【連作】遊城十代が死んだ
ジグソーパズル
「ただいま」
疲れた様子で帰ってきた万丈目は、大きな荷物を抱えていた。
「おかえり。何だそれ、デカイな」
オレが訊ねると万丈目はため息をついた。万丈目が袋から取り出したそれは縦は一メートル、横は八十センチはありそうな大きな四角い箱──ただし厚みはないからそこまで重くはなさそうだ──と、それよりも小さいけどそれなりには大きな分厚い箱で、万丈目の写真が印刷されていた。
「……今度ファンクラブで販売されるジグソーパズルのサンプルだ。販促に組み立てろと言われた」
箱はパズルとその額みたいだ。
「へえ、面白そうじゃん」
オレはそう思うけど万丈目はげんなりとしていた。
「三千ピースもあるぞ。しかも自分の顔だ」
「いいじゃん、かっこいいんだし」
「自分の顔のジグソーパズルやりたいか?」
「やりたくない」
万丈目の顔ならいいが自分の顔は御免だ。
「だが、仕事だからな」
ため息と共にそう言って万丈目はローテーブルにジグソーパズルの箱を置いてパッケージを撮影した。パズルの絵柄は万丈目のバストアップにおジャマ三兄弟のイラストとファンクラブのロゴが入ったものだった。
「かっこよく撮れてるじゃん」
「当たり前だ」
「オレも一緒にやっていい?」
「ああ」
「完成したら飾ろうぜ」
「飾るのは嫌だ……」
万丈目は自分の写真を飾るのは抵抗があるみたいで、たまにポスターなんかをもらってきても家に飾ったりはしていない。まあ確かに、でかい自分の写真が家の中にあるのって嫌かもなあ。オレだって万丈目の顔ならいいけど自分の顔を壁に貼りたくない。
「オレの部屋なら飾っていい?」
「好きにしろ」
「じゃ、パズルもオレの部屋でやる? ここだとピースなくしそうだし」
オレの部屋なら着替えの出し入れくらいにしか使っていない。一応布団はあるけど寝るときは寝室だし。そこならパズルを広げっぱなしにしても邪魔にはならない。万丈目は少し考えてからそうだなと答えた。
早速パズルと額を部屋に運ぶ。ちゃぶ台に額を置いた。ちゃぶ台はそんなに大きくないから額を置いたらギリギリだ。部屋の隅に置きっぱなしだった座布団を万丈目のために置く。そういえば万丈目がオレの部屋に入ることなんてめったにないなあ。買った布団を一緒に運んだとき以来かもしれない。
「へへ、こーゆーのワクワクするよな。あ、小さい箱いるな」
といっても、手頃な箱はあったかな? 箱にこだわらなくてもピースをわけれたら何でもいいか、と思ってキッチンの隅の肉の入っていたトレイや納豆の入れ物を持ってくる。資源回収に出す前で助かった。あとはトレイにメモできるマジック、額の包装なんかを開けるのにハサミを持って行く。
部屋に戻ると万丈目がジグソーパズルの箱の蓋を開けて中身の写真を撮っていた。
「写真はどんなの撮るんだ?」
「外側、開けた直後の中身、ビニールから出したところ、サンダーピース──」
万丈目は手帳にメモしていたリストを読み上げる。
「サンダーピース?」
「特注で一個だけ稲妻型のピースがある」
「マジ!? すげー面白いじゃん!」
見たい見たいと言うと万丈目はピースの詰まったビニール袋をハサミで切った。パズルの箱に三千ピースを流し込む。
「三千ってすげー量!」
ピースの量を見るだけでワクワクする。子供の頃にやったあのジグソーパズルは何ピースだったんだろう? 大きかった気がするけど、ここまでじゃなかった気もする。そもそも作ったのはもう二十年は前で、実家の自室の壁に飾ったそれを最後に見たのはアカデミアに行く前──十年以上経っている。オレが死んだことになった今、どうなったのかは知らない。
万丈目は箱に入れたピースを写真に撮った。それからピースを一つつまんでしげしげと見つめる。別にサンダーピースじゃなくて普通のピースだ。
「どうした?」
「いや、思ったよりピースが小さいな」
「こんなもんじゃない?」
オレも一つピースを手に取った。小型のパズルや上級者向けのピースの小さなタイプと違って、これは標準サイズじゃないだろうか──遊戯さんがじいちゃんのお店でジグソーパズルは手堅く売れる商品なのだと教えてくれた日を思い出す。
「そんときに見た最小ピースはこんなんだったぜ」
オレは指先でその記憶の大きさを示してみる。確かこのピースの半分か三分の二くらいだったと思う。
「あ、でも初心者向けのちょっと大きめのピースなんかはこれより一回り大きかったかも。メーカーでも違うって言ってたなあ。そういやピースがパチッとはまる感触も素材やメーカーで違うから絵柄よりそれ重視で選ぶ人もいるんだって。あと糊付けがいらないとか……あ、これもそのタイプか」
パズルの箱の蓋にそう書いてあった。オレにはジグソーパズルなんて絵柄とピース数以外はどれも同じに見えてしまうけど、遊戯さんの話を聞くに奥深い世界が広がっているようだった。
「そうか……オレはこういうものをやったことがなくてな」
ずっと浮かない顔なのはジグソーパズルをやったことがないからなのかな。でも。
「初ジグソーが自分のパズルなんてラッキーじゃん!」
そんな経験できる人間、めったにいないだろうなあ。そもそもほとんどの人はジグソーパズルの絵柄にならない。
「ラッキーか。三千ピースはラッキーじゃない気がするが」
万丈目はやっと少し笑った。
「やりごたえあるって。まず仕分けしようぜ」
「仕分け?」
「枠とか色とかでピースわけるんだ。とりあえず枠と……万丈目とおジャマ三兄弟とロゴと背景かな。万丈目は髪と肌と服にわける感じか。あとカード持ってるからカード……」
オレは取ったピースを箱に戻して、トレイに仕分けるものを書いていく。額の上はすぐトレイでいっぱいになって、あとは畳の上に並べていく。
「さっきから何を持ってきてるのかと思ったら、そんな風に使うのか」
「うん。こーやっとくと組み立てやすい」
「なるほど」
万丈目は感心したようにトレイを見た。オレが万丈目に教えるなんて珍しい。
「じゃあわけてくか。お、こいつは絶対イエローだ」
適当につまんだピースはおジャマ・イエローっぽかった。
「黒すぎてわからんのもあるな」
黒いピースを手にした万丈目が眉を寄せた。
「じゃ、そーゆーのはもう『黒』にしとこう」
オレはさらに『黒』のトレイを追加する。
「わかったつもりでわけても混じくっちゃったりするけど、最終的には出来上がるからちょっとテキトーでも大丈夫だよ」
言いながらオレはパッと見で服っぽい黒と髪っぽい黒をわけていく。確かに黒すぎてよくわからないピースもあった。
「こういう境目は服と背景どっちに入れる?」
「あ、じゃあ境目入れ作るか」
『さかいめ』と書いたトレイに二色に別れたピースを入れる。境目もおジャマと背景のもあるけどそっちは小さいからおジャマの方でいい。肌と髪と服の境目はわけた方がいいかな。案外トレイを消費する。
「資源回収出す前でよかったな。そこもラッキーだ」
「そうか」
