【改行増版】GX最終回後短編集-風のゆくさき

「遊城十代」という人

 武藤遊戯と遊城十代──遊星にとって過去の世界で共にパラドックスと闘ったデュエリストだ。

 過ごした時間は短くとも、強い絆が結ばれたことを感じた。もっと長く共に過ごし二人を知りたかったと思う。

 それは叶わないが、二人とも過去の人だから、遊星の時代からでもその人を知ることができる──そう思った。

 デュエルキング武藤遊戯。

 少し調べたら、その功績も周辺情報もずらりと出てくる。

 彼のことを書いた本もいくつもあった。インタビューや著名人との対談など、本人の言葉の書かれたものもあれば、伝記やデュエルの分析など他者の言葉で書かれたものもある。

 しかし、遊城十代については簡単に情報が出てこなかった。

 てっきりあの時代の大会を総嘗めにするようなデュエリストだと思っていた。しかし公的な大会の優勝者に彼の名はなかった。

 調べていくうち、あるプロデュエリストの名前と共に彼の名前は出てきた。

 それは彼女のファンのブログ記事のアーカイブで、『早乙女レイの真の初恋の人!?』というタイトルがつけられていた。

 早乙女レイとは、過去に活躍したプロデュエリストである。作家として多数の著書もある人物だ。

 著作はエッセイが主だが児童書なども手掛けており、本のタイトルリストを見るとマーサハウスで見かけたものもあった。

 現在ではデュエリストよりも作家として名前を知る人が多いのかもしれないと思う。

 その早乙女レイの初恋の人が遊城十代──かというとそうではなく、初恋の人は同じくプロデュエリストでありリーグ運営者でもある丸藤亮だったという。

 それは彼女により明言されており、ある本には丸藤亮本人との対談まで載っているそうだ。

 小学生でありながらデュエルアカデミア本校の高等部に潜入し、当時高校三年生だった丸藤亮に告白してフラれてしまったのだ──と。

 この話はエッセイや自伝で幾度か言及しており、ファンならよく知るところらしい。

 当時の早乙女レイの年齢は龍可と同じくらいだ。遊星には龍可が初恋の人のために身分を偽り高校に潜入するなど想像もつかない。アキが小学生の頃だってそんなことはしそうにない。

 早乙女レイはずいぶんと破天荒な少女だったのではないかと思う。

 「初恋の人」の話ならばそこで終わりである。しかし、ブログに「真の」と銘打たれているように、その後すぐ新たな恋に落ちたのだという。

 その相手の名は著書では伏せられているが、それが「遊城十代」である──と、そのブログには書いてあった。

 根拠として早乙女レイがデュエルアカデミア在学時に彼女と写る男子生徒の写真が挙げられていた。男子生徒の顔にはぼかしがかけられていたが、遊星が見ても遊城十代に似ているように見えた。

 ブログ記事では、テレビ放送されたデュエルアカデミアでのデュエル──のちにプロになった万丈目サンダーこと万丈目準の対戦相手であった遊城十代という生徒とその写真の生徒がそっくりだと書かれていた。

