【連作】漫画版×アニメ版MIX
漫丈目とアニメ十代の話
「紅葉さん、久しぶり」
ベッドで眠り続ける響紅葉に遊城十代は声をかける。
「十月から高等部だよ。この通り、骨折して試験ボロボロでレッド寮だからみどりさんには呆れられちゃったけど……」
十代は右手を骨折してギプスをしていた。慣れない左手の筆記で、試験の結果は思わしくなかった。進級できないほどではなかったのが救いだ。
「でも、みどりさん……響先生がオシリス・レッドの一年の担当なんだって。楽しくなりそうだよ。それに紅葉さんとお揃いみたいでレッド寮のがむしろ嬉しいんだ。ジャケット、いい色だろ?」
十代は肩に羽織ったジャケットを左手の指でつまんだ。
「中等部も楽しかったぜ。サルとデュエルしたり、三幻魔で大変だったり、新しい精霊と友達になったり、いろんなことがあった。中等部だと明日香ってやつがすごい強い。高等部だとカイザーと明日香の兄貴の吹雪さんが強い。全然勝てないんだ。二人とも今年は留学しちゃうからしばらく会えないけど。で、その二人が留学しちゃうから友達の藤原ってやつがすごい寂しがっちゃってさ──ちょっと大変だった。でもダークネスってやつを追っ払えたよ。……まあそれで骨折したんだけど。新学期までには治りそうだから大丈夫。精霊とか錬金術師とかと知り合ったけど……呪いを解く方法はまだわからない」
十代はため息をついた。本当にそんな方法はあるのだろうかと不安になる。しかし、笑顔を作る。
「……頑張って探すから──待ってて」
紅葉が昏睡状態になり三年経つ。早く探さなくてはと焦る気持ちもあるが、ユベルに言われた通り異世界などに足を運ぶには自分は弱すぎる──。
「十代くん。そろそろ行かないと」
紅葉の姉のみどりが病室のドアを開けた。
「はい。紅葉さん、今日、外部生の高等部の入学実技試験なんだよ。強いやつが来るといいな。楽しくデュエルできるやつが。じゃ、またね!」
十代は明るく笑って紅葉に別れを告げた。みどりも紅葉に一言かけて部屋を出る。
「今日はありがとう、十代くん。紅葉も喜んでるわ」
「礼を言うのはオレの方です、響先生。一緒にくっついて来ちゃって」
デュエルアカデミア高等部の入学実技試験は、童実野町で行われる。在校生が見学することもできるので、十代は外出申請をしたついでに、みどりに便乗し紅葉の見舞いに来た。
「今年の実技試験はジュニアチャンピオンがいるわよ」
「もしかして万丈目? 前に紅葉さんが言ってた」
「ええ。紅葉も注目してたわね」
「どんなやつか楽しみだな」
そうして試験会場で十代が見たのは、白と黒の美しいドラゴンだった。
◇◆◇
「おいこら、起きろ」
人ならざる声が、しんとした入学式の会場に響いた。万丈目準がその声の方へ目をやると、コウモリのような翼を持った精霊が居眠りする赤い制服の生徒を起こそうとしている。大きな翼にヒトとドラゴンを混ぜ合わせたような異形の姿──だがその精霊に注目する者は、この会場には万丈目以外にはいないようだった。
あいつにも精霊が──万丈目は驚くと同時に、このデュエルアカデミアでは特段に珍しいことでもないのだろうかとも思う。この会場に来る前にも、鳥のような翼のあるヒト型の精霊を連れた上級生を遠目に見た。それだけではなく、人間に関わっていないらしい小さな精霊が漂っているのも見た。どうやらここは精霊の集まりやすい島のようだった。
自分だけが精霊に選ばれたと思うのは思い上がり──なのだろうか。
小学校でも中学校でも、学業成績はトップだった。しかし万丈目のいたそこはいわゆる「お坊っちゃん校」だった。決して学力が低いわけではないが、いずれは親の仕事を継ぐだけだとやる気のない生徒も多かった。小学校に入ってしまえばその後は受験競争に明け暮れる必要もない。経済的にも恵まれた子供ばかりが集まるそこは、ぬるま湯のような場所だったのだと外に出た今は思う。
「編入のクセにいきなりブルーかよ」
「学科試験一位の三沢もイエローなのに」
「万丈目財閥の息子だって」
「金の力か」