ピースをわけている万丈目の手が止まった。
「これはサンダーピースの隣か」
「ほんとだ!」
普通のデコボコじゃなくて、斜めに切れてるピースだ。
「サンダーピースの周りこっちに入れよう」
元は納豆の入っていた小さいトレイを差し出す。 周りのピースの色からするとたぶん万丈目の服のとこにサンダーピースがあるのかな。
「一個変わったピースがあると周りも変わった形になるんだな」
「そうだな」
サンダーピースはどこにあるんだろうと思いながら山盛りのピースをわけていく。三千ピースからたった一つピースを見つけるのって大変だ。万丈目がげんなりしてた気持ちもちょっとわかる。
「あ、これ歯だ。可愛い」
歯の印刷されたピースを万丈目に見せる。万丈目って歯ァ白いよな。
「……歯が可愛いってなんだ」
万丈目は顔をしかめた。これは照れてるやつじゃないぞ。
「……歯がほしいとか言うなよ」
「言わないよ」
前に骨を持っていこうとしたの根に持たれてる。
「確かにあのときはちょっと欲しくなっちゃったけどさ、反省してる」
たぶん離れたくないとか寂しいとかの気持ちで、本当に骨そのものがほしいってわけじゃないんだ。ダイヤモンド葬とかもあるけど、別に装飾品にしたいとは思わなかったし。
「歯が可愛いって言ったのも別に欲しいとかじゃなくて……歯ァ白くてキレイだなーとか笑顔好きだなーとかそういうのの総合で可愛いと思うっていうか」
お、今度は照れてるしかめっ面だ。そういう顔も好きだって追い討ちかけたら今度こそ怒りそうな気がするから黙ってピースの仕分けを続けた。万丈目も黙って手元の作業を再開した。
「あった!」
しばらく仕分けて稲妻型の黒いピースをやっと見つけた。万丈目も笑って、それを写真に撮った。
「あとは制作中の写真を何枚かと完成図の写真だな。仕分けしたらとりあえず一枚撮るか」
「マジ? もっとかっこいい箱いる?」
「なんだかっこいい箱って」
「わかんないけど食品トレイじゃサマにならないかなって。字もキレイじゃないし。あ、サンダーの字のがファンは嬉しいからお前が書いた方がよかったな」
「文字か」
万丈目は少し考えて、トレイは撮らないことにした。字で何かバレても困ると言ったけど、そんなのでオレだって気づくやついるのかなあ。
「字は案外……昔クロノス教諭に置き忘れた名前のないノートを返されたことがある。字でわかったと言われた」
「へえ、すごいな。そーいやドラマとかでも筆跡から犯人バレたりするっけ」
そんなことまで考えたことがなかった。オレはいろいろウカツだから、もしかしたら万丈目に会いに来なくても今頃バレていたのかもしれない。ヨハンには早早にバレてたし。
仕分けていたらあっという間に時間は過ぎて、オレは夕飯を作るためにキッチンへ行った。夕食後にやっと仕分けは終わって、外枠部分を組み立て始める。万丈目は服の黒い部分、オレは背景と別れてピースをはめていく。
「……ジグソーパズルは不思議な遊びだと思っていたが、ピースがはまると結構楽しいな」
「不思議な遊び?」
「絵をわざわざバラバラにして組み立てることの何が面白いのかよくわからなくてな」
「確かにそー言われたら不思議かも」
「出来上がったパズルを飾るのも、鑑賞するには不完全だろ。絵画やポスターを飾れば線なんかないのに」
「不完全と思ったことないよ。線があるのはジグソーパズルだからで、ジグソーパズルだなーって思って見るじゃん」
「絵としては見ないということか?」
「絵は絵でキレイとか思うけど……昔部屋に飾ってたジグソーパズルも気に入ってたし。たまに眺めて楽しかったなーって思ったりさ」
「楽しい?」
「ガキの頃作った大判のパズルでさ。これよりは小さかったかな? 家族でやったんだよ。なんかその日は両親とも休みだったみたいで。こうやってトレイとかお菓子の空き箱とかにピース仕分けて、三人で組み立ててってさ。すごい楽しかった」
ジグソーパズルのことはそうした組み立てたときの思い出も含めて鑑賞しているのかもしれない。
「きっとこのパズルも眺めるたびにこうやって一緒に組み立てたの思い出すよ」
「……そうか。ジグソーパズルも悪くないかもな」
万丈目が微笑む。その顔めちゃくちゃ好き! って思ったけど言ったら照れてしかめられちゃうから我慢した。
枠が出来上がったところで今日はお開きにした。明日も一緒にやろうなって言ったら万丈目は頷いてくれた。
万丈目の仕事もあるし、パズルは毎日少しずつ組み立てていった。パズルを組み立てながら他愛ない話をする中で、万丈目は自分の子供の頃の話をした。
ジグソーパズルに好印象がなかったのは、子供の頃にそんなもの無駄だと家族から言われたのだと。絵をわざわざバラバラにして組み立てるなんて時間の無駄で、出来上がっても鑑賞に値するものは出来ない。絵や写真を飾りたいなら本物を飾れ──と。
ジグソーパズルを持って帰って来た日、万丈目が浮かない顔をしていたのはそれが理由だったんだろう。
「まあ、ジグソーパズルより本物の絵を見ろと言われて美術館なんかに行ったのはいい経験だったと思う。油絵なんて印刷されたものとはまるで違うからな」
「本物の絵ってやっぱきれいだもんな」
オレは万丈目と行った美術館を思い出す。ジグソーパズルで見たことある絵だって、色鮮やかだったりすごく大きな絵だったりして、本物というのはやっぱり違う。
「だから子供心にもジグソーパズルより本物の絵の方がいいと思ったが……パズルでできた絵が欲しかったわけじゃなく組み立てたかったんだろうな」
何か欲しいと思ったとき本当にそれが欲しいわけじゃない場合がある──なんて子供にはわからないだろうし、大人になった今でもときどきわからない。オレが本当は骨が欲しかったわけじゃないみたいに。
「だが時間の無駄だと言われたのもこうして組み立てていると理解できる……」
さっきから黒のピースに苦戦中の万丈目は疲れたのかため息をついた。おジャマ三兄弟とか万丈目の顔とか背景との境目とか、わかりやすいところは粗方出来上がって今はほとんど模様のない背景と万丈目の髪や服というわかりにくい部分が残っている。オレも背景のピースがなかなかはまらない。もう色だけでなく形ごとにわけたピースを一つずつ総当たりしている。
「ちょっと交代してみる? 代わってみると案外はまるんだよ」
万丈目と場所を交代してオレが黒のピースを担当する。
「昔オレがやったやつは三人がかりだったけど一日で終わったと思うから、そんなにピースがなかったのかなあ。千とか……もしかしたら五百とか少ないサイズだったのかも」
「同じ色の部分が少ないとか、絵柄でも変わると思うがな。どんな絵柄だったんだ?」
「宇宙の絵。惑星が並んでて背景は星でキレイだったよ」
「それも背景が難しそうだな」
「そうだな。 難しいから別のにしたらって最初は買ってもらえなくて……なんで買ってもらえたんだっけ」
