夏目友人帳
春の日
「早く寄越せ!」
「こら先生! もうちょっとくらい待てないのか!」
田沼の持つ七辻屋の袋に飛びつこうとしたニャンコ先生を夏目が胴体を掴んで止めた。
「ちょっと待ってな。今開けるから」
田沼は笑って七辻屋の袋を開ける。ニャンコ先生は紙袋の音に待ちきれないとばかりに耳をぴくぴくと動かした。
「はい、先生」
田沼が差し出した饅頭にニャンコ先生は勢いよくかぶりつく。手のひらほどありそうな饅頭が一瞬で半分になる。
「食い意地の塊だな……」
ニャンコ先生を抱いたまま夏目が呟く。呆れた夏目の声など意に介さず、ニャンコ先生は田沼の手からもう半分の饅頭を食べる。
「もう一個あるからな」
田沼は笑って袋からもう一つ饅頭を取り出す。先生が好きなら、とわざわざ六個入りの饅頭を買ったのだ。先生は小さな手で饅頭を受け取ろうとする。
「お待たせー!」
しかし西村の声が聞こえて、ニャンコ先生は手を引っ込めた。猫が両手で饅頭を持って食べるわけにはいかないからだ。
西村と北本がスーパーの袋を手に提げてやってくる。彼らは飲み物を買いに行っていた。七辻屋で饅頭を買う夏目と田沼、スーパーに行く西村と北本で一度別れてこの土手で合流したのだ。西村が緑茶のペットボトルを配る。
「お、デブ猫はもう饅頭食ってるのか。おれにもくれ」
デブと言われたニャンコ先生は西村を睨む。しかし西村はニャンコ先生の抗議の視線などには気づかなかった。田沼から七辻屋の袋を受け取る。夏目と北本も饅頭を一つずつ取った。
「ほら先生。ダイエットした方がいいぞ」
夏目はニャンコ先生の膨らんだ腹をつまむ。先生は夏目の手をネコパンチして田沼の方へ逃げた。
「なんだよ!」
文句を言う夏目に、西村と北本、田沼まで笑う。
「ちょっとくらい大丈夫だよな。はい先生」
田沼は持ったままだった饅頭をニャンコ先生に食べさせる。機嫌をよくしたニャンコ先生は、田沼の膝に乗った。
「田沼は本当に猫が好きだな。はい、これ頼まれてたやつ」
北本が田沼にお菓子を渡す。田沼の膝のニャンコ先生が目を輝かせた。
「ありがとな。はい先生、チータラ」
田沼は早速袋を開けてニャンコ先生にチータラを差し出す。先生は上を向いて端から少しずつチータラを食む。幸せそうに目を細くした。田沼もその様子を見て嬉しそうに笑う。
「田沼、先生を甘やかしすぎだ!」
夏目の言葉にそうかなあと田沼は二本目のチータラを差し出した。
「また太る……」
「ははは、でも動物が食べてるところって可愛いよな。小学校のうさぎとか」
「わかる! 昔餌やるの好きだったなあ」
眉を下げる夏目と反対に、北本と西村は楽しそうに言った。ニャンコ先生は夏目を見てふふんと鼻を鳴らした。
──どうだ夏目! 私に貢ぎ物をしたくなるだろう!
とでも言いたそうな顔だ。
「でもこいつは絶対太りすぎだな」
西村が言うと北本も頷く。
「あんまり食べさせない方がいいぞ、田沼」
「やっぱり二人もそう思うよな!」
西村と北本を味方につけ、夏目はそれみたことかと先生を見る。先生は夏目を憎らしげに睨み返してから田沼を見上げた。
「にゃー」
わざとらしく猫の鳴き真似をする。お前は私の味方だな? と確認するように。田沼は先生に笑い返す。
「食べたら運動すればいいじゃないか。えっと、猫じゃらしはないから……」
田沼は辺りを見回して、長く伸びたタンポポの花を一本手折った。それを先生の前に振る。
「ほら。先生ー?」
タンポポを先生の前で振るが、先生は興味無さそうに顔を背けた。田沼の膝に丸くなってしまう。
「タンポポじゃダメか」
「いや、動く気がないんだろ……」
夏目は呆れたように言った。
「田沼、重くないか?」
北本に訊ねられ、平気だと田沼は返す。
「寝ちゃうかな。でも今日は陽気もいいし、人間も眠くなるなぁ」
西村は伸びをして地面に寝転ぶ。土手は鮮やかな緑で覆われ、まばらに黄や青の花が咲いている。陽射しは暖かく、風もない。
「春だな」
「ああ、春だ」
当たり前のことを確認するように頷き合う。なんて穏やかな日。ぷーぷーとニャンコ先生の寝息が聞こえてきた。
田沼は手に持ったままだったタンポポを、こっそりと先生の首輪に結びつけた。
2017/04/29 pixiv公開
2025/05/25 当サイト掲載
