一話完結短編
きっとあの日に繋がる日
武藤遊戯が「遊城十代」という名前を久しぶりに聞いたのは、彼とは全く関わりのなさそうな海馬瀬人からだった。
「以前お前が会ったという遊城十代はこいつか?」
彼に見せられたのは、明らかに子供の字で書かれた手紙と、その親が書いた事情説明の手紙だった。
遊城十代からの手紙は、海馬コーポレーションの企画へと送られたものだった。その企画はカードデザインを子供たちから募集し、採用されたカードを宇宙に打ち上げるというものだった。宇宙の意志の波動をカードに浴びせ新たなデュエルカードを生み出すという、彼にしては珍しい企画だった。
しかしこの世界に精霊たちがいることは遊戯も海馬もかつて目の当たりにしているし、精霊やデュエルモンスターズについて深く調べれば、宇宙の起源にまで話が及ぶというのはそれを研究する者たちには常識であるらしい。どうにもそれらの研究から、宇宙の波動はカードに力を与えるのだという結論になったようだった。
こんにちは。ぼくはゆうき十代です。ぼくはいま8才で……。
ひらがなだらけの遊城十代からの手紙によれば彼は現在八歳、遊戯がかつて出会った彼はその名の通り「十代」くらいに見えたが正確な年齢はわからない。二十歳になっていたかもしれないし、十六、七だったかもしれない。何年後の彼だったのかわからないが、ともかく今は八歳の十代少年の手紙が遊戯の目の前にある。そこには子供らしい字と語彙力で自分のデザインした絵をぜひカードにしてほしい旨と──。
「ユベルを宇宙へ……?」
遊戯は思わず声に出してしまった。ユベルとは──彼に憑いている精霊ではないのか。当時の遊戯に直接見ることはできなかったが、十代に力を貸している様子だった。童実野デュエルカップの会場から人を避難させるために、ユベルに小さな爆発のようなものを起こさせていなかったか。
「じゃ、頼むぜユベル!」
十代がそんな軽い言葉を口にしただけでユベルは彼の意を汲み人間を傷つけず驚かせる程度の爆発を起こした。特段物が燃えたりもしていなかったから、空砲のようなものだったのかもしれない。そこからわかるのは、ユベルは自分の力を実体化させる能力があること、人間やそこにある物を傷つけないように力をコントロールできることだ。当時の遊戯には姿を見ることも言葉を交わすことも叶わなかったが、十代の親しげな様子から彼と仲のいい精霊なのだろうと思った。
だが、十代少年からの手紙と彼の親からの手紙を読むと、遊戯が間接的に知るユベルとはまるで別人のようだった。十代少年はユベルは本当はやさしい精霊なのに、今は変だと書いている。ユベルにこれ以上悪いことをしてほしくないからユベルをボクのカードと一緒に宇宙へ行かせてほしいと書いてあった。十代少年は宇宙の正しい波動があればユベルも正しい心を取り戻せると考えているようだ。
彼の親からの手紙を読めば、そのユベルのした「悪いこと」が書いてあった。十代とデュエルした相手が次次と昏睡状態になっており、それはユベルがやったことだろう、と。彼の親としては、これを機にユベルのカードを処分したいとさえ考えているようだった。
しかし遊戯の出会った高校生くらいの十代がユベルと一緒にいたということは、ユベルのカードは処分されなかったのだろう。十代少年の望むようにユベルを宇宙に送り、ユベルは正しい心を取り戻したということだろうか。
「……この子がボクの出会った十代くんだと思う。ネオスのことも書いてあるし……」
十代少年の手紙には、ユベルのみでなくネオスのことも書いてあった。ネオスはネオスペースのヒーローでネオスペーシアンと融合するのだと書いてある。十代の操っていた《E・HEROネオス》のことで間違いないだろう。十代が想像力豊かな少年であるのか、精霊たちからこのような話を聞いているのかまではわからないが。
