【改行増版】GX一話完結短編
遊城十代に最初に興味を持ったのは入学試験だった。実技受験番号は百十番。筆記試験の落ちこぼれ。だが実技試験では唯一ワンターンキルで勝利した受験生だった。成績のいい受験生でも試験官のライフを半分以下にしたらできた方だ。
──もちろん受験番号一番だった万丈目準は試験官のライフをゼロにし合格している。
しかしワンターンキルとはいかなかった。偶然なのかどうか、遊城十代の実力を試してみたい。しかし。
「あいつにはかかわらない方がいいですよ、万丈目さん」
万丈目を慕う生徒の一人、取巻太陽はそう耳打ちした。
「あいつと地元の同じやつから聞いたんです。呪われたカードを持ってるって話ですよ」
「呪われた? 馬鹿馬鹿しい」
「でも、あいつとデュエルしたら何人も倒れて入院したそうですから」
「試験官はそうじゃなかっただろ」
「それはそうですけど……」
「ふん。だったら実際試した方が面白いだろう。──遊城十代!」
教室を出ようとしていた遊城十代に声をかける。
「……なに?」
遊城十代はにこりともしない。試験官に勝ったときも無表情だった。
「オレとデュエルしないか。もうこの後授業はないだろう」
「ないけど。お前とデュエルする義理もない。てゆーか、誰?」
「おい、万丈目さんに失礼だぞ!」
「入学式で宣誓もしてただろ」
取巻に続き慕谷雷蔵があきれて言った。
「いい。オレは万丈目準」
「遊城十代。……あ、知ってんだっけ」
万丈目が名乗ると十代も名乗り返した。まったく礼儀がなっていないわけではないようだ。
「デュエルフィールドを予約してある。最新式だぞ」
十代はそれには少し心惹かれたようだった。視線を斜め上にやり考える。
「……そうだな。いいよ」
「うわあああああ!」
取巻の四千のライフポイントはたった一ターンでゼロになった。手札からの融合召喚と墓地除外による融合で二体の上級モンスター召喚。さらに魔法カードによる攻撃力の増加に貫通効果、モンスター効果によるダメージ。見事なものだった。
「──それで。言うことは?」
遊城十代は氷のように冷たい目で取巻を睨んだ。目の色が変わるという比喩表現があるが、まさにこのことだと万丈目は思う。実際、少し色が変わっている気がする。
そもそも、万丈目が十代の相手をするつもりだったのだが。十代は取巻の「呪いのカード」という言葉聞いた途端に取り消せ謝れと彼にデュエルを挑んだ。
「……ごめんなさい」
取巻は十代に謝った。十代は少し中空を見てから「二度と言うな」と言った。
「悪かったよ。……じゃ、これ」
取巻はカードを十代に差し出す。
「何?」
「カードだよ。アンティだろ」
「はあ?」
また十代はじろりと取巻を睨む。
「そんな馬鹿なことやめろ」
「なんだよ馬鹿って。バトルシティでもあったれっきとしたルールだろ」
「校則では禁止だろ」
「そーだけど、何も賭けないとつまんないじゃん」
「お前……」
十代は何か言いかけてやめ、ため息をついた。
「……オレはいらないし、やらない。カードはもっと大事にしろ。オレは帰る」
「え! 待てって、オレもやりたい! お前のデッキ面白そうだ」
帰ろうとした十代を慕谷が止める。
「アンティやめて購買のドローパンってのどうだ?」
「ドローパン?」
「この学園の名物! 中身がランダムのパン。一日に一個しかない黄金のタマゴパンがめちゃくちゃうまいらしいぜ。負けた方が明日の昼飯にそれ奢るってのは?」
十代はしばし中空を見つめる。
「まあ、パンくらいなら」
「決まりだな」
そうして、翌日万丈目たちは十代にドローパンを奢ることになった。慕谷もワンターンキルはさせず、万丈目も善戦したものの十代が三勝したのだ。
「シャケパン、納豆パン、ピザパン……」
タマゴじゃないなと十代は呟く。そう簡単にタマゴパンは出ないようだった。
「オレはコロッケだ」
「オレは……あんパンだ。しょっぱいのがよかったな」
慕谷と取巻は残念そうに言った。
「万丈目さんは?」
万丈目は黙って封を切ったパンを三人に見せた。パンに挟まれ輝くようなタマゴの黄味が覗いている。
「すげぇ!」
「さすが万丈目さん!」
「この勝負はオレの勝ちだな」
「いつの間に勝負になったんだよ」
十代はおかしそうに笑った。
「取巻、甘いの嫌ならピザパンと変えねえ? オレ一個くらい甘いの欲しい」
「お、いーよ。サンキュー」
取巻と十代はパンを交換した。昨日のデュエルの後、感想戦を交えて話すうち四人は自然と打ち解けていった。最初は表情が固く無愛想に見えた十代も話し出せば案外とよく笑う。人見知りの気があるのだろうと万丈目は思った。