そんなにしつこく欲しいと言った覚えもない。いつだったかに、今日はなんでも買ってあげると言われておもちゃ屋へ行った。前に買ってもらえなかったパズルを選んで、家族三人で組み立てた。その日は珍しく一日中両親が家にいて、今思うとやけにオレを喜ばせようとしていた。誕生日でもないのに、どうして。
──……から、今日はなんでも買ってあげる。
「あ」
パズルのピースがはまるみたいに思い出す。母は確かこう言ったのだ。
──病院大変だったから、今日はなんでも買ってあげる。
「どうした?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ」
わざわざ話すことでもない──けど万丈目は心配そうにしている。
「……病院の帰りに買ってもらったんだった。記憶を消された日の」
「……がっかりしたか?」
「子供の頃なら騙された気分になったかもな。今は気を遣ってくれたんだってわかるよ」
せめて楽しい日にしてやろうと、そう思ったのだろう。
「なんていうか……いい親だったと思う」
口にしてから過去形になっていると気づいた。この前最後の手紙を出したからだろうか、今は両親のことには一区切りついたような気分だった。
「……そうか」
万丈目は少しだけ笑った。
場所を交代してみてもパズルはあまり進まず、結局完成までそこから二日かかった。
「やったな!」
万丈目が最後のピースをはめた。ハイタッチしたかったのに、万丈目は完成するなりケータイを手に取ってパズルを撮影した。それからため息をつく。
「やっと終わった……」
「感動をわかち合おうぜ、キョードーサギョーじゃん」
「なんだそれは。終盤は苦行じゃないか」
「まあ最後はなかなかつらいよな。オレもこんなに苦労すると思わなかった……」
万丈目が忙しくて少ししか時間を取れなかったのもあるけど、完成まで結構時間がかかった。万丈目は達成感より疲労感が勝っているらしい。またため息をつくと畳に寝転んだ。すぐ横になれるのが畳のいいところだよな。オレも同じように寝転ぶ。ちゃぶ台の下にはファラオが寝ている。
「これも川の字で寝るに入るのかな。ちゃぶ台あるけど」
「川? ……ファラオいたのか」
首を傾けてファラオを見つめる万丈目は、なんだか眠そうな顔をしている。よっぽど疲れたんだろう。
「今日ここで寝ちゃう?」
「なんだ突然」
「せっかく買ったのにまだ布団使ってないし」
こういうときはさっさと動いてしまうに限る。オレは押し入れから布団を出して万丈目の横に敷いた。やわらかめな生地のカバーをかける。布団自体もふかふかで結構寝心地はよさそうだ。
「ほら、ここで寝ようぜ」
万丈目が布団を見て迷っているうちに、ファラオがちゃぶ台の下から移動して我が物顔で布団の上に陣取った。
「デブ猫、オレをわざわざ踏んでいくな! しかもど真ん中を占領するな!」
ファラオはノドをゴロゴロ鳴らして新しい布団を前足で何度も踏む。
「気に入ったか?」
「人間様より先に猫が寝るんじゃない」
文句を言いながら万丈目も布団に寝てファラオの頭を撫でる。なんだかんだ言って万丈目もファラオのことが好きなのだ。
「あ、枕なかった」
そもそも買った覚えがない。布団を買ったときに二人して枕のことを忘れていた。だいたい使うつもりで買っていないのだ。一緒に暮らし始めた頃、万丈目が「兄者たちに不審がられたら困る」と言ってアリバイ作り的に買ったもので、それからずっとしまいっぱなしだった。
「そんなのはこいつでいいんだ」
万丈目はさっきまで使っていた座布団を半分に折って枕代わりにした。ファラオもそれにあごをのせる。猫なのにファラオはたまに枕を使うんだよな、クッションとか段差とか。
万丈目とファラオに掛け布団をかけてやる。照明は豆電球だけつけて、オレも布団に潜り込んだ。布団からはほんのり防虫剤のにおいがした。万丈目の折った座布団枕に頭を載せて、ファラオを挟んで万丈目と向かい合う。すごくくっついてるけどこれも川の字なのかなあ。布団の寝心地に慣れなくて、自分の部屋なのに旅先で寝るみたいな気分だ。
「……畳の上で寝るって初めてかも。万丈目は?」
「旅館でなら寝たことがある」
目を閉じたまま万丈目は答えた。
「あ、旅館かあ。そういえば行ったことないかも」
「今度旅行するときは旅館に泊まるか」
今度──そうか、旅行だって何回でも行けばいいんだよな。
「そうだな。楽しみだ。……おやすみ」
「おやすみ」
もう少し話したかったけど、万丈目は眠そうだからそう言った。万丈目はジグソーパズルにかなり疲れたみたいだった。オレは楽しかったけど、万丈目にとっては仕事だもんな。
この部屋で寝るのも新鮮で少し楽しい。でも繰り返したらそれは日常になっていくんだから、きっと今夜だけの特別な瞬間だ。ファラオの小さな寝息とか、ファラオ越しに見える万丈目の寝顔とか、二人と一匹でわけっこする座布団枕の固さと狭さとか、防虫剤のにおいとか、ほんの少しワクワクした気持ちとか。そういうのをひっくるめると「幸せ」って言葉になるのかもしれない。そう思いながら目を閉じる。
夢の中にもジグソーパズルが出てきた。オレたちが小さいのかパズルが大きいのか、パズルの一ピースはオレたちより大きくて、一人じゃ運べなかった。万丈目とピースの端と端を持って運んで一つずつはめていた。万丈目は重いとかわかりにくいとか文句を言っていた。重くて大変なのは確かだけど、オレはすごく楽しかった。
それは一ピースずつがキラキラした宇宙のジグソーパズルで、一つピースをはめると宇宙が完成に近づいていく。万丈目は文句を言いながらもピースがはまると嬉しそうだった。完成させなきゃいけないけど、楽しいからずっとこの時間が続けばいいのになあとオレは思っていた。
一つピースをはめるごとにパズルは完成に近づいて、それはすごく楽しくて幸せな時間なのに終わるのは寂しくてたまらなかった。
最後の一ピースは稲妻のかたちをして、それは今までの大きなピースに比べると豆粒みたいにほんの小さな一ピースだった。でもその最後のピースは周りのどこにもなくて、もしかしたら完成しないのかなと思った。
「ピースがもうないよ」
そう言ったら万丈目はお前が持っているじゃないかと言った。そんなの持ってないと言うと万丈目が指差したのはオレの左手にはまる指輪だった。オレはそのことを思い出したみたいに「そうだ、これだった」と思った。
「でも」
外したくないと思って手を見下ろしていた顔を上げると万丈目はいなかった。目の前には稲妻型の穴があるだけだ。すごく広くて大きな宇宙の中でその穴はすごく小さくて、ともすれば見逃してしまいそうなくらいだった。
でも、オレにとってはぽっかり大きな穴みたいに恐ろしくて寂しくて悲しい気持ちのものだ。
この穴を塞いだらこの気持ちはなくなって、オレはここに稲妻のピースをはめたことも忘れてしまうんだろうか?
このままにしておいたら、ずっと悲しくて寂しい代わりにここに稲妻型があったことを覚えていられる?