「早く寄越せ!」
「こら先生! もうちょっとくらい待てないのか!」
田沼の持つ七辻屋の袋に飛びつこうとしたニャンコ先生を夏目が胴体を掴んで止めた。
「ちょっと待ってな。今開けるから」
田沼は笑って七辻屋の袋を開ける。ニャンコ先生は紙袋の音に待ちきれないとばかりに耳をぴくぴくと動かした。
「はい、先生」
田沼が差し出した饅頭にニャンコ先生は勢いよくかぶりつく。手のひらほどありそうな饅頭が一瞬で半分になる。
「食い意地の塊だな……」
ニャンコ先生を抱いたまま夏目が呟く。呆れた夏目の声など意に介さず、ニャンコ先生は田沼の手からもう半分の饅頭を食べる。
「もう一個あるからな」
田沼は笑って袋からもう一つ饅頭を取り出す。先生が好きなら、とわざわざ六個入りの饅頭を買ったのだ。先生は小さな手で饅頭を受け取ろうとする。
「お待たせー!」
しかし西村の声が聞こえて、ニャンコ先生は手を引っ込めた。猫が両手で饅頭を持って食べるわけにはいかないからだ。
西村と北本がスーパーの袋を手に提げてやってくる。彼らは飲み物を買いに行っていた。七辻屋で饅頭を買う夏目と田沼、スーパーに行く西村と北本で一度別れてこの土手で合流したのだ。西村が緑茶のペットボトルを配る。
「お、デブ猫はもう饅頭食ってるのか。おれにもくれ」
デブと言われたニャンコ先生は西村を睨む。しかし西村はニャンコ先生の抗議の視線などには気づかなかった。田沼から七辻屋の袋を受け取る。夏目と北本も饅頭を一つずつ取った。
「ほら先生。ダイエットした方がいいぞ」
夏目はニャンコ先生の膨らんだ腹をつまむ。先生は夏目の手をネコパンチして田沼の方へ逃げた。
「なんだよ!」
文句を言う夏目に、西村と北本、田沼まで笑う。
「ちょっとくらい大丈夫だよな。はい先生」
田沼は持ったままだった饅頭をニャンコ先生に食べさせる。機嫌をよくしたニャンコ先生は、田沼の膝に乗った。
「田沼は本当に猫が好きだな。はい、これ頼まれてたやつ」
北本が田沼にお菓子を渡す。田沼の膝のニャンコ先生が目を輝かせた。
「ありがとな。はい先生、チータラ」
田沼は早速袋を開けてニャンコ先生にチータラを差し出す。先生は上を向いて端から少しずつチータラを食む。幸せそうに目を細くした。田沼もその様子を見て嬉しそうに笑う。
「田沼、先生を甘やかしすぎだ!」
夏目の言葉にそうかなあと田沼は二本目のチータラを差し出した。
「また太る……」
「ははは、でも動物が食べてるところって可愛いよな。小学校のうさぎとか」
「わかる! 昔餌やるの好きだったなあ」
眉を下げる夏目と反対に、北本と西村は楽しそうに言った。ニャンコ先生は夏目を見てふふんと鼻を鳴らした。
──どうだ夏目! 私に貢ぎ物をしたくなるだろう!
とでも言いたそうな顔だ。
「でもこいつは絶対太りすぎだな」
西村が言うと北本も頷く。
「あんまり食べさせない方がいいぞ、田沼」
「やっぱり二人もそう思うよな!」
西村と北本を味方につけ、夏目はそれみたことかと先生を見る。先生は夏目を憎らしげに睨み返してから田沼を見上げた。
「にゃー」
わざとらしく猫の鳴き真似をする。お前は私の味方だな? と確認するように。田沼は先生に笑い返す。
「食べたら運動すればいいじゃないか。えっと、猫じゃらしはないから……」
田沼は辺りを見回して、長く伸びたタンポポの花を一本手折った。それを先生の前に振る。
「ほら。先生ー?」
タンポポを先生の前で振るが、先生は興味無さそうに顔を背けた。田沼の膝に丸くなってしまう。
「タンポポじゃダメか」
「いや、動く気がないんだろ……」
夏目は呆れたように言った。
「田沼、重くないか?」
北本に訊ねられ、平気だと田沼は返す。
「寝ちゃうかな。でも今日は陽気もいいし、人間も眠くなるなぁ」
西村は伸びをして地面に寝転ぶ。土手は鮮やかな緑で覆われ、まばらに黄や青の花が咲いている。陽射しは暖かく、風もない。
「春だな」
「ああ、春だ」
当たり前のことを確認するように頷き合う。なんて穏やかな日。ぷーぷーとニャンコ先生の寝息が聞こえてきた。
田沼は手に持ったままだったタンポポを、こっそりと先生の首輪に結びつけた。
2017/04/29 pixiv公開
2025/05/25 当サイト掲載
