一話完結短編
不死ちゃんは童実野町のマスコットキャラクター──いわゆる「ゆるキャラ」である。
★不死ちゃんプロフィール★
名前:不死ちゃん
年齢:永遠の18歳
生年月日:宇宙の誕生と近い
好きなもの:デュエル
とくぎ:不老不死
ひとこと:不死ちゃんは童実野町のマスコットキャラクター。不死ちゃんは、童実野町のいろんな場所に現れるよ。不死ちゃんにはいろんなお仕事があるけど、そのひとつは童実野町のみんなとデュエルすること! 不死ちゃんにデュエルで勝つと特別ステッカーがもらえるよ! でも、他のお仕事で忙しい時はデュエルできないから、その時はまた後でデュエルしようね! ルールとマナーを守って楽しくデュエル!
※不死ちゃんは童実野町の振興とデュエルモンスターズの普及を目的とした、童実野町のマスコットキャラクターです。
Q&A
Q:不死ちゃんのもっと詳細なプロフィールを教えてください。
A:出身地は宇宙のどこか。出身校はデュエルアカデミアらしい。実は精霊の世界の王様だという噂。憧れの人はデュエルキング武藤遊戯。不死ちゃんをマスコットに推薦したのは彼なのだ。
Q:不死ちゃんはいつ、どこにいますか?
A:イベント情報は不死ちゃん公式SNSでご確認ください。イベント時以外にも不死ちゃんは童実野町にいる場合があります。どこかで会えるといいですね。
Q:イベントがなかなか開催されず、町中で不死ちゃんを見かけることもありません。不死ちゃんは本当にいるんですか?
A:不死ちゃんはいつも童実野町にいるとは限りません。長い間いない時は、宇宙や精霊の世界に帰っているのかもしれませんね。
Q:不死ちゃんのグッズはありますか?
A:不死ちゃんにデュエルで勝つとオリジナルステッカーがもらえます。
Q:不死ちゃんに勝てません。どうしたらいいですか?
A:デッキを見直してみましょう。カードを買うなら亀のゲーム屋がおすすめです。
Q:不死ちゃんの役者さんについて教えてください。
A:役者さん? なんの話ですか?
Q:現在の不死ちゃんの役者さんは何代目ですか?
A:役者さん? なんの話ですか?
Q:不死ちゃんの写真や動画を撮ってもいいですか?
A:不死ちゃんは撮影禁止です。撮影した場合、それをインターネット上にアップロードした場合等、厳正に対処いたします。
Q:不死ちゃんについて取材をしたいのですが?
A:不死ちゃんについての取材等は受け付けておりません。不死ちゃん本人への突撃取材等もおやめください。不死ちゃんへの迷惑行為を確認した場合、厳正に対処いたします。
──以上が、童実野町公式サイトの不死ちゃんの紹介ページの内容だ。添えられた不死ちゃんの画像は三頭身にデフォルメされた赤い服を着た少年のイラストだ。しかし実際の不死ちゃんは着ぐるみなどではなく、人間の男性が生身で演じている。
私が不死ちゃんを初めて見たのは、小学生の頃だったと思う。町内広報誌の一部に公式サイトと同様のプロフィールが載っていた。当時の私はデュエルが好きだったし、会ったらぜひともデュエルをしたいと思ったのだ。
当時、商店街や亀のゲーム屋、海馬ランドなどによくいると学校で噂になっていた。今思えばまだ登場したばかりのキャラクターを宣伝するためにあちこち回っていたのだろう。
実際に見た不死ちゃんは、当時の私からしたら「高校生くらいのお兄ちゃん」だった。実際には成人した若い役者だったのだろう。イラストに似た茶色の髪と赤い服で、よく笑うとても好印象な青年だった。
「お待たせ、キミの番だ。どのデッキにする?」
不死ちゃんが私に初めてかけた言葉はそれだった。休みの日に商店街に行き、不死ちゃんを見つけた。不死ちゃんはカードショップの前に用意された机の前に座っていて、そこにデュエル待ちの行列ができていた。おぼろげな記憶だが、子供が多かったように思う。