「そうか」
海馬はあまり興味なさそうに頷いた。
「なんだい、わざわざボクを呼んで確認したのに」
「お前の耳に入れておこうと思っただけだ。──このユベルという精霊にお前は覚えがあるのか?」
「あのとき十代くんと一緒にいたよ。ボクには見えなかったけど。海馬くんはユベルをどうするつもり?」
十代の親からの手紙では、ユベルを宇宙に送れない場合は何か処分の手段がないかと問うていた。海馬がユベルを処分するつもりなら止める必要があるだろうか──。
「宇宙へ送るつもりだ。他人に害を与える精霊なら子供と離した方がいいだろう。この手紙の内容が事実か調査したが、確かに遊城十代の周辺で何人も昏睡状態になっている。全員健康状態に異常はなく昏睡の原因は不明。精霊によって眠らされていると考える方が──自然だ」
海馬は「自然」という言葉をやや使いたくなさそうだったが、この世界の「自然現象」とされるものが詳しく調べたら精霊によるものだった、ということはままある。
ユベルを処分するつもりがないのはよかったが、宇宙へ送っても問題ないのだろうか。半端に未来を知ってしまうと、この選択は正しいのだろうかと考えてしまう。
「言いたいことがあるなら言え」
海馬はそんな遊戯の迷いを見逃さなかった。
「本当に正しいのかなって……」
「お前が過去に見たものがどうであれ、未来を選ぶのはオレだ」
海馬はきっぱりと言った。その迷いない目は遊戯を射貫くようだった。遊戯ははっとしてあの日を思い出す。
──誰にでも、自分の未来を生きる権利はあるはずだよ!
そう言ったのは自分自身ではないか。十代はユベルが宇宙へ送られることを海馬コーポレーションへと望み、海馬はそれを受けた。それは彼らの選んだ未来だ。遊戯がそれに口出しするのは、未来から過去を変えようとしたパラドックスと同じではないか?
「うん、そうだね。ありがとう海馬くん」
海馬は、いつものように笑いもせずふんと言った。
◇◆◇
「どうしたの、クリボー?」
長い付き合いであるカードの精霊、クリボーが遊戯に何か訴えかけていた。クリボーは「クリクリ」という声しか出せないが、遊戯にはなんとなく言いたいことがわかる。
千年パズルを完成させた日からの出会いは遊戯をさまざまに変えたが、精霊が見えるようになったこともその変化のひとつだった。なぜかはわからないが、それは『彼』と別れてしばらく後のことだった。見えない頃は気づかなかっただけで、この世界には存外に精霊がいる。
今日も、クリボーは他の精霊の気配を感じているようだった。飛んでいくクリボーについていくと、彼はビルの間の路地へと入った。遊戯がそこを覗き込むとクリボーとそっくりな精霊がいた。背中には白い羽根が生えている。
「こんにちは」
精霊へと声をかけて路地へと入る。そこには、開封したカードパックの袋とカードが捨てられていた。
残念ながら時折こういうマナーの悪いデュエリストもいるのだ。遊戯はカードと空袋を拾った。てっきりクリボーに似た精霊のカードだと思ったら、それは《クリボーを呼ぶ笛》だった。懐かしい気持ちになる。
「キミもクリボーもこれに呼ばれたのかな。キミは……ハネクリボー?」
「クリィ!」
羽根のある精霊──ハネクリボーは笑った。
「クリ、クリクリ~」
「……人を探しているのかい?」
ハネクリボーの話を聞くと、彼は新しいマスターを探して迷子になったようだった。
「その人はこのあたりにいそうかい?」
「クリィ……」
ハネクリボーは寂しげに鳴いた。どうやらハネクリボーにもわからないらしい。
「ボクも手伝おう。せっかく会ったんだし、何かの縁だ」
「クリ!」
