完結済中編
呪い〔前編〕
築き上げた牙城が傾き始めたのはあまりに唐突で、まるで呪われたようだった。
首が回らなくなる前に、追い出した三男坊が資金援助をしたいと申し入れてきた。政界と財界に進んだ長男と次男と違い、三男は最近世間で人気だというカード遊びの道に進んだ。あまりいい道と思えなかったが、あれの名前が売れれば引いては万丈目の名の宣伝になるだろう程度にしか最初は気にしなかった。しかし、勝手に結婚相手を決め反対しても別れないなどと言うものだから追い出した。
思えばやることなすことうまくいかなくなったのはその直後からだった。
「呪いと思ってもらって構いません。あなたが悪いわけではないので」
少年のような顔をした男はそう言った。三十になる息子と同い年のはずなのに、高校生くらいに見えた。我が子と結婚するというので身元を調べたら、両親共に会社員というなんの変哲もない生まれだった。ただし、その幼少期には周囲に何人も昏睡状態になった人間がおり、呪われた子供だという噂があった。
「申し訳ないけど、オレにもどうにもできない。オレに害をなすものには災いが振りかかる、なんだかそういうものみたいなんで」
害をなした覚えはない。
「なんか、万丈目と結婚したから、おとうさんが万丈目を家から追い出したのがオレへの害と判定されちゃったのかな」
少年みたいな男は首をかしげた。結婚したくせに未だに息子を姓で呼ぶ。高校からの付き合いだというが、首席で卒業した息子と違い彼は落ちこぼれだった。卒業後も定職には就いていない。一応息子と同居しているが、一年の半分は世界各地を転転としている。しかし海馬コーポレーションとインダストリアル・イリュージョン社から不定期に多額の報酬を受け取っているようだ──と調査報告にあった。
「だから、別に難しいことは必要ないんですよ。ただ万丈目に悪かったと言えば、それで以前に戻れる」
言わなければ?
「まあ──おとうさんが想像する通りの結果になるんじゃないかな。本当に申し訳ないけど、おとうさんがどんなに頑張ってもたぶん難しいです」
呪いという言葉を、くだらないと一蹴できなかった。それほどにこの状況は異様だった。そしてこの男も異様だった。
彼の調査報告の一つに、紛争地域で彼が爆破に巻き込まれたというものがあった。爆破された建物には彼以外の人間はおらず、犠牲者は出なかったそうだ。巻き込まれたはずの彼は、傷一つなく、衣服の破れ一つなく瓦礫の中から出てきた──。
キミは本当に人間なのかと問うと、彼は少しだけ目をみはった。
「なぜそう思うんです?」
調べたからだと答える。
彼の調査は、元は息子との結婚を阻止しようと行ったものだった。定職なしに世界をふらつくろくでなしだ。旅の恥はかき捨てと誰かしらと関係を持つだろうとか、そんなに頻繁に海外へ行くなら現地妻か現地夫でもいるだろうとか。そんな証拠を掴んでやろうとした。浮気現場の写真でも見れば息子だって愛想をつかすはずだと。
しかし何人も送り込んだ調査員は誰一人写真を持ち帰ることはなかった。浮気らしい情報も集まらなかった。代わりに出てきた彼の情報は予想外のものだった。
呪われた子供。ドロップアウトボーイ。三幻魔を倒した英雄。精霊を操るデュエリスト。そして。
建物を倒壊させる爆破に傷一つなく瓦礫の下から出てきた。
何もない場所で突然消える。かと思えば現れる。
巨大な「見えない何か」を相手に大立ち回りし、大量に出血しても死なずその傷もすぐに治る。最終的にはその何かを従わせる。
そしてそんな荒唐無稽な報告をした調査員たちは、これは他言無用だ破った結果は知らない方が幸せだと言った直後にそれらの記憶を失う──。
「ずいぶん調べたんですね。でもあいつには秘密にしてほしいなァ。心配性なんだ」
彼はちらと時計を見る。仕事の電話が入り息子は席を外していた。戻る時間を気にしているのだろう。この男は、二人きりになるや否や呪いの話をし始めたのだ。
「あいつは気にしいだから、こういう話も聞かせたくないんですよ。だって、オレに害をなして富を失うなら、その逆もあるかもなんて思われたくないし」
息子は今やカードゲームでキングの称号を持っていた。若い頃には成績の振るわない時期もあったが、近年は一定以上の勝率を保ち続けている。テレビでは「結婚して支えてくれる人がいるおかげですかねぇ」などとアナウンサーが笑っていた。
「あいつの今の地位にオレは関係ない。あいつの実力です。それにしても、おとうさんはオレのこともあいつのこともよく調べてる」
彼は大きな目を細めた。
「そんなに愛してるんなら追い出さなくても──ああ、追い出したいのはオレか。息子が化け物と結婚するなんて親として耐え難いですよね」
でも、と彼は続ける。
「オレもあいつのこと愛してる。離れたくない。おとうさんや万丈目グループとあいつの二択ならオレはあいつのことを選ぶ。万丈目は悲しむけど……あ」
ぱちりと大きな目が瞬く。
「それが『害』と判定されなきゃいいけど。万丈目が悲しいとオレも悲しいからなあ──富の次に奪われるのは」
なんだと思いますか、おとうさん。
「そうはなってほしくないんです。愛する人には笑顔でいてほしい。本当に、演技だけでいいんですよ。あの時は怒って悪かった、話してみたら案外いい子じゃないかって、よくいる父親みたいに言えば」
そうすれば元通りですよ──。
彼の言葉には何一つ根拠はない。呪いなどこの世に存在するのか? しかも、見かけはただの十代の少年にしか見えないこの男に害をなせば呪われるなど?