小さなトゲが指に刺さってずっとチクチクして気になってしまうみたいに──そう思ったらはめている指輪がチクチク刺さって微かに痛いような気がしてきた。
指輪を見ればそれは今まで通りのきれいでしゃれた指輪だった。トゲなんてどこにもないし指も痛くない。
だってこれは、あいつがこの指にはめてくれたんだ。どんなに傷ついたって治るこの手を丁重に、丁寧に、まるで宝物を扱うみたいにして。
ああ、痛いとか悲しいとか寂しいとか、そんな気持ちばかりが残るなんてもったいないや。一緒にジグソーパズルを作る時間は楽しくてワクワクして、すごく幸せだったんだから。
指輪を外すとそれは金色のキラキラした、稲妻型のパズルのピースになった。きっとこの宇宙で一番輝く星だ。
稲妻型の穴にピースをはめると、パズルは完成した。
寂しかったり悲しかったりしないわけじゃないけど、オレは一緒に組み立てたこの宇宙がすごく愛しかった。稲妻型の一番星は広い宇宙の中ですごく小さくて、いつか見失ったり忘れたりしてしまうのかもしれない。でも宇宙の中にいつだって存在している。完璧に覚えていられないかもしれないけど、それはなくなるってことじゃない。
だってこの宇宙はお前と一緒に組み立てて、この最後のピースはオレがずっと大事にしてきたあの指輪なんだから。
目が覚めたら、変わった夢を見ていた気がした。楽しくて、幸せで、寂しくて悲しくて、でもやっぱり幸せで。ぼんやりとしか覚えてないけどいい夢だった気がする。
「おはよ」
「おはよう」
「この部屋で寝るだけでなんか楽しかった」
「お前はなんでも楽しめるな」
万丈目のまだ眠そうな目が細くなる。目が覚めてから起き上がるまで、少しだけ話す時間ってなんだか好きだ。二度寝もできたら最高だけど、万丈目はお仕事あるからそういうわけにはいかないか。
起き上がったら一番に昨日完成したジグソーパズルに額縁をはめた。オレの部屋に飾るといっても、壁に穴は開けられない。がら空きだった床の間にパズルを立て掛けた。真正面から完成したジグソーパズルを見ると、パズルの万丈目の頭は実物よりも大きくて「カメラの向こうの顔」だと思った。
「ミスマッチな気がする……」
万丈目は不満そうに言った。カメラ越しにはまず見ない顔をしていた。床の間なんて縁はなかったけど、ジグソーパズルを置く場所じゃないことはオレにだってわかる。
「床の間って本当は何置くの?」
使い方がよくわからないし、オレはこれまで床の間に何も置いていなかった。この部屋に住むことになったとき、床の間を珍しがったらこれは本来仏壇を置いていた場所を改装したものだろうと万丈目は言った。家によっては仏壇というものがあるらしいことは知っているが、オレの家にはなかった。万丈目の祖父母の家には立派なのがあったそうだ。
「普通は掛け軸でも置くんじゃないのか。あと花を生けたり」
「掛け軸に花ねえ……」
「……お前の部屋だからジグソーパズルくらいでちょうどいいか」
からかわれてしまった。でも確かに掛け軸も花もあんまり縁がない。
「お前の写真のジグソーパズルだし、確かにオレの部屋にちょうどいいな。なんならポスターやブロマイドも飾る?」
「パズルだけで十分だ」
からかい返すと万丈目は即答した。オレが万丈目の写真見るのちょっと嫌がるんだよな。デュエルの録画なら何回見ても嫌がらないのに、写真は恥ずかしいらしい。このパズルもだけど、プロが撮ってるからいい写真ばっかりなのに。けどオレも自分の写真をじろじろ見られたら恥ずかしくなっちゃうかな。ほとんど写真撮らないけど。
「またさ、なんか一緒にやろうぜ。パズルはお前合わないみたいだから、違うこと」
最近、万丈目と一緒に何かしたいと思う。デュエルはいつもしているけど、それ以外にもいろんなことを。
「なんか?」
「なんか、いろいろ。一緒にやるの楽しいだろ」
「気が向いたらな」
お、この笑い方は結構乗り気のやつだ。何をするかはまだ何も決まってないけど──いや、今すぐやるべきことがあった。
「まずは布団カバーの洗濯だ」
「本当だな」
まだ布団で寝てるファラオをそーっと座布団に移動させる。ちょっとしっぽで抗議されたけど、早く洗濯したいんだよ。
二人で敷き布団と掛け布団のカバーを外す。一人だったら面倒と感じるだけの作業も、二人でやるのはちょっと楽しい。なんだか今日はそんなような夢を見た気がしたけれど、布団なんて出てきたかな。
「今日はいい天気だな」
「ああ。よく乾きそうだ」
平屋だから布団を干せるベランダはないけど、窓際で日に当てることにした。布団の保管に湿気は大敵だと万丈目は言うから、よく乾かさないとな。
「本当はもっと手入れしないといけないな。確か半年に一度は干した方がいいんだったか……」
万丈目が言った。この布団は買って数年、防虫剤や除湿剤を取り替える以外はしまいっぱなしだ。
「もう処分する?」
「いや、来客用にあっても悪くないと思う。一般的には盆正月の帰省や何かで使ってそのときに手入れもするんだろうが……」
オレは帰省というものには無縁であまりイメージがわかない。万丈目もオレのせいでちょっと実家と疎遠になっちゃったし。来客も滅多にはなさそうだけど、あって困るもんじゃないか。
「じゃ、半年に一回くらい使うか? パジャマパーティーでもやる?」
万丈目が吹き出した。なんかウケてる。
「朝から笑わすな」
「やる?」
「やる」
即答だった。何がそんなに刺さったのかよくわかんないけど。
「オレ、パジャマパーティーやったことないけど、万丈目はある?」
「ない。つまらんパーティーは腐るほど出たのにパジャマパーティーに出たことがないのは万丈目の名折れだ」
「御曹司なのにパジャマパーティーやってないのォ?」
「たぶん兄者たちも親父もやったことないぞ」
「じゃ絶対やんなきゃ。万丈目家のパジャマパーティー先駆者じゃん」
軽口まじりに予定をつけ、パジャマパーティーについて話しながら朝食にした。
「寮でやればよかったな。万丈目ルーム広かったしちょうど良さそう」
「結局オレはあんまり使えなかったぞあの部屋……」
「レイが使ったりしてたもんなあ。今は万丈目ルームってどうなってんだろ」
「談話室代わりにでもしてるんじゃないか?」
談話室か。他の寮だとあるみたいだけど、レッド寮はそんな部屋ないからみんな食堂でおしゃべりしてたな。翔と隼人と大徳寺先生で怖い話したり……。
「……怖い話する? パジャマパーティー」
「怖い話か」
万丈目も乗り気だ。第一回パジャマパーティーには怖い話を持ち寄ることに決定した。おおよそ半年後、万丈目が休みの日の前日に気が向いたら。そんなアバウトな予定。
昼も過ぎて、干していた布団カバーを片付けに和室へ行くとファラオが布団の上で長く伸びて眠っていた。全身に日を浴びて心地よさそうだ。布団にとってはよくないかもしれないけど。
ちゃぶ台の上には何も載っていなくて、しばらくずっとジグソーパズルがあったから寂しく思える。パズルが完成する前、万丈目は早く終わらせたそうだったけど、オレは少し寂しかった。これってどこだと思う? これはあっちじゃないのか、とか言い合ったりする時間はすごく楽しくて終わってほしくないくらいだった。
床の間のジグソーパズルを眺める。額の中の万丈目はキレイな笑顔をしている。オレがあんまり見られないお仕事の顔だ。背景は難しかったし、万丈目は真っ黒な服の部分にかなり苦戦していた。しかめっ面も可愛かったなあ、なんて思い出す。二人で一緒に何か作るなんてめったにないし、やっぱり完成させてよかった。ずっと同じ時間が続くよりも、新しいことをやった方がきっともっと楽しい。パジャマパーティーとか。
