【改行増版】遊城十代が死んだ

 棺の中に横たわる十代の夢を見た。夢だという自覚があり、これは葬儀の影響だと冷静に思った。

 棺は暗闇の中にぽつねんと置かれていた。棺の中で、十代はあの赤い制服を着ていた。棺に詰められた花は向日葵だった。

 胸の上にはカードが一枚載せられていた。そのカードは裏面だったので、何か気になり手を伸ばした。

《遊城十代》

 そう書かれたカードには、葬儀場に飾られていた遺影の写真がはまっていた。

 次の瞬間には墓の前にいた。日本でよく見る墓ではなくて、外国によくありそうな生没年や姓名の刻まれた墓だった。もちろん十代の名前と生没年が刻まれていた。

 背後に人の気配がした。振り向くと黒髪黒目の十代が立っていた。手を差し出されたからその手を握った。途端にその髪と目は長い間見慣れた茶へと変わり、十代は向日葵のように笑うと万丈目に抱きついた。

 そこに温度も重さもなく、夢だからなと万丈目は思う。感触だけはあったが、眠る直前の記憶が引用されているにすぎないだろう。

 十代は万丈目の頬を撫で、顔を近づけた。

 突き飛ばす。重さのないそれは勢いよく吹っ飛んで尻餅をつく。

「誰だ。いや、『何』だ」

 十代だった顔はぐにゃりと歪んで、黒くどろどろとしたものへと変わった。

 肌が粟立つ。逃げ出したい気持ちと逃げてはならないという気持ちが同時に湧き上がった。気がつけば腕にはデュエルディスクがあり、万丈目はあの黒い制服をまとっていた──卒業してからは着なくなったものを、なぜ? デュエルディスクもよく見たらプロとして使っているものではなく、デュエルアカデミアから支給される、それもレッド寮仕様の赤いラインが入ったものだ。

 ちぐはぐだった。夢だから仕方ないのか。黒いヘドロのような化け物はうごめくばかりでデュエルなどできそうにない。どうしろというのだ──そう思ったが、万丈目の手には先ほどのカードがある。

 《遊城十代》、戦士族、レベル四、攻撃力と防御力はゼロ──効果モンスターのようだが効果が書かれているはずの欄は何の文字もなかった。

「攻防ゼロの雑魚モンスターか? まったく、おジャマどもでも防御力はあるぞ!」

 万丈目はデュエルディスクにカードを叩きつけた。

「雑魚たぁひでえな」

 赤い制服の十代が現れる。ふわふわと宙に浮いて、これも先ほどの偽物とそっくりだ。いや、万丈目の夢である以上はすべて偽物だ。目の前の十代も、あの恐ろしいヘドロも、墓も棺も棺の中の十代も向日葵も全部。

「また難しいこと考えてるのか?」

「これは夢だ」
「ふぅん。味がしないの?」
「何も食っとらん」

「じゃあ、なんで夢だと思うんだ?」

「何もかもおかしいからだ」
「おかしいかな」

「おかしい。第一お前もふわふわ浮いてるだろうが」

 そう言って十代をにらむと、十代は首を少し傾げた。

「いつも浮いてるよ」
「そんなわけあるか」
「あるよ。もう忘れたのか?」

 お前の近くにふわふわ浮いてたじゃないか。

 そう、一時期万丈目の頭の中には十代が住み着いていた──。

「……まだいやがったのか」
「なんだよ。ずっと一緒にいたくねぇの?」

 オレは一緒にいたいのに。

 万丈目の空想が生み出した十代は万丈目が好ましいと思う顔で笑ってみせる。

 ずっとこうしてられたらいいのに──先にそう言い出したのは十代だ。この十代は万丈目の脳が生み出したものでも、言葉や動作は現実をベースにしている。

「万丈目、精霊に愛されてるからさ、きっとオレみたいになれるぜ。年頃も今ならちょうどよさそうだ。オレくらいだと未成年に間違えられちまう」

 少年と青年のはざまで時を止めた十代は自分の顔を指差した。

「……そんなこと十代は望まない」

「なんで言い切れるの? 確認したわけでもないのに」

「確認しなくてもわかる。あいつは望まない」

「本当に? ひとりぼっちは寂しいぜ。お前もヨハンも遊戯さんもペガサス会長も、百年もしたらみんないなくなっちゃうじゃないか。本当にひとりぼっちになる前に、オレと一緒にいようって思わないの? オレは寂しくて寂しくて、万丈目に会いに来たのに」

「寄せ書きを取りに来たんだ」

「そうだよ。ひとりは寂しいから取りに来たんだ。紙切れひとつでも支えにはなるけど」

 お前がいたらもっと嬉しいよ。

 万丈目は舌打ちをした。こんなことが万丈目の心の底にある願望なのだろうか?