それが、オベリスク・ブルーの生徒たちに最初に言われた言葉だった。オベリスク・ブルーの新入生はデュエルアカデミア中等部からの成績優秀者のみで構成されるのが通例だ。万丈目はジュニアチャンピオンとしての功績を評価されオベリスク・ブルー所属となったが──「万丈目」の名がいらぬ邪推を呼ぶ。
「あのカードだってどうせ親の金の力で手に入れたものだろ」
中でも不愉快だったのがその言葉だ。あれは買ったパックに偶然入っていたものだ。小学生の頃に手に入れたものだから親の金であることに間違いはないが、親の金でカードパックを買っているのは元中等部生の彼らも同じことだろう。
だが──。
それならば、あのカードなしでも強いことを証明してみせる。
万丈目はそう思った。まずは中等部トップとの模範デュエル。入学式の後に行われる催しだ。実技試験のトップだった万丈目が編入生からは選ばれている。相手は学科・実技共にトップ成績を誇る天上院明日香という女子生徒だそうだ。誰が相手であろうと必ず勝ってみせる。
もし自分の実力だけで勝てないなら、アカデミアを去る覚悟さえ万丈目にはあった。
◇◆◇
入学式の模範デュエルは、激しい攻防の末にジュニアチャンピオンの万丈目準が勝利した。中等部を首席で卒業し彼の対戦相手となった天上院明日香は、少し悔しそうな顔をしたあとに微笑み握手を求めた。互いの実力を認め合うように手を握る姿は、二人の整った容姿も相まってドラマのワンシーンのようだと丸藤翔は思う。
「すごかったね」
二人に拍手をしながら翔は同じ赤い制服の遊城十代へと声をかけた。入学式会場のデュエルフィールドの観覧席のどこに座ろうかと迷う翔に、十代はこっちがデュエルが見やすいと案内してくれた。最前列の席に座るや否や居眠りを始めた豪胆さ(あるいは図太さ)には驚いたが。
「ああ。……でも、あのドラゴン出なかったな」
「そういえば……」
入学実技試験で翔も目にした《光と闇の竜》は、今回のデュエルで使われていなかった。
「デッキ調整中かな」
「今はたまたま出なかったんじゃない?」
「ん~? でも、なんか近くにいないような……」
近く? と翔は聞き返そうとしたが、校長が話すためにマイクの入る音がした。デュエルの興奮でざわついていた会場がしんと静まる。
「二人とも、すばらしいデュエルでした。みなさんもこれから切磋琢磨し……」
校長が言葉を述べ、入学式は終わった。
生徒たちが一斉に会場から出ていく中、十代は辺りを見回していた。
「どうしたの?」
「万丈目どこだろと思って。オレもデュエルしたいからさ」
「そんな簡単にデュエルしてくれるかな……オベリスク・ブルーの人だし……」
この学園の制服の色は生徒の成績によって決まるものだった。青は成績優秀者、翔と十代は退学もあり得るレッドラインの成績者の着る赤い制服だ。
「カイザーや吹雪さんはしてくれたけどな」
「十代くん、もう他の人とデュエルしたの? 今日来たばっかりじゃ……?」
「今日? あ、オレ中等部からここにいるから」
「そうなの? 中等部の人はみんなブルーかイエローに行くって聞いたけど……」
「学年末の試験結果悪くてさ。でもオレ赤の方が好きだからレッドでよかったな」
「そうなんだ……」
元中等部生だから入学式の日にもかかわらず制服を着崩しているのだろうか。十代はジャケットを着るのではなく肩に引っかけている。この学園は厳しい実力主義だがそれ以外は自由なのだと聞いている。制服の着崩しや改造をしている上級生をちらほらと見たし、どうやら本当のようだ。
十代は万丈目を見つけられず、翔たちはレッド寮へと向かった。これから暮らすレッド寮は、最下位成績にはこの程度でいいとばかりにこぢんまりとした建物だった。十代は景色がいいし風情があると喜んでいたが、翔は少し物悲しい。
偶然にも翔と十代は同室だった。翔は、同室の相手によっては寮で過ごしづらくなりそうだと気を揉んでいたから僥倖だった。
「へえー、一人部屋じゃないんだ」
翔と同室であることに十代は意外そうに言った。
「中等部って一人部屋なの?」
「全部じゃないけどオレはずっと一人部屋だったからさ、こういうの初めてだ。改めてよろしくな」
「うん、よろしく」
「晩飯まで時間あるしさ、早速デュエルしようぜ!」
十代は明るく笑った。楽しそうにデュエルをする十代に、翔は幼い頃デュエルを教えてくれた兄を思い出した。