いや、彼が少年にしか見えないことからおかしいのだ。息子と同い年のはずだ。息子はどんなに若く見積もろうと十代には見えない。童顔というにはあまりに子供の顔をしていた。
「準は……どこまで知っている?」
首を傾げる。純粋な少年のような大きな瞳。特段に美形でも不細工でもない。どこの高校にも一人はいそうな顔。
彼の秘密を他言すればどうなるかわからず、あれは化け物だ、と息子に言うことはできなかった。定職のないろくでなしと結婚するなと有り体なことを言った。
「だから呪いは知らないし、気にしいだから知られたくない。心配性だからオレが出先でよく怪我すんのも知られたくないなあ」
「キミは……調査員の記憶を消したな。その力を、息子には」
「使うわけないですよォ。てゆーか、調べてたのおとうさんだと知ってたらあんな脅しみたいなことしなかったですよ。オレてっきりマフィアとか変な人体実験の組織とか、カルト集団とか? そーゆうヤバい連中がバックにいるんだと思って。万丈目に手ェ出されたら困るし、だったらもっとオレはヤバいんだぞ! みたいな演出しなきゃって思って……やだなあ、勘違いしてた」
はにかむ顔はなんでも恥ずかしがる思春期の少年のようだった。話の内容はそんな無邪気なものではないが。
「キミのその……体質は」
「それは知ってる。一緒に暮らしてんだもん。なんならおとうさんが調べきれてない部分まで知ってる」
ふうふだもん、と子供の顔に似合わない台詞で笑う。
「あの子に悪影響は」
「ないと思うよ? むしろ調子良さそうだけど。おとうさんもテレビであいつの活躍見てるよね」
なぜそんなことを知っているのだろう。勘当した手前、誰かに自分から息子の話題を出すことはしていない。他人から話題に出されても相手の話に頷く程度だ。毎晩自室でひっそりとその活躍を見ているなど──誰にも口にしたことはない。どうやって知ったのだ?
彼はいったい何をどこまで知っている? 何故このタイミングで乗り込んできたのだ? こちらのしていることなど筒抜けだというのか?
「キミは……何故、今日ここに来たんだ?」
「おとうさんのこと助けたいって思ってるからです。オレなんかには助けられたくないだろうけど、あなたの息子があなたを助けるんだと思えばいい。息子からの資金援助で万丈目グループは持ち直す、そういうことになれば丸く収まりますよね。でも……あなた次第で結果はよくも悪くもなる」
低くなった声は、従わなければどうなるか、と言外に含ませている。彼に害をなせば災いが振りかかる。富の次に奪われるものは?
選択肢など──ない。
「わ……私は何をすればいい」
「万丈目と仲直りするだけですよォ」
彼は声を明るくした。
「あいつのこと息子としてちゃんと大事にしてください。オレとは別に仲良くしなくていいけど、一般的な息子の配偶者レベルに友好的になりましょうよ。たまに顔を合わせて挨拶と無難な世間話をする、そんなくらい。お義兄さんたちのお嫁さん方ともそんな感じでしょ? オレだっておとうさんとその程度に仲良くやりたいですから。オレが化け物と知ってる以上やりにくいかもしれないけど……あ、あいつにはオレのことを知ったって言わないでほしいなァ。適当に知らないふり、気づかないふりして、息子とは仲良くする──」
何も難しくないでしょう?
そう微笑む少年の姿をした何かに、私は頷いた。
◇◆◇
誰かを脅したり暴力をちらつかせたりなんてことはしたくない。したくはないけど、相手に悪意があるときやこちらが被害を受けそうな時なんかはむしろ使った方が穏便に物事が終わったりする。
悪をもって悪を制す、なんて本当はよくないのかもしれないけど、精霊の力か何か狙ってオレをつけ回すような連中なんかは、ある程度脅して怖がらせたりしないと諦めてくれない。
誘拐されても、どうやら「何か」がオレを守ってくれるけれど、以前車に押し込まれてしまった時にはその車が交通事故を起こして犯人たちは意識不明の重体になってしまった。三人もいて全員が一様に意識不明になるというのも不自然だった。一瞬ユベルのせいかと思ったけど、ユベルが何もしていないのは融合しているからはっきりしていた。
誘拐ほどのことじゃなくても、スリとか詐欺とかもオレを対象にしたものはすぐに報いを受けた。スリはサイフを盗んだ途端にすっ転んだり、詐欺師はやたらに舌を噛んだりする。
ユベルがオレに害をなす者は報いを受けるようだと言い出したのは誘拐未遂事件の後だったろうか。どうやらかつてに伝わった伝説には「覇王に害をなせば報いを受ける」なんてのもあったらしい。覇王が光の波動から世界を守る存在であるなら、世界も覇王を失わないために覇王を守るのではないかというのがユベルの見解だった。
それってオレのせいで誰かが傷つくってことじゃないか、と思った。自業自得だとユベルは言うが、誘拐未遂で意識不明の重体なんてかわいそうだった。いや、もちろん誘拐はよくないことだけど。犯罪に対する報いは法律に則って懲役なんかを受けるべきで、交通事故で重体なんてものであるべきではない。
「覇王に害をなせば報いを受ける」という一応の理屈がわかれば、報いを受けそうな気配みたいなものを感じるようになった。それを辿れば機会を窺うスリとか、オレを盗撮しているやつとかなんかを見つけられた。前者は少し睨めば逃げて報いの気配も消えるが、後者は取っ捕まえてカメラの中身を消したりしないと報いの気配が消えない。パパラッチ程度なら写真を消すだけでいいが、誘拐の下調べみたいな連中は脅して雇い主を吐かせたり口を割らないなら雇い主の方を脅したり、公表されたくないことを知られたら記憶を消したりしないといけなかった。脅したり記憶を消したりなんかをやるのは気分が悪かった。それでも報いで人が死ぬよりはマシな気がしたし、直接オレに来ないで大切な人を人質に取られたりしたらたまらない。正当防衛だと自分に言い聞かせた。
でも報いを受けそうなのが赤の他人ならそんな手段でもいいけれど、大切な人だった時にはどうしたらいいんだろう。オレの大切な人はそもそもオレを害したりしない──それなのに、どうして報いの気配を感じるんだろう。
「浮気でもしてるんじゃないの」
ユベルが面白がるように言った。最近帰りが遅い。口数が減った。でもそんなの仕事が忙しくて疲れているだけだろう。前にだってそんなことはあった。
「前はそれでも問題なくて今は報いの気配があるなら仕事が理由じゃないんじゃない」
「だからってそんなことはしないだろ」
「どーかなァ。キングになっていろいろ誘惑が増えたかもしれないよ。あ、浮気じゃなくてカジノにハマって借金が出来たとか」
「借金がオレへの害か?」
「最近違法カジノでよく有名人が捕まってるじゃないか。キミまで疑われて巻き添えで逮捕とかなったら害じゃない?」
「ワイドショーの見すぎだぜ」
ワイドショーをよく見ているのはユベルじゃなくてオレなんだが。万丈目がよく取り上げられるようになったから見ている。有名人の浮気や違法カジノや違法薬物なんかは確かによく見るニュースだった。
この場合、離婚でもしたら報いはなくなるんだろうか? 報いの気配が薄いうちに対処しておきたい。
「なんか隠し事とかしてない?」