 外見以外にも、早乙女レイの著書で「レッド寮の先輩」と書かれていること、万丈目の卒業した年にレッド寮生は一名しかいなかったことも挙げられていた。

 ブログには早乙女レイが「レッド寮の先輩」に言及した著書のタイトルが挙げられており、遊星はその本をいくつか読んでみた。

 その中には「HERO使い」「太陽のような人」といった記述があり、それは遊星が知る遊城十代と一致する。彼は早乙女レイがかつて恋をした男性の一人であるようだった。

 しかし──それは遊城十代本人の情報ではない。やはり彼は公的な記録にはほとんど残っていないようだった。

「遊星って早乙女レイなんて読むの」

 遊星の手にある本を見てアキは驚いたようだった。

「遊星が興味あると思わなかったわ。結構育児の話とか多いでしょ」

 早乙女レイのエッセイには、確かに育児の話も多かった。彼女は四人の子供の母でもあった。晩年のエッセイになると孫の話も多い。

「アキは前から早乙女レイを知ってたのか?」

「子供の頃は児童書を読んでたわ。最近はエッセイを読むことが多いかしら」

「そうなのか。オレはついこの前まで知らなかった。過去で出会った十代さんのことが書かれてるらしくて読んでみたんだ」

「そうなの?」

 アキもその話に興味を持ったので調べたことを説明した。

「ええ、確かにエッセイにレッド寮の先輩って出てくるわね。それが遊星の会った十代さん……デュエルキングの武藤遊戯と違って全然記録のない人かと思ったら、そんなかたちで残っていたのね」

「ああ。十代さん自身の記録とはいえないかもしれないが」

「デュエルアカデミアの卒業生……早乙女レイの先輩っていうと、エッセイにも丸藤亮とか万丈目サンダーとかエド・フェニックスなんかはよく名前が出てくるけど」

「十代さんはプロにはならなかったみたいだな」

「プロでないと記録には残らないものね──武藤遊戯なら映像が残ってるけど……」

 アキは残念そうに言った。それから「あ」と声をあげる。

「アカデミアの卒業生なら、学園の記録に残ってるかもしれないわ」

「生徒のデュエルが残っているのか?」

「ええ、確か卒業模範デュエルや学校同士の交流戦は今でも映像記録が残ってたはずよ」

 アキはデュエルアカデミアの記録を調べてくれた。学園から映像記録媒体を貸し出してきてくれたので、二人で一緒に見た。

 デュエルアカデミア本校とノース校の交流戦と、丸藤亮との卒業模範デュエル。

 映像記録の十代は遊星の出会った彼よりずいぶんあどけなかった。これが十五、六歳頃なら、あのときはいくつだったのだろうかと思う。

「見応えのあるデュエルだった。ありがとう、アキ」

「どういたしまして。私も遊星に言われなかったら、こんな面白いデュエルを見逃すところだったわ」

「学園の生徒でも、昔のデュエルはあまり見ないのか?」

「そうね、今と少しルールも違うし、シンクロ召喚もないし……。でもプロになった卒業生のデュエルはよく貸し出しされるみたい。これも、万丈目サンダーや丸藤亮のデュエルを見たい生徒には人気らしいわ」

「十代さん目当てで見たのはオレたちだけかもしれないな」

「そうかもしれないわね」

 遊城十代に公的な功績はほとんどない。本校とノース校の交流戦も卒業模範デュエルもあくまでデュエルアカデミア内の話だ。プロデュエリストの万丈目サンダーや丸藤亮のように、後に注目されることはない──。

 そう考えて、ふとパラドックスはなぜ彼を「キング・オブ・デュエリスト」と呼んだのだろうと思う。遊戯には数数の功績がある。遊星も大会で優勝した。ならば十代は?

 十代は本校代表としてノース校代表だった万丈目に勝っている。しかしそれは分校との交流試合にすぎずキングと呼びなすほどのものではない。

 公的な功績でないなら裏の功績があるのか。精霊や幽霊を連れて不思議な雰囲気はあったが裏のある人には──いや。

 「人間の」記録に残っていないのか。精霊と親しむ彼には人間の世界ではなく精霊の世界に功績があったのではないか?