せっかくだから新しいパジャマを買おうかな。いっそパジャマパーティー専用のやつとか。
「お前もパジャマ着る?」
ファラオに話しかけてみたけど、ぐっすり眠って聞こえてないみたいだった。
一仕事終わったし畳に横になる。パズルをしながらときどき横になってたけど、畳ってのは結構寝心地がいい。そうだ、旅館に泊まろうって話もしてたっけ。いつ行けるかはわからないけど、きっとそれも楽しく過ごせるだろう。二人でできることはきっとまだたくさんある。
一緒に何かするのはまるで一緒にパズルのピースをはめていくみたいだ。完成してしまうのは寂しいけど、でも出来上がったパズルを眺めたり一緒に組み立てた時間を思い返したりするときは、きっと幸せだ。
オレたちのパズルが完成したら──。
オレは左手を天井にかざした。薬指には万丈目の贈ってくれた指輪がある。いつかあいつのもとに置いていく、オレの一部分。
この指輪を外すときにはきっと泣いてしまうけど、泣いたあとは幸せだったと笑いたい。ずっと先の未来でも、幸せだったと笑っていたい。そうなるように今を過ごしていきたい。あいつとならそうして行ける──。
「ンニャ……」
ファラオがぐっと両手両足を伸ばして、また気持ちよさそうに寝息を立てる。偶然なのに、なんだか自分を忘れるなと言われた気分だった。
ああ、もちろんお前と大徳寺先生とも──そう心の中で声をかけて、日向ぼっこで温かくなったファラオの頭を撫でた。
2025/08/16
2025/09/20 一部修正
「ただいま」
疲れた様子で帰ってきた万丈目は、大きな荷物を抱えていた。
「おかえり。何だそれ、デカイな」
オレが訊ねると万丈目はため息をついた。万丈目が袋から取り出したそれは縦は一メートル、横は八十センチはありそうな大きな四角い箱──ただし厚みはないからそこまで重くはなさそうだ──と、それよりも小さいけどそれなりには大きな分厚い箱で、万丈目の写真が印刷されていた。
「……今度ファンクラブで販売されるジグソーパズルのサンプルだ。販促に組み立てろと言われた」
箱はパズルとその額みたいだ。
「へえ、面白そうじゃん」
オレはそう思うけど万丈目はげんなりとしていた。
「三千ピースもあるぞ。しかも自分の顔だ」
「いいじゃん、かっこいいんだし」
「自分の顔のジグソーパズルやりたいか?」
「やりたくない」
万丈目の顔ならいいが自分の顔は御免だ。
「だが、仕事だからな」
ため息と共にそう言って万丈目はローテーブルにジグソーパズルの箱を置いてパッケージを撮影した。パズルの絵柄は万丈目のバストアップにおジャマ三兄弟のイラストとファンクラブのロゴが入ったものだった。
「かっこよく撮れてるじゃん」
「当たり前だ」
「オレも一緒にやっていい?」
「ああ」
「完成したら飾ろうぜ」
「飾るのは嫌だ……」
万丈目は自分の写真を飾るのは抵抗があるみたいで、たまにポスターなんかをもらってきても家に飾ったりはしていない。まあ確かに、でかい自分の写真が家の中にあるのって嫌かもなあ。オレだって万丈目の顔ならいいけど自分の顔を壁に貼りたくない。
「オレの部屋なら飾っていい?」
「好きにしろ」
「じゃ、パズルもオレの部屋でやる? ここだとピースなくしそうだし」
オレの部屋なら着替えの出し入れくらいにしか使っていない。一応布団はあるけど寝るときは寝室だし。そこならパズルを広げっぱなしにしても邪魔にはならない。万丈目は少し考えてからそうだなと答えた。
早速パズルと額を部屋に運ぶ。ちゃぶ台に額を置いた。ちゃぶ台はそんなに大きくないから額を置いたらギリギリだ。部屋の隅に置きっぱなしだった座布団を万丈目のために置く。そういえば万丈目がオレの部屋に入ることなんてめったにないなあ。買った布団を一緒に運んだとき以来かもしれない。
「へへ、こーゆーのワクワクするよな。あ、小さい箱いるな」
といっても、手頃な箱はあったかな? 箱にこだわらなくてもピースをわけれたら何でもいいか、と思ってキッチンの隅の肉の入っていたトレイや納豆の入れ物を持ってくる。資源回収に出す前で助かった。あとはトレイにメモできるマジック、額の包装なんかを開けるのにハサミを持って行く。
部屋に戻ると万丈目がジグソーパズルの箱の蓋を開けて中身の写真を撮っていた。
「写真はどんなの撮るんだ?」
「外側、開けた直後の中身、ビニールから出したところ、サンダーピース──」
万丈目は手帳にメモしていたリストを読み上げる。
「サンダーピース?」
「特注で一個だけ稲妻型のピースがある」
「マジ!? すげー面白いじゃん!」
見たい見たいと言うと万丈目はピースの詰まったビニール袋をハサミで切った。パズルの箱に三千ピースを流し込む。
「三千ってすげー量!」
ピースの量を見るだけでワクワクする。子供の頃にやったあのジグソーパズルは何ピースだったんだろう? 大きかった気がするけど、ここまでじゃなかった気もする。そもそも作ったのはもう二十年は前で、実家の自室の壁に飾ったそれを最後に見たのはアカデミアに行く前──十年以上経っている。オレが死んだことになった今、どうなったのかは知らない。
万丈目は箱に入れたピースを写真に撮った。それからピースを一つつまんでしげしげと見つめる。別にサンダーピースじゃなくて普通のピースだ。
「どうした?」
「いや、思ったよりピースが小さいな」
「こんなもんじゃない?」
オレも一つピースを手に取った。小型のパズルや上級者向けのピースの小さなタイプと違って、これは標準サイズじゃないだろうか──遊戯さんがじいちゃんのお店でジグソーパズルは手堅く売れる商品なのだと教えてくれた日を思い出す。
「そんときに見た最小ピースはこんなんだったぜ」
オレは指先でその記憶の大きさを示してみる。確かこのピースの半分か三分の二くらいだったと思う。
「あ、でも初心者向けのちょっと大きめのピースなんかはこれより一回り大きかったかも。メーカーでも違うって言ってたなあ。そういやピースがパチッとはまる感触も素材やメーカーで違うから絵柄よりそれ重視で選ぶ人もいるんだって。あと糊付けがいらないとか……あ、これもそのタイプか」
パズルの箱の蓋にそう書いてあった。オレにはジグソーパズルなんて絵柄とピース数以外はどれも同じに見えてしまうけど、遊戯さんの話を聞くに奥深い世界が広がっているようだった。
「そうか……オレはこういうものをやったことがなくてな」
ずっと浮かない顔なのはジグソーパズルをやったことがないからなのかな。でも。
「初ジグソーが自分のパズルなんてラッキーじゃん!」
そんな経験できる人間、めったにいないだろうなあ。そもそもほとんどの人はジグソーパズルの絵柄にならない。
「ラッキーか。三千ピースはラッキーじゃない気がするが」
万丈目はやっと少し笑った。
「やりごたえあるって。まず仕分けしようぜ」
「仕分け?」
「枠とか色とかでピースわけるんだ。とりあえず枠と……万丈目とおジャマ三兄弟とロゴと背景かな。万丈目は髪と肌と服にわける感じか。あとカード持ってるからカード……」
オレは取ったピースを箱に戻して、トレイに仕分けるものを書いていく。額の上はすぐトレイでいっぱいになって、あとは畳の上に並べていく。
「さっきから何を持ってきてるのかと思ったら、そんな風に使うのか」