「……協力はしてやりたいさ。力になってやりたい。それは望んでいるとも。だが、そのために人の道を外れるようなことは」

「ああ! 覚悟がないんだ」

 十代は万丈目の声をさえぎった。万丈目の胸ぐらをつかんで目を覗き込む。

「お前にそうやって覚悟がないから、オレはひとりぼっちで、死んじゃって、人間じゃなくなったんだ」

 金色の見開かれた目が万丈目を責めていた。

「お前はいつも口ばっかりだ。協力するって言いながら何ができたんだよ。オレが闇に溺れるのを見てただけのくせに、ダークネスに飲まれて結局オレに助けられたくせに」

 罪悪感だけで。

「お前はオレのことなんかちっとも好きじゃないんだ」

「違──」

 突如、十代は何本もの向日葵になって地面へ落ちた。地面には遊城十代の名と生没年が記された墓がある。死んだばかりのはずだというのに、その墓は長年誰も手入れしていないかのように苔むしていた。周囲は雑草が生えて、先ほど落ちた向日葵は打ち捨てられたごみのように散らばっていた。墓の後ろから黒いヘドロが這い出してきた。

「お前が望んだことだろう」

 目が覚める。記憶の反復とは別種の悪夢だった。ベッドに十代はいなかった。もう朝になっている。リビングへ行くと十代が朝食の用意をしていた。

「おはよ……って、また夢見悪そうだな」
「お前の入った棺と墓が出てきた」
「ちょっと進歩したじゃん。ちゃんと墓に入った」

 十代にしてみれば、刺された瞬間よりは進んだということなのだろう。いや、そのような捉え方もできるか。なら万丈目を甘やかに誘い、拒絶されたら責め立てたのは?

 そんなことを十代本人に言えるわけがない。万丈目の中に十代に対する好意と罪悪感があるのは確かだ。現実では何も言わない十代に「望まれたい」と「いっそのこと糾弾されたい」という二つの願望があるのかもしれなかった。

「まあ夢になんかたいした意味はねえよ。うまいもん食って忘れちまいな。今日はちょっと豪勢だぜ」

 十代がオーブンを開けると、パンとチーズとケチャップの焼けたにおいがした。

 昨夜のミートソースはパングラタンへとアレンジされた。ドリアもパンも食べたいから折衷案だと十代は笑っていた。朝から重くないかと思ったが、十代の胃袋にはそんなこと関係ないのかもしれない。万丈目は今は美味しく食べられるがあと数年経ったらきついかもしれないなと考えて、数年後も十代はそばにいるのだろうかと思う。

 ずっとこうしてられたらいいのに、と現実の十代は言った。

 ずっと一緒にいたくねぇの? と夢の中の十代は訊ねた。

 万丈目は、永遠は望んでいない。この命尽きるまでは、とは思うけれど。

「あんま好きじゃなかった?」
「いや、ただ、夢のことが」
「本当にずっと夢見悪いな……」

 十代は心配そうに言った。

「あ、確か悪夢は話すと現実にならないって言わなかったか?」
「お前はもう棺に入っただろうが」

 ああそうだった、と十代はコーヒーを飲んだ。

「じゃ、墓は?」
「墓は……西洋風の、名前と生没年の入ったやつだった」
「あの細長いやつじゃないんだ」
「ああ。それで──」

 苔むして、雑草が生えて、周りには打ち捨てられたごみのような花が散らばる。

「わ、なんか暗ェなぁ。そりゃげんなりする。でも、その墓ん中に誰もいねえだろ。偽物だから誰も来ないんだ」

 あれは十代の孤独な未来を表したものだ──と万丈目は思った。だが十代にしてみれば、自分は生き続けているのだから、そんな墓は放置され苔むして当然だということなのだろうか。

「他にはなんか出てきた?」
「……カードが出てきた。お前の」
「オレの? どんなだった?」
「攻撃力も防御力もゼロの雑魚だった」
「効果は?」
「何も書いてなかった」
「えー。夢だからって手抜きすんなよ」
「手抜きとはなんだ」
「手抜きじゃん。ちゃんと効果考えてくれよぉ」
「効果はオレを苛立たせる、だ」