 自分でも突飛な発想だと思った。でも思いついたらそうではないかと思ってしまった。

 龍可に精霊たちは遊城十代のことを知らないかと訊ねた。後日、龍可は遊星にこう答えた。

「聞いてみたけど……暗黒界のあたりを治めてる王様だって」

「暗黒界?」

 驚いて聞き返した遊星に龍可は首を傾げた。

「……やっぱり変よね? 人違いかしら。でもトルンカに遊城十代って人を知らないか聞いたら、すぐ言われたのよ──暗黒界の覇王だろうって」

 暗黒界の覇王──だからパラドックスは彼をキングと呼んだのだろうか。

「それは──会ったことがあるのか? そのトルンカは」

「いえ、噂だけ知ってるみたい。昔は世界を支配しようとしてたとか、十二次元世界が滅ぶのを止めたとか……」

「十二次元世界?」

「この世界は十二次元なんですって。昔ユベルっていう精霊が十二次元世界を滅ぼそうとしたのを覇王が止めたらしいの」

「ユベルだって?」
「ユベルを知ってるの?」

「十代さんと一緒にいた精霊がユベルだったが……」

「なら──十代さんが覇王なのかな」
「なぜだ?」

「そんな大変な精霊がいて今は大丈夫なのって聞いたら、覇王といるから大丈夫だろうって……。

 でも世界を支配しようとした覇王と世界を滅ぼそうとしたユベルが一緒ってよくないんじゃないのって聞いたら、そもそも覇王は宇宙を守る存在なんだって言われて……」

「……矛盾してないか? 暗黒界の王で世界を支配しようとしたんだろう?」

「そうなのよ。わたしもそう聞いたの。そしたらそもそも宇宙には光と闇の対立があるんだって言われて……。

 ええと──宇宙はそもそもやさしい闇から生まれて命を育んで、でも光の波動っていうのが宇宙を滅ぼそうとしてて、それに対抗するのが覇王なんですって」

「それは……精霊たちの創世神話のようなものなのか? イザナギとイザナミとか……」

「そう……なのかな? ごめんなさい、わたしもよくわからなくて……」

「整理すると……そもそも覇王は宇宙を守る存在で、昔は世界を支配しようとしたが、ユベルが世界を滅ぼそうとしたのは止めて、今は暗黒界を治める王をしている……のか?」

 龍可はやや考える。

「そう──みたいね」
「昔というのはいつのことなんだ?」
「百年から二百年前くらいですって」
「ずいぶん幅があるな」

「精霊界と人間界は時間の流れが完全に同じなわけじゃないけどだいたいそのくらいだろうって。

 で──それ以降は覇王に悪い話は聞かないらしいの。精霊界のところどころで覇王が助けてくれたって話を聞くこともあるみたいで。

 だから改心したんだろうって」

「改心──か」

 覇王の話がちぐはぐな気がしたが「過ちをおかしたが改心した」ということならありうるのだろうか。でも。

「十代さんとは名前が同じだけで別人──いや」

 ユベルがいるのか。ユベルも同名の別人か?

「それで──トルンカの知り合いのカエルが、カエルの王様に頼めば覇王に会えるかもって」

「カエル?」
「カエルの王様と覇王は友達なんですって」
「カエルと……」

 聞けば聞くほど理解できなくなっていく。

「頼んでみる?」
「そうだな──」

 遊星は、覇王に対してもし不動遊星と以前会った遊城十代ならばぜひ会いたい、人違いなら申し訳ないと伝えるように頼んだ。

◇◆◇

 カエルの王に久しぶりに呼ばれた。

 ずいぶん昔にローズと旅をしていたカエルの王子は、今や国王となっている。

 数千年の昔に奪われた城の王族の末裔が彼だった。当時の王家一族は敵対者──当時の王弟であったらしい──に呪いをかけられて、声と姿と魔力を奪われた。なんとか逃げ延び、いつか呪いを解いて城を取り戻さんと流浪の旅を続けた。