デュエルアカデミアに入って初めてのデュエルは、負けてしまったが楽しいものになった。
十代は赤い制服を着ているが、デュエルの腕は翔よりも上のようだった。学年末試験の成績が悪かったというのは、筆記試験の話なのかもしれない。
「あのさ、十代くん。キミが嫌じゃなかったらアニキって呼んでもいい? なんだか少しボクのお兄さんに似てる気がする」
「ニィちゃんいるんだ。……ん? 丸藤ってことはカイザー……丸藤亮か?」
「お兄さんを知ってるの?」
「ああ! たくさんデュエルしてもらったぜ。全然勝てなかったから、本当に強いよな、翔のニィちゃん」
「へへ……」
翔は少しこそばゆくなる。
「でも、留学しちゃうからしばらく会えないな」
「そうだね……」
翔の兄、亮は明日アメリカへと旅立つ。会えないのは寂しい。でも。
「でも、お兄さんが帰ってくるまでに強くなりたいな」
翔は島に着いてすぐに兄に会いに行ったが、入学しない方がよかったと言われてしまった。その声は悲しみの色が濃いものに感じられて、自分が不甲斐ないせいだろうかと思った。
「おう、カイザーに勝てるように頑張ろうぜ!」
十代と一緒なら強くなれる──そんな気がした。
「うん、アニキ」
「兄弟じゃないのにアニキって言われるのも変な感じだなぁ……」
十代は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
◇◆◇
「万丈目! なあ昼飯一緒に食おうぜ!」
授業が終わり昼休みになった直後、十代は万丈目に大きな声で呼び掛けた。しかし彼は十代を一瞥すると黙って席を立ち教室を出ていった。
「アニキ度胸あるっスね」
翔が感心したようなあきれたような声で言った。無愛想な万丈目は、いつも一人でいた。十代は入学式以来彼とデュエルしたがっているが、まだろくに会話もできていない。
「いつも気がついたらいないから、今日は終わってすぐ声かけたのに」
「フラれてしまったね。オレもこの前断られたよ」
残念がる十代に、斜め後ろの席から黄色の服の生徒が声をかけた。
「お前も? えーと……」
「三沢大地だ」
「あ、受験番号一番だったな! オレ遊城十代」
「見ていてくれて光栄だ。中等部の一番くん」
「一番は明日香だよ」
「だが中等部出のイエローの生徒は一番強いのはキミだって」
「そうなの?」
三沢の言葉に翔は驚いて十代を見た。
「まあ明日香には今ちょっと勝ち越してるかもな。でも、勝ったり負けたりだよ」
「キミの噂はいろいろ聞いた。サルとデュエルしたとか」
「サル!?」
翔は耳を疑う。
「あ、それまだ覚えてるやついたんだ」
「ジュンコくんに聞いたよ」
「なるほど」
「なんの話?」
ひとり蚊帳の外の翔はやや寂しく思いながら訊ねた。
「えーと、サルがジュンコのこと誘拐したからデュエルして返してもらった」
「ええ?」
聞いてもよくわからなかった。戸惑う翔に三沢が説明する。
「この島の敷地にはデュエルの研究所があってね。そこで動物とデュエルに関する研究をしているそうだよ。そこから逃げ出したサルだと聞いた」
どうやらホラ話ではないようだ。にわかには信じがたいが。
「あと、三幻魔を倒したとかね」
「……オレの力じゃないよ」
十代は苦笑いした。その目には、翔が初めて見る暗い色がある気がした。
「そんなに強かったら今頃ブルー寮だろ?」
「学年末に骨折して試験をろくに受けられなかったと聞いたよ」
学年末の試験結果が悪かったと十代は言っていたが、それは骨折のせいだったのか、と翔は思う。
「お前いろいろ詳しいなあ」
「気を悪くしたならすまない。いろいろ調べる性分でね」
「いいや。せっかくだから飯一緒に食う?」
ああ、と三沢は頷いた。
◇◆◇
万丈目の連勝記録は遊城十代によって止められた。精霊を二体も連れた十代は、以前から「なんでアイツと一緒にいないの?」と万丈目に問うていた。
能天気に精霊と過ごすお前なんかにオレの覚悟がわかるものか──しかし。
「デュエリストは愛するカードと共に闘って一緒に成長するんだ」
精霊の宿るカード、ハネクリボーによって万丈目に勝利した十代はそう言った。