ハネクリボーは笑い、キラキラと光ってカードになった。遊戯はカードになったハネクリボーと拾った《クリボーを呼ぶ笛》を見比べる。《クリボーを呼ぶ笛》は、もう何年も前に見たカードだ。未来から来たデュエリストが、このカードで遊戯のデッキのクリボーを呼び窮地を救った。
なぜ彼は遊戯のデッキにクリボーがあることを知っていたのか? それについては当時『彼』とも語り合ったものだ。
「彼は未来から来ているし、大会後に公開されたりしたオレたちのデッキを知っていたのかもしれないな」
「十代くんのデッキにもクリボーがいるのかな?」
「かもしれないな」
いつかまた会えたらそれもわかるかもしれないね──そんな風に話したけれど、『彼』はもういない。
少し感傷的になった遊戯の顔をクリボーが覗き込んだ。
「大丈夫。行こうか」
遊戯はデッキケースにカードをしまい、路地から出た。通りのゴミ箱にパックの空袋を捨てる。
そういえば十代くんはそろそろ高校生かな、ついこの前まで小学生だったのに──遊戯は母が近所の子供を見て「よその子の成長は早い」と言っていたのを思い出す。
彼はおそらく海馬の設立したデュエルの専門校「デュエルアカデミア」に進学する。彼の着ていた赤いジャケットのデザインは、デュエルアカデミアのパンフレットで見た学園の制服と同じデザインだった。最初の印象通り高校生だったのだろう。
海馬から十代の手紙の話を聞いて何年経つのだったか……またしても遊戯は子供の頃に聞いた母の言葉を思い出した。「大人は五年も十年も同じようなもの」──八歳の小学生が高校生になるという子供にとって全く短くない時間が、遊戯にはあっという間の出来事だ。
確かあのとき海馬に会ったのは遊戯が海外へ行く少し前だったような気がする。珍しく海馬から話したいと連絡があったのですぐに都合をつけて会いに行ったら、八歳の十代からの手紙を見せられたのだ。数日後には海外に発ってしまいその後の話は聞かなかったが、ユベルやネオスは今頃宇宙にいるのだろうか。
気になって海馬へとメールを送ってみる。するとすぐさま会う日程の候補の日時と場所が送られてきた。一番早くて海馬コーポレーションのビルで二時間後──今から向かえば間に合う時間だ。すぐに向かうことを返信し、遊戯は海馬の元へと向かった。
「うわぁ、危ない!」
後ろから声がして遊戯は振り向く。学ランの少年が遊戯にぶつかり転んだ。少年はデュエルディスクとカードを落としてしまい、遊戯にごめんと謝り慌てて拾い集める。
──十代くんだ。
デッキケースのハネクリボーから、彼の元へ行きたいという心が伝わってくる。どうやらハネクリボーは十代を新しいマスターと見定めたようだ。
──わかったよ、すぐに見つかってよかったね。キミは幸運だ。
そう思い、遊戯はなんと言って十代にカードを渡すのかを決めた。カードを渡すのに不自然にならないよう、まずはデュエルをするのかと訊ねてみる。
「ああ。デュエルアカデミアを受験するんだ」
受験。そういえば実技の試験会場は毎年童実野町だったか。彼もそれを受けに来たのだろう。
少し振り向いた十代の顔はあの日よりもずいぶん幼く見えた。今中学三年生ならば、まだこれから背が伸びたりする時期だろう。印象が違うのは当たり前だ。それでも快活そうな茶褐色の瞳はあの日と変わらない。遊戯は思わず笑みをこぼす。
立ち上がった十代は転んだことが恥ずかしかったのか、ぶつかったことを悪く思っているのか、遊戯に苦笑いをした。やっと正面から遊戯の顔を見て、彼は少し目をみはった。
「あなたは……」
「ラッキーカードだ。こいつがキミのところへ行きたがっている」
遊戯は取り出したハネクリボーのカードを十代へと差し出した。
「え? ありがとう」
十代は少し戸惑いながらもカードを受け取り微笑んだ。
「頑張れよ」
今関わりすぎてもよくないだろうと遊戯はすぐにその場を離れる。
「はい……あの、ありがとうございましたー!」