「タマゴパンどう?」
「うまいぞ」
「へえー。次は当てよ」
「納豆パンなんてうまいのか?」
「納豆とパンも結構合うぜ。オレ家にいるときは納豆トーストとかしてた」
「マジ? オレ納豆は米がいいなー」
「具なしパンもあるらしいぜ」
「下手なもんが当たるよりはマシかな」
「そういやさっきの授業さ──」
しゃべりながら昼休みも半分過ぎた頃、不意に十代の視線が宙を泳いだ。
「……行かなきゃ」
十代は立ち上がると急ぎ足で食堂から出ていった。
そのようなことはその日だけでなく、その後も何度もあった。最初のうちは変だと思ったが、幾度か続くうちそういうものだと万丈目たちは受け止めるようになった。
十代がたびたび姿を消す理由は、後にこう解釈された。
遊城十代には恋人がいるらしい。
その噂はまず女子生徒の間で共有された。なんでも告白した女子生徒はみんな「愛してるひとがいるから」という理由で断られたそうだ。
明日香はなんでまた彼がそんな噂になるほど告白されるのだろうか、と思うけれど。どうやら男子生徒に絡まれる女子生徒を何度か助けていたらしい。一部の男子生徒の素行には明日香も思うところがある。
明日香自身もお茶をどうだ一緒にランチをなどと誘われたし(当然断っている)、そのように絡まれる女子生徒を助けたこともある。今特に仲良くしているジュンコとももえもそうだ。あの時、気の強いジュンコは「しつこい」と男子三人に怒鳴っており、ももえは今にも泣き出しそうだった。明日香は「先生が呼んでいるからすぐに来て」と嘘をつき二人を男子生徒から引き離した。
以来、二人とはすぐに友達になった。それを思えば助けてもらった相手に好意を抱くのは自然なことか。
しかし明日香には、遊城十代はアンティルールを仕掛ける万丈目一味の一人──という印象がある。他の取り巻き連中ほどではないが、しばしば万丈目と行動を共にしている。万丈目一味は女子生徒には手出ししないので、ジュンコとももえは評価しているようだが。
──どちらがマシかを比べてもね。
明日香にはアンティルールを仕掛けるのも女子生徒につきまとうのも、両方ろくでもない連中としか思えない。
そんなことを考えていたからか、ちょうど万丈目一味が向かいから歩いてくる。購買帰りらしく、遊城十代は紙袋を抱えていた。
「お前それ本当に全部食うのか?」
「食うよ。腹減るもん」
「ちびの大食いだよなー」
「これから伸びる……っと、オレもう行くな」
遊城十代はなぜか中空に目を泳がせてから走っていった。
「あいついつもどこ行ってんだろ」
「また彼女に電話じゃないの?」
「あ~かもな」
万丈目たちも彼に恋人がいることは知っているらしい。特に隠し立てもしていないのだろう。
「いーよなー楽しそうで」
「でもこの前説教されてたぞ」
「え、なんで知ってんですか万丈目さん」
「スピーカーで話してて聞こえた。起きるのが遅いとかなんとか」
「それ母親からの電話じゃないですか?」
「ははっ。かもな。──おや、天上院くん」
万丈目が明日香に気づいて笑いかける。
「どうも」
「この後デュエルフィールドを予約してあるんだが、よかったら」
「ごめんなさいね、鮎川先生の手伝いがあるの」
「そうか。ではまたの機会に」
万丈目は断られても気にした様子はない。時折今ような声はかけられるがしつこくないのはいいところだ。まあ、やはりどちらがマシかという話でしかないのだが。
明日香は購買につく。トメさんに声をかける。
「すみません。鮎川先生に頼まれて、保健室用の荷物を取りにきました」
「ああ、聞いてるよ。お手伝いありがとね、明日香ちゃん」
「いいえ」
荷物を受け取り保健室へ向かう。箱のかさはあるが、中身は包帯だから軽いものだ。ドアの前につくと話し声がした。鮎川先生がもういるのだろうか。話しているということは怪我をした生徒でも来ているのか。
「失礼します」
ドアを開けて、中にいたのは遊城十代だった。
「あ……」
振り向いて目の合った遊城十代は、気まずそうな顔をした。保健室には彼ひとりだ。診察用の椅子に座っている。
「……あなたひとり? 今、話して……」
「……電話」
「ああ──」
これが例の、と思う。慌てて電話を切ったから気まずそうな顔をしたのだろう。
「怪我でもしたの?」
明日香は先生の机に荷物を置きながら訊ねる。
「いや……それ包帯? もらっていい?」
「怪我したなら、先生に診てもらわないと……でも今日は会議で遅くなるらしいわよ」
