一話完結短編
ライバル
遊城十代への勝利──それは万丈目準にとって学生時代からの悲願であった。
しかしその日はなんともあっさり来た。
酒の席である。学生時代の友人たちと久しぶりに集まり、近況報告や思い出話に花を咲かせ、デュエルをしようということになった。デュエルディスクこそないものの、貸出プレイマットのあるデュエル歓迎の居酒屋だった。
万丈目は数年ぶりに永遠のライバル遊城十代とデュエルし、勝った。
最初に湧いた感情は喜びではなく、落胆だった。
遊城十代がこんなに簡単に負けるわけがない!
「おい十代、手抜きしたんじゃないだろうな」
万丈目はじろりと十代を睨んだ。十代は肩をすくめる。
「するわけないだろ」
「じゃあ酔ってるのか?」
「酔ってンのはお前だろ……顔赤いぜ」
万丈目の白い肌はすっかり朱に染まり、目も赤くなっていた。誰がどう見ても彼を「酔っぱらい」と判断するだろうと十代は思う。
「酔ってなどいない。もう一度勝負だ十代!」
十代はハイハイと返事をして万丈目と交換したデッキをシャッフルした。居酒屋のロゴが大きく印刷されたプレイマットに返されたデッキを置く。
次の勝負は十代が勝った。負けたと言うのに万丈目は嬉しそうだった。
「やっと本気を出したな十代! 勝ち逃げは許さんからな、もう一度だ!」
再び勝負し、今度は万丈目が勝った。すると彼はまたしても「手抜きなのか」と十代を睨むのだった。
「手抜きじゃねーって。今のでどう手抜きすんだよ。なあ翔?」
「うん、今のすごくいい勝負だったよ」
十代の隣に座る翔が頷いた。
「嘘をつくな、もう一度だ!」
万丈目はジョッキに残っていたビールをあおった。空になったジョッキを置くと、その手を上げて店員を呼ぶ。
「すみません、生ビールください」
「お前もう酒はやめた方がいいぜ。すみません、今のナシでウーロン茶ください」
「オレはまだ飲む。ビールで」
「ビールはナシで」
呼ばれた店員は二つの異なる注文に困り万丈目と十代を交互に見た。
「とりあえずビールとウーロン茶一つずつお願いします」
それまで黙って二人のやり取りを見ていた吹雪は、困っていた店員に爽やかな笑顔で助け船を出す。店員が離れてから万丈目へ声をかける。
「万丈目くん、どうしたんだい?」
「師匠! 十代のやつが本気を出さないんですよ! オレを馬鹿にしてる」
「してねーよ」
「黙れ!」
万丈目は十代を怒鳴りつけた。怒りたいのはオレだと十代は思う。
「万丈目くん。ボクにも十代くんが手抜きしたようには見えなかったけどな」
吹雪は静かに言った。
「でも師匠……こいつがこんなに弱い」
「弱いィ?」
「うるさい十代、オレは今師匠と話してるんだ」
万丈目の赤い目に睨まれて十代は口を閉じた。言い返したいが十代が文句を言ってもそのまま喧嘩になるだけだろう。手際よくテーブルに届いたビールとウーロン茶の、ビールへと十代は手を伸ばした。
いくら飲んでも酔いもしないが、文句を飲み込むにはちょうどいい。万丈目の憎まれ口はいつものことなのに苛立ちを覚えるのは、酒には酔わなくても場の雰囲気に酔っているのかもしれない。
ざわざわとした店内では談笑のみでなく楽しそうにデュエルする声も聞こえてくる。少し前までは自分たちもそうしていたはずなのに、どうしてこんなことになるんだ?
「こんなに弱いわけないんですよ、師匠。遊城十代はこんなに弱くない」
──はあ?