背中に届いたその声に少し振り向けば十代は頭を下げている。親指を立て、心の中だけでまた彼に頑張れと声をかけた。彼がデュエルアカデミアに入学できなくなってしまったら歴史が変わってしまう。彼の実力ならばきっと合格するだろう。来月にはあの赤いジャケットを着ているはずだ。
高校生──あの拙い字の手紙の少年が立派に成長したのだなと遊戯は親戚の子供を久しぶりに見たような気持ちになってしまう。小学生の十代を見たことはないのだが。
モクバくんを見守る海馬くんもこんな気持ちなのかな──そんなことを思う。たまには世間話もしたいな、などと思いながら海馬の元へ行った遊戯は、世間話どころではない眼光で海馬に睨まれた。
「どこから知ったんだ?」
開口一番、海馬は遊戯に問う。
「何の話……?」
「ユベルのことだ。何か知っているなら早く話せ」
話が見えない。遊戯はユベルやネオスを打ち上げたはずの衛星がどうなったかと海馬に訊ねただけだ。
「何も知らないんだけど……今十代くんに会って、いや会ったからってわけじゃないんだけど」
しどろもどろになった遊戯を海馬は早く結論を言えとばかりに睨む。
「十代くんの手紙を思い出して聞いただけなんだ、本当に。……ユベルがどうかしたの?」
「行方不明になった」
「え──」
海馬によると、あの後打ち上げた衛星は故障し本来の軌道を逸れてしまったそうだ。地球に墜落したところを回収しようとしたものの、墜落先で何者かに奪われてしまった──。
しかもその墜落はつい昨日のことで、情報はどこにも公表していない。このタイミングで遊戯がユベルの衛星について訊ねたものだから海馬は遊戯が何か知っていると思ったらしい。
「じゃ、ユベルもネオスも今は行方不明なの?」
「いや、ユベルだけだ。ネオスを含めた他のカードは別の衛星に載せ今も問題なく宇宙にある。予定通りに回収できるはずだ」
ひとまずネオスは無事らしい。しかしユベルは行方不明──。
あの手紙を読んだときに思った「ユベルは宇宙で正しい心を取り戻す」などという単純な未来は訪れなかった。遊城十代には、ユベルと再び出会うためになんらかの試練が待ち受けている。もしユベルと十代が再会できなかったら、あのパラドックスとの戦いはどうなるのか──。
いや、今もペガサスは無事だしデュエルモンスターズも失われてはいない。もう未来は守られた後なのだろうか?
ボクに何かできることは──?
そう考えた後、その未来は十代のものだと思い直す。十代が選び、つかみ取るべきものだ。
「用も情報もないなら帰れ。オレは暇ではない」
考えていた遊戯を追い出すように海馬は言った。いつもの業務に加えてユベルが奪われるというアクシデントもあり、やることは多いのだろう。ユベルのことは十代に知らせるのか──と聞きたくなったが、その未来は海馬が選択すべきもので遊戯が口出しすることではないだろう。
「わかったよ、今日は急だったのにありがとう。また今度ゆっくり話そう」
遊戯は挨拶をして退出した。ビルの外に出る。もう十代の試験は終わっただろうか。
遊戯はあの日の十代を思い出す。先程出会った少年よりも成長し、でもまだあどけなさもある子供と大人の狭間の姿。真剣な顔で遊戯に協力を求め、明るい笑顔で遊星を励まし、楽しそうにデュエルをしていた。
そのデュエルの中で使われた《クリボーを呼ぶ笛》が彼のデッキにあったのは、あのハネクリボーのためかもしれない。ハネクリボーを渡すときにそんなことは意識していなかったが、遊戯はいつのまにかあの日へと繋がる選択をしていた。ハネクリボーは本当にラッキーカードなのかもしれない。
ユベルのことを含め、十代にはさまざまな困難や試練が待ち受けているだろう。でも、きっと乗り越えられるはずだ。
あの未来は、きっと彼に訪れる。