不死ちゃんは当時発売されたばかりのストラクチャーデッキ三種類のうちから、対戦相手に好きなものを選ばせていた。つまり対戦者に彼のデッキは丸わかりなわけで、カードショップで対策できるカードを買えば比較的勝ちやすかった。「不死ちゃんは童実野町の振興とデュエルモンスターズの普及を目的とした、童実野町のマスコットキャラクターです。」という文言通りに、カードショップを繁盛させるためにいるのだ。
しかし当時の私は、そんな勝ち方をしても嬉しくない──と思った。何かズルをしているような気分だし、大人たちの手のひらに転がされているようだと、子供ながらにそんなことを思った。
「不死ちゃんの本気のデッキがいいです!」
そう言うと彼は茶色の大きな目をちょっとみはって、
「勝てないとステッカーはもらえないけど」
と言った。
「わかってます」
「そっか。じゃ、楽しいデュエルにしようぜ」
彼はそう言って腰のデッキケースから自分のデッキを取り出した。
それは──私にとって最高のデュエルだった。勝つことはできなかった。しかし、手に汗を握り、心臓は高鳴り、圧されて焦ると同時にとてもワクワクとした。彼がカードを操ると、机上のデュエルなのにソリッドビジョンを見ているような気さえした。それほどのデュエルだった。
「──対戦、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
彼は決着後、役者らしく如才なく挨拶し、そして──。
「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ」
ウィンクして、指を三本揃えてつき出して、笑った。
それはあまりに鮮烈だった。
こんな風に、大きくなっても楽しいデュエルをしたい──。
小学生の私はそれを機に一生デュエルに関わりたいと決意した。デュエルアカデミアに進学し、つらい時には彼とのデュエルや彼の笑顔を思い出しては学生時代を過ごした。卒業後はデュエル塾の講師として就職し、デュエルに関わり続けたいという願いを叶えた。
仕事、結婚、子育てと忙しくも充実した日日に、私はいつしか彼のことを忘れてしまっていた。
そして定年後の現在は童実野町に戻り──赤い服の少年を見つけた。茶色の髪、デュエルアカデミア本校の旧制服とそっくりなジャケット。亀のゲーム屋を眺めていた。
「不死ちゃん──」
思わず呼ぶと彼は振り向く。私を見てにこりと愛想よく笑った。
「おっ、デュエルかあ?」
「ああ──いや、子供の頃にデュエルしてもらって、懐かしくて」
「そーなの? じゃ、久しぶりだな!」
彼はかつて見た「高校生くらいのお兄ちゃん」とそっくりな気もしたし、違う気もした。一生を左右するほどの衝撃を受けたのに、記憶はなんともおぼつかない。
「商店街で……あの頃はまだカードショップがあって」
「カードショップドミノダオシ!」
「え? いや──よくご存知で」
驚いた。確かにあのカードショップはドミノダオシという名前だった。いつ閉店したのかは知らないが、今は建て直されて喫茶店になっていた。
不死ちゃんは「童実野町の振興を目的とした不老不死の青年」という設定だ。役者は商店街の情報などを閉店した店も含めて頭にいれているのかもしれない。
「オレは平成の時代からここの住民だからな」
「平成──ですか。では、武藤遊戯と同じくらい──いえ」
あの人は昭和の生まれだろうか? 昭和も平成も私にはずいぶん遠く感じる。それは私の孫たちにとって令和が遠く感じるのと似ているのだろう。
「遊戯さんは昭和の頃から住んでたことになるかな。オレも詳しく知らねえや。あんまり子供の頃の話は聞いたことないな」
「遊戯さんと──お知り合いで」
言ってから、「そういう設定」なのだと思い直す。しかし「子供の頃の話を聞いたことがない」という言葉には妙に実感がこもっている気がした。
「ああ! なにしろ遊戯さんがオレを童実野町のマスコットにしてくれたからな! 住民票ないと困るだろうって、オレ住所もここなんだぜ」