 そしてその末裔は人間界の少女、ローズのもとへとたどり着いた──。

 そのいきさつを聞いたのは、十代が旅をして三十年ほど経った頃だったろうか。カエルたちの住む湿地で別れて以来にローズと再会したときだ。

「十代、久しぶりね」
「覇王、こうしてご挨拶するのは初めてですね」

 カエル王子に話しかけられたときにはずいぶん驚いた。ずっと話さない精霊なのだと思っていたのだ。

 そのときに呪いで声を奪われていたことや、カエル王子が城を追われたカエルの王族の末裔なのだという話を聞いた。

「まだあと二つも呪いがあるのよ。最近少し心配なの、わたしが生きているうちに解けるのかって。ねえ十代──」

 あなたは歳を取らないのでしょうとローズは言った。

「別に不老不死になりたいわけじゃないの。せめて王子様の呪いが解けるまでは……だから、もし多少寿命を伸ばす薬とかあるなら」

「いや……オレの場合は──もとからそういう存在なんだ」

「覇王──だものね」

 ローズは少し寂しそうに笑った。カエル王子から覇王の話を聞いたそうだ。それ以上深くは訊ねられなかった。

「それなら早く解けるように頑張らないとね。あなたって人間界には行くの?」

「ああ、結構な」

「じゃ、人間界にほしいものがあるんだけど、お願いしてもいい?」

 カエル王子の呪いを解く材料に人間界のものがあるようだと頼まれた。

「異界の山頂の雪──って、どの山頂だよ?」

「わからないけど、富士山とかエベレストとかいくつか持ってきてくれない? 異界っていうのが人間界とは限らないけど、試せるものは試したいのよ」

 特段忙しいわけではなかったので、その頼みを聞いた。何種類か持っていった雪はどれも外れだったが、自分で集めたら何年無駄にしたかわからないとローズには感謝された。

 結局、寒い地方の精霊たちが氷異山と呼んでいた山の雪だったそうだ。

 その後も時折ローズに会っては材料集めの手伝いをした。王子の呪いがすべて解ける頃には、ローズは外見こそ初老といったところだが、年齢は老人と呼ぶべき歳になっていた。

 呪いの解けたカエル王子は、絵本のように人間になることはなかった。しかしハネクリボーよりも小さかった身体はすらりと背が高くなっていた。

 王子の呪いは解けたものの、かつてカエルたちの王国だった場所は荒れ果てて誰も住んでいなかった。

「言い伝えによると、王国には魔法の水晶玉があって、それを大切にする限りは滅びないのだと、そんな風に言われていたのだけど」

 大切にされなかったんだろうね、と王子は悲しげに言った。

「じゃ、次の目的はここを建て直すことね」

 ローズは事もなげに笑ってみせた。

「そうは言っても、ここだいぶ乾燥してそうだけど、カエルが住めるのか? あとはあの湿地あたりでのんびりしてもいいと思うけどな……」

 十代はこの荒野とでもいうべき場所にカエルの王国を建てるなど不可能ではないかと思った。できるとしても、それはローズが生きているうちには無理だろう、と。

 それならばローズを女王と慕うカエルたちで賑わう湿地で余生を過ごした方がいい──そう思った。

「でも、ここ強い魔力みたいなのは感じるよ。場所としては悪くないはずだ」

 ユベルが言った。

「そうよね? 何も最初からお城を作ろうとしなくたって、まずは小さな村から始めたらいいのよ。湿地とか今まで出会ったカエルたちに移住したい子がいるかもしれないし。