2025/04/07
武藤遊戯が「遊城十代」という名前を久しぶりに聞いたのは、彼とは全く関わりのなさそうな海馬瀬人からだった。
「以前お前が会ったという遊城十代はこいつか?」
彼に見せられたのは、明らかに子供の字で書かれた手紙と、その親が書いた事情説明の手紙だった。
遊城十代からの手紙は、海馬コーポレーションの企画へと送られたものだった。その企画はカードデザインを子供たちから募集し、採用されたカードを宇宙に打ち上げるというものだった。宇宙の意志の波動をカードに浴びせ新たなデュエルカードを生み出すという、彼にしては珍しい企画だった。
しかしこの世界に精霊たちがいることは遊戯も海馬もかつて目の当たりにしているし、精霊やデュエルモンスターズについて深く調べれば、宇宙の起源にまで話が及ぶというのはそれを研究する者たちには常識であるらしい。どうにもそれらの研究から、宇宙の波動はカードに力を与えるのだという結論になったようだった。
こんにちは。ぼくはゆうき十代です。ぼくはいま8才で……。
ひらがなだらけの遊城十代からの手紙によれば彼は現在八歳、遊戯がかつて出会った彼はその名の通り「十代」くらいに見えたが正確な年齢はわからない。二十歳になっていたかもしれないし、十六、七だったかもしれない。何年後の彼だったのかわからないが、ともかく今は八歳の十代少年の手紙が遊戯の目の前にある。そこには子供らしい字と語彙力で自分のデザインした絵をぜひカードにしてほしい旨と──。
「ユベルを宇宙へ……?」
遊戯は思わず声に出してしまった。ユベルとは──彼に憑いている精霊ではないのか。当時の遊戯に直接見ることはできなかったが、十代に力を貸している様子だった。童実野デュエルカップの会場から人を避難させるために、ユベルに小さな爆発のようなものを起こさせていなかったか。
「じゃ、頼むぜユベル!」
十代がそんな軽い言葉を口にしただけでユベルは彼の意を汲み人間を傷つけず驚かせる程度の爆発を起こした。特段物が燃えたりもしていなかったから、空砲のようなものだったのかもしれない。そこからわかるのは、ユベルは自分の力を実体化させる能力があること、人間やそこにある物を傷つけないように力をコントロールできることだ。当時の遊戯には姿を見ることも言葉を交わすことも叶わなかったが、十代の親しげな様子から彼と仲のいい精霊なのだろうと思った。
だが、十代少年からの手紙と彼の親からの手紙を読むと、遊戯が間接的に知るユベルとはまるで別人のようだった。十代少年はユベルは本当はやさしい精霊なのに、今は変だと書いている。ユベルにこれ以上悪いことをしてほしくないからユベルをボクのカードと一緒に宇宙へ行かせてほしいと書いてあった。十代少年は宇宙の正しい波動があればユベルも正しい心を取り戻せると考えているようだ。
彼の親からの手紙を読めば、そのユベルのした「悪いこと」が書いてあった。十代とデュエルした相手が次次と昏睡状態になっており、それはユベルがやったことだろう、と。彼の親としては、これを機にユベルのカードを処分したいとさえ考えているようだった。
しかし遊戯の出会った高校生くらいの十代がユベルと一緒にいたということは、ユベルのカードは処分されなかったのだろう。十代少年の望むようにユベルを宇宙に送り、ユベルは正しい心を取り戻したということだろうか。
「……この子がボクの出会った十代くんだと思う。ネオスのことも書いてあるし……」
十代少年の手紙には、ユベルのみでなくネオスのことも書いてあった。ネオスはネオスペースのヒーローでネオスペーシアンと融合するのだと書いてある。十代の操っていた《E・HEROネオス》のことで間違いないだろう。十代が想像力豊かな少年であるのか、精霊たちからこのような話を聞いているのかまではわからないが。