不死ちゃんは亀のゲーム屋を指した。武藤遊戯の生家であったそこは、現在は海馬コーポレーションの管理下にある。修繕を重ねながら外観は彼が生きていた当時のまま保存され、カードを含めたゲーム屋は今も経営されている。デュエリストにとっての聖地の一つであり、平日の今は閑散としているが休日は観光客も多い。
「オレをマスコットにしてくれたのは遊戯さんがキミくらいの頃だったかなあ。不老不死のキミの将来が不安だよって心配してくれて。遊戯さんが若い頃はゆるキャラが流行っててさ、それでオレもゆるキャラとして童実野町の住民になれば、半永久的に童実野町が身元を保証してくれるからって──本当にやさしい人だったんだ」
懐かしそうに、でも少し寂しそうに笑う。まるで本当に武藤遊戯との日日を想うように──。
「だから──寂しそうにしてらしたんですね」
え、と彼は少し驚いて私を見た。
「そんな顔してた?」
「いえ──」
顔は見ていない。ただ、亀のゲーム屋のそばに立つ姿が、妙に寂しそうに見えたのだ。
「ちょっと感傷──だなあ。ここもすっかり変わって」
「変わってますか」
私の印象ではあまり変わっていないが、なにしろ半世紀ぶりだ。
「見た目はほとんど一緒なんだけど。すごい大切に保管されてるなってのはわかるよ。でもちょっとキレイすぎちゃってさ。あのへんの壁とか昔はちょっと汚れてて、オレが掃除するって言ったら、遊戯さんが落ちると危ないからダメだよって──」
彼は二階部分の壁を指差す。今は特段汚れてはいないが、屋根に素人が登って掃除をするのは危険だろう。
「お店はやってるし、しっかり掃除もされてるけど、人が住んでた頃とは違うなって思うんだ。生活感っていうのかな」
「なるほど」
確かに人の住まない家というのは独特の寂しさがある。私も実家の遺品整理をした際に感じたものだ。
「キミは遊戯さんに会ったことある?」
「会ったというか──小学生の頃、学校に講演会に来てくれましたね。確かご自分の半生を話されて──昔は気弱だったという話が信じられないと思ったのを覚えています。でも、私も昔は引っ込み思案でしたから、勇気づけられるような気がしました」
「そっか。遊戯さんはやっぱりすごいな」
彼は再び亀のゲーム屋を見た。憧憬、懐古、そして悲しみや寂しさ──そんな感情が大きな茶色の瞳に滲んでいる気がした。
「不死ちゃんも──すごいと思いますよ。私は子供の頃にデュエルしてもらって、それで一生デュエルしたいと思って……デュエル塾の講師になりました。もう定年しましたけど、遊戯さんの講演会や不死ちゃんとデュエルできたことは私の人生にとても大きなことでした。ありがとうございます」
「え、オレも?」
彼はぱちぱち瞬きをして、それから笑った。
「きっとキミの努力が一番だけど、力になれたなら嬉しいよ」
若い彼に礼を言っても本当は迷惑かもしれない。かつて出会った不死ちゃんと彼は無関係なのだから。でもその役割を演じてくれる彼にどうしても言いたくなった。
「不死ちゃん、やっぱりデュエルしてもらえませんか?」
「もちろん」
亀のゲーム屋のそばのデュエルスペースへ移動する。
「オレのデッキはこの前発売されたストラクから選べるけど──」
「不死ちゃんの本気のデッキでお願いします」
彼は、あの日と同じように腰のデッキケースからデッキを取り出した。
彼はあの日の不死ちゃんと同じようにHEROやハネクリボーの入ったデッキを操った。私もあの日のように高揚し、久しぶりに純粋にデュエルを楽しめたように思う。
やはり勝てなかったが、とてもいいデュエルができた。
「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ」
それは小学生の頃に見たあの笑顔とまったく同じで──彼は本当に不老不死なんじゃないかと私は夢想した。
◇◆◇
「──それで、HEROデッキでデュエルしたんです。結構手強かったですよ。オレが勝ちましたけど」
十代は目をキラキラさせながら今日の「不死ちゃん」としての活動を遊戯に報告する。
いつまでも少年の姿をした彼がこの先どうなってしまうのだろうと、遊戯はいつも心配していた。