だから明日香が購買に荷物を受け取りに行った。購買は午後五時で閉まってしまう。
「怪我は前に診てもらったから今日は替えの包帯もらいにきただけなんだけど」
「そうなの?」
「だから一個もらってくな」
遊城十代は明日香が机に置いた箱を開けてしまう。包帯を一つ取り自分の紙袋に放り込んだ。
「ちょっと、勝手に」
「先生には言っとくから勝手じゃないだろ。サンキューな」
にかっと笑い彼は明日香が止める間もなく保健室を出ていった。
「……勝手なやつ」
やはりろくでもない連中の一人だ、と思う。本当に鮎川先生に伝えるのかどうか。明日香は遊城十代が包帯を持っていったことをメモに残して保健室を後にした。
「ラッキーだったなー」
ひとり──いや、ふたりきりになり、十代は言った。いつもそばにいる精霊ユベルに笑いかける。しかしユベルは顔をしかめている。
「ラッキーじゃないよ。傷はちゃんと診てもらわないと」
「大丈夫だって。ユベルは心配しすぎ」
「キミは能天気すぎ」
「そうかあ?」
今、十代の腕には光の波動に影響された精霊とのデュエルでついた傷がある。購買で消毒薬や包帯を買おうとしたが、トメさんに訊ねたら保健室へ行くように言われてしまい、仕方なく鮎川先生に診てもらった。怪我の理由は転んだと嘘をついた。
これから先もこのような怪我はするだろうから、なるべくなら保健室の世話にはなりたくない。今日は先生がいなかったので少しばかり包帯などを拝借したかったが棚には鍵がかかっていた。女子生徒が補充の包帯を持ってきたのは幸運だったと十代は思う。
「ちょっとした怪我から破傷風とかなるんだから」
「破傷風なら確か子供の頃にワクチン打ってるって。昔と違ってそんな簡単には死なないよ」
十代はそう言ったが、ユベルは十代をにらむ。その二色の目の奥に悲しみがあることは十代もわかっている。
「……わかったよ、今度怪我したときもちゃんと診てもらうから」
「どうせキミはたいしたことないとか言って行かない」
不機嫌にそう返された。信用がない。
「『十代』になったからって油断しないで」
以前は──前世では『十代』になって早早に命を落としている。死に際はあまり覚えていないが高熱にうなされていたことはぼんやり覚えている。現在よりもずっと昔のことだ。子供の死亡率はそもそも高かったのではないかと思う。
覇王の魂は不滅でも人間の器の方は脆い。覇王の魂を真に目覚めさせれば器も不滅のものになるのだ、と伝承にはあったが定かではない。
早く不滅になってくれたら楽なのに、と十代は思う。そうしたら怪我の手当てもいちいちしなくて済むかもしれないし、腹が減ることもなくなるかもしれない。ユベルが些細な怪我に気を揉むこともなくなるだろう。十代の死に悲しむことも、再び生まれてくるまで孤独に待つことも、きっと。
「ちゃんと大人になるよ」
まだ十二になったばかりだ。大人になるまであと何年かかるのだろう。
大人になったら──。
ユベルはどうするのだろうと少し思う。
十代が覇王となるまで守るのがユベルの役割だ。十代が子供のまま死んでしまったら、ユベルはまた孤独に次の覇王が生まれるのを待たねばならない。ユベルのためにも覇王とならなければ。でも。
その役割を終えたら──。
もうそばにはいてくれないのだろうか。
一言たずねてみたらいいだけなのだ。あっさりとこのまま一緒にいると言ってくれるかもしれない。
でも。
長すぎる役割に倦んで早く自由になりたいと思っているかもしれない。もしそんなことを言われてしまったらと思うと恐ろしい。ユベルと離れるくらいなら覇王になんかなりたくない。でもユベルをまた悲しませるのは嫌だ。やはり覇王にはならなくてはいけない。
あるいは大人になるというのは、そうした結果を受け入れることなのかもしれない。もしユベルと離れるのだとしても、それがユベルの選択ならば──。
そんなことばかりをぐるぐると考えている。大人になれる保証もないのに。ただ一言聞くことができない、それこそ自分の幼さなのだと十代は思う。自分の望む答え以外を受け入れられない。
「……まったく。そんな顔しなくても」
どきりとした。いつの間にかうつむいていた顔を上げると、ユベルは微笑んでいた。
「怒って悪かったよ。でも、ボクは光の波動からは守れても病魔からは守ってやれないんだ」
ユベルは十代の頬を撫でる。実際には触れられていないのに、十代はその手を感じるような気がする。
「キミが大人になるのを今度は守らせてくれ。そうしたら」
永遠に一緒にいられるだろう?