久しぶりに万丈目が休みの日、ストレートにそう訊ねた。万丈目は顔をしかめたものの、そんなに嫌そうにはしていなかった。慌てたりもしていない。どうやら浮気や違法カジノではなさそうな気がした。
「……誰かから聞いたか?」
「いや、なんか最近元気ないし、あんましゃべんないし」
「……そのうち話そうと思っていたんだが」
万丈目グループの経営状態がよくないようだと万丈目は言った。結婚以来勘当されているものの、家族だから助けたい、場合によっては多額の借金ができるかもしれない、お前に迷惑をかけないために書類上離婚をした方がいいかもしれない、そんなようなことを万丈目は話した。
理由は違えど借金だけはユベルの予想が当たったようだった。そりゃ借金なんかあったら大変だけど、でもオレへの害というほどかなあ? 秘密にしていたことが害なら話した時点で報いの気配が消えてもいいのに、万丈目からその気配は消えなかった。
「これってさ」
ユベルはオレの内側から声をかけた。
「大元は万丈目の父親なんじゃないか? 万丈目の勘当が、結婚した以上キミを家から追い出して冷遇した、そういう判定になってるんじゃない? それで万丈目グループが傾いていった結果万丈目にまで累が及んでる」
一理あるような気がした。だったら義父が万丈目の勘当を取り止めたら丸く収まるんじゃないか? そう思って万丈目に頼んで義父との話し合いについていった。
そうしたら、万丈目の屋敷全体に今まで感じたことがないくらいに大きな報いの気配がしていた。義父のそれが一番濃かったが、一族郎党報いの気配を漂わせていた。万丈目グループの崩壊というのが多大な経済的損失をもたらすからこんなに嫌な感じがするのか。それとも経済的損失だけでなく人命まで射程に入っているのか。オレにはよくわからなかった。はっきりしているのは、これを阻止しないと万丈目一族はただではすまないだろうということだ。
「たかが勘当でこんなになる? あいつキミに何かした?」
数回しか会ったことねえよと心の中でユベルに言い返した。そもそも害と報いの関係もはっきりわかっていない。人間の感覚と報いをもたらす「何か」の感覚が違う可能性もある。家族の仲が悪いなんて人間にとってままあることを重罪とみなしているのかもしれなかった。
義父には相変わらず嫌われているようだった。万丈目の資金援助の申し出に義父はいい顔をしなかったものの、二人が話していると報いの気配は少し和らぐような気がした。やはり万丈目の勘当が重大な害とみなされているらしい。だったら義父が万丈目に謝ればこの報いの気配は解決するんじゃないか?
「お願いして素直に聞く相手じゃないと思うね。ちょっと脅しをかけてみたら」
とはいってもおとうさん相手に胸ぐらつかんで脅すのはなぁ、と思ったら頭を使えよとユベルに呆れられた。
そうしてユベルと少少話し合い、万丈目と仲直りしないとこの不幸は止まらないと脅すことにした。万丈目が電話で席を立った隙に義父と話していると、思った以上に嫌われていたし、以前オレを調べていた連中の雇い主だったみたいだ。害と認定されたのはその部分だろうか。最近はそんなことをしていないみたいだけど、情報を持っているというのが悪く判定されてるのかな。すごい力があるんだと思わせる方がビビって引いてくれるかなと思ったけど(実際その後につけ回す連中はいなくなったし)それがこんな風に影響するなんて。
でも、なんとか義父に万丈目と和解することを約束させると報いの気配は和らいでいった。万丈目の方はすぐに報いの気配が消えていて、どうやら万丈目が巻き添えになるのは防げたようだった。
しばらくすると万丈目グループが持ち直してきたと万丈目から聞いた。今度父と食事をすることになったと嬉しそうにしていた。
「報いを決めてるヤツは家族関係とか大事にしてるのかなあ?」
そうだとしたら、下手に万丈目と喧嘩したりすると危ないのか? 家族なんて多少のぶつかりがあるもんだと思うけどな。
「キミ、本当に勘当だけが原因だと思ってる?」
「だって万丈目とおとうさんが仲直りしたらだいぶ気配が変わったじゃん」
「万丈目の親父がキミへの加害をやめようと決めたからじゃないか。本当はキミを売り飛ばしたりする計画を立ててたんじゃないの? 万丈目に謝りたいから二人で来てくれなんて呼び出して、万丈目人質にキミを捕まえるとかしてさ。そうなれば万丈目は利用されたとはいえ誘拐の片棒担ぐことになる。報いの気配は借金じゃなくてそういうものに発生してたんじゃない?」
そんなことないと思いたいけど、あの時義父の様子がおかしかったのはそのせいなのだろうか。
「たかが勘当で一族郎党呪われるなんて大袈裟すぎるが、キミを売り飛ばした金でグループを立て直すんだったらその恩恵を受ける一族郎党連座するのも自然な流れだ」
「でもさ、それじゃおかしくないか? 経営が傾かなきゃオレを売り飛ばしたくならないんだから、報いのせいでオレが危なくなってる」
「報いの結果で起きることまでは考慮されてないのかもしれないな。たとえばキミに何かした犯人が報いを受けて死んで、子供が仇討ちに来るとかもあるかもね」
「それじゃ、報いはオレを守るどころか余計に状況悪くなるかもしれないってことか?」
「あくまで可能性さ」
ずっと「報い」と呼んでいたが、義父に騙った「呪い」の方が正確だったのかもしれない。
今回は万丈目にもその気配を感じたから義父や万丈目一族に何かある前に対処できてよかった。万丈目が巻き込まれなかったら気づくことなく一族は大変なことになっていたかも──いや。
その時にはオレにも何かあった後なのか。
誘拐されそうになった時、車が事故を起こさなかったらオレはどうなっていたんだろう? 今回だって、ユベルの考えが本当で、義父に売り飛ばされたりしていたら、今頃──。
それが呪いだとしても、オレを守っているのも事実なんだろう。気配に対処することで防げるものもある。義父の動向は今後も少し気にしておこう。こんなことは考えすぎたって仕方ないのだ。
「何か隠し事か?」
「え?」
「最近何か考え込んでるだろ」
しばらく前に万丈目にやったことをやり返されてしまった。じゃあ今のオレもあの時の万丈目みたいだったのかな。
「自業自得とか因果応報について考えてた」
「どうしたんだ?」
「この前おとうさんちょっと無理してそうだなと思って」
「まあ……忙しいと思うが。それで自業自得だと考えてたのか?」
先日、美術品の闇取引をしている組織が摘発された。顧客名簿の中に名前があったとして、義父は警察の取り調べを受けたそうだ。義父は盗品と知らずに買ってしまった、騙されたのだと主張している。義父はブローカーを通して掛け軸やら壺やら買っていただけで直接に闇組織と取引していたわけではないらしい。義父以外にもそんな社長や政治家はわらわらいて、義父も今のところは逮捕されるわけではないようだった。
でもオレは、もしかしたらオレの売り飛ばし先ってそこだったのかなあと思った。報道によると盗掘品のミイラなんかは売ってたらしいが、生きてるものは売ってないみたいだった。生きものを売ってないならそこじゃなかったのかな。
「ものすごく美術品にこだわるという人でもないからな。売れ残りでも買わされたんじゃないかと思うんだが。まあ、詳しくもない美術品を適当に買っていたという点では自業自得かもしれない」