人間としての身分をなくしこの世界に居づらくなってしまうだろうか。不老不死であることを知られ人間たちに疎まれてしまうだろうか。
そこで考えたのが「童実野町のマスコットキャラクター」として彼の身分を保証し、住民とデュエルをさせることだった。表向きは「マスコット役として雇われた人間」とし、町役場とマスコット事業を業務委託された海馬コーポレーションの一部の者には真実を共有する。住民にまで不老不死である彼のことを受け入れてもらうのは難しいかもしれない。しかし「キャラクター設定」として不老不死という事実を普及しておけば、いつか彼がその能力を疎まれる日が来ても、彼とデュエルした童実野町の人たちだけは彼に味方してくれないだろうか──。
そんなのは甘すぎる期待だと海馬には言われた。彼はそれでも協力はしてくれた。不老不死という存在を放置するよりは管理下に置いた方がいいと言っていたが、それだけが理由ではないと遊戯は感じていた。
「マスコットの仕事、楽しめてるみたいだね」
「はい! たくさんデュエルできて楽しいです」
不死ちゃんに対する住民の反応は上上だ。デュエルイベントには行列ができる。今はまだ登場したばかりの物珍しさで人が集まっても、将来的にこの人気が続くかはまだわからない。
「不死ちゃんがこの先もずっと愛されるマスコットになるといいね」
「なれますよ。遊戯さんが考えたんだから、不死ちゃんは未来でも絶対ウケます」
そうじゃなくて、キミがみんなに愛されてほしいんだけどな──。
自分や彼の友人たちが世を去った後も、彼が人間に疎まれないように。彼が人間に関わることをあきらめてしまわないように。どうか──。
それは遊戯の身勝手な願いだ。知れば十代は気負ってしまうだろうから、遊戯は口にしなかった。代わりに十代の頭を撫でた。
子供扱いしないでくださいよと十代は笑う。今やすっかり祖父に似てしまった遊戯にはもはや彼は孫のような気さえした。外見は祖父と孫のようでも本当の年齢は親子ほども離れていない。
それでも少しでも何かしてやりたい──それはやはり祖父が孫に向ける感情に似ているかもしれないと、遊戯は苦笑した。
◇◆◇
「今日はありがとうございました。不死ちゃんはまたどこかでデュエルのイベントをするんですか?」
「ああ、しばらくその予定。これ」
十代は初老の男性に名刺を出した。「不死ちゃん」の名刺で、名前とイラストと公式SNSにつながる読取用コードが印刷されている。
「そのコードでイベント情報とか見れるよ。確か直近は土曜日に海馬ランドだったと思う」
「今度はぜひ孫ともデュエルしてください」
「もちろん」
それではと男性は十代に会釈して去っていった。
孫──か。
初めて会った時、彼はまだ小学生だったと思う。まだ十代が不死ちゃんの活動を始めたばかりの頃だ。子供には珍しくステッカー目当てでなく「本気のデッキでデュエルしたい」と言うから印象に残っていた。
そんな子が、もう孫がいるのか。
──それに遊戯さんや「不死ちゃん」の影響でデュエルを仕事にしたなんて。
十代は喜びを噛みしめる。遊戯が考え十代が任命された「不死ちゃん」がこの町の人のためになった。それほど嬉しいことはない。
──遊戯さん。あなたがいなくなっても、あなたが愛した町はデュエルを愛する人がたくさんいます。
十代は、これからも「不死ちゃん」としてこの町でデュエルを続けようと改めて思った。
2026/03/15
★不死ちゃんプロフィール★
名前:不死ちゃん
年齢:永遠の18歳
生年月日:宇宙の誕生と近い
好きなもの:デュエル
とくぎ:不老不死
ひとこと:不死ちゃんは童実野町のマスコットキャラクター。不死ちゃんは、童実野町のいろんな場所に現れるよ。不死ちゃんにはいろんなお仕事があるけど、そのひとつは童実野町のみんなとデュエルすること! 不死ちゃんにデュエルで勝つと特別ステッカーがもらえるよ! でも、他のお仕事で忙しい時はデュエルできないから、その時はまた後でデュエルしようね! ルールとマナーを守って楽しくデュエル!