 十代はげらげらと笑った。

 話してしまえば夢の中身などたいしたものではないような気がする。棺と墓と十代が出てきただけだ。たかが夢を重く捉えすぎなのだ。考えすぎるから悪夢を見るという悪循環を起こしているのかもしれない。

 仕事に復帰すると悪夢の頻度は減った。忙しかったからか、時間薬というやつか。それでも棺と墓の夢はたまに見て、それはいつからか遊城十代ではなく万丈目自身の棺と墓になった。

 万丈目の棺には白い百合が詰められていた。自分の死に顔は想像できないのか顔には布がかけられていた。墓はやはり西洋風のそれで、古ぼけて没年は読み取れなかった。それでも十代の墓と違って苔むしたりはせず、古いだけで墓はきれいに手入れされていた。

 捧げられた白い百合と西洋風の墓標に不似合いな線香が焚かれていた。その香りに思い出したのは十代の葬儀で、この墓は彼が手入れをしてくれているのだ、と思った。十代の姿はなかった。きっと世界中を、異世界を、時には宇宙にだって足を伸ばしているのだろう。

「最近はよく眠れてるみたいだな」

 休みの日の朝、十代にそう言われた。

「夢は見るが、悪夢というほどでもないな」
「どんな夢?」
「相変わらず棺と墓だが、もう見慣れた。最初は驚いたが」

 自分の墓になったことは言わなかった。

「ずっと棺と墓の夢ってのも縁起でもねえなあ……」
「静かでいいぞ」
「そんなもんか。明日からさ──」

 しばらく出かけると十代は言った。次元の歪みの兆候が観測されて、その様子を見に行くそうだ。

「なんもなさそうなら一週間くらいで戻る。なんか起きたり異世界に行かなきゃならなくなったら、時間がかかると思う」

「そうか。わかった」

 万丈目はちょっとスーパーに行ってくると聞いた程度の反応を返した。実際には短くて一週間、長ければ何ヶ月、何年といった時間になるだろう。動じてやるものかと、妙な意地を張っている。

「来週のタッグデュエル見たかったのになあ」

「録画しといてやる」

「吹雪さんとのタッグなんて絶対面白いのに~! なんでこのタイミングなんだよ」

 十代も、まるで「普通の仕事」が忙しいような口ぶりだ。いや、彼にとってはそれが「普通」なのかもしれない。

 その日の夕食はエビフライになった。レッド寮の食堂よろしく、月に一度のエビフライの日が設けられていた。万丈目は月に何回エビフライにしようと構わないと思うのだが、こういうのは月に一度がいいのだと十代が決めた。月の最終金曜日というルールだったが、いつ帰れるかわからないからと今夜のメニューにした。

 十代は毎月エビフライのレシピを変えていた。今夜のエビフライはやや独特のスパイスが入っていた。

「案外しょうゆが合うな」
「スパイスの味だけでも結構いける」

 十代はエビフライに対して探究心があるらしく、黄色い表紙のノートにエビフライのレシピと所感を記録していた。そのノートはエビフライ専用に用意されており、他の料理のレシピ帳はまた別にあった。レシピ帳は万丈目も自由に使ってくれと言われていた。

 十代のレシピ帳はしっかりと分量表記のあるものと「適当」「たくさん」「赤くなるまで」といった雑なものとが混在していた。ミートソースとナポリタン、オムライスがその代表格であった。ケチャップ味で雑な分量のものは彼の母親の直伝なのかもしれなかった。

 夜、「万丈目と寝れなくなるのは寂しいな」などと言うものだから少しだけ勝ったような気分になった。なんの勝負もしていないのだが。

 しかし次には「でも異世界に行ったらハネクリボーたちに久しぶりに外で会えるなあ」と言った。十代は異世界に行くことも少し楽しみにしているのかもしれない。

 異世界に行けば戻るのは何ヶ月先になるのだ。そういえば異世界ではハネクリボーが十代に寄り添って寝ていたと思い出す。もしかして十代にとって自分とハネクリボーは似たような位置なのか──いくらなんでもそれはないと思いたい。

 どんなに十代が人間と精霊に別け隔てのない扱いをするのだとしても、ハネクリボーと同列扱いと思うと何か負けた気持ちになる。やはりなんの勝負もしていないのだが。

 旅立つ前、十代は合鍵を置いていった。

「なくしたら大変だし、引っ越すときって鍵全部返さないといけないよな?」

 引っ越しを視野に入れているなんて何年帰らないつもりなのだと思った。しかしそもそも引っ越しても引っ越し先をことづけておくと言ったのは万丈目だ。十代はその言葉を受けた行動をしたのだから、文句を言うのは筋違いだろう。