「おとうさんは美術品の売り買いってよくするの?」
「詳しくは知らないが……実家に飾られてた絵なんかは結構入れ替えてたからそれなりに売り買いしてたかもしれないな」
思えばオレが売り買いされる場合はどうするんだろう。美術品よりカードや精霊売買の方がありそうか。
「おとうさんもカードとか買う?」
「カードは兄者たちだな。親父は興味ない……いや、最近は試合を見てるのか。でもカードを欲しがるかどうか……それがどうかしたのか?」
「いや~、カード関係だとオレが摘発する側に関わることもあるから、またおとうさんが顧客だったりしたら大変だなって」
「そのことが気になってるのか?」
万丈目の真っ黒な目がじっとオレを見つめる。あ、これオレがごまかしてるのはバレてるかな。
「もしもだけどさ、おとうさんが悪いことしてたらやっぱりショック……だよな?」
「まあ……」
当たり前だと即答するかと思ったが、万丈目は曖昧に頷いた。
「い……いーのォ?」
「よくはないが、あの地位に登り詰めるには、黒でなくともグレーなことはやっているかもしれない……とは思う。お前もしかしてなんか知ってるのか?」
「知らないよォ……」
知らないから悩んじゃうんだよな。いっそのことおとうさんに「もしかしてオレのこと売ろうとしてました?」って聞きたいくらいだよ。
「じゃあなんでお前最近やたら親父に会いたがるんだ? もしかして本当に違法なカード取引してるのか?」
「えっ? いや、本当に知らない。むしろ知りたいよそれ」
「なんで知りたいんだ」
「あ」
ダメだ今完全に口が滑ったぞ。ちょっと正直に言った方がよさそうだ。
「あー……別におとうさんが悪いことしてるって言いたいわけじゃないんだけどさ?」
万丈目はオレをにらみながら次の言葉を待っている。
「おとうさんにバレた」
早口になる。
「は?」
「オレが死なないことバレた」
言葉の意味を理解した万丈目の目が少し見開かれた。
「……お金に困ったらオレ売られちゃうのかなあみたいな……」
「そんなことはさせない」
即答だ。こういうとこがかっこいいんだよなあ。ときめいちゃうね。
「……それであの時一緒に行きたがったのか。最近親父に会いたがるのも」
「お前との仲良しアピールしとこうと思って……。あと怒ると思うんだけどさ?」
「なんだ」
「オレの力はそんなもんじゃないから他言するなってちょっと脅しちゃったァ」
万丈目の口が開いたけど声は出てこなかった。しばらくオレを 見つめたあとため息をつく。
「お前……何が売られちゃうかもだ」
「わかんないじゃん、会社つぶれそうになったらさ。不安なのは本当で……」
呆れていた万丈目の顔がまた心配そうになる。
「だから定期的に顔見せて変な気を起こさないように見張ろうかと」
「親父がお前に愛想よくなったのは脅されたからか……」
万丈目はまた呆れた声で言ったけど、目は心配そうなままだ。うーん、だからあんまり話したくなかったんだよなあ。
「普通の義理の親子くらいに仲良くしてねって言っといたから……結構うまいことやってたつもりだけど、変だった?」
「ものすごく不自然だったが……お前に金があると知ったからかと思った」
資金援助の話の時、必要なら頼ってほしいとオレが出せる金額を伝えていた。
「会社の経営にははした金じゃない?」
「いや、親父の中で職のないろくでなしだったろうから貯蓄があって見直したのかと……」
「職のないろくでなし……」
まあ世間的に見たらオレってそうなっちゃうか。
「親父にはオレからも一言いっておく」
「……怒んないんだ、脅しちゃったこと」
「よくはないが……」
万丈目は顔をしかめた。思えば板挟みだよなあ。おとうさんとオレとどっちが大事なのォ? なーんて。
「……怖かったろ」
「へ?」
「一人で抱えずに少しは話せ」
てっきり、親父を脅すなんて何考えてるんだって怒られると思ったのに。そんなこと言われたらまた惚れ直しちゃうなァ。
「相手が親父だから味方されないとでも思ったのか」
「そんなことないけど……」
呪いのこと話したくなかっただけだし──って、隠し事があるのを万丈目は気にしてんだよな。結局、嘘や隠し事はすればするほどこじれてしまう。万丈目にこんな心配させてまで隠すべきじゃないのかな。
「……呪いって信じる?」
万丈目は怪訝な顔をした。予想も含めてだけど、オレは呪いのことを説明した。万丈目は難しい顔をしながらもオレの話を聞いてくれた。
「その気配が親父にあったのか。それはいつからある? 今もあるのか?」
「気づいたのはあの話し合いの時で、その時はだいぶ悪そうな感じだった。今は薄いけどあるって感じ」
なかなか気配が消えないのは気になるところだ。まあ脅しなんて方法を使っちゃったから、いつか報復してやろうと思われてるのかも……。
「オレのことぶん殴ってやりたいくらいは思われてるかな」
今の薄い気配ってそれかもなあと思ったりする。誘拐までは企んでなさそうというか。
「殴られるくらいならたいした報いにならないだろうし、殴られてもいいんだけど」
「いいわけあるか! 今度親父と話してくる」
「でも……」
「オレの身内のことだからオレが片づける」
きっぱりと万丈目は言った。やっぱり話さない方がよかったかなあ……。
呪い〔後編〕に続く
築き上げた牙城が傾き始めたのはあまりに唐突で、まるで呪われたようだった。
首が回らなくなる前に、追い出した三男坊が資金援助をしたいと申し入れてきた。政界と財界に進んだ長男と次男と違い、三男は最近世間で人気だというカード遊びの道に進んだ。あまりいい道と思えなかったが、あれの名前が売れれば引いては万丈目の名の宣伝になるだろう程度にしか最初は気にしなかった。しかし、勝手に結婚相手を決め反対しても別れないなどと言うものだから追い出した。
思えばやることなすことうまくいかなくなったのはその直後からだった。
「呪いと思ってもらって構いません。あなたが悪いわけではないので」
少年のような顔をした男はそう言った。三十になる息子と同い年のはずなのに、高校生くらいに見えた。我が子と結婚するというので身元を調べたら、両親共に会社員というなんの変哲もない生まれだった。ただし、その幼少期には周囲に何人も昏睡状態になった人間がおり、呪われた子供だという噂があった。
「申し訳ないけど、オレにもどうにもできない。オレに害をなすものには災いが振りかかる、なんだかそういうものみたいなんで」
害をなした覚えはない。
「なんか、万丈目と結婚したから、おとうさんが万丈目を家から追い出したのがオレへの害と判定されちゃったのかな」
少年みたいな男は首をかしげた。結婚したくせに未だに息子を姓で呼ぶ。高校からの付き合いだというが、首席で卒業した息子と違い彼は落ちこぼれだった。卒業後も定職には就いていない。一応息子と同居しているが、一年の半分は世界各地を転転としている。しかし海馬コーポレーションとインダストリアル・イリュージョン社から不定期に多額の報酬を受け取っているようだ──と調査報告にあった。
「だから、別に難しいことは必要ないんですよ。ただ万丈目に悪かったと言えば、それで以前に戻れる」
言わなければ?