※不死ちゃんは童実野町の振興とデュエルモンスターズの普及を目的とした、童実野町のマスコットキャラクターです。
Q&A
Q:不死ちゃんのもっと詳細なプロフィールを教えてください。
A:出身地は宇宙のどこか。出身校はデュエルアカデミアらしい。実は精霊の世界の王様だという噂。憧れの人はデュエルキング武藤遊戯。不死ちゃんをマスコットに推薦したのは彼なのだ。
Q:不死ちゃんはいつ、どこにいますか?
A:イベント情報は不死ちゃん公式SNSでご確認ください。イベント時以外にも不死ちゃんは童実野町にいる場合があります。どこかで会えるといいですね。
Q:イベントがなかなか開催されず、町中で不死ちゃんを見かけることもありません。不死ちゃんは本当にいるんですか?
A:不死ちゃんはいつも童実野町にいるとは限りません。長い間いない時は、宇宙や精霊の世界に帰っているのかもしれませんね。
Q:不死ちゃんのグッズはありますか?
A:不死ちゃんにデュエルで勝つとオリジナルステッカーがもらえます。
Q:不死ちゃんに勝てません。どうしたらいいですか?
A:デッキを見直してみましょう。カードを買うなら亀のゲーム屋がおすすめです。
Q:不死ちゃんの役者さんについて教えてください。
A:役者さん? なんの話ですか?
Q:現在の不死ちゃんの役者さんは何代目ですか?
A:役者さん? なんの話ですか?
Q:不死ちゃんの写真や動画を撮ってもいいですか?
A:不死ちゃんは撮影禁止です。撮影した場合、それをインターネット上にアップロードした場合等、厳正に対処いたします。
Q:不死ちゃんについて取材をしたいのですが?
A:不死ちゃんについての取材等は受け付けておりません。不死ちゃん本人への突撃取材等もおやめください。不死ちゃんへの迷惑行為を確認した場合、厳正に対処いたします。
──以上が、童実野町公式サイトの不死ちゃんの紹介ページの内容だ。添えられた不死ちゃんの画像は三頭身にデフォルメされた赤い服を着た少年のイラストだ。しかし実際の不死ちゃんは着ぐるみなどではなく、人間の男性が生身で演じている。
私が不死ちゃんを初めて見たのは、小学生の頃だったと思う。町内広報誌の一部に公式サイトと同様のプロフィールが載っていた。当時の私はデュエルが好きだったし、会ったらぜひともデュエルをしたいと思ったのだ。
当時、商店街や亀のゲーム屋、海馬ランドなどによくいると学校で噂になっていた。今思えばまだ登場したばかりのキャラクターを宣伝するためにあちこち回っていたのだろう。
実際に見た不死ちゃんは、当時の私からしたら「高校生くらいのお兄ちゃん」だった。実際には成人した若い役者だったのだろう。イラストに似た茶色の髪と赤い服で、よく笑うとても好印象な青年だった。
「お待たせ、キミの番だ。どのデッキにする?」
不死ちゃんが私に初めてかけた言葉はそれだった。休みの日に商店街に行き、不死ちゃんを見つけた。不死ちゃんはカードショップの前に用意された机の前に座っていて、そこにデュエル待ちの行列ができていた。おぼろげな記憶だが、子供が多かったように思う。
不死ちゃんは当時発売されたばかりのストラクチャーデッキ三種類のうちから、対戦相手に好きなものを選ばせていた。つまり対戦者に彼のデッキは丸わかりなわけで、カードショップで対策できるカードを買えば比較的勝ちやすかった。「不死ちゃんは童実野町の振興とデュエルモンスターズの普及を目的とした、童実野町のマスコットキャラクターです。」という文言通りに、カードショップを繁盛させるためにいるのだ。
しかし当時の私は、そんな勝ち方をしても嬉しくない──と思った。何かズルをしているような気分だし、大人たちの手のひらに転がされているようだと、子供ながらにそんなことを思った。
