【連作】遊城十代が死んだ

八月は特別

 目が覚めたときにベッドに自分しかいないと寂しいだなんて、たぶん子供の頃にも思ったことがなかった。ものすごく子供の頃は覚えていないけど、物心ついた頃には一人で寝ていたように思う。それで長年過ごしてきたのに、このところなんだかんだとあって一人で眠らなくなった。でも旅に出たら一人で眠ることもある(ファラオはいるけど、あいつは気まぐれだ)。それは寂しくないのに、この家で一人でベッドに寝るのってなんだか寂しくなっちゃうんだな……。
 そんなことを考えてからベッドを降りる。ファラオはいなかったが、玄関にいるんだろう。石の敷かれた玄関が夏場のお気に入りだった。身支度して空きペットボトルに水を入れて玄関に行くと、靴箱の下に隠れるようにファラオが寝ていた。
「おはよ、ファラオ」
 一声かけて外に出る。玄関脇に置いてあるじょうろにペットボトルの水を移す。この家、庭があるのに玄関に水道がないのって設計ミスってない?
 庭といってもごく小さいけど、万丈目はそこに季節の花を育てるのがお気に入りだ。夏場は小さなひまわりを植えている。もう最盛期は過ぎて、まだ咲いてるのもあるし、枯れ始めて種の収穫待ちのもある。それに水をやって、一番きれいそうな花を写真に撮った。
『おはよう。今日も水やりしたよ。』
 万丈目に写真つきのメールを送る。万丈目が留守の間のオレの日課だ。向こうは夕方かな。
 万丈目はデュエルイベントに出るために一週間くらい前からアメリカに行っている。確かイベントは今日が最終日だ。予定通りなら万丈目は明日帰国する。オレが水やりをするのは明日の朝までだ。
 花とかそんなに興味なかったけど、世話してみると愛着がわいてくる。特にひまわりは種が取れるから来年も植えると万丈目は言っていて、もう来年が楽しみだった。
 ──来年も一緒にいられるんだ。
 そのことだけで嬉しい。少し前までは、そのうち出ていかないといけないんだと思いながらこの家に暮らしていた。万丈目が引っ越すとか、別の誰かと暮らすことになるとか、そうなったら出ていかないといけないって。
 そのことを言ったら万丈目には心外だったみたいで、どうやらオレがここに住み始めたときからそのつもりだったらしい。ずっと一緒にいてもいい? 耳まで赤くなってる万丈目にそれを確認したのはちょっとかわいそうだったなって今は思うけど。でもたぶん確認しなかったら今も少し不安だった。言わすなって万丈目は言うけど、言われなかったらわかんないじゃんか。万丈目なんて、オレが言ったこと聞いてなかったし。
 もしかしたら、言わなくてもわかるはずだとか言ったけど聞いてないとか、そういうすれ違いで今ここにいなかったかもしれない。これからだって、いられなくなるのかもしれない。お互いに愛していても大きくすれ違ってしまうことはユベルで体験済みだ。万丈目なら十二次元宇宙を巻き込むまでにはならないけど。
 いつまで一緒にいられるのかな、なんて一人になるとつい考えてしまうけど、それはオレ一人で決まることじゃない。オレはオレにできることをやるしかないのだ。頼まれた水やりは忘れないとか、些細なことでもひとつずつ。
 朝食を食べる頃、万丈目はイベントの真っ最中かなと考えたりした。比較的小さなイベントだから日本への中継はない。勝敗が戦績に影響するわけでもないけど、やるからにはやっぱり勝ってほしいなあ。
 特にすることもないのでテレビをぼんやり見てたら、昼頃に万丈目から電話がかかってきた。
「ああ、十代。今話せるか」
「もちろん。お仕事終わった?」
「ああ。今はホテルだ。さっきまで打ち上げで飲んでたが、早めに上がらせてもらった」
「お疲れ様。イベントどうだった?」
 万丈目はイベントについていろいろ話してくれた。今回は三対三のチーム戦という変わり種のイベントだった。惜しくも優勝は逃したが、いいデュエルができたそうだ。
「やっぱ見たかったなー」
「資料映像はもらえるから、戻ったら見るか?」
「うん」
 映像も嬉しいけど、現地で見れたらなあ。今のところアメリカには行きにくい。あの広い国で精霊売買の残党に出会うことなんてまずないだろうけど、なんとなく抵抗感がある。あと何年かは距離を置きたいところだ。
「もうすぐこちらも日付が変わる」
 あ、そろそろ切らなきゃか。向こうは夜だもんな。オレは真っ昼間だし何時間でも話したいけど。
「誕生日おめでとう」
「へ?」
「忘れてたか?」
「ちょっと……。ありがとう」
 もしかして今、向こうの日付が変わった瞬間だったのかな。万丈目ってそういうの粋なんだよなあ。そもそも誕生日だって、当日はいないからって先にお祝いされている。