 村って何がいるのかしら。家はもちろんだけど、畑とか──いえ、まず井戸かしら?」

 ローズはとりわけ明るくそう言った。ここまできて王子に諦めさせたくなかったのだろう。

「水なら、ボクは少しばかり出せるんだけどね」

 そう言ってカエル王子は雨を降らせた。呪いで封じられていた彼の力だった。ローズのお供をしているカエルたちが嬉しそうに鳴いた。

 彼の力があればこの乾いた土地もやがては潤っていくのだろうか──十代がそう思ったとき。

「──ん? なんか……」
「なにかしら? 空気が変わったような……」

 王子の降らせた雨で乾いた荒野の空気は一気に湿気を帯びた。それだけでなく──。

「なんだこの気配……あれ、水か?」

 雨に濡れた地面から、じわりと水が湧き出してきていた。王子がその水へと近づくと地面は輝き、さらに水が湧き出した。ローズも足元が濡れるのも構わずその側へ行った。

「これは……まさか……」

 カエル王子は輝く水の中に手を入れて何かを引き上げた──それは、輝く玉のようなものだった。

「言い伝えの魔法の水晶玉!?」

 ローズが驚きと喜びの混じった声で言った。その水晶玉には十代とユベルには恐ろしく感じられるほど強大な力があるようだった。

「大丈夫なのか?」
「さあね──ボクだってあんなの初めて見る」

 地面が揺れた。ヒビが入り水が溢れ出してくる。

「ローズ、王子! 一回離れた方が──」
「大丈夫だ! ローズ、キミも手を」

 十代の声をさえぎり、王子はローズにも輝く水晶玉に触れさせた。地面がさらに揺れ地割れが大きくなるが、王子とローズの立つ場所だけはまったく揺れていないようだった。ユベルが十代を引っ張り空へと飛んだ。

「悪いものじゃなさそうだが、巻き添えになったら危ないね」

 荒野はあっという間に一面湖のようになってしまった。

「どうなるんだ?」
「さあ。見てたらいいんじゃない」

 大きな地響きと水の流れる音。中心に立つローズと王子はじっと水晶玉を見つめ、何かを話しているようだった。

「おや、お熱い」

 二人の安否に気を揉む十代と違いユベルは軽口を叩く余裕があった。

「いいところに居合わせたかもしれないよ。おとぎ話のハッピーエンドみたいな」
「はあ?」

 意味がわからない、と十代は思ったが、水の中からゆっくりと城がせり上がってきた。

「は……?」

 それは、たとえるならソリッドビジョンのフィールド魔法のようだっだ。《摩天楼 -スカイスクレイパー-》がビルの立ち並ぶ舞台を作り出すように、大きな城と庭が湖の中から出てきたのだ。

 水が豊かに流れ、荘厳な城がそびえ立つ。ユベルがおとぎ話と言ったようにまるで絵本の世界だった。

 あとで聞いた話、城がせり上がる前の二人は水晶玉と問答をしていたそうだ──。

 二人で支え合い愛をもってこの地を守り続けることを誓うか、と。

 二人はもちろんだと答え、しかしローズは人間の自分はもう長くないことを水晶玉へ告げた。

「でもこの命が続く限り、王子様と支えてくれたカエルたちのことを愛し続けます」

「ボクも愛し続けます。この命が続く限り、共に歩んでくれたローズを、支えてくれた仲間を、寄る辺を失くしこの地を頼る者を、彼女と目指したこの地を──」

 ローズと王子のその誠意と愛に水晶玉は応えた。

 そうして、そのお城でローズと王子は結婚し、いつまでも幸せに暮らしました──となるのがおとぎ話の世界だが、現実はそうではない。幸せに暮らしたのは間違いないことだが。