「不死ちゃんの本気のデッキがいいです!」
そう言うと彼は茶色の大きな目をちょっとみはって、
「勝てないとステッカーはもらえないけど」
と言った。
「わかってます」
「そっか。じゃ、楽しいデュエルにしようぜ」
彼はそう言って腰のデッキケースから自分のデッキを取り出した。
それは──私にとって最高のデュエルだった。勝つことはできなかった。しかし、手に汗を握り、心臓は高鳴り、圧されて焦ると同時にとてもワクワクとした。彼がカードを操ると、机上のデュエルなのにソリッドビジョンを見ているような気さえした。それほどのデュエルだった。
「──対戦、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
彼は決着後、役者らしく如才なく挨拶し、そして──。
「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ」
ウィンクして、指を三本揃えてつき出して、笑った。
それはあまりに鮮烈だった。
こんな風に、大きくなっても楽しいデュエルをしたい──。
小学生の私はそれを機に一生デュエルに関わりたいと決意した。デュエルアカデミアに進学し、つらい時には彼とのデュエルや彼の笑顔を思い出しては学生時代を過ごした。卒業後はデュエル塾の講師として就職し、デュエルに関わり続けたいという願いを叶えた。
仕事、結婚、子育てと忙しくも充実した日日に、私はいつしか彼のことを忘れてしまっていた。
そして定年後の現在は童実野町に戻り──赤い服の少年を見つけた。茶色の髪、デュエルアカデミア本校の旧制服とそっくりなジャケット。亀のゲーム屋を眺めていた。
「不死ちゃん──」
思わず呼ぶと彼は振り向く。私を見てにこりと愛想よく笑った。
「おっ、デュエルかあ?」
「ああ──いや、子供の頃にデュエルしてもらって、懐かしくて」
「そーなの? じゃ、久しぶりだな!」
彼はかつて見た「高校生くらいのお兄ちゃん」とそっくりな気もしたし、違う気もした。一生を左右するほどの衝撃を受けたのに、記憶はなんともおぼつかない。
「商店街で……あの頃はまだカードショップがあって」
「カードショップドミノダオシ!」
「え? いや──よくご存知で」
驚いた。確かにあのカードショップはドミノダオシという名前だった。いつ閉店したのかは知らないが、今は建て直されて喫茶店になっていた。
不死ちゃんは「童実野町の振興を目的とした不老不死の青年」という設定だ。役者は商店街の情報などを閉店した店も含めて頭にいれているのかもしれない。
「オレは平成の時代からここの住民だからな」
「平成──ですか。では、武藤遊戯と同じくらい──いえ」
あの人は昭和の生まれだろうか? 昭和も平成も私にはずいぶん遠く感じる。それは私の孫たちにとって令和が遠く感じるのと似ているのだろう。
「遊戯さんは昭和の頃から住んでたことになるかな。オレも詳しく知らねえや。あんまり子供の頃の話は聞いたことないな」
「遊戯さんと──お知り合いで」
言ってから、「そういう設定」なのだと思い直す。しかし「子供の頃の話を聞いたことがない」という言葉には妙に実感がこもっている気がした。
「ああ! なにしろ遊戯さんがオレを童実野町のマスコットにしてくれたからな! 住民票ないと困るだろうって、オレ住所もここなんだぜ」
不死ちゃんは亀のゲーム屋を指した。武藤遊戯の生家であったそこは、現在は海馬コーポレーションの管理下にある。修繕を重ねながら外観は彼が生きていた当時のまま保存され、カードを含めたゲーム屋は今も経営されている。デュエリストにとっての聖地の一つであり、平日の今は閑散としているが休日は観光客も多い。