愛するという言葉を軽軽しく使うことには賛同しかねるが、「共に成長する」──それは万丈目に欠けた視点だった。
オマエと共に成長したい──そう思い、一度は離れる決意をした光と闇の竜を万丈目は再びデッキへと加えた。
「愛してるやつとは一緒にいた方がいいだろ?」
デッキの精霊の気配に気づいたらしい十代にそう言われ、万丈目はため息をついた。
「せっかくそいつがデッキに戻ったんだからさ、デュエルしようぜ!」
「断る。遊びでデュエルはしない」
「じゃあ真剣勝負で」
真剣とも思えない能天気な顔で十代は笑った。
「なら、オマエももうひとりの精霊をデッキに入れたらどうだ。いや──『オマエのデッキ』で戦ったらどうだ」
万丈目の言葉に十代は目を丸くした。
「今オマエが使っているのはプロの響紅葉のデッキだな。あのジ・アースのカードは世界に一枚しかない。なぜオマエが持っている?」
それは実技授業で十代が《E・HEROジ・アース》を操るのを目撃したときから気になっていたことだ。笑っていた十代から表情が消える。
「……紅葉さんに託された」
「託された?」
十代は頷く。瞳に少し悲しげな色をにじませて、嘘を言っているようには思えなかった。
「経緯を話せ。そもそもどういう関係なんだ」
「おやおや。普段十代とろくに会話もしないくせに、自分の聞きたいことだけは話せって?」
十代の後ろに精霊が現れた。大きな翼にヒトとドラゴン、男と女の混ざった異形の姿。
「ユベル」
「答えることはないよ十代。彼はお友達でもないのにずけずけと聞きすぎだ」
「友達だよ」
「友達になった覚えはない」
万丈目は十代の言葉をきっぱりと否定した。十代はがっかりした顔をする。ユベルの方はにんまりと笑った。
「なら質問に答える義理はないね」
「聞かれて困ることでもあるのか」
「盗難でも疑ってるなら紅葉の姉の響みどりに確かめるといい」
十代ではなくユベルが答えた。
「そんなことは疑っていない。盗難なら学園で堂堂と使うわけがないからな」
「じゃあ何が知りたいんだい。紅葉の意志で十代にデッキが託された。それ以上何かキミが知る必要あるのかい? だいたい、十代と紅葉のことを聞きたがるキミこそ紅葉とどういう関係なんだ」
関係は──ない。紅葉と万丈目の接点など昔サインをもらったくらいだ。そんな子供はごまんといるだろう。
「野次馬ってこと?」
万丈目の沈黙にユベルはそう言った。野次馬呼ばわりにいい気分はしないが、実際に万丈目と紅葉の間には何もない──。
「でもさ、それって万丈目も紅葉さんのファンってことだよな!」
フォローのつもりなのか十代が言った。
「紅葉のファンなんかいくらでもいる。その全てに事情を話さなきゃならないのかい?」
ユベルは肩をすくめてみせた。十代はユベルの顔と万丈目の顔を見比べる。
「……このデッキは紅葉さんが倒れた日に託されたんだ。紅葉さんは引退するって言ってたけど、オレは紅葉さんが元気になったらこのデッキを返したい。そのために……」
十代は一度言葉を止めた。
「……楽しいデュエルをしようって思ってる」
楽しいデュエル──それは紅葉がモットーとしていることだと、彼自身が複数のインタビューで答えている。ピンチの時にも楽しそうに笑ってみせる彼の強さは、幼い万丈目の心を打った。
「万丈目はオレが紅葉さんのデッキを持ってるの不服かもしれないけど、返せるまでの間、オレは紅葉さんの信念に泥を塗るようなデュエルはしない──したくない。そう思ってる」
万丈目を見返す瞳に嘘はない──そう感じた。
「だから万丈目とはこのデッキでデュエルしたいと思う。……それじゃダメかな」
「……自分のデッキを使わない理由は?」
「今はその時じゃないから……だな」
十代には何か思うところがあるらしい。彼が能天気なだけでないことは今の会話からもわかった。
「ふん──オマエとのデュエルも今はその時じゃないな」
万丈目はそう言って十代に背を向けた。
「ええ?」
「おやおや。話しただけ損だったねえ」
ユベルが十代をからかう声が聞こえた。
「また明日、な!」
十代にそう言われたが、万丈目は振り返らずにブルー寮へと向かった。
十代と万丈目の二回目のデュエルは、留学生も交えた全校デュエル大会の決勝戦となった。