「うん。こーやっとくと組み立てやすい」
「なるほど」
万丈目は感心したようにトレイを見た。オレが万丈目に教えるなんて珍しい。
「じゃあわけてくか。お、こいつは絶対イエローだ」
適当につまんだピースはおジャマ・イエローっぽかった。
「黒すぎてわからんのもあるな」
黒いピースを手にした万丈目が眉を寄せた。
「じゃ、そーゆーのはもう『黒』にしとこう」
オレはさらに『黒』のトレイを追加する。
「わかったつもりでわけても混じくっちゃったりするけど、最終的には出来上がるからちょっとテキトーでも大丈夫だよ」
言いながらオレはパッと見で服っぽい黒と髪っぽい黒をわけていく。確かに黒すぎてよくわからないピースもあった。
「こういう境目は服と背景どっちに入れる?」
「あ、じゃあ境目入れ作るか」
『さかいめ』と書いたトレイに二色に別れたピースを入れる。境目もおジャマと背景のもあるけどそっちは小さいからおジャマの方でいい。肌と髪と服の境目はわけた方がいいかな。案外トレイを消費する。
「資源回収出す前でよかったな。そこもラッキーだ」
「そうか」
ピースをわけている万丈目の手が止まった。
「これはサンダーピースの隣か」
「ほんとだ!」
普通のデコボコじゃなくて、斜めに切れてるピースだ。
「サンダーピースの周りこっちに入れよう」
元は納豆の入っていた小さいトレイを差し出す。 周りのピースの色からするとたぶん万丈目の服のとこにサンダーピースがあるのかな。
「一個変わったピースがあると周りも変わった形になるんだな」
「そうだな」
サンダーピースはどこにあるんだろうと思いながら山盛りのピースをわけていく。三千ピースからたった一つピースを見つけるのって大変だ。万丈目がげんなりしてた気持ちもちょっとわかる。
「あ、これ歯だ。可愛い」
歯の印刷されたピースを万丈目に見せる。万丈目って歯ァ白いよな。
「……歯が可愛いってなんだ」
万丈目は顔をしかめた。これは照れてるやつじゃないぞ。
「……歯がほしいとか言うなよ」
「言わないよ」
前に骨を持っていこうとしたの根に持たれてる。
「確かにあのときはちょっと欲しくなっちゃったけどさ、反省してる」
たぶん離れたくないとか寂しいとかの気持ちで、本当に骨そのものがほしいってわけじゃないんだ。ダイヤモンド葬とかもあるけど、別に装飾品にしたいとは思わなかったし。
「歯が可愛いって言ったのも別に欲しいとかじゃなくて……歯ァ白くてキレイだなーとか笑顔好きだなーとかそういうのの総合で可愛いと思うっていうか」
お、今度は照れてるしかめっ面だ。そういう顔も好きだって追い討ちかけたら今度こそ怒りそうな気がするから黙ってピースの仕分けを続けた。万丈目も黙って手元の作業を再開した。
「あった!」
しばらく仕分けて稲妻型の黒いピースをやっと見つけた。万丈目も笑って、それを写真に撮った。
「あとは制作中の写真を何枚かと完成図の写真だな。仕分けしたらとりあえず一枚撮るか」
「マジ? もっとかっこいい箱いる?」
「なんだかっこいい箱って」
「わかんないけど食品トレイじゃサマにならないかなって。字もキレイじゃないし。あ、サンダーの字のがファンは嬉しいからお前が書いた方がよかったな」
「文字か」
万丈目は少し考えて、トレイは撮らないことにした。字で何かバレても困ると言ったけど、そんなのでオレだって気づくやついるのかなあ。
「字は案外……昔クロノス教諭に置き忘れた名前のないノートを返されたことがある。字でわかったと言われた」
「へえ、すごいな。そーいやドラマとかでも筆跡から犯人バレたりするっけ」
そんなことまで考えたことがなかった。オレはいろいろウカツだから、もしかしたら万丈目に会いに来なくても今頃バレていたのかもしれない。ヨハンには早早にバレてたし。
仕分けていたらあっという間に時間は過ぎて、オレは夕飯を作るためにキッチンへ行った。夕食後にやっと仕分けは終わって、外枠部分を組み立て始める。万丈目は服の黒い部分、オレは背景と別れてピースをはめていく。
「……ジグソーパズルは不思議な遊びだと思っていたが、ピースがはまると結構楽しいな」
「不思議な遊び?」
「絵をわざわざバラバラにして組み立てることの何が面白いのかよくわからなくてな」
「確かにそー言われたら不思議かも」
「出来上がったパズルを飾るのも、鑑賞するには不完全だろ。絵画やポスターを飾れば線なんかないのに」
「不完全と思ったことないよ。線があるのはジグソーパズルだからで、ジグソーパズルだなーって思って見るじゃん」
「絵としては見ないということか?」
「絵は絵でキレイとか思うけど……昔部屋に飾ってたジグソーパズルも気に入ってたし。たまに眺めて楽しかったなーって思ったりさ」
「楽しい?」
「ガキの頃作った大判のパズルでさ。これよりは小さかったかな? 家族でやったんだよ。なんかその日は両親とも休みだったみたいで。こうやってトレイとかお菓子の空き箱とかにピース仕分けて、三人で組み立ててってさ。すごい楽しかった」
ジグソーパズルのことはそうした組み立てたときの思い出も含めて鑑賞しているのかもしれない。
「きっとこのパズルも眺めるたびにこうやって一緒に組み立てたの思い出すよ」
「……そうか。ジグソーパズルも悪くないかもな」
万丈目が微笑む。その顔めちゃくちゃ好き! って思ったけど言ったら照れてしかめられちゃうから我慢した。
枠が出来上がったところで今日はお開きにした。明日も一緒にやろうなって言ったら万丈目は頷いてくれた。
万丈目の仕事もあるし、パズルは毎日少しずつ組み立てていった。パズルを組み立てながら他愛ない話をする中で、万丈目は自分の子供の頃の話をした。
ジグソーパズルに好印象がなかったのは、子供の頃にそんなもの無駄だと家族から言われたのだと。絵をわざわざバラバラにして組み立てるなんて時間の無駄で、出来上がっても鑑賞に値するものは出来ない。絵や写真を飾りたいなら本物を飾れ──と。
ジグソーパズルを持って帰って来た日、万丈目が浮かない顔をしていたのはそれが理由だったんだろう。
「まあ、ジグソーパズルより本物の絵を見ろと言われて美術館なんかに行ったのはいい経験だったと思う。油絵なんて印刷されたものとはまるで違うからな」
「本物の絵ってやっぱきれいだもんな」
オレは万丈目と行った美術館を思い出す。ジグソーパズルで見たことある絵だって、色鮮やかだったりすごく大きな絵だったりして、本物というのはやっぱり違う。
「だから子供心にもジグソーパズルより本物の絵の方がいいと思ったが……パズルでできた絵が欲しかったわけじゃなく組み立てたかったんだろうな」
何か欲しいと思ったとき本当にそれが欲しいわけじゃない場合がある──なんて子供にはわからないだろうし、大人になった今でもときどきわからない。オレが本当は骨が欲しかったわけじゃないみたいに。
「だが時間の無駄だと言われたのもこうして組み立てていると理解できる……」
さっきから黒のピースに苦戦中の万丈目は疲れたのかため息をついた。おジャマ三兄弟とか万丈目の顔とか背景との境目とか、わかりやすいところは粗方出来上がって今はほとんど模様のない背景と万丈目の髪や服というわかりにくい部分が残っている。オレも背景のピースがなかなかはまらない。もう色だけでなく形ごとにわけたピースを一つずつ総当たりしている。
「ちょっと交代してみる? 代わってみると案外はまるんだよ」
万丈目と場所を交代してオレが黒のピースを担当する。