「そうか」
海馬はあまり興味なさそうに頷いた。
「なんだい、わざわざボクを呼んで確認したのに」
「お前の耳に入れておこうと思っただけだ。──このユベルという精霊にお前は覚えがあるのか?」
「あのとき十代くんと一緒にいたよ。ボクには見えなかったけど。海馬くんはユベルをどうするつもり?」
十代の親からの手紙では、ユベルを宇宙に送れない場合は何か処分の手段がないかと問うていた。海馬がユベルを処分するつもりなら止める必要があるだろうか──。
「宇宙へ送るつもりだ。他人に害を与える精霊なら子供と離した方がいいだろう。この手紙の内容が事実か調査したが、確かに遊城十代の周辺で何人も昏睡状態になっている。全員健康状態に異常はなく昏睡の原因は不明。精霊によって眠らされていると考える方が──自然だ」
海馬は「自然」という言葉をやや使いたくなさそうだったが、この世界の「自然現象」とされるものが詳しく調べたら精霊によるものだった、ということはままある。
ユベルを処分するつもりがないのはよかったが、宇宙へ送っても問題ないのだろうか。半端に未来を知ってしまうと、この選択は正しいのだろうかと考えてしまう。
「言いたいことがあるなら言え」
海馬はそんな遊戯の迷いを見逃さなかった。
「本当に正しいのかなって……」
「お前が過去に見たものがどうであれ、未来を選ぶのはオレだ」
海馬はきっぱりと言った。その迷いない目は遊戯を射貫くようだった。遊戯ははっとしてあの日を思い出す。
──誰にでも、自分の未来を生きる権利はあるはずだよ!
そう言ったのは自分自身ではないか。十代はユベルが宇宙へ送られることを海馬コーポレーションへと望み、海馬はそれを受けた。それは彼らの選んだ未来だ。遊戯がそれに口出しするのは、未来から過去を変えようとしたパラドックスと同じではないか?
「うん、そうだね。ありがとう海馬くん」
海馬は、いつものように笑いもせずふんと言った。
◇◆◇
「どうしたの、クリボー?」
長い付き合いであるカードの精霊、クリボーが遊戯に何か訴えかけていた。クリボーは「クリクリ」という声しか出せないが、遊戯にはなんとなく言いたいことがわかる。
千年パズルを完成させた日からの出会いは遊戯をさまざまに変えたが、精霊が見えるようになったこともその変化のひとつだった。なぜかはわからないが、それは『彼』と別れてしばらく後のことだった。見えない頃は気づかなかっただけで、この世界には存外に精霊がいる。
今日も、クリボーは他の精霊の気配を感じているようだった。飛んでいくクリボーについていくと、彼はビルの間の路地へと入った。遊戯がそこを覗き込むとクリボーとそっくりな精霊がいた。背中には白い羽根が生えている。
「こんにちは」
精霊へと声をかけて路地へと入る。そこには、開封したカードパックの袋とカードが捨てられていた。
残念ながら時折こういうマナーの悪いデュエリストもいるのだ。遊戯はカードと空袋を拾った。てっきりクリボーに似た精霊のカードだと思ったら、それは《クリボーを呼ぶ笛》だった。懐かしい気持ちになる。
「キミもクリボーもこれに呼ばれたのかな。キミは……ハネクリボー?」
「クリィ!」
羽根のある精霊──ハネクリボーは笑った。
「クリ、クリクリ~」
「……人を探しているのかい?」
ハネクリボーの話を聞くと、彼は新しいマスターを探して迷子になったようだった。
「その人はこのあたりにいそうかい?」
「クリィ……」
ハネクリボーは寂しげに鳴いた。どうやらハネクリボーにもわからないらしい。
「ボクも手伝おう。せっかく会ったんだし、何かの縁だ」
「クリ!」