「まあ──おとうさんが想像する通りの結果になるんじゃないかな。本当に申し訳ないけど、おとうさんがどんなに頑張ってもたぶん難しいです」
呪いという言葉を、くだらないと一蹴できなかった。それほどにこの状況は異様だった。そしてこの男も異様だった。
彼の調査報告の一つに、紛争地域で彼が爆破に巻き込まれたというものがあった。爆破された建物には彼以外の人間はおらず、犠牲者は出なかったそうだ。巻き込まれたはずの彼は、傷一つなく、衣服の破れ一つなく瓦礫の中から出てきた──。
キミは本当に人間なのかと問うと、彼は少しだけ目をみはった。
「なぜそう思うんです?」
調べたからだと答える。
彼の調査は、元は息子との結婚を阻止しようと行ったものだった。定職なしに世界をふらつくろくでなしだ。旅の恥はかき捨てと誰かしらと関係を持つだろうとか、そんなに頻繁に海外へ行くなら現地妻か現地夫でもいるだろうとか。そんな証拠を掴んでやろうとした。浮気現場の写真でも見れば息子だって愛想をつかすはずだと。
しかし何人も送り込んだ調査員は誰一人写真を持ち帰ることはなかった。浮気らしい情報も集まらなかった。代わりに出てきた彼の情報は予想外のものだった。
呪われた子供。ドロップアウトボーイ。三幻魔を倒した英雄。精霊を操るデュエリスト。そして。
建物を倒壊させる爆破に傷一つなく瓦礫の下から出てきた。
何もない場所で突然消える。かと思えば現れる。
巨大な「見えない何か」を相手に大立ち回りし、大量に出血しても死なずその傷もすぐに治る。最終的にはその何かを従わせる。
そしてそんな荒唐無稽な報告をした調査員たちは、これは他言無用だ破った結果は知らない方が幸せだと言った直後にそれらの記憶を失う──。
「ずいぶん調べたんですね。でもあいつには秘密にしてほしいなァ。心配性なんだ」
彼はちらと時計を見る。仕事の電話が入り息子は席を外していた。戻る時間を気にしているのだろう。この男は、二人きりになるや否や呪いの話をし始めたのだ。
「あいつは気にしいだから、こういう話も聞かせたくないんですよ。だって、オレに害をなして富を失うなら、その逆もあるかもなんて思われたくないし」
息子は今やカードゲームでキングの称号を持っていた。若い頃には成績の振るわない時期もあったが、近年は一定以上の勝率を保ち続けている。テレビでは「結婚して支えてくれる人がいるおかげですかねぇ」などとアナウンサーが笑っていた。
「あいつの今の地位にオレは関係ない。あいつの実力です。それにしても、おとうさんはオレのこともあいつのこともよく調べてる」
彼は大きな目を細めた。
「そんなに愛してるんなら追い出さなくても──ああ、追い出したいのはオレか。息子が化け物と結婚するなんて親として耐え難いですよね」
でも、と彼は続ける。
「オレもあいつのこと愛してる。離れたくない。おとうさんや万丈目グループとあいつの二択ならオレはあいつのことを選ぶ。万丈目は悲しむけど……あ」
ぱちりと大きな目が瞬く。
「それが『害』と判定されなきゃいいけど。万丈目が悲しいとオレも悲しいからなあ──富の次に奪われるのは」
なんだと思いますか、おとうさん。
「そうはなってほしくないんです。愛する人には笑顔でいてほしい。本当に、演技だけでいいんですよ。あの時は怒って悪かった、話してみたら案外いい子じゃないかって、よくいる父親みたいに言えば」
そうすれば元通りですよ──。
彼の言葉には何一つ根拠はない。呪いなどこの世に存在するのか? しかも、見かけはただの十代の少年にしか見えないこの男に害をなせば呪われるなど?