「昔オレがやったやつは三人がかりだったけど一日で終わったと思うから、そんなにピースがなかったのかなあ。千とか……もしかしたら五百とか少ないサイズだったのかも」
「同じ色の部分が少ないとか、絵柄でも変わると思うがな。どんな絵柄だったんだ?」
「宇宙の絵。惑星が並んでて背景は星でキレイだったよ」
「それも背景が難しそうだな」
「そうだな。 難しいから別のにしたらって最初は買ってもらえなくて……なんで買ってもらえたんだっけ」
そんなにしつこく欲しいと言った覚えもない。いつだったかに、今日はなんでも買ってあげると言われておもちゃ屋へ行った。前に買ってもらえなかったパズルを選んで、家族三人で組み立てた。その日は珍しく一日中両親が家にいて、今思うとやけにオレを喜ばせようとしていた。誕生日でもないのに、どうして。
──……から、今日はなんでも買ってあげる。
「あ」
パズルのピースがはまるみたいに思い出す。母は確かこう言ったのだ。
──病院大変だったから、今日はなんでも買ってあげる。
「どうした?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ」
わざわざ話すことでもない──けど万丈目は心配そうにしている。
「……病院の帰りに買ってもらったんだった。記憶を消された日の」
「……がっかりしたか?」
「子供の頃なら騙された気分になったかもな。今は気を遣ってくれたんだってわかるよ」
せめて楽しい日にしてやろうと、そう思ったのだろう。
「なんていうか……いい親だったと思う」
口にしてから過去形になっていると気づいた。この前最後の手紙を出したからだろうか、今は両親のことには一区切りついたような気分だった。
「……そうか」
万丈目は少しだけ笑った。
場所を交代してみてもパズルはあまり進まず、結局完成までそこから二日かかった。
「やったな!」
万丈目が最後のピースをはめた。ハイタッチしたかったのに、万丈目は完成するなりケータイを手に取ってパズルを撮影した。それからため息をつく。
「やっと終わった……」
「感動をわかち合おうぜ、キョードーサギョーじゃん」
「なんだそれは。終盤は苦行じゃないか」
「まあ最後はなかなかつらいよな。オレもこんなに苦労すると思わなかった……」
万丈目が忙しくて少ししか時間を取れなかったのもあるけど、完成まで結構時間がかかった。万丈目は達成感より疲労感が勝っているらしい。またため息をつくと畳に寝転んだ。すぐ横になれるのが畳のいいところだよな。オレも同じように寝転ぶ。ちゃぶ台の下にはファラオが寝ている。
「これも川の字で寝るに入るのかな。ちゃぶ台あるけど」
「川? ……ファラオいたのか」
首を傾けてファラオを見つめる万丈目は、なんだか眠そうな顔をしている。よっぽど疲れたんだろう。
「今日ここで寝ちゃう?」
「なんだ突然」
「せっかく買ったのにまだ布団使ってないし」
こういうときはさっさと動いてしまうに限る。オレは押し入れから布団を出して万丈目の横に敷いた。やわらかめな生地のカバーをかける。布団自体もふかふかで結構寝心地はよさそうだ。
「ほら、ここで寝ようぜ」
万丈目が布団を見て迷っているうちに、ファラオがちゃぶ台の下から移動して我が物顔で布団の上に陣取った。
「デブ猫、オレをわざわざ踏んでいくな! しかもど真ん中を占領するな!」
ファラオはノドをゴロゴロ鳴らして新しい布団を前足で何度も踏む。
「気に入ったか?」
「人間様より先に猫が寝るんじゃない」
文句を言いながら万丈目も布団に寝てファラオの頭を撫でる。なんだかんだ言って万丈目もファラオのことが好きなのだ。
「あ、枕なかった」
そもそも買った覚えがない。布団を買ったときに二人して枕のことを忘れていた。だいたい使うつもりで買っていないのだ。一緒に暮らし始めた頃、万丈目が「兄者たちに不審がられたら困る」と言ってアリバイ作り的に買ったもので、それからずっとしまいっぱなしだった。
「そんなのはこいつでいいんだ」
万丈目はさっきまで使っていた座布団を半分に折って枕代わりにした。ファラオもそれにあごをのせる。猫なのにファラオはたまに枕を使うんだよな、クッションとか段差とか。
万丈目とファラオに掛け布団をかけてやる。照明は豆電球だけつけて、オレも布団に潜り込んだ。布団からはほんのり防虫剤のにおいがした。万丈目の折った座布団枕に頭を載せて、ファラオを挟んで万丈目と向かい合う。すごくくっついてるけどこれも川の字なのかなあ。布団の寝心地に慣れなくて、自分の部屋なのに旅先で寝るみたいな気分だ。
「……畳の上で寝るって初めてかも。万丈目は?」
「旅館でなら寝たことがある」
目を閉じたまま万丈目は答えた。
「あ、旅館かあ。そういえば行ったことないかも」
「今度旅行するときは旅館に泊まるか」
今度──そうか、旅行だって何回でも行けばいいんだよな。
「そうだな。楽しみだ。……おやすみ」
「おやすみ」
もう少し話したかったけど、万丈目は眠そうだからそう言った。万丈目はジグソーパズルにかなり疲れたみたいだった。オレは楽しかったけど、万丈目にとっては仕事だもんな。
この部屋で寝るのも新鮮で少し楽しい。でも繰り返したらそれは日常になっていくんだから、きっと今夜だけの特別な瞬間だ。ファラオの小さな寝息とか、ファラオ越しに見える万丈目の寝顔とか、二人と一匹でわけっこする座布団枕の固さと狭さとか、防虫剤のにおいとか、ほんの少しワクワクした気持ちとか。そういうのをひっくるめると「幸せ」って言葉になるのかもしれない。そう思いながら目を閉じる。
夢の中にもジグソーパズルが出てきた。オレたちが小さいのかパズルが大きいのか、パズルの一ピースはオレたちより大きくて、一人じゃ運べなかった。万丈目とピースの端と端を持って運んで一つずつはめていた。万丈目は重いとかわかりにくいとか文句を言っていた。重くて大変なのは確かだけど、オレはすごく楽しかった。
それは一ピースずつがキラキラした宇宙のジグソーパズルで、一つピースをはめると宇宙が完成に近づいていく。万丈目は文句を言いながらもピースがはまると嬉しそうだった。完成させなきゃいけないけど、楽しいからずっとこの時間が続けばいいのになあとオレは思っていた。
一つピースをはめるごとにパズルは完成に近づいて、それはすごく楽しくて幸せな時間なのに終わるのは寂しくてたまらなかった。
最後の一ピースは稲妻のかたちをして、それは今までの大きなピースに比べると豆粒みたいにほんの小さな一ピースだった。でもその最後のピースは周りのどこにもなくて、もしかしたら完成しないのかなと思った。
「ピースがもうないよ」
そう言ったら万丈目はお前が持っているじゃないかと言った。そんなの持ってないと言うと万丈目が指差したのはオレの左手にはまる指輪だった。オレはそのことを思い出したみたいに「そうだ、これだった」と思った。
「でも」
外したくないと思って手を見下ろしていた顔を上げると万丈目はいなかった。目の前には稲妻型の穴があるだけだ。すごく広くて大きな宇宙の中でその穴はすごく小さくて、ともすれば見逃してしまいそうなくらいだった。
でも、オレにとってはぽっかり大きな穴みたいに恐ろしくて寂しくて悲しい気持ちのものだ。
この穴を塞いだらこの気持ちはなくなって、オレはここに稲妻のピースをはめたことも忘れてしまうんだろうか?
このままにしておいたら、ずっと悲しくて寂しい代わりにここに稲妻型があったことを覚えていられる?