2025/08/11
「紅葉さん、久しぶり」
ベッドで眠り続ける響紅葉に遊城十代は声をかける。
「十月から高等部だよ。この通り、骨折して試験ボロボロでレッド寮だからみどりさんには呆れられちゃったけど……」
十代は右手を骨折してギプスをしていた。慣れない左手の筆記で、試験の結果は思わしくなかった。進級できないほどではなかったのが救いだ。
「でも、みどりさん……響先生がオシリス・レッドの一年の担当なんだって。楽しくなりそうだよ。それに紅葉さんとお揃いみたいでレッド寮のがむしろ嬉しいんだ。ジャケット、いい色だろ?」
十代は肩に羽織ったジャケットを左手の指でつまんだ。
「中等部も楽しかったぜ。サルとデュエルしたり、三幻魔で大変だったり、新しい精霊と友達になったり、いろんなことがあった。中等部だと明日香ってやつがすごい強い。高等部だとカイザーと明日香の兄貴の吹雪さんが強い。全然勝てないんだ。二人とも今年は留学しちゃうからしばらく会えないけど。で、その二人が留学しちゃうから友達の藤原ってやつがすごい寂しがっちゃってさ──ちょっと大変だった。でもダークネスってやつを追っ払えたよ。……まあそれで骨折したんだけど。新学期までには治りそうだから大丈夫。精霊とか錬金術師とかと知り合ったけど……呪いを解く方法はまだわからない」
十代はため息をついた。本当にそんな方法はあるのだろうかと不安になる。しかし、笑顔を作る。
「……頑張って探すから──待ってて」
紅葉が昏睡状態になり三年経つ。早く探さなくてはと焦る気持ちもあるが、ユベルに言われた通り異世界などに足を運ぶには自分は弱すぎる──。
「十代くん。そろそろ行かないと」
紅葉の姉のみどりが病室のドアを開けた。
「はい。紅葉さん、今日、外部生の高等部の入学実技試験なんだよ。強いやつが来るといいな。楽しくデュエルできるやつが。じゃ、またね!」
十代は明るく笑って紅葉に別れを告げた。みどりも紅葉に一言かけて部屋を出る。
「今日はありがとう、十代くん。紅葉も喜んでるわ」
「礼を言うのはオレの方です、響先生。一緒にくっついて来ちゃって」
デュエルアカデミア高等部の入学実技試験は、童実野町で行われる。在校生が見学することもできるので、十代は外出申請をしたついでに、みどりに便乗し紅葉の見舞いに来た。
「今年の実技試験はジュニアチャンピオンがいるわよ」
「もしかして万丈目? 前に紅葉さんが言ってた」
「ええ。紅葉も注目してたわね」
「どんなやつか楽しみだな」
そうして試験会場で十代が見たのは、白と黒の美しいドラゴンだった。
◇◆◇
「おいこら、起きろ」
人ならざる声が、しんとした入学式の会場に響いた。万丈目準がその声の方へ目をやると、コウモリのような翼を持った精霊が居眠りする赤い制服の生徒を起こそうとしている。大きな翼にヒトとドラゴンを混ぜ合わせたような異形の姿──だがその精霊に注目する者は、この会場には万丈目以外にはいないようだった。
あいつにも精霊が──万丈目は驚くと同時に、このデュエルアカデミアでは特段に珍しいことでもないのだろうかとも思う。この会場に来る前にも、鳥のような翼のあるヒト型の精霊を連れた上級生を遠目に見た。それだけではなく、人間に関わっていないらしい小さな精霊が漂っているのも見た。どうやらここは精霊の集まりやすい島のようだった。
自分だけが精霊に選ばれたと思うのは思い上がり──なのだろうか。
小学校でも中学校でも、学業成績はトップだった。しかし万丈目のいたそこはいわゆる「お坊っちゃん校」だった。決して学力が低いわけではないが、いずれは親の仕事を継ぐだけだとやる気のない生徒も多かった。小学校に入ってしまえばその後は受験競争に明け暮れる必要もない。経済的にも恵まれた子供ばかりが集まるそこは、ぬるま湯のような場所だったのだと外に出た今は思う。
「編入のクセにいきなりブルーかよ」
「学科試験一位の三沢もイエローなのに」
「万丈目財閥の息子だって」
「金の力か」
それが、オベリスク・ブルーの生徒たちに最初に言われた言葉だった。オベリスク・ブルーの新入生はデュエルアカデミア中等部からの成績優秀者のみで構成されるのが通例だ。万丈目はジュニアチャンピオンとしての功績を評価されオベリスク・ブルー所属となったが──「万丈目」の名がいらぬ邪推を呼ぶ。