いや、彼が少年にしか見えないことからおかしいのだ。息子と同い年のはずだ。息子はどんなに若く見積もろうと十代には見えない。童顔というにはあまりに子供の顔をしていた。
「準は……どこまで知っている?」
首を傾げる。純粋な少年のような大きな瞳。特段に美形でも不細工でもない。どこの高校にも一人はいそうな顔。
彼の秘密を他言すればどうなるかわからず、あれは化け物だ、と息子に言うことはできなかった。定職のないろくでなしと結婚するなと有り体なことを言った。
「だから呪いは知らないし、気にしいだから知られたくない。心配性だからオレが出先でよく怪我すんのも知られたくないなあ」
「キミは……調査員の記憶を消したな。その力を、息子には」
「使うわけないですよォ。てゆーか、調べてたのおとうさんだと知ってたらあんな脅しみたいなことしなかったですよ。オレてっきりマフィアとか変な人体実験の組織とか、カルト集団とか? そーゆうヤバい連中がバックにいるんだと思って。万丈目に手ェ出されたら困るし、だったらもっとオレはヤバいんだぞ! みたいな演出しなきゃって思って……やだなあ、勘違いしてた」
はにかむ顔はなんでも恥ずかしがる思春期の少年のようだった。話の内容はそんな無邪気なものではないが。
「キミのその……体質は」
「それは知ってる。一緒に暮らしてんだもん。なんならおとうさんが調べきれてない部分まで知ってる」
ふうふだもん、と子供の顔に似合わない台詞で笑う。
「あの子に悪影響は」
「ないと思うよ? むしろ調子良さそうだけど。おとうさんもテレビであいつの活躍見てるよね」
なぜそんなことを知っているのだろう。勘当した手前、誰かに自分から息子の話題を出すことはしていない。他人から話題に出されても相手の話に頷く程度だ。毎晩自室でひっそりとその活躍を見ているなど──誰にも口にしたことはない。どうやって知ったのだ?
彼はいったい何をどこまで知っている? 何故このタイミングで乗り込んできたのだ? こちらのしていることなど筒抜けだというのか?
「キミは……何故、今日ここに来たんだ?」
「おとうさんのこと助けたいって思ってるからです。オレなんかには助けられたくないだろうけど、あなたの息子があなたを助けるんだと思えばいい。息子からの資金援助で万丈目グループは持ち直す、そういうことになれば丸く収まりますよね。でも……あなた次第で結果はよくも悪くもなる」
低くなった声は、従わなければどうなるか、と言外に含ませている。彼に害をなせば災いが振りかかる。富の次に奪われるものは?
選択肢など──ない。
「わ……私は何をすればいい」
「万丈目と仲直りするだけですよォ」
彼は声を明るくした。
「あいつのこと息子としてちゃんと大事にしてください。オレとは別に仲良くしなくていいけど、一般的な息子の配偶者レベルに友好的になりましょうよ。たまに顔を合わせて挨拶と無難な世間話をする、そんなくらい。お義兄さんたちのお嫁さん方ともそんな感じでしょ? オレだっておとうさんとその程度に仲良くやりたいですから。オレが化け物と知ってる以上やりにくいかもしれないけど……あ、あいつにはオレのことを知ったって言わないでほしいなァ。適当に知らないふり、気づかないふりして、息子とは仲良くする──」
何も難しくないでしょう?
そう微笑む少年の姿をした何かに、私は頷いた。
◇◆◇
誰かを脅したり暴力をちらつかせたりなんてことはしたくない。したくはないけど、相手に悪意があるときやこちらが被害を受けそうな時なんかはむしろ使った方が穏便に物事が終わったりする。
悪をもって悪を制す、なんて本当はよくないのかもしれないけど、精霊の力か何か狙ってオレをつけ回すような連中なんかは、ある程度脅して怖がらせたりしないと諦めてくれない。
誘拐されても、どうやら「何か」がオレを守ってくれるけれど、以前車に押し込まれてしまった時にはその車が交通事故を起こして犯人たちは意識不明の重体になってしまった。三人もいて全員が一様に意識不明になるというのも不自然だった。一瞬ユベルのせいかと思ったけど、ユベルが何もしていないのは融合しているからはっきりしていた。
誘拐ほどのことじゃなくても、スリとか詐欺とかもオレを対象にしたものはすぐに報いを受けた。スリはサイフを盗んだ途端にすっ転んだり、詐欺師はやたらに舌を噛んだりする。
ユベルがオレに害をなす者は報いを受けるようだと言い出したのは誘拐未遂事件の後だったろうか。どうやらかつてに伝わった伝説には「覇王に害をなせば報いを受ける」なんてのもあったらしい。覇王が光の波動から世界を守る存在であるなら、世界も覇王を失わないために覇王を守るのではないかというのがユベルの見解だった。
それってオレのせいで誰かが傷つくってことじゃないか、と思った。自業自得だとユベルは言うが、誘拐未遂で意識不明の重体なんてかわいそうだった。いや、もちろん誘拐はよくないことだけど。犯罪に対する報いは法律に則って懲役なんかを受けるべきで、交通事故で重体なんてものであるべきではない。
「覇王に害をなせば報いを受ける」という一応の理屈がわかれば、報いを受けそうな気配みたいなものを感じるようになった。それを辿れば機会を窺うスリとか、オレを盗撮しているやつとかなんかを見つけられた。前者は少し睨めば逃げて報いの気配も消えるが、後者は取っ捕まえてカメラの中身を消したりしないと報いの気配が消えない。パパラッチ程度なら写真を消すだけでいいが、誘拐の下調べみたいな連中は脅して雇い主を吐かせたり口を割らないなら雇い主の方を脅したり、公表されたくないことを知られたら記憶を消したりしないといけなかった。脅したり記憶を消したりなんかをやるのは気分が悪かった。それでも報いで人が死ぬよりはマシな気がしたし、直接オレに来ないで大切な人を人質に取られたりしたらたまらない。正当防衛だと自分に言い聞かせた。
でも報いを受けそうなのが赤の他人ならそんな手段でもいいけれど、大切な人だった時にはどうしたらいいんだろう。オレの大切な人はそもそもオレを害したりしない──それなのに、どうして報いの気配を感じるんだろう。
「浮気でもしてるんじゃないの」
ユベルが面白がるように言った。最近帰りが遅い。口数が減った。でもそんなの仕事が忙しくて疲れているだけだろう。前にだってそんなことはあった。
「前はそれでも問題なくて今は報いの気配があるなら仕事が理由じゃないんじゃない」
「だからってそんなことはしないだろ」
「どーかなァ。キングになっていろいろ誘惑が増えたかもしれないよ。あ、浮気じゃなくてカジノにハマって借金が出来たとか」
「借金がオレへの害か?」