小さなトゲが指に刺さってずっとチクチクして気になってしまうみたいに──そう思ったらはめている指輪がチクチク刺さって微かに痛いような気がしてきた。
指輪を見ればそれは今まで通りのきれいでしゃれた指輪だった。トゲなんてどこにもないし指も痛くない。
だってこれは、あいつがこの指にはめてくれたんだ。どんなに傷ついたって治るこの手を丁重に、丁寧に、まるで宝物を扱うみたいにして。
ああ、痛いとか悲しいとか寂しいとか、そんな気持ちばかりが残るなんてもったいないや。一緒にジグソーパズルを作る時間は楽しくてワクワクして、すごく幸せだったんだから。
指輪を外すとそれは金色のキラキラした、稲妻型のパズルのピースになった。きっとこの宇宙で一番輝く星だ。
稲妻型の穴にピースをはめると、パズルは完成した。
寂しかったり悲しかったりしないわけじゃないけど、オレは一緒に組み立てたこの宇宙がすごく愛しかった。稲妻型の一番星は広い宇宙の中ですごく小さくて、いつか見失ったり忘れたりしてしまうのかもしれない。でも宇宙の中にいつだって存在している。完璧に覚えていられないかもしれないけど、それはなくなるってことじゃない。
だってこの宇宙はお前と一緒に組み立てて、この最後のピースはオレがずっと大事にしてきたあの指輪なんだから。
目が覚めたら、変わった夢を見ていた気がした。楽しくて、幸せで、寂しくて悲しくて、でもやっぱり幸せで。ぼんやりとしか覚えてないけどいい夢だった気がする。
「おはよ」
「おはよう」
「この部屋で寝るだけでなんか楽しかった」
「お前はなんでも楽しめるな」
万丈目のまだ眠そうな目が細くなる。目が覚めてから起き上がるまで、少しだけ話す時間ってなんだか好きだ。二度寝もできたら最高だけど、万丈目はお仕事あるからそういうわけにはいかないか。
起き上がったら一番に昨日完成したジグソーパズルに額縁をはめた。オレの部屋に飾るといっても、壁に穴は開けられない。がら空きだった床の間にパズルを立て掛けた。真正面から完成したジグソーパズルを見ると、パズルの万丈目の頭は実物よりも大きくて「カメラの向こうの顔」だと思った。
「ミスマッチな気がする……」
万丈目は不満そうに言った。カメラ越しにはまず見ない顔をしていた。床の間なんて縁はなかったけど、ジグソーパズルを置く場所じゃないことはオレにだってわかる。
「床の間って本当は何置くの?」
使い方がよくわからないし、オレはこれまで床の間に何も置いていなかった。この部屋に住むことになったとき、床の間を珍しがったらこれは本来仏壇を置いていた場所を改装したものだろうと万丈目は言った。家によっては仏壇というものがあるらしいことは知っているが、オレの家にはなかった。万丈目の祖父母の家には立派なのがあったそうだ。
「普通は掛け軸でも置くんじゃないのか。あと花を生けたり」
「掛け軸に花ねえ……」
「……お前の部屋だからジグソーパズルくらいでちょうどいいか」
からかわれてしまった。でも確かに掛け軸も花もあんまり縁がない。
「お前の写真のジグソーパズルだし、確かにオレの部屋にちょうどいいな。なんならポスターやブロマイドも飾る?」
「パズルだけで十分だ」
からかい返すと万丈目は即答した。オレが万丈目の写真見るのちょっと嫌がるんだよな。デュエルの録画なら何回見ても嫌がらないのに、写真は恥ずかしいらしい。このパズルもだけど、プロが撮ってるからいい写真ばっかりなのに。けどオレも自分の写真をじろじろ見られたら恥ずかしくなっちゃうかな。ほとんど写真撮らないけど。
「またさ、なんか一緒にやろうぜ。パズルはお前合わないみたいだから、違うこと」
最近、万丈目と一緒に何かしたいと思う。デュエルはいつもしているけど、それ以外にもいろんなことを。
「なんか?」
「なんか、いろいろ。一緒にやるの楽しいだろ」
「気が向いたらな」
お、この笑い方は結構乗り気のやつだ。何をするかはまだ何も決まってないけど──いや、今すぐやるべきことがあった。
「まずは布団カバーの洗濯だ」
「本当だな」
まだ布団で寝てるファラオをそーっと座布団に移動させる。ちょっとしっぽで抗議されたけど、早く洗濯したいんだよ。
二人で敷き布団と掛け布団のカバーを外す。一人だったら面倒と感じるだけの作業も、二人でやるのはちょっと楽しい。なんだか今日はそんなような夢を見た気がしたけれど、布団なんて出てきたかな。
「今日はいい天気だな」
「ああ。よく乾きそうだ」
平屋だから布団を干せるベランダはないけど、窓際で日に当てることにした。布団の保管に湿気は大敵だと万丈目は言うから、よく乾かさないとな。
「本当はもっと手入れしないといけないな。確か半年に一度は干した方がいいんだったか……」
万丈目が言った。この布団は買って数年、防虫剤や除湿剤を取り替える以外はしまいっぱなしだ。
「もう処分する?」
「いや、来客用にあっても悪くないと思う。一般的には盆正月の帰省や何かで使ってそのときに手入れもするんだろうが……」
オレは帰省というものには無縁であまりイメージがわかない。万丈目もオレのせいでちょっと実家と疎遠になっちゃったし。来客も滅多にはなさそうだけど、あって困るもんじゃないか。
「じゃ、半年に一回くらい使うか? パジャマパーティーでもやる?」
万丈目が吹き出した。なんかウケてる。
「朝から笑わすな」
「やる?」
「やる」
即答だった。何がそんなに刺さったのかよくわかんないけど。
「オレ、パジャマパーティーやったことないけど、万丈目はある?」
「ない。つまらんパーティーは腐るほど出たのにパジャマパーティーに出たことがないのは万丈目の名折れだ」
「御曹司なのにパジャマパーティーやってないのォ?」
「たぶん兄者たちも親父もやったことないぞ」
「じゃ絶対やんなきゃ。万丈目家のパジャマパーティー先駆者じゃん」
軽口まじりに予定をつけ、パジャマパーティーについて話しながら朝食にした。
「寮でやればよかったな。万丈目ルーム広かったしちょうど良さそう」
「結局オレはあんまり使えなかったぞあの部屋……」
「レイが使ったりしてたもんなあ。今は万丈目ルームってどうなってんだろ」
「談話室代わりにでもしてるんじゃないか?」
談話室か。他の寮だとあるみたいだけど、レッド寮はそんな部屋ないからみんな食堂でおしゃべりしてたな。翔と隼人と大徳寺先生で怖い話したり……。
「……怖い話する? パジャマパーティー」
「怖い話か」
万丈目も乗り気だ。第一回パジャマパーティーには怖い話を持ち寄ることに決定した。おおよそ半年後、万丈目が休みの日の前日に気が向いたら。そんなアバウトな予定。
昼も過ぎて、干していた布団カバーを片付けに和室へ行くとファラオが布団の上で長く伸びて眠っていた。全身に日を浴びて心地よさそうだ。布団にとってはよくないかもしれないけど。
ちゃぶ台の上には何も載っていなくて、しばらくずっとジグソーパズルがあったから寂しく思える。パズルが完成する前、万丈目は早く終わらせたそうだったけど、オレは少し寂しかった。これってどこだと思う? これはあっちじゃないのか、とか言い合ったりする時間はすごく楽しくて終わってほしくないくらいだった。
床の間のジグソーパズルを眺める。額の中の万丈目はキレイな笑顔をしている。オレがあんまり見られないお仕事の顔だ。背景は難しかったし、万丈目は真っ黒な服の部分にかなり苦戦していた。しかめっ面も可愛かったなあ、なんて思い出す。二人で一緒に何か作るなんてめったにないし、やっぱり完成させてよかった。ずっと同じ時間が続くよりも、新しいことをやった方がきっともっと楽しい。パジャマパーティーとか。
せっかくだから新しいパジャマを買おうかな。いっそパジャマパーティー専用のやつとか。
「お前もパジャマ着る?」
ファラオに話しかけてみたけど、ぐっすり眠って聞こえてないみたいだった。
一仕事終わったし畳に横になる。パズルをしながらときどき横になってたけど、畳ってのは結構寝心地がいい。そうだ、旅館に泊まろうって話もしてたっけ。いつ行けるかはわからないけど、きっとそれも楽しく過ごせるだろう。二人でできることはきっとまだたくさんある。
一緒に何かするのはまるで一緒にパズルのピースをはめていくみたいだ。完成してしまうのは寂しいけど、でも出来上がったパズルを眺めたり一緒に組み立てた時間を思い返したりするときは、きっと幸せだ。
オレたちのパズルが完成したら──。
オレは左手を天井にかざした。薬指には万丈目の贈ってくれた指輪がある。いつかあいつのもとに置いていく、オレの一部分。
この指輪を外すときにはきっと泣いてしまうけど、泣いたあとは幸せだったと笑いたい。ずっと先の未来でも、幸せだったと笑っていたい。そうなるように今を過ごしていきたい。あいつとならそうして行ける──。
「ンニャ……」
ファラオがぐっと両手両足を伸ばして、また気持ちよさそうに寝息を立てる。偶然なのに、なんだか自分を忘れるなと言われた気分だった。
ああ、もちろんお前と大徳寺先生とも──そう心の中で声をかけて、日向ぼっこで温かくなったファラオの頭を撫でた。
2025/08/16
2025/09/20 一部修正