ビールを飲んでいる最中でなかったら、十代は大きな声でそう言っていただろう。
「今のデュエルはキミのタクティクスが見事だったんだよ、万丈目くん。プロで鍛えられた腕が十代くんを凌駕した、そういう勝負だった」
「そうよ万丈目くん。手を抜かれたようには私にも見えなかったわ」
明日香が吹雪に加勢する。天上院兄妹の説得を聞いても、万丈目はまだ納得しかねるようだった。
「そんなわけない」
「普通にお前が強くなったんだって」
「普通? どういう意味だ十代! このオレ様が普通だと?」
どうやら今の万丈目は十代が何を言っても機嫌を損ねるようだ。
「いや強ェってほめたんだろうが」
「今度は皮肉か!?」
「ちげーって……お前本当に飲み過ぎだよ」
十代はビールを飲む。
「それオレのビールか!?」
「万丈目くんはこっち」
吹雪はウーロン茶を万丈目の前に置く。万丈目はしぶしぶそれを飲んだ。ノンアルコールのものを口にしたら少し落ち着いたのか、万丈目は静かに口を開く。
「……お前の方が強い」
「お前も──強いよ」
「嘘をつくな」
「もう二回も勝ったろ」
「でもお前は本気を出してない」
「出してるよ」
「嘘だ」
万丈目の目は今にも泣き出しそうなほど赤い。十代は手抜きなどしていない。純粋に負けたのだ。万丈目は何が不満だというのだ?
「お前は誰にも負けない。負けるなら手を抜いているんだ」
「なんだよその買いかぶり」
十代は呆れてビールに口をつける。昔負けすぎて今の勝利が信じられないのか?
「お前は覇王だろうが」
苦くて冷たい液体が喉をチクチクと刺しながら胃へと流れていく。そういえばビールも金色をしていると十代は思う。
「異世界で精霊どもが言っていた。覇王は──宇宙を守る存在なんだろ。生命の根源たる闇を宿し破滅をもたらす光の波動から世界を守る存在。そうなら──お前は誰にも負けない。この宇宙が滅びるその日まで」
いったいいつの間にそんな話を聞いたのだ? 万丈目が異世界に行った時──ユベルがデュエルに負けた者を幽閉していた時か。あの時は十二次元中の精霊を一箇所に集めていたのだから、今や精霊界でも忘れられかけた伝承を知る者がそこに混ざっていても不思議ではない。覇王自身が手にかけた精霊たちもいたはずだ。精霊に好かれやすい万丈目ならいろいろと話を聞けたことだろう。
「覇王の力を使わないデュエルが本気を出したと言えるのか」
十代は万丈目の目を睨み返す。万丈目は酔っているが、その目はしっかりしているように見える。酔っているから出たうわごとではない。
「オレたちのデュエルはお遊びに過ぎないのか。本気の、覇王の力を使わないのはオレが」
「いい加減にしなよ万丈目くん」
翔が止める。
「アニキには使命がある。そのための力なんだ」
「知っている。でもそれならオレは──永遠に本気のお前とデュエルできないのか? いや」
本気のお前に勝てないのか?
「……ちくしょう」
万丈目は机に突っ伏した。頭がくらくらする。興奮がさめてくると急に酔いが回ってくる気がした。
本当は、十代が手を抜いていないことはわかっている。でも、それは「人間として」手を抜いていないのだ。それは「遊城十代」の実力なのか? 彼は覇王で、十二次元宇宙を守るほどの力がある。その力と向き合わず、勝ったといえるのか?
オレは十代に本当に勝ちたいのに。
こんな馴れ合いのデュエルではなく、互いの全てを賭けるようなデュエルで──。
「じゃあさ、万丈目」
十代の声が聞こえる。
「もしオレが誰かに操られたり──あるいはオレ自身の意志で世界を滅ぼそうとしたら」
万丈目は顔を上げる。十代の唇が釣り上がっているのが見える。さらに視線を上げる。金色の目がじっと見つめていた。
「そんときは本気で本気のデュエルしようぜ、万丈目」
「お前が世界を守ってみろよ」
十代は挑発するように笑った。その金色の目は万丈目を嘲るようでもあり、まだ見ぬデュエルに期待しているようでもあった。その感情は読み取りにくいのに、こちらのことは見透かしている気がした。腹の底が冷えてくる──しかし万丈目はいつものように笑ってみせる。
「望むところだ、遊城十代。この万丈目サンダーが完膚なきまでにぶっ倒してやる」
万丈目は十代のそばのビールジョッキを手に取り、金色の液体を腹へ流し込む。恐怖に冷えた腹に喉を焼くアルコールはちょうどいい。金色の目を睨みながら空のジョッキを十代の前に置く。
「お前なんかこの通りだ」
ビール色の目はウーロン茶色に戻って、ゲラゲラと笑い出した。その大きな笑い声は一瞬だけ酔客たちの注目を集めたが、みんな酔っぱらいのことだと思ってすぐ興味を失った。
こんな居酒屋の片隅で十二次元宇宙の命運を賭けたデュエルの約束がされたなど、誰も気づかなかった。
2026/03/20
遊城十代への勝利──それは万丈目準にとって学生時代からの悲願であった。
しかしその日はなんともあっさり来た。
酒の席である。学生時代の友人たちと久しぶりに集まり、近況報告や思い出話に花を咲かせ、デュエルをしようということになった。デュエルディスクこそないものの、貸出プレイマットのあるデュエル歓迎の居酒屋だった。
万丈目は数年ぶりに永遠のライバル遊城十代とデュエルし、勝った。
最初に湧いた感情は喜びではなく、落胆だった。
遊城十代がこんなに簡単に負けるわけがない!