ハネクリボーは笑い、キラキラと光ってカードになった。遊戯はカードになったハネクリボーと拾った《クリボーを呼ぶ笛》を見比べる。《クリボーを呼ぶ笛》は、もう何年も前に見たカードだ。未来から来たデュエリストが、このカードで遊戯のデッキのクリボーを呼び窮地を救った。
なぜ彼は遊戯のデッキにクリボーがあることを知っていたのか? それについては当時『彼』とも語り合ったものだ。
「彼は未来から来ているし、大会後に公開されたりしたオレたちのデッキを知っていたのかもしれないな」
「十代くんのデッキにもクリボーがいるのかな?」
「かもしれないな」
いつかまた会えたらそれもわかるかもしれないね──そんな風に話したけれど、『彼』はもういない。
少し感傷的になった遊戯の顔をクリボーが覗き込んだ。
「大丈夫。行こうか」
遊戯はデッキケースにカードをしまい、路地から出た。通りのゴミ箱にパックの空袋を捨てる。
そういえば十代くんはそろそろ高校生かな、ついこの前まで小学生だったのに──遊戯は母が近所の子供を見て「よその子の成長は早い」と言っていたのを思い出す。
彼はおそらく海馬の設立したデュエルの専門校「デュエルアカデミア」に進学する。彼の着ていた赤いジャケットのデザインは、デュエルアカデミアのパンフレットで見た学園の制服と同じデザインだった。最初の印象通り高校生だったのだろう。
海馬から十代の手紙の話を聞いて何年経つのだったか……またしても遊戯は子供の頃に聞いた母の言葉を思い出した。「大人は五年も十年も同じようなもの」──八歳の小学生が高校生になるという子供にとって全く短くない時間が、遊戯にはあっという間の出来事だ。
確かあのとき海馬に会ったのは遊戯が海外へ行く少し前だったような気がする。珍しく海馬から話したいと連絡があったのですぐに都合をつけて会いに行ったら、八歳の十代からの手紙を見せられたのだ。数日後には海外に発ってしまいその後の話は聞かなかったが、ユベルやネオスは今頃宇宙にいるのだろうか。
気になって海馬へとメールを送ってみる。するとすぐさま会う日程の候補の日時と場所が送られてきた。一番早くて海馬コーポレーションのビルで二時間後──今から向かえば間に合う時間だ。すぐに向かうことを返信し、遊戯は海馬の元へと向かった。
「うわぁ、危ない!」
後ろから声がして遊戯は振り向く。学ランの少年が遊戯にぶつかり転んだ。少年はデュエルディスクとカードを落としてしまい、遊戯にごめんと謝り慌てて拾い集める。
──十代くんだ。
デッキケースのハネクリボーから、彼の元へ行きたいという心が伝わってくる。どうやらハネクリボーは十代を新しいマスターと見定めたようだ。
──わかったよ、すぐに見つかってよかったね。キミは幸運だ。
そう思い、遊戯はなんと言って十代にカードを渡すのかを決めた。カードを渡すのに不自然にならないよう、まずはデュエルをするのかと訊ねてみる。
「ああ。デュエルアカデミアを受験するんだ」
受験。そういえば実技の試験会場は毎年童実野町だったか。彼もそれを受けに来たのだろう。
少し振り向いた十代の顔はあの日よりもずいぶん幼く見えた。今中学三年生ならば、まだこれから背が伸びたりする時期だろう。印象が違うのは当たり前だ。それでも快活そうな茶褐色の瞳はあの日と変わらない。遊戯は思わず笑みをこぼす。
立ち上がった十代は転んだことが恥ずかしかったのか、ぶつかったことを悪く思っているのか、遊戯に苦笑いをした。やっと正面から遊戯の顔を見て、彼は少し目をみはった。
「あなたは……」
「ラッキーカードだ。こいつがキミのところへ行きたがっている」
遊戯は取り出したハネクリボーのカードを十代へと差し出した。
「え? ありがとう」
十代は少し戸惑いながらもカードを受け取り微笑んだ。
「頑張れよ」
今関わりすぎてもよくないだろうと遊戯はすぐにその場を離れる。
「はい……あの、ありがとうございましたー!」
