った。真新しい鍵を十代に持たせ、人質代わりに猫を置いていかせた。もし気が変わってしまっても猫だけは取りに来い、と。
 オレはそのくらい十代が戻らないことを恐れていた。
 だから今日、戻ったという連絡が来たのを見ても、実際に会ったらどうなるのだという不安を抱いていた。
 だが、帰ってみれば十代は詩織とデュエルに興じており、オレがいないのをいいことに詩織にあることないこと(いや、あることばかりだった気がする)吹き込んでいた。十代は旅立つ前と全く変わらない態度で、心配したのが馬鹿馬鹿しいくらいだった。
「旅に出る前はなんでわざわざ結婚したり家買ったりするのかわかんなかったんだけどさ。帰ってくる時になったら、あのマンションにもういないかもとか、行っても邪魔かなとか、そういうこと思わなくていいんだなって気がついてさ。結婚してよかったなって……」
 十代は、最後は少し恥ずかしそうに言った。そんなことを言われるとこちらまで恥ずかしくなってしまうのだが。
「……ふん。お前と違ってオレはいろいろと先を見越してるんだ」
「さっすが万丈目」
 照れ隠しに強がりを言えば十代が肯定する。何度となく繰り返したやりとりだ。
「あ、そういえば一個忘れてた」
「なんだ?」
 十代はソファで身体ごとオレの方を向く。にっと白い歯を見せて笑った。
「ただいま、万丈目」
「……おかえり、十代」
 たぶん、オレはずっとこの言葉が言いたかったのだろう。口にした途端に目頭が熱くなった。

2026/07/20
2026/07/25 誤字修正
24/24ページ
スキ