「おい十代、手抜きしたんじゃないだろうな」
万丈目はじろりと十代を睨んだ。十代は肩をすくめる。
「するわけないだろ」
「じゃあ酔ってるのか?」
「酔ってンのはお前だろ……顔赤いぜ」
万丈目の白い肌はすっかり朱に染まり、目も赤くなっていた。誰がどう見ても彼を「酔っぱらい」と判断するだろうと十代は思う。
「酔ってなどいない。もう一度勝負だ十代!」
十代はハイハイと返事をして万丈目と交換したデッキをシャッフルした。居酒屋のロゴが大きく印刷されたプレイマットに返されたデッキを置く。
次の勝負は十代が勝った。負けたと言うのに万丈目は嬉しそうだった。
「やっと本気を出したな十代! 勝ち逃げは許さんからな、もう一度だ!」
再び勝負し、今度は万丈目が勝った。すると彼はまたしても「手抜きなのか」と十代を睨むのだった。
「手抜きじゃねーって。今のでどう手抜きすんだよ。なあ翔?」
「うん、今のすごくいい勝負だったよ」
十代の隣に座る翔が頷いた。
「嘘をつくな、もう一度だ!」
万丈目はジョッキに残っていたビールをあおった。空になったジョッキを置くと、その手を上げて店員を呼ぶ。
「すみません、生ビールください」
「お前もう酒はやめた方がいいぜ。すみません、今のナシでウーロン茶ください」
「オレはまだ飲む。ビールで」
「ビールはナシで」
呼ばれた店員は二つの異なる注文に困り万丈目と十代を交互に見た。
「とりあえずビールとウーロン茶一つずつお願いします」
それまで黙って二人のやり取りを見ていた吹雪は、困っていた店員に爽やかな笑顔で助け船を出す。店員が離れてから万丈目へ声をかける。
「万丈目くん、どうしたんだい?」
「師匠! 十代のやつが本気を出さないんですよ! オレを馬鹿にしてる」
「してねーよ」
「黙れ!」
万丈目は十代を怒鳴りつけた。怒りたいのはオレだと十代は思う。
「万丈目くん。ボクにも十代くんが手抜きしたようには見えなかったけどな」
吹雪は静かに言った。
「でも師匠……こいつがこんなに弱い」
「弱いィ?」
「うるさい十代、オレは今師匠と話してるんだ」
万丈目の赤い目に睨まれて十代は口を閉じた。言い返したいが十代が文句を言ってもそのまま喧嘩になるだけだろう。手際よくテーブルに届いたビールとウーロン茶の、ビールへと十代は手を伸ばした。
いくら飲んでも酔いもしないが、文句を飲み込むにはちょうどいい。万丈目の憎まれ口はいつものことなのに苛立ちを覚えるのは、酒には酔わなくても場の雰囲気に酔っているのかもしれない。
ざわざわとした店内では談笑のみでなく楽しそうにデュエルする声も聞こえてくる。少し前までは自分たちもそうしていたはずなのに、どうしてこんなことになるんだ?
「こんなに弱いわけないんですよ、師匠。遊城十代はこんなに弱くない」
──はあ?