「最近違法カジノでよく有名人が捕まってるじゃないか。キミまで疑われて巻き添えで逮捕とかなったら害じゃない?」
「ワイドショーの見すぎだぜ」
ワイドショーをよく見ているのはユベルじゃなくてオレなんだが。万丈目がよく取り上げられるようになったから見ている。有名人の浮気や違法カジノや違法薬物なんかは確かによく見るニュースだった。
この場合、離婚でもしたら報いはなくなるんだろうか? 報いの気配が薄いうちに対処しておきたい。
「なんか隠し事とかしてない?」
久しぶりに万丈目が休みの日、ストレートにそう訊ねた。万丈目は顔をしかめたものの、そんなに嫌そうにはしていなかった。慌てたりもしていない。どうやら浮気や違法カジノではなさそうな気がした。
「……誰かから聞いたか?」
「いや、なんか最近元気ないし、あんましゃべんないし」
「……そのうち話そうと思っていたんだが」
万丈目グループの経営状態がよくないようだと万丈目は言った。結婚以来勘当されているものの、家族だから助けたい、場合によっては多額の借金ができるかもしれない、お前に迷惑をかけないために書類上離婚をした方がいいかもしれない、そんなようなことを万丈目は話した。
理由は違えど借金だけはユベルの予想が当たったようだった。そりゃ借金なんかあったら大変だけど、でもオレへの害というほどかなあ? 秘密にしていたことが害なら話した時点で報いの気配が消えてもいいのに、万丈目からその気配は消えなかった。
「これってさ」
ユベルはオレの内側から声をかけた。
「大元は万丈目の父親なんじゃないか? 万丈目の勘当が、結婚した以上キミを家から追い出して冷遇した、そういう判定になってるんじゃない? それで万丈目グループが傾いていった結果万丈目にまで累が及んでる」
一理あるような気がした。だったら義父が万丈目の勘当を取り止めたら丸く収まるんじゃないか? そう思って万丈目に頼んで義父との話し合いについていった。
そうしたら、万丈目の屋敷全体に今まで感じたことがないくらいに大きな報いの気配がしていた。義父のそれが一番濃かったが、一族郎党報いの気配を漂わせていた。万丈目グループの崩壊というのが多大な経済的損失をもたらすからこんなに嫌な感じがするのか。それとも経済的損失だけでなく人命まで射程に入っているのか。オレにはよくわからなかった。はっきりしているのは、これを阻止しないと万丈目一族はただではすまないだろうということだ。
「たかが勘当でこんなになる? あいつキミに何かした?」
数回しか会ったことねえよと心の中でユベルに言い返した。そもそも害と報いの関係もはっきりわかっていない。人間の感覚と報いをもたらす「何か」の感覚が違う可能性もある。家族の仲が悪いなんて人間にとってままあることを重罪とみなしているのかもしれなかった。
義父には相変わらず嫌われているようだった。万丈目の資金援助の申し出に義父はいい顔をしなかったものの、二人が話していると報いの気配は少し和らぐような気がした。やはり万丈目の勘当が重大な害とみなされているらしい。だったら義父が万丈目に謝ればこの報いの気配は解決するんじゃないか?
「お願いして素直に聞く相手じゃないと思うね。ちょっと脅しをかけてみたら」
とはいってもおとうさん相手に胸ぐらつかんで脅すのはなぁ、と思ったら頭を使えよとユベルに呆れられた。
そうしてユベルと少少話し合い、万丈目と仲直りしないとこの不幸は止まらないと脅すことにした。万丈目が電話で席を立った隙に義父と話していると、思った以上に嫌われていたし、以前オレを調べていた連中の雇い主だったみたいだ。害と認定されたのはその部分だろうか。最近はそんなことをしていないみたいだけど、情報を持っているというのが悪く判定されてるのかな。すごい力があるんだと思わせる方がビビって引いてくれるかなと思ったけど(実際その後につけ回す連中はいなくなったし)それがこんな風に影響するなんて。
でも、なんとか義父に万丈目と和解することを約束させると報いの気配は和らいでいった。万丈目の方はすぐに報いの気配が消えていて、どうやら万丈目が巻き添えになるのは防げたようだった。
しばらくすると万丈目グループが持ち直してきたと万丈目から聞いた。今度父と食事をすることになったと嬉しそうにしていた。
「報いを決めてるヤツは家族関係とか大事にしてるのかなあ?」
そうだとしたら、下手に万丈目と喧嘩したりすると危ないのか? 家族なんて多少のぶつかりがあるもんだと思うけどな。
「キミ、本当に勘当だけが原因だと思ってる?」
「だって万丈目とおとうさんが仲直りしたらだいぶ気配が変わったじゃん」
「万丈目の親父がキミへの加害をやめようと決めたからじゃないか。本当はキミを売り飛ばしたりする計画を立ててたんじゃないの? 万丈目に謝りたいから二人で来てくれなんて呼び出して、万丈目人質にキミを捕まえるとかしてさ。そうなれば万丈目は利用されたとはいえ誘拐の片棒担ぐことになる。報いの気配は借金じゃなくてそういうものに発生してたんじゃない?」
そんなことないと思いたいけど、あの時義父の様子がおかしかったのはそのせいなのだろうか。
「たかが勘当で一族郎党呪われるなんて大袈裟すぎるが、キミを売り飛ばした金でグループを立て直すんだったらその恩恵を受ける一族郎党連座するのも自然な流れだ」
「でもさ、それじゃおかしくないか? 経営が傾かなきゃオレを売り飛ばしたくならないんだから、報いのせいでオレが危なくなってる」
「報いの結果で起きることまでは考慮されてないのかもしれないな。たとえばキミに何かした犯人が報いを受けて死んで、子供が仇討ちに来るとかもあるかもね」
「それじゃ、報いはオレを守るどころか余計に状況悪くなるかもしれないってことか?」
「あくまで可能性さ」
ずっと「報い」と呼んでいたが、義父に騙った「呪い」の方が正確だったのかもしれない。
今回は万丈目にもその気配を感じたから義父や万丈目一族に何かある前に対処できてよかった。万丈目が巻き込まれなかったら気づくことなく一族は大変なことになっていたかも──いや。
その時にはオレにも何かあった後なのか。
誘拐されそうになった時、車が事故を起こさなかったらオレはどうなっていたんだろう? 今回だって、ユベルの考えが本当で、義父に売り飛ばされたりしていたら、今頃──。
それが呪いだとしても、オレを守っているのも事実なんだろう。気配に対処することで防げるものもある。義父の動向は今後も少し気にしておこう。こんなことは考えすぎたって仕方ないのだ。
「何か隠し事か?」
「え?」
「最近何か考え込んでるだろ」