背中に届いたその声に少し振り向けば十代は頭を下げている。親指を立て、心の中だけでまた彼に頑張れと声をかけた。彼がデュエルアカデミアに入学できなくなってしまったら歴史が変わってしまう。彼の実力ならばきっと合格するだろう。来月にはあの赤いジャケットを着ているはずだ。
高校生──あの拙い字の手紙の少年が立派に成長したのだなと遊戯は親戚の子供を久しぶりに見たような気持ちになってしまう。小学生の十代を見たことはないのだが。
モクバくんを見守る海馬くんもこんな気持ちなのかな──そんなことを思う。たまには世間話もしたいな、などと思いながら海馬の元へ行った遊戯は、世間話どころではない眼光で海馬に睨まれた。
「どこから知ったんだ?」
開口一番、海馬は遊戯に問う。
「何の話……?」
「ユベルのことだ。何か知っているなら早く話せ」
話が見えない。遊戯はユベルやネオスを打ち上げたはずの衛星がどうなったかと海馬に訊ねただけだ。
「何も知らないんだけど……今十代くんに会って、いや会ったからってわけじゃないんだけど」
しどろもどろになった遊戯を海馬は早く結論を言えとばかりに睨む。
「十代くんの手紙を思い出して聞いただけなんだ、本当に。……ユベルがどうかしたの?」
「行方不明になった」
「え──」
海馬によると、あの後打ち上げた衛星は故障し本来の軌道を逸れてしまったそうだ。地球に墜落したところを回収しようとしたものの、墜落先で何者かに奪われてしまった──。
しかもその墜落はつい昨日のことで、情報はどこにも公表していない。このタイミングで遊戯がユベルの衛星について訊ねたものだから海馬は遊戯が何か知っていると思ったらしい。
「じゃ、ユベルもネオスも今は行方不明なの?」
「いや、ユベルだけだ。ネオスを含めた他のカードは別の衛星に載せ今も問題なく宇宙にある。予定通りに回収できるはずだ」
ひとまずネオスは無事らしい。しかしユベルは行方不明──。
あの手紙を読んだときに思った「ユベルは宇宙で正しい心を取り戻す」などという単純な未来は訪れなかった。遊城十代には、ユベルと再び出会うためになんらかの試練が待ち受けている。もしユベルと十代が再会できなかったら、あのパラドックスとの戦いはどうなるのか──。
いや、今もペガサスは無事だしデュエルモンスターズも失われてはいない。もう未来は守られた後なのだろうか?
ボクに何かできることは──?
そう考えた後、その未来は十代のものだと思い直す。十代が選び、つかみ取るべきものだ。
「用も情報もないなら帰れ。オレは暇ではない」
考えていた遊戯を追い出すように海馬は言った。いつもの業務に加えてユベルが奪われるというアクシデントもあり、やることは多いのだろう。ユベルのことは十代に知らせるのか──と聞きたくなったが、その未来は海馬が選択すべきもので遊戯が口出しすることではないだろう。
「わかったよ、今日は急だったのにありがとう。また今度ゆっくり話そう」
遊戯は挨拶をして退出した。ビルの外に出る。もう十代の試験は終わっただろうか。
遊戯はあの日の十代を思い出す。先程出会った少年よりも成長し、でもまだあどけなさもある子供と大人の狭間の姿。真剣な顔で遊戯に協力を求め、明るい笑顔で遊星を励まし、楽しそうにデュエルをしていた。
そのデュエルの中で使われた《クリボーを呼ぶ笛》が彼のデッキにあったのは、あのハネクリボーのためかもしれない。ハネクリボーを渡すときにそんなことは意識していなかったが、遊戯はいつのまにかあの日へと繋がる選択をしていた。ハネクリボーは本当にラッキーカードなのかもしれない。
ユベルのことを含め、十代にはさまざまな困難や試練が待ち受けているだろう。でも、きっと乗り越えられるはずだ。
あの未来は、きっと彼に訪れる。
2025/04/07