ビールを飲んでいる最中でなかったら、十代は大きな声でそう言っていただろう。
「今のデュエルはキミのタクティクスが見事だったんだよ、万丈目くん。プロで鍛えられた腕が十代くんを凌駕した、そういう勝負だった」
「そうよ万丈目くん。手を抜かれたようには私にも見えなかったわ」
明日香が吹雪に加勢する。天上院兄妹の説得を聞いても、万丈目はまだ納得しかねるようだった。
「そんなわけない」
「普通にお前が強くなったんだって」
「普通? どういう意味だ十代! このオレ様が普通だと?」
どうやら今の万丈目は十代が何を言っても機嫌を損ねるようだ。
「いや強ェってほめたんだろうが」
「今度は皮肉か!?」
「ちげーって……お前本当に飲み過ぎだよ」
十代はビールを飲む。
「それオレのビールか!?」
「万丈目くんはこっち」
吹雪はウーロン茶を万丈目の前に置く。万丈目はしぶしぶそれを飲んだ。ノンアルコールのものを口にしたら少し落ち着いたのか、万丈目は静かに口を開く。
「……お前の方が強い」
「お前も──強いよ」
「嘘をつくな」
「もう二回も勝ったろ」
「でもお前は本気を出してない」
「出してるよ」
「嘘だ」
万丈目の目は今にも泣き出しそうなほど赤い。十代は手抜きなどしていない。純粋に負けたのだ。万丈目は何が不満だというのだ?
「お前は誰にも負けない。負けるなら手を抜いているんだ」
「なんだよその買いかぶり」
十代は呆れてビールに口をつける。昔負けすぎて今の勝利が信じられないのか?
「お前は覇王だろうが」
苦くて冷たい液体が喉をチクチクと刺しながら胃へと流れていく。そういえばビールも金色をしていると十代は思う。
「異世界で精霊どもが言っていた。覇王は──宇宙を守る存在なんだろ。生命の根源たる闇を宿し破滅をもたらす光の波動から世界を守る存在。そうなら──お前は誰にも負けない。この宇宙が滅びるその日まで」
いったいいつの間にそんな話を聞いたのだ? 万丈目が異世界に行った時──ユベルがデュエルに負けた者を幽閉していた時か。あの時は十二次元中の精霊を一箇所に集めていたのだから、今や精霊界でも忘れられかけた伝承を知る者がそこに混ざっていても不思議ではない。覇王自身が手にかけた精霊たちもいたはずだ。精霊に好かれやすい万丈目ならいろいろと話を聞けたことだろう。
「覇王の力を使わないデュエルが本気を出したと言えるのか」
十代は万丈目の目を睨み返す。万丈目は酔っているが、その目はしっかりしているように見える。酔っているから出たうわごとではない。
「オレたちのデュエルはお遊びに過ぎないのか。本気の、覇王の力を使わないのはオレが」
「いい加減にしなよ万丈目くん」
翔が止める。
「アニキには使命がある。そのための力なんだ」
「知っている。でもそれならオレは──永遠に本気のお前とデュエルできないのか? いや」
本気のお前に勝てないのか?
「……ちくしょう」
万丈目は机に突っ伏した。頭がくらくらする。興奮がさめてくると急に酔いが回ってくる気がした。
本当は、十代が手を抜いていないことはわかっている。でも、それは「人間として」手を抜いていないのだ。それは「遊城十代」の実力なのか? 彼は覇王で、十二次元宇宙を守るほどの力がある。その力と向き合わず、勝ったといえるのか?
オレは十代に本当に勝ちたいのに。
こんな馴れ合いのデュエルではなく、互いの全てを賭けるようなデュエルで──。
「じゃあさ、万丈目」
十代の声が聞こえる。
「もしオレが誰かに操られたり──あるいはオレ自身の意志で世界を滅ぼそうとしたら」
万丈目は顔を上げる。十代の唇が釣り上がっているのが見える。さらに視線を上げる。金色の目がじっと見つめていた。
「そんときは本気で本気のデュエルしようぜ、万丈目」
「お前が世界を守ってみろよ」
十代は挑発するように笑った。その金色の目は万丈目を嘲るようでもあり、まだ見ぬデュエルに期待しているようでもあった。その感情は読み取りにくいのに、こちらのことは見透かしている気がした。腹の底が冷えてくる──しかし万丈目はいつものように笑ってみせる。
「望むところだ、遊城十代。この万丈目サンダーが完膚なきまでにぶっ倒してやる」
万丈目は十代のそばのビールジョッキを手に取り、金色の液体を腹へ流し込む。恐怖に冷えた腹に喉を焼くアルコールはちょうどいい。金色の目を睨みながら空のジョッキを十代の前に置く。
「お前なんかこの通りだ」
ビール色の目はウーロン茶色に戻って、ゲラゲラと笑い出した。その大きな笑い声は一瞬だけ酔客たちの注目を集めたが、みんな酔っぱらいのことだと思ってすぐ興味を失った。
こんな居酒屋の片隅で十二次元宇宙の命運を賭けたデュエルの約束がされたなど、誰も気づかなかった。
2026/03/20
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