「行ってきます!」

 あの赤いショルダーバッグの色違いの黒いショルダーバッグにファラオを入れて、遊城十代は足取り軽く旅立った。昨日は来週のタッグデュエルが見れないと嘆いていたのに、眼鏡の向こうの目は輝いていた。根なし草にリモートワークの会社員みたいな生活はやはり合わなかったのだろう。

 昨日の夜は寂しいなんて言っていたのに。

 残ったのは一人には広い、猫もいない家。

 旅に同行しようとするファラオに、お前まで来たら万丈目が寂しいじゃないかなどと言っていたからそんなデブ猫置いていくなと連れていかせた。ファラオも家猫生活に飽きていたのか、何か思惑があるのかはよくわからない。

 ファラオは万丈目たちがデュエルアカデミアの一年生であった頃すでに成猫であったのに、現在も毛並みの衰えすら感じられない。錬金術師の愛猫が通常の猫であるとは思えなかった。

 結局のところ、遊城十代はひとりのようでひとりではないのだ。ファラオ、大徳寺、たくさんの精霊たち。百年後だって彼らは十代のそばにいるだろう。

 その日の夜、万丈目の夢には久しぶりに十代が出てきた。十代はあの赤い制服を着て、黙って万丈目の墓を見つめていた。よく手入れされた古ぼけた墓には白い百合と線香が捧げられていた。

 夢の中の十代は、万丈目がそばに寄っても気づくことはなく、触れようとしても万丈目の腕はすり抜けてしまった。オレの方が幽霊なのか、と万丈目は理解する。

 十代は思い詰めたような、悲しそうな、寂しそうな、後悔しているような──とにかく暗い顔をしていた。固いキャラメルみたいな目は乾いていて、涙を流すことはなさそうだった。

 万丈目は、墓だけを夢に見ていたときには、十代が懐かしそうに墓参りをする姿を想像していた。旅路の途中に時折立ち寄って、亡き友人を偲ぶのだろう、と。そのときにはきっとデュエルアカデミアのことやこの家で過ごした些細な日常を思い出すのだと、そこに悔いなどないのだと、漠然と思っていた。

 そうなるには万丈目が寿命などの「平穏な」死を迎えることが必要だ。「遊城十代」のように刺し殺されでもしたら、とても穏やかに墓参りなどできないだろう。

 だが、十代の表情に怒りはない気がした。友達が殺されたらどれほど十代が怒るのか、万丈目は知っている。それこそ世界を──十二次元すべての世界を滅ぼす勢いの怒りを抱くだろう。大人になった彼はそんなことはしないと信じたいが。

 この十代は万丈目の想像だ。万丈目は無意識に何かを想像し、墓の前に暗い顔の十代として現れた。表情から察するに、万丈目は十代が何か悔いを残すような死に方をしている──。

 事故や病ならば十代が悔いる余地がない。十代が原因で何かに巻き込まれたか。それならば悔いよりも悲嘆のような色が強くなりそうだ。

 それとも問題は死因はではなく、死に目に会えなかったなどの後悔だろうか。病院に駆けつけたが間に合わなかっただとか、旅に出ている間の不慮の事故だとか──。

 心臓がぞわりとした──万丈目は、ひとつの嫌な可能性を思いついた。

 十代がこのまま何十年も帰らず、二度と顔を見られないまま寿命を迎える。今日か明日かと考えながら、何十年と待ち続け、結局会えないままに死ぬ。それはとても寂しくて悲しくてつらいことだろう。

 だが。

 十代に帰れなかったことを悔やみ続けろと願うのは、我ながら性格が悪い。詫び代わりに永遠に墓の手入れをして、悲しそうに寂しそうに悔しそうに突っ立っていろと、そう思っているのだ。まあ、そのくらいの怒りは抱く。

 お前と違ってオレの時間は限られてるんだバカヤロー。
 楽しそうに出かけて行きやがって。
 ひとりぼっちで残されるオレのこと、本当に考えてるか!?