「オレをマスコットにしてくれたのは遊戯さんがキミくらいの頃だったかなあ。不老不死のキミの将来が不安だよって心配してくれて。遊戯さんが若い頃はゆるキャラが流行っててさ、それでオレもゆるキャラとして童実野町の住民になれば、半永久的に童実野町が身元を保証してくれるからって──本当にやさしい人だったんだ」
懐かしそうに、でも少し寂しそうに笑う。まるで本当に武藤遊戯との日日を想うように──。
「だから──寂しそうにしてらしたんですね」
え、と彼は少し驚いて私を見た。
「そんな顔してた?」
「いえ──」
顔は見ていない。ただ、亀のゲーム屋のそばに立つ姿が、妙に寂しそうに見えたのだ。
「ちょっと感傷──だなあ。ここもすっかり変わって」
「変わってますか」
私の印象ではあまり変わっていないが、なにしろ半世紀ぶりだ。
「見た目はほとんど一緒なんだけど。すごい大切に保管されてるなってのはわかるよ。でもちょっとキレイすぎちゃってさ。あのへんの壁とか昔はちょっと汚れてて、オレが掃除するって言ったら、遊戯さんが落ちると危ないからダメだよって──」
彼は二階部分の壁を指差す。今は特段汚れてはいないが、屋根に素人が登って掃除をするのは危険だろう。
「お店はやってるし、しっかり掃除もされてるけど、人が住んでた頃とは違うなって思うんだ。生活感っていうのかな」
「なるほど」
確かに人の住まない家というのは独特の寂しさがある。私も実家の遺品整理をした際に感じたものだ。
「キミは遊戯さんに会ったことある?」
「会ったというか──小学生の頃、学校に講演会に来てくれましたね。確かご自分の半生を話されて──昔は気弱だったという話が信じられないと思ったのを覚えています。でも、私も昔は引っ込み思案でしたから、勇気づけられるような気がしました」
「そっか。遊戯さんはやっぱりすごいな」
彼は再び亀のゲーム屋を見た。憧憬、懐古、そして悲しみや寂しさ──そんな感情が大きな茶色の瞳に滲んでいる気がした。
「不死ちゃんも──すごいと思いますよ。私は子供の頃にデュエルしてもらって、それで一生デュエルしたいと思って……デュエル塾の講師になりました。もう定年しましたけど、遊戯さんの講演会や不死ちゃんとデュエルできたことは私の人生にとても大きなことでした。ありがとうございます」
「え、オレも?」
彼はぱちぱち瞬きをして、それから笑った。
「きっとキミの努力が一番だけど、力になれたなら嬉しいよ」
若い彼に礼を言っても本当は迷惑かもしれない。かつて出会った不死ちゃんと彼は無関係なのだから。でもその役割を演じてくれる彼にどうしても言いたくなった。
「不死ちゃん、やっぱりデュエルしてもらえませんか?」
「もちろん」
亀のゲーム屋のそばのデュエルスペースへ移動する。
「オレのデッキはこの前発売されたストラクから選べるけど──」
「不死ちゃんの本気のデッキでお願いします」
彼は、あの日と同じように腰のデッキケースからデッキを取り出した。
彼はあの日の不死ちゃんと同じようにHEROやハネクリボーの入ったデッキを操った。私もあの日のように高揚し、久しぶりに純粋にデュエルを楽しめたように思う。
やはり勝てなかったが、とてもいいデュエルができた。
「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ」
それは小学生の頃に見たあの笑顔とまったく同じで──彼は本当に不老不死なんじゃないかと私は夢想した。
◇◆◇
「──それで、HEROデッキでデュエルしたんです。結構手強かったですよ。オレが勝ちましたけど」
