夏目友人帳

かゆくなる海風

 海というものに、何故だか人の子は妙に喜ぶようだ。夏目は昨夜から落ち着かない様子で荷造りをしていた。
「おれ、海くるの初めてなんだ」
 夏目が目を輝かせる。田沼もそれは同様のようで、波打ち際に立っただけですごい、冷たいなどとごく当たり前のことに感嘆している。
「これで女の子がいればなあ」
 ともらすのは西村だった。毎度お馴染みの男四人で来ている。タキの娘も私が行くと知りとても来たそうにしていたのだが、用があると来られなかった。来ていたら今頃この暑いのに絞めるように抱かれていただろうから、来なくていい。
 ……いやだが、あの娘のことだから何か貢ぎ物を持ってきたかもしれない。それだけは惜しい。
「先生も海入ったら」
 疲れたらしく、体力のない田沼が一足先にパラソルの下へ戻ってきた。
「阿呆、海水などに浸かったら私の美しい毛並みが乱れてしまうだろうが。それより田沼、暇なら海の家とやらに連れてけ! うまいものが食えると聞いたぞ」
 先生の目的はそっちかあと田沼は笑う。
「でもそれはお昼になってからな。みんなで行った方がきっと楽しいし」
「イカ焼きはあるか?」
「さあ、行ったことないから……でも、あるかもな、海だし。……そういや先生だったら、イカを捕まえられるんじゃないか?」
「そうか! ここは海だったな!」
 その発想はなかった。いざ新鮮なイカを求めて海へと飛び込む。
 ……結果、慣れぬ海ではなんの成果も上げられず、最初の予想通り海水で私の美しい毛並みはガビガビになってしまったのだった。しかもかゆい。
 しかしそれを不憫に思ったらしい夏目が文句も言わずにイカ焼きを買ってくれたし、田沼の小僧も「ごめんおれのせいだな」と食後のかき氷を用意するという献身ぶりだった。あいにく鏡はないので自分が今どんな姿かはわからない。よほど同情を引く無様な姿なのかもしれないが、夏目たちが簡単にうまいものを食わせてくれるなら悪くない。
 ……と昼には思ったが、夕方にはシャワー室で夏目に乱雑に洗われてしまった。
 二度と海などに入るものか。たとえそこにイカの王国があっても。
 ……いや、イカの王国だったらやっぱり行きたい。

2017/03/11に書いたものに少し修正。
2025/12/23
7/7ページ
スキ