「あのカードだってどうせ親の金の力で手に入れたものだろ」
中でも不愉快だったのがその言葉だ。あれは買ったパックに偶然入っていたものだ。小学生の頃に手に入れたものだから親の金であることに間違いはないが、親の金でカードパックを買っているのは元中等部生の彼らも同じことだろう。
だが──。
それならば、あのカードなしでも強いことを証明してみせる。
万丈目はそう思った。まずは中等部トップとの模範デュエル。入学式の後に行われる催しだ。実技試験のトップだった万丈目が編入生からは選ばれている。相手は学科・実技共にトップ成績を誇る天上院明日香という女子生徒だそうだ。誰が相手であろうと必ず勝ってみせる。
もし自分の実力だけで勝てないなら、アカデミアを去る覚悟さえ万丈目にはあった。
◇◆◇
入学式の模範デュエルは、激しい攻防の末にジュニアチャンピオンの万丈目準が勝利した。中等部を首席で卒業し彼の対戦相手となった天上院明日香は、少し悔しそうな顔をしたあとに微笑み握手を求めた。互いの実力を認め合うように手を握る姿は、二人の整った容姿も相まってドラマのワンシーンのようだと丸藤翔は思う。
「すごかったね」
二人に拍手をしながら翔は同じ赤い制服の遊城十代へと声をかけた。入学式会場のデュエルフィールドの観覧席のどこに座ろうかと迷う翔に、十代はこっちがデュエルが見やすいと案内してくれた。最前列の席に座るや否や居眠りを始めた豪胆さ(あるいは図太さ)には驚いたが。
「ああ。……でも、あのドラゴン出なかったな」
「そういえば……」
入学実技試験で翔も目にした《光と闇の竜》は、今回のデュエルで使われていなかった。
「デッキ調整中かな」
「今はたまたま出なかったんじゃない?」
「ん~? でも、なんか近くにいないような……」
近く? と翔は聞き返そうとしたが、校長が話すためにマイクの入る音がした。デュエルの興奮でざわついていた会場がしんと静まる。
「二人とも、すばらしいデュエルでした。みなさんもこれから切磋琢磨し……」
校長が言葉を述べ、入学式は終わった。
生徒たちが一斉に会場から出ていく中、十代は辺りを見回していた。
「どうしたの?」
「万丈目どこだろと思って。オレもデュエルしたいからさ」
「そんな簡単にデュエルしてくれるかな……オベリスク・ブルーの人だし……」
この学園の制服の色は生徒の成績によって決まるものだった。青は成績優秀者、翔と十代は退学もあり得るレッドラインの成績者の着る赤い制服だ。
「カイザーや吹雪さんはしてくれたけどな」
「十代くん、もう他の人とデュエルしたの? 今日来たばっかりじゃ……?」
「今日? あ、オレ中等部からここにいるから」
「そうなの? 中等部の人はみんなブルーかイエローに行くって聞いたけど……」
「学年末の試験結果悪くてさ。でもオレ赤の方が好きだからレッドでよかったな」
「そうなんだ……」
元中等部生だから入学式の日にもかかわらず制服を着崩しているのだろうか。十代はジャケットを着るのではなく肩に引っかけている。この学園は厳しい実力主義だがそれ以外は自由なのだと聞いている。制服の着崩しや改造をしている上級生をちらほらと見たし、どうやら本当のようだ。
十代は万丈目を見つけられず、翔たちはレッド寮へと向かった。これから暮らすレッド寮は、最下位成績にはこの程度でいいとばかりにこぢんまりとした建物だった。十代は景色がいいし風情があると喜んでいたが、翔は少し物悲しい。
偶然にも翔と十代は同室だった。翔は、同室の相手によっては寮で過ごしづらくなりそうだと気を揉んでいたから僥倖だった。
「へえー、一人部屋じゃないんだ」
翔と同室であることに十代は意外そうに言った。
「中等部って一人部屋なの?」
「全部じゃないけどオレはずっと一人部屋だったからさ、こういうの初めてだ。改めてよろしくな」
「うん、よろしく」
「晩飯まで時間あるしさ、早速デュエルしようぜ!」
十代は明るく笑った。楽しそうにデュエルをする十代に、翔は幼い頃デュエルを教えてくれた兄を思い出した。