しばらく前に万丈目にやったことをやり返されてしまった。じゃあ今のオレもあの時の万丈目みたいだったのかな。
「自業自得とか因果応報について考えてた」
「どうしたんだ?」
「この前おとうさんちょっと無理してそうだなと思って」
「まあ……忙しいと思うが。それで自業自得だと考えてたのか?」
先日、美術品の闇取引をしている組織が摘発された。顧客名簿の中に名前があったとして、義父は警察の取り調べを受けたそうだ。義父は盗品と知らずに買ってしまった、騙されたのだと主張している。義父はブローカーを通して掛け軸やら壺やら買っていただけで直接に闇組織と取引していたわけではないらしい。義父以外にもそんな社長や政治家はわらわらいて、義父も今のところは逮捕されるわけではないようだった。
でもオレは、もしかしたらオレの売り飛ばし先ってそこだったのかなあと思った。報道によると盗掘品のミイラなんかは売ってたらしいが、生きてるものは売ってないみたいだった。生きものを売ってないならそこじゃなかったのかな。
「ものすごく美術品にこだわるという人でもないからな。売れ残りでも買わされたんじゃないかと思うんだが。まあ、詳しくもない美術品を適当に買っていたという点では自業自得かもしれない」
「おとうさんは美術品の売り買いってよくするの?」
「詳しくは知らないが……実家に飾られてた絵なんかは結構入れ替えてたからそれなりに売り買いしてたかもしれないな」
思えばオレが売り買いされる場合はどうするんだろう。美術品よりカードや精霊売買の方がありそうか。
「おとうさんもカードとか買う?」
「カードは兄者たちだな。親父は興味ない……いや、最近は試合を見てるのか。でもカードを欲しがるかどうか……それがどうかしたのか?」
「いや~、カード関係だとオレが摘発する側に関わることもあるから、またおとうさんが顧客だったりしたら大変だなって」
「そのことが気になってるのか?」
万丈目の真っ黒な目がじっとオレを見つめる。あ、これオレがごまかしてるのはバレてるかな。
「もしもだけどさ、おとうさんが悪いことしてたらやっぱりショック……だよな?」
「まあ……」
当たり前だと即答するかと思ったが、万丈目は曖昧に頷いた。
「い……いーのォ?」
「よくはないが、あの地位に登り詰めるには、黒でなくともグレーなことはやっているかもしれない……とは思う。お前もしかしてなんか知ってるのか?」
「知らないよォ……」
知らないから悩んじゃうんだよな。いっそのことおとうさんに「もしかしてオレのこと売ろうとしてました?」って聞きたいくらいだよ。
「じゃあなんでお前最近やたら親父に会いたがるんだ? もしかして本当に違法なカード取引してるのか?」
「えっ? いや、本当に知らない。むしろ知りたいよそれ」
「なんで知りたいんだ」
「あ」
ダメだ今完全に口が滑ったぞ。ちょっと正直に言った方がよさそうだ。
「あー……別におとうさんが悪いことしてるって言いたいわけじゃないんだけどさ?」
万丈目はオレをにらみながら次の言葉を待っている。
「おとうさんにバレた」
早口になる。
「は?」
「オレが死なないことバレた」
言葉の意味を理解した万丈目の目が少し見開かれた。
「……お金に困ったらオレ売られちゃうのかなあみたいな……」
「そんなことはさせない」
即答だ。こういうとこがかっこいいんだよなあ。ときめいちゃうね。
「……それであの時一緒に行きたがったのか。最近親父に会いたがるのも」
「お前との仲良しアピールしとこうと思って……。あと怒ると思うんだけどさ?」
「なんだ」
「オレの力はそんなもんじゃないから他言するなってちょっと脅しちゃったァ」
万丈目の口が開いたけど声は出てこなかった。しばらくオレを 見つめたあとため息をつく。
「お前……何が売られちゃうかもだ」
「わかんないじゃん、会社つぶれそうになったらさ。不安なのは本当で……」
呆れていた万丈目の顔がまた心配そうになる。
「だから定期的に顔見せて変な気を起こさないように見張ろうかと」
「親父がお前に愛想よくなったのは脅されたからか……」
万丈目はまた呆れた声で言ったけど、目は心配そうなままだ。うーん、だからあんまり話したくなかったんだよなあ。
「普通の義理の親子くらいに仲良くしてねって言っといたから……結構うまいことやってたつもりだけど、変だった?」
「ものすごく不自然だったが……お前に金があると知ったからかと思った」
資金援助の話の時、必要なら頼ってほしいとオレが出せる金額を伝えていた。
「会社の経営にははした金じゃない?」
「いや、親父の中で職のないろくでなしだったろうから貯蓄があって見直したのかと……」
「職のないろくでなし……」
まあ世間的に見たらオレってそうなっちゃうか。
「親父にはオレからも一言いっておく」
「……怒んないんだ、脅しちゃったこと」
「よくはないが……」
万丈目は顔をしかめた。思えば板挟みだよなあ。おとうさんとオレとどっちが大事なのォ? なーんて。
「……怖かったろ」
「へ?」
「一人で抱えずに少しは話せ」
てっきり、親父を脅すなんて何考えてるんだって怒られると思ったのに。そんなこと言われたらまた惚れ直しちゃうなァ。
「相手が親父だから味方されないとでも思ったのか」
「そんなことないけど……」
呪いのこと話したくなかっただけだし──って、隠し事があるのを万丈目は気にしてんだよな。結局、嘘や隠し事はすればするほどこじれてしまう。万丈目にこんな心配させてまで隠すべきじゃないのかな。
「……呪いって信じる?」
万丈目は怪訝な顔をした。予想も含めてだけど、オレは呪いのことを説明した。万丈目は難しい顔をしながらもオレの話を聞いてくれた。
「その気配が親父にあったのか。それはいつからある? 今もあるのか?」
「気づいたのはあの話し合いの時で、その時はだいぶ悪そうな感じだった。今は薄いけどあるって感じ」
なかなか気配が消えないのは気になるところだ。まあ脅しなんて方法を使っちゃったから、いつか報復してやろうと思われてるのかも……。
「オレのことぶん殴ってやりたいくらいは思われてるかな」
今の薄い気配ってそれかもなあと思ったりする。誘拐までは企んでなさそうというか。
「殴られるくらいならたいした報いにならないだろうし、殴られてもいいんだけど」
「いいわけあるか! 今度親父と話してくる」
「でも……」
「オレの身内のことだからオレが片づける」
きっぱりと万丈目は言った。やっぱり話さない方がよかったかなあ……。
呪い〔後編〕に続く
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