 その後、ローズと王子は結婚し、王子は王となりローズは王妃となった。カエルたちが集まってきて、小規模ながらも王国は復興した。

 ローズは精霊界で長く過ごしたためか一般の人間よりは長生きしたが、やがて眠りについた。城の側の墓へと葬られ、城の庭には彼女を偲んでたくさんのバラが植えられた。

 彼女の墓の側に植えるために、ローズが好きだったという種類のバラを十代が人間界から持ってきた。異世界で育つか不安だったが、今も元気にそのバラは咲いている。

 十代は線香に火をつけて墓の前へ置き手を合わせた。生前のローズと話したことを思い出す。

 もしも望むなら、精霊に近い存在になることはできるかもしれない、と。

 覇王様は芸が多いわねとローズは笑った。

「わたしだって考えなかったわけじゃないわ。寿命の違いを想って泣いたこともある。でも、人間だからこうして彼と出会って、旅して、ここにたどり着いた。

 そのすべてが愛おしいの。だから人間でないものになりたいなんて思わないわ」

 その答えにほっとしたような気もしたし、寂しかった気もする。たぶん両方だ。

「あなたたちは魂がひとつなんですってね。それも素敵だと思うわ。でも、やっぱりわたしたちはお互いが違うことを愛していると思う」

 ローズとカエルの王の愛はそういうかたちのようだった。

「覇王様、いつもありがとね」

 墓守りのカエルがのんびりとした声で言った。かつて十代をヘビのもとまで案内してくれたカエルは、後にローズの旅の供をし今は墓守りとなっている。

「いいや。日本の線香でよかったのかな。そういやあ、ローズの出身なんて聞いたことなかったな」

 一度だけ人間界に帰らなくていいのかと聞いたことがある。もう別れは告げてきたと言われてそれ以上は聞かなかった。

「よくわかんないけどいいんじゃないかな。お友達が来てくれたらそれだけで嬉しいでしょ」

 墓守りはのんびりと答えた。

 このカエルの王国は、ずいぶん穏やかだ。周辺も湿地や森が広がるばかりで何もない。そのせいか、かつて訪れたあの湿地と似たような、ユベルに言わせると「ふわふわした」雰囲気がある。かつて内乱で滅び荒野になったとは思えないほどだ。

「覇王、来てくれて嬉しいよ」

 王は笑顔で十代を迎えた。軽く近況などを話し合い、本題へと入る。

「人間界からのメッセージだ。龍可という人間の女の子から、旅に出ていたジフェンに伝えられた。その言葉をそのまま言うよ」

 不動遊星です。覇王の遊城十代さんが、オレと以前会った十代さんなら、是非お会いしたいです。もし人違いでしたら申し訳ありません。

 後輩からの生真面目な伝言に、思わず笑みがこぼれた。

◇◆◇

「よっ、遊星」

 そのひとは、かつて遊星が出会った日のままの姿で突然現れた。ガレージでDホイールの整備をしていた遊星は、それが夢か幻かと一瞬迷ってしまった。

「十代さん──」
「元気だったか?」

 まるでほんの一ヶ月ぶりに会うような調子で十代は笑った。

「時間を──越えたんですか?」

「いいや。あれから百年か二百年かは経ってる。まさか精霊経由で連絡が来ると思わなかったよ」

「では」

 覇王と遊星の知る遊城十代は同一人物だったのか。

「おう。オレが覇王で間違いないぜ」
「本当に──」

 にわかには信じられなかった。人間ならばとうに鬼籍に入っている長い時間が経っているし、暗黒界の王だとか世界を支配しようとしただとか、そんな話が本当に彼のことなのかと。

「悪名はお前もだろうが」

 十代が右上に目線をやった。──ユベルか?