「へへ、二回目」
「何回言ってもいいだろ」
「うん。すげー嬉しい」
 オレなんて万丈目の誕生日忘れてたのに、万丈目は「ジェイデン・ケント」の誕生日まで祝ってくれたんだよな。自分の誕生日を忘れるなんて不自然だからちゃんと覚えろとお説教つきで。
「早く会いたい」
「……ああ」
 今の間、絶対照れてたぞ。電話って顔見れないの残念だな。
「そうだ、帰ったら何食べたい?」
「あー……そうめん。日本っぽくてあっさりしたものが食べたい……」
 わかる、外国いると日本のもの食べたくなるよな。さっさと食事済ませようと思うとファストフード選びがちだし。
「りょーかい、用意しとく」
「ありがとう。……そろそろ寝るな」
「うん。お疲れ様。ゆっくり休んでな」
 おやすみ、と言い合って電話を切った。
 そっか、誕生日におめでとうって言われるって、こんなに嬉しいんだ。来年はオレも忘れないようにしないと。今年は万丈目がバースデーイベントの仕事からケーキを持って帰ってきて知るなんて、本当によくなかったなあ。
「誕生日……教えてくれよ。お祝いしたのに」
「この日は毎年バースデーイベントで潰れるから、あまり気にするな」
「気にするよォ。なんか欲しいものとかない?」
「特には。そういうお前は何かあるのか。月末には誕生日だろ」
「……特にないけど」
「ま、この歳になればおもちゃやらなんやら欲しがった子供の頃とは違うからな。前にも話したがお前の誕生日にオレはアメリカだ。八月は結構仕事が多いから当日に何かするのは今後も難しいだろう。まあ、せっかく二人とも誕生日だから何かしたいところだが……」
 二人でできて楽しいことって言ったら、絶対アレだ! ってすぐに思いついた。
「じゃあさ、デュエルフィールド借りてデュエルしないか? 本気でやりあおうぜ!」
 そうして万丈目が休みの日にデュエルフィールドを借りて本気でデュエルした。一勝一敗、もう一戦といきたかったが時間が足りなかった。また来年もやろうと約束した。誕生日祝いが本気のデュエルなんて、最高に楽しかった。
 でもこれってオレがやりたいことで万丈目がやりたいことじゃないのかなあと思って、万丈目は何かやりたいことがないのか聞いてみた。
「……お前が楽しいことじゃないかもしれないんだが」
 万丈目はちょっと恥ずかしそうにしながら、実は夜景の見えるレストランに行ってみたいのだと言った。ロマンチストだもんなって思ったけど言わないでおいた。
「いーじゃん! 確かにオレには縁ない場所だけどさ、誕生日プレゼントの代わりに、お互いやってみたいことに付き合うっての面白くていいんじゃないか? オレはもうデュエルしてもらったから、今度はお前の番!」
 付け焼き刃だけどマナーの勉強をして、夜景を見ながらご飯を食べて、万丈目は満足そうだった。オレも夜景は好きだし、そこまで堅苦しいお店じゃなかったし楽しめた。
「堅い店じゃないからお前にはよかっただろ」
 家に帰ってから万丈目にそう言われた。
「うん。あんまり緊張しなくてよかった。……って、オレに合わせたらお前の誕生日祝いにならなくない?」
「オレも堅苦し過ぎるのは嫌だったからな。なんというか……一度くらい定番的なところに行ってみたくてな」
「定番ってなんの?」
 万丈目はため息をついて、そんなことも知らんのかと言った。
「……デートの定番だ」
 ちょっとだけ赤くなった頬はたぶんお酒のせいだけじゃなくて、言ったあとに万丈目は眉をつり上げた。
「なぁんで毎度毎度こんなことを言わされにゃならんのだ!」
「オレが馬鹿だから?」
「そうだお前が馬鹿だからだ!」
 怒られてるのになんか嬉しくて、笑ってたからさらに万丈目は馬鹿と言った。お店に行くために整えてた髪をくしゃくしゃにされて、オレもやり返した。万丈目のちょっとかたい髪の手触りを今も思い出せる。オレの髪をくしゃくしゃにした万丈目の手の感触も。
「でも言われた方が嬉しくない?」
「言われるお前は嬉しいだろうな」
「万丈目はオレに言われて嬉しくないの?」
「嬉しいに決まってるだろ」
 酔ってるからか素直に認めて、面白いなあって思った。
 今年の八月にあったことは、思い返すだけでも楽しくて嬉しくて。来年はどんなことをしようかな。デュエルは絶対したいし、万丈目が好きそうな、何かロマンチックなことをしたら喜んでくれるかな? ロマンチックってあんまりわかんないけど。
 でも、ゆっくり考えたらいいか。来年の八月は、今年よりも楽しくしよう。

2025/08/31
2025/11/03 誤字修正
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