一話完結短編

根なし草

 話したいことがあるから帰ってきてほしい──と母親から連絡が入っていた。
 その連絡があった日付は自分の誕生日で、おめでとうという言葉も添えられていた。それに気づいたのは年も明けてからだったが、まさかわざわざ誕生祝いに会いたいわけではないだろうと十代は思った。卒業から今まで一度もそんな連絡はなかった。
 だからなんとなく嫌だと思った。便りがないのはよい便り──などと言うように、連絡があるのは何か悪い知らせのような気がした。
 それでも話したいと言われて帰らないわけにはいかない。忙しくしている両親と日程を合わせ、十代は数年ぶりに実家へと帰った。
 おかえりと言った両親はややよそよそしい態度で、数年ぶりに入った家には何やら違和感があった。
 茶とケーキを出され、高校に行って以来だが元気にしていたかとか、最近はどうしているなどと聞かれた。元気にしているし、今は精霊研究の調査で世界中を回っている、今回も連絡に気づくのが遅れて申し訳なかったと謝った。気にしないでいいと両親は微笑んだ。
「それで──話って?」
 二人は気まずそうにしていた。父が口を開いた。
「お父さんとお母さんは離婚しようと思って」
 十代は、今は二人ともこの家には住んでおらず別居していること、それは夫婦間の不和であり十代に責任はないこと、この家は取り壊し土地を売却したいことなどを説明された。
 もし十代がこの家に住みたいならばこのままにすると言われたが、十代は今更この家に留まるつもりはなかった。
「わかった。部屋の物とか処分したらいい?」
 十代の口からは案外冷静な声が出た。父は必要なものさえ持ち出せばあとは専門業者に頼むつもりだと言った。
「じゃ、部屋片づけて来る」
 十代は、数年ぶりに自室へ入った。閉めきっていた部屋は少し空気が悪くて埃っぽかった。ドアの横には十代が卒業前にデュエルアカデミアから送った段ボール箱が封も切らずに置かれて、学習机にはデュエルアカデミアから送られてきた卒業アルバムが封筒に入ったまま置かれていた。
 十代はデュエルアカデミアの卒業アルバムと昔買い集めたカードを入れた缶を持ち出すことにした。
「これだけ持ってくよ。あとは処分していいから」
 十代があまりに早く部屋から戻って、両親は驚いていた。それだけでいいのかと。
「大丈夫」
 両親は少し戸惑いながら、今年中ならいつでも取りに戻れるが、来年には業者を入れるだろうとか取り壊しはおそらく夏までになど今後の計画を十代に説明した。必要事項の伝達が終わってしまえばリビングには気まずい沈黙が流れた。
「じゃあ──オレ、そろそろ行くよ」
 二人はもう行くのかなどと口にしたものの、これ以上話すこともないからか強く止めはしなかった。
 十代がアルバムと缶を手に持ったままなので、母はケーキ屋の紙袋をくれた。二人はそれぞれの連絡先を十代に渡した。十代も、精霊研究機関に所属していることになっているから、その名刺を両親に渡した。
「オレ住所ないけど、手紙とかそこに送ったら預かってもらえることになってる。手紙は開けられないけど荷物は危険物対策で中身チェックあるから」
 そうして十代は、数年ぶりに帰った自宅に二時間ほど滞在してから旅立った。
 とはいうものの、今日は特に予定もなく、とりあえず最寄り駅へと行った。おそらく平日の朝や夕方に混む駅も昼間は閑散としていた。デュエルアカデミアの入試を受けた日も、デュエルアカデミアに向かった日もこの駅から電車に乗ったなと思い出す。
 あの日のようなワクワクとした気持ちはなかった。虚しい気はするが落ち込んでもいない。十代の記憶する限り両親は喧嘩もしていなかったが、子供の手前見せなかっただけで、本当はずっと不仲だったのかもしれない。二人の夫婦仲など十代は考えたこともなかった。
 興味が──ないのか。
 薄情だ。育ててもらっておいて。
 十五年住んだ家が取り壊されることにも、寂しさはあれどあまり悲しさはなかった。
 思えばあの家は三人で住むには広かった。十代は二部屋も与えられていたし、余っている部屋もあった。子供の頃はそういうものだと気にしていなかったが、今思えば──両親はあと一人二人子供が欲しかったのではないだろうか。
 十代が普通の子供だったら。
 自分たちが生み落としたものが人間ではなく、創世の闇を宿した人ならざるものだったなんて、二人には知るよしもないし知らなくてもいいことだろう。薄情で親不孝な息子が生まれた、それだけだ。
 一番遠い記憶を辿ろうと思うと、思い出すのは幼い十代の面倒を見てくれたオサムが倒れた日だ。未熟で弱いことはいつも十代に悲しみをもたらした気がする。幼い日にも、長じてからも。そしてその悲しみは強くならなければという焦りになり、十代は大きく誤った道を歩いた──。
 今の行動も誤っているだろうかと十代は考える。もしかしたら、離婚なんてしないでと止めるのが十代の役割だったろうか。子はかすがいという言葉があるように。
 しかし十代がまだ「十代」ならばそれでいいかもしれないが、もう成人し親元を離れた身だ。両親も十代が成人したからこそ今離婚するのだろう。本当は小学生の頃にだって離婚したかったのかもしれない。十代が幼いから我慢していただけで。
 電車に乗れば、十五年住んだ町が遠ざかっていく。少しばかり足元が覚束なくなるような気がした。
 でも、きっと元からあまり足などついていないのだ。人でも精霊でもあり、だからこそ人でも精霊でもない。人の世界も精霊の世界も、どちらも守りたいと願うならどちらかに根を下ろすことはできない。浮き草のようにふらふらと、綿毛のようにふわふわと、風の向くまま気の向くままに。
 それでも膝に乗せたケーキ屋の袋は、ほんのり重く十代の膝に載せられている。あんなことがあっても取り上げなかったカード、送り出してくれたデュエルアカデミア、親不孝な息子のために買った、十代の好きなオレンジ入りのチョコレートケーキ。さっきは何を話されるのだろうという不安で少しばかり味がわからなかったけれど。
 十代が人ではないのだとしても、両親が血肉を与え育ててくれた。どんなに永い時を生きてもこの重みを忘れてはならない。
 十代は電車を乗り継ぎ童実野町へと向かった。精霊研究所のロッカーに紙袋を置いて、事務所に置いていった猫を回収する。持っていけるのは、この身と魂と鞄ひとつと、猫一匹と幽霊だけだ。
 新しい急ぎの案件がないことを確認し、以前から気になっていた富士山近隣の怪奇現象(おそらく精霊が原因だろう)を確認すると室長に報告し研究所を出た。
「ついでに富士山登ってみる?」
「飛んだらすぐなのにわざわざ登るなんて、物好きだね」とユベル。
「昔不死の薬を調査しに行ったことはあるけど、空から行って登ったことはないですニャ」と大徳寺。
「ファラオはどう?」
 ファラオは興味がないようで返事もしてくれなかった。鞄の中で眠っているのかもしれない。
 十代以外は地に足もつけない一行は、再び気ままな旅へと戻った。

2026/05/18
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