「……あれ? 遊星、見えなかったか?」

 遊星が視線をさ迷わせたからだろう。十代が聞き返す。

「あのときは赤き竜が力を貸してくれていたようで、本来は見えません。ユベルはなんと?」

「そうなのか。いや、悪名が聞こえたみたいだなって言われただけだ」

「その──」

「精霊から聞いたんなら大方合ってると思うよ」

 言葉を詰まらせた遊星に十代はあっさりと言った。

「気になるなら話すけど」

 そう言われても何から聞けばいいのだろう。遊星は考える。

「覇王とは──なんですか?」

「何って言われるとな。闇と光の対立の話は?」

「軽くですが聞きました」

「じゃ、話は早い。光の波動に対抗するのが覇王ってとこだ」

 シグナーとダークシグナーのようなものか。十代も何かを背負ったデュエリストだとは感じていたが、話が宇宙まで広がるとなると現実感がない。

「暗黒界の王というのは?」

「一応そのあたりの王様ってことになってるな。世界を支配しようと思ってたときに拠点にしてたからその名残ってとこ」

 一番聞きにくいと思っていた話がさらりと出てきた。驚く遊星に十代は微笑んだ。

「力は必要だけど力を求めすぎるとろくなことにならない。その点キミは大丈夫そうだな。

 あと精霊たちが噂しそうなのは、大量の精霊をデュエルで負かして異空間送りにしたとか?」

「……それは初めて聞きました」

「あれ、案外伝わってないのか。……いや別に名折れじゃねぇよ」

 十代はまたユベルを見上げた。ユベルが世界を滅ぼそうとし、覇王が止めたというのもまた事実なのだろう。

「あとは何かあるか?」

「ええと……カエルの王とご友人だとか?」

「おう。カエルの王様が王子様だった頃からの友達で、王妃はオレの同級生でな。ローズとカエル王子の大冒険、別の友達が小説にしたくらいだ」

「あの──『ローズとカエルの冒険』ですか」

 早乙女レイの著書のひとつだ。カエルへの伝言という話に首をかしげる遊星に龍可が教えてくれた本だった。

 カエルに姿を変えられた王子と、人間の少女ローズの冒険物語だ。遊城十代が覇王で早乙女レイの友人であったなら、その本に登場する闇の王とカエルの王子がモデルなのかもしれないと。

 その物語では闇の王が特段十代に似ているわけではなかったが、カエルの王子と友になったことは一致していた。

「そうそう、面白いだろあの本。本当の冒険とは全然違う内容だけど、ところどころモデルになってる。きっと本当の冒険と結末を話をしたら、また新しい物語にしてくれたんだろうけどなあ──」

 早かったよ、あいつは。微笑む十代の目に寂しげな色がにじむ。それを見て、遊星の中で彼が時間を移動したわけではなく本当に長い時を生きてきたのだということがようやく腑に落ちた。

「アカデミアの仲間うちじゃ、一番あいつが若かったのにさ──ああ、知ってるか? あいつは十二でデュエルアカデミアの高等部に入ってきて」

「ええ、読みました。──あなたを追いかけてアカデミアに入ったと」

「最初はカイザーを追っかけてたんだけどな」

 カイザーとは丸藤亮の学生時代のあだ名だったか。プロになった後にヘルカイザー亮と名乗った時期もあったと聞く。

「最初は小学生のときにアカデミアへ潜入したとか」

「そうそう。あいつ、子供生まれてからは反省してたけどな。アカデミアに侵入するために歳ごまかしたり書類偽造したり、そんな犯罪まがいのこと自分の子にはさせられないってさ。

 まあ、当時の校長はおおらかな人だったから、デュエルが強きゃろくに書類も見なかったかもな」


 十代は懐かしそうに目を細めた。かつてのデュエルアカデミア本校は、現在のネオドミノ校よりも厳しい実力主義の学校だったらしいとアキから聞いた。

「ああ、オレばっかしゃべってるな。あいつの話なんて久しぶりで。本ってのはスゲェな。あの頃から遠い未来のキミにも話が通じるなんてさ」

「あなたや遊戯さんのことを知りたいと思って調べたんです。十代さんのことはなかなか見つけられなくて。大会などにはあまり参加されなかったんですね」

「まあ──オレはこんなだからな、あんま顔が残っても困る」

 十代は苦笑いした。

「あまり……人間界にはいないのですか?」

「いや、どっちもうろうろしてるぜ。このところはちょっと向こうにいることが多かったけどな。このあたりもすっかり変わっちまってびっくりしたぜ。もう童実野町はないんだな──」

 茶褐色の瞳にはまた寂しげな影がさす。しかしそれを振り払うように十代は笑った。

「ところで、キミの話を聞かせてくれよ。チーム5D's! ライディングデュエルの大会で優勝したんだって?」

 十代の瞳には初めて会った日と変わらない輝きが宿る。遊星は工具をしまい、家の中に十代を招き入れた。間接的な記録でしか知り得なかった「遊城十代」という人を、ようやく知ることができそうだった。

2024/11/25
2024/12/07 改行増版
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