 お門違いな怒りである。別に一緒にいようなどという約束もしていない。十代は場合によって長くなると宣言している。帰れないならばそれは相応の事情があるのだろう──遊び呆けて帰らない可能性もないとは言い切れないが。

 そもそも、なぜ「待ち続ける」なんて選択をするんだ? 十代に会いたいなら探しに行けばいい。あいつは異世界で有名人だ。精霊を取っ捕まえて十代は、いや覇王はどこだと聞けばきっと見つかるだろう。

「そんな覚悟が持てるのか」

 空中から、突然ふわふわ浮いた十代が現れる。墓の前に突っ立っている十代とは別の存在だ。金色の目が上から逆さまに万丈目を見つめる。

「あのときみたいに、ちょっと悪い精霊にすぐ殺されちまう。お前はヨハンみたいに強い守護精霊がいるわけでもない。ただ精霊が見える『だけ』だ。頭ン中だけで勇ましいのは得意だよな」

 金色の瞳は意地悪く光り、もう外側以外の十代らしさを取り繕いもしない。これは万丈目の心の一部だ。

「好きだから一緒にいてくれとさえ言えないくせに」

「そんなことを言うつもりはない」

 万丈目はそいつから離れようとするが、ふわふわとついてくる。

「オレが大好きなことをごまかすなよ」

「この前は罪悪感だけで好きなわけじゃないと言ってたろ」

「あのときはそう思ってたじゃん。罪悪感から好きになった。十代のことばかり考えていたから、昔から好きだったと記憶を改竄した。昔から意識する存在だったけど、そんなに好きだったか? 負けて悔しかっただけ。初めてできた友達だから懐いただけ。まあ恋なんて全部勘違いみたいなもんだから、始まりがどこでも別にいいんじゃない」

 どうせ向こうは友達としか思ってないし。

「大好きだぜ万丈目、ハネクリボーもネオスもユベルもネオスペーシアンたちも、ヨハンも遊戯さんもペガサス会長も、翔も明日香も三沢も隼人も吹雪さんもカイザーもエドも剣山もレイもオブライエンもジムも、大徳寺先生もクロノス先生もトメさんも鮫島校長も」

「もういい」

 空想の十代はキャラメル色に戻った瞳で、万丈目の好きそうな顔で笑う

「でも、万丈目は一等特別だ。偶然だけどオレが生きてること知ってるし、ヨハンみたいに精霊売買で価値があるわけじゃないから安心して一緒にいられるし。都合がよくて大好きだ」

 こいつは要するに、嫌なことを言う係なのだ。本当は好きじゃないと言ったり、好きなのに告白もできないと言ったり。友達としか思ってないと言ったり、永遠に一緒にいたいのだと言ったり。その時時で万丈目が嫌だと思うことを言う。嫌味係だ。

「でもヨハンだったら、お前みたいにオレを好きじゃないフリしなくて、愛してるって言ってくれるかもな」

 今日はヨハンを引き合いに出すことに決めたらしい。無意識に沈んだ劣等感や嫉妬心を引っ張りあげてくる。

「ヨハンならオレが寂しくないように永遠に一緒にいてくれるかも。お前みたいに勝手にオレはそんなこと望まないって決めつけたりしないで、オレに墓の前で暗い顔させたりしないで」

 墓の前の十代は、身じろぎひとつせずに立ち尽くしている。彼から少し離れた今、表情は見えない。

「きっと一緒に旅もしてくれるよ。ヨハンは強いからきっと力になってくれる。宝玉獣たちもいてにぎやかになって、毎日楽しいだろうな」

 確かに嫉妬しているとも。臆面なく好意を表現できる素直な性格も、精霊に選ばれた稀有な才能も。

「お前の前で刺されたりしなかったらヨハンと一緒にいたかもな」

 そして勘違いではなく十代から自分の意志で生存を教えられたことも。

「でも大丈夫、オレはお前のそばにいるよ。オレのせいで悪夢にうなされてんだもん、責任取らなくちゃ。それにかわいそうなやつは抱きしめてあげないと。泣いてるやつはほっとけないんだ。お前がオネストみたいに精霊だったら魂に住まわせてやれるのに」

 二色に輝く目が細められた。人も精霊も区別せず愛するのは彼の美徳だろう。誰かひとりを愛するなんてことはしないのだ。それは万丈目であれヨハンであれ同じなのかもしれなかった。

「おいおい、添い寝だけとはいえ、誰とでも寝る軽薄なやつだと思ってんのか? ひで~やつだなあ」

 フルーツキャンディからハードキャラメルに戻った瞳は心外だとばかりに万丈目をにらみつける。

「でも、お前にはどっちかわかんないんだもんな。自分だけ特別でそうしてるのか、誰にでもやさしいからそうしてるのか。だってお前は」

 遊城十代を何も知らないんだから。

「それとも知りたくないのかな。聞かなかったら、どっちでも自分の都合のいいように思ってられるもんな」

 やっぱりお前は覚悟がない。

 結局のところ、万丈目が一番嫌悪しているのは意気地なしの自分なのかもしれなかった。
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