十代は目をキラキラさせながら今日の「不死ちゃん」としての活動を遊戯に報告する。
いつまでも少年の姿をした彼がこの先どうなってしまうのだろうと、遊戯はいつも心配していた。
人間としての身分をなくしこの世界に居づらくなってしまうだろうか。不老不死であることを知られ人間たちに疎まれてしまうだろうか。
そこで考えたのが「童実野町のマスコットキャラクター」として彼の身分を保証し、住民とデュエルをさせることだった。表向きは「マスコット役として雇われた人間」とし、町役場とマスコット事業を業務委託された海馬コーポレーションの一部の者には真実を共有する。住民にまで不老不死である彼のことを受け入れてもらうのは難しいかもしれない。しかし「キャラクター設定」として不老不死という事実を普及しておけば、いつか彼がその能力を疎まれる日が来ても、彼とデュエルした童実野町の人たちだけは彼に味方してくれないだろうか──。
そんなのは甘すぎる期待だと海馬には言われた。彼はそれでも協力はしてくれた。不老不死という存在を放置するよりは管理下に置いた方がいいと言っていたが、それだけが理由ではないと遊戯は感じていた。
「マスコットの仕事、楽しめてるみたいだね」
「はい! たくさんデュエルできて楽しいです」
不死ちゃんに対する住民の反応は上上だ。デュエルイベントには行列ができる。今はまだ登場したばかりの物珍しさで人が集まっても、将来的にこの人気が続くかはまだわからない。
「不死ちゃんがこの先もずっと愛されるマスコットになるといいね」
「なれますよ。遊戯さんが考えたんだから、不死ちゃんは未来でも絶対ウケます」
そうじゃなくて、キミがみんなに愛されてほしいんだけどな──。
自分や彼の友人たちが世を去った後も、彼が人間に疎まれないように。彼が人間に関わることをあきらめてしまわないように。どうか──。
それは遊戯の身勝手な願いだ。知れば十代は気負ってしまうだろうから、遊戯は口にしなかった。代わりに十代の頭を撫でた。
子供扱いしないでくださいよと十代は笑う。今やすっかり祖父に似てしまった遊戯にはもはや彼は孫のような気さえした。外見は祖父と孫のようでも本当の年齢は親子ほども離れていない。
それでも少しでも何かしてやりたい──それはやはり祖父が孫に向ける感情に似ているかもしれないと、遊戯は苦笑した。
◇◆◇
「今日はありがとうございました。不死ちゃんはまたどこかでデュエルのイベントをするんですか?」
「ああ、しばらくその予定。これ」
十代は初老の男性に名刺を出した。「不死ちゃん」の名刺で、名前とイラストと公式SNSにつながる読取用コードが印刷されている。
「そのコードでイベント情報とか見れるよ。確か直近は土曜日に海馬ランドだったと思う」
「今度はぜひ孫ともデュエルしてください」
「もちろん」
それではと男性は十代に会釈して去っていった。
孫──か。
初めて会った時、彼はまだ小学生だったと思う。まだ十代が不死ちゃんの活動を始めたばかりの頃だ。子供には珍しくステッカー目当てでなく「本気のデッキでデュエルしたい」と言うから印象に残っていた。
そんな子が、もう孫がいるのか。
──それに遊戯さんや「不死ちゃん」の影響でデュエルを仕事にしたなんて。
十代は喜びを噛みしめる。遊戯が考え十代が任命された「不死ちゃん」がこの町の人のためになった。それほど嬉しいことはない。
──遊戯さん。あなたがいなくなっても、あなたが愛した町はデュエルを愛する人がたくさんいます。
十代は、これからも「不死ちゃん」としてこの町でデュエルを続けようと改めて思った。
2026/03/15