デュエルアカデミアに入って初めてのデュエルは、負けてしまったが楽しいものになった。
十代は赤い制服を着ているが、デュエルの腕は翔よりも上のようだった。学年末試験の成績が悪かったというのは、筆記試験の話なのかもしれない。
「あのさ、十代くん。キミが嫌じゃなかったらアニキって呼んでもいい? なんだか少しボクのお兄さんに似てる気がする」
「ニィちゃんいるんだ。……ん? 丸藤ってことはカイザー……丸藤亮か?」
「お兄さんを知ってるの?」
「ああ! たくさんデュエルしてもらったぜ。全然勝てなかったから、本当に強いよな、翔のニィちゃん」
「へへ……」
翔は少しこそばゆくなる。
「でも、留学しちゃうからしばらく会えないな」
「そうだね……」
翔の兄、亮は明日アメリカへと旅立つ。会えないのは寂しい。でも。
「でも、お兄さんが帰ってくるまでに強くなりたいな」
翔は島に着いてすぐに兄に会いに行ったが、入学しない方がよかったと言われてしまった。その声は悲しみの色が濃いものに感じられて、自分が不甲斐ないせいだろうかと思った。
「おう、カイザーに勝てるように頑張ろうぜ!」
十代と一緒なら強くなれる──そんな気がした。
「うん、アニキ」
「兄弟じゃないのにアニキって言われるのも変な感じだなぁ……」
十代は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
◇◆◇
「万丈目! なあ昼飯一緒に食おうぜ!」
授業が終わり昼休みになった直後、十代は万丈目に大きな声で呼び掛けた。しかし彼は十代を一瞥すると黙って席を立ち教室を出ていった。
「アニキ度胸あるっスね」
翔が感心したようなあきれたような声で言った。無愛想な万丈目は、いつも一人でいた。十代は入学式以来彼とデュエルしたがっているが、まだろくに会話もできていない。
「いつも気がついたらいないから、今日は終わってすぐ声かけたのに」
「フラれてしまったね。オレもこの前断られたよ」
残念がる十代に、斜め後ろの席から黄色の服の生徒が声をかけた。
「お前も? えーと……」
「三沢大地だ」
「あ、受験番号一番だったな! オレ遊城十代」
「見ていてくれて光栄だ。中等部の一番くん」
「一番は明日香だよ」
「だが中等部出のイエローの生徒は一番強いのはキミだって」
「そうなの?」
三沢の言葉に翔は驚いて十代を見た。
「まあ明日香には今ちょっと勝ち越してるかもな。でも、勝ったり負けたりだよ」
「キミの噂はいろいろ聞いた。サルとデュエルしたとか」
「サル!?」
翔は耳を疑う。
「あ、それまだ覚えてるやついたんだ」
「ジュンコくんに聞いたよ」
「なるほど」
「なんの話?」
ひとり蚊帳の外の翔はやや寂しく思いながら訊ねた。
「えーと、サルがジュンコのこと誘拐したからデュエルして返してもらった」
「ええ?」
聞いてもよくわからなかった。戸惑う翔に三沢が説明する。
「この島の敷地にはデュエルの研究所があってね。そこで動物とデュエルに関する研究をしているそうだよ。そこから逃げ出したサルだと聞いた」
どうやらホラ話ではないようだ。にわかには信じがたいが。
「あと、三幻魔を倒したとかね」
「……オレの力じゃないよ」
十代は苦笑いした。その目には、翔が初めて見る暗い色がある気がした。
「そんなに強かったら今頃ブルー寮だろ?」
「学年末に骨折して試験をろくに受けられなかったと聞いたよ」
学年末の試験結果が悪かったと十代は言っていたが、それは骨折のせいだったのか、と翔は思う。
「お前いろいろ詳しいなあ」
「気を悪くしたならすまない。いろいろ調べる性分でね」
「いいや。せっかくだから飯一緒に食う?」
ああ、と三沢は頷いた。
◇◆◇
万丈目の連勝記録は遊城十代によって止められた。精霊を二体も連れた十代は、以前から「なんでアイツと一緒にいないの?」と万丈目に問うていた。
能天気に精霊と過ごすお前なんかにオレの覚悟がわかるものか──しかし。
「デュエリストは愛するカードと共に闘って一緒に成長するんだ」
精霊の宿るカード、ハネクリボーによって万丈目に勝利した十代はそう言った。
愛するという言葉を軽軽しく使うことには賛同しかねるが、「共に成長する」──それは万丈目に欠けた視点だった。
オマエと共に成長したい──そう思い、一度は離れる決意をした光と闇の竜を万丈目は再びデッキへと加えた。
「愛してるやつとは一緒にいた方がいいだろ?」
デッキの精霊の気配に気づいたらしい十代にそう言われ、万丈目はため息をついた。
「せっかくそいつがデッキに戻ったんだからさ、デュエルしようぜ!」
「断る。遊びでデュエルはしない」
「じゃあ真剣勝負で」
真剣とも思えない能天気な顔で十代は笑った。
「なら、オマエももうひとりの精霊をデッキに入れたらどうだ。いや──『オマエのデッキ』で戦ったらどうだ」
万丈目の言葉に十代は目を丸くした。
「今オマエが使っているのはプロの響紅葉のデッキだな。あのジ・アースのカードは世界に一枚しかない。なぜオマエが持っている?」
それは実技授業で十代が《E・HEROジ・アース》を操るのを目撃したときから気になっていたことだ。笑っていた十代から表情が消える。
「……紅葉さんに託された」
「託された?」
十代は頷く。瞳に少し悲しげな色をにじませて、嘘を言っているようには思えなかった。
「経緯を話せ。そもそもどういう関係なんだ」
「おやおや。普段十代とろくに会話もしないくせに、自分の聞きたいことだけは話せって?」
十代の後ろに精霊が現れた。大きな翼にヒトとドラゴン、男と女の混ざった異形の姿。
「ユベル」
「答えることはないよ十代。彼はお友達でもないのにずけずけと聞きすぎだ」
「友達だよ」
「友達になった覚えはない」
万丈目は十代の言葉をきっぱりと否定した。十代はがっかりした顔をする。ユベルの方はにんまりと笑った。
「なら質問に答える義理はないね」
「聞かれて困ることでもあるのか」
「盗難でも疑ってるなら紅葉の姉の響みどりに確かめるといい」
十代ではなくユベルが答えた。
「そんなことは疑っていない。盗難なら学園で堂堂と使うわけがないからな」
「じゃあ何が知りたいんだい。紅葉の意志で十代にデッキが託された。それ以上何かキミが知る必要あるのかい? だいたい、十代と紅葉のことを聞きたがるキミこそ紅葉とどういう関係なんだ」
関係は──ない。紅葉と万丈目の接点など昔サインをもらったくらいだ。そんな子供はごまんといるだろう。
「野次馬ってこと?」
万丈目の沈黙にユベルはそう言った。野次馬呼ばわりにいい気分はしないが、実際に万丈目と紅葉の間には何もない──。
「でもさ、それって万丈目も紅葉さんのファンってことだよな!」
フォローのつもりなのか十代が言った。
「紅葉のファンなんかいくらでもいる。その全てに事情を話さなきゃならないのかい?」
ユベルは肩をすくめてみせた。十代はユベルの顔と万丈目の顔を見比べる。
「……このデッキは紅葉さんが倒れた日に託されたんだ。紅葉さんは引退するって言ってたけど、オレは紅葉さんが元気になったらこのデッキを返したい。そのために……」
十代は一度言葉を止めた。
「……楽しいデュエルをしようって思ってる」
楽しいデュエル──それは紅葉がモットーとしていることだと、彼自身が複数のインタビューで答えている。ピンチの時にも楽しそうに笑ってみせる彼の強さは、幼い万丈目の心を打った。
「万丈目はオレが紅葉さんのデッキを持ってるの不服かもしれないけど、返せるまでの間、オレは紅葉さんの信念に泥を塗るようなデュエルはしない──したくない。そう思ってる」
万丈目を見返す瞳に嘘はない──そう感じた。
「だから万丈目とはこのデッキでデュエルしたいと思う。……それじゃダメかな」
「……自分のデッキを使わない理由は?」
「今はその時じゃないから……だな」
十代には何か思うところがあるらしい。彼が能天気なだけでないことは今の会話からもわかった。
「ふん──オマエとのデュエルも今はその時じゃないな」
万丈目はそう言って十代に背を向けた。
「ええ?」
「おやおや。話しただけ損だったねえ」
ユベルが十代をからかう声が聞こえた。
「また明日、な!」
十代にそう言われたが、万丈目は振り返らずにブルー寮へと向かった。
十代と万丈目の二回目のデュエルは、留学生も交えた全校デュエル大会の決勝戦となった。
2025/08/11