ユベルは二色の目を細めた。まるで十代の心などお見通しだと言いたげだ。そのきれいな微笑みに十代は目の奥がちかちかするような気がした。
「……うん」
十代はユベルが竜の鱗をまとった理由をやっと本当に理解した。あのときはユベルが人間としての人生を失ったことが悲しくて、十代がそれを奪ってしまったことが申し訳なかったけれど、ユベルはもっと先を見ていた。
覇王の魂が、その器が滅びないのなら、永遠に一緒にいられるのだ。
永遠に!
十代は頬に触れている手を握ろうとする。今は精霊のユベルに触れることはできない。でも、自分の頬と手の間に確かにユベルの手があることを十代は感じていた。
2025/01/03
2025/01/29 改行増版
──もちろん受験番号一番だった万丈目準は試験官のライフをゼロにし合格している。
しかしワンターンキルとはいかなかった。偶然なのかどうか、遊城十代の実力を試してみたい。しかし。
「あいつにはかかわらない方がいいですよ、万丈目さん」
万丈目を慕う生徒の一人、取巻太陽はそう耳打ちした。
「あいつと地元の同じやつから聞いたんです。呪われたカードを持ってるって話ですよ」
「呪われた? 馬鹿馬鹿しい」
「でも、あいつとデュエルしたら何人も倒れて入院したそうですから」
「試験官はそうじゃなかっただろ」
「それはそうですけど……」
「ふん。だったら実際試した方が面白いだろう。──遊城十代!」
教室を出ようとしていた遊城十代に声をかける。
「……なに?」
遊城十代はにこりともしない。試験官に勝ったときも無表情だった。
「オレとデュエルしないか。もうこの後授業はないだろう」
「ないけど。お前とデュエルする義理もない。てゆーか、誰?」
「おい、万丈目さんに失礼だぞ!」
「入学式で宣誓もしてただろ」
取巻に続き慕谷雷蔵があきれて言った。
「いい。オレは万丈目準」
「遊城十代。……あ、知ってんだっけ」
万丈目が名乗ると十代も名乗り返した。まったく礼儀がなっていないわけではないようだ。
「デュエルフィールドを予約してある。最新式だぞ」
十代はそれには少し心惹かれたようだった。視線を斜め上にやり考える。
「……そうだな。いいよ」
「うわあああああ!」
取巻の四千のライフポイントはたった一ターンでゼロになった。手札からの融合召喚と墓地除外による融合で二体の上級モンスター召喚。さらに魔法カードによる攻撃力の増加に貫通効果、モンスター効果によるダメージ。見事なものだった。
「──それで。言うことは?」
遊城十代は氷のように冷たい目で取巻を睨んだ。目の色が変わるという比喩表現があるが、まさにこのことだと万丈目は思う。実際、少し色が変わっている気がする。
そもそも、万丈目が十代の相手をするつもりだったのだが。十代は取巻の「呪いのカード」という言葉聞いた途端に取り消せ謝れと彼にデュエルを挑んだ。
「……ごめんなさい」
取巻は十代に謝った。十代は少し中空を見てから「二度と言うな」と言った。
「悪かったよ。……じゃ、これ」
取巻はカードを十代に差し出す。
「何?」
「カードだよ。アンティだろ」
「はあ?」
また十代はじろりと取巻を睨む。
「そんな馬鹿なことやめろ」
「なんだよ馬鹿って。バトルシティでもあったれっきとしたルールだろ」
「校則では禁止だろ」
「そーだけど、何も賭けないとつまんないじゃん」
「お前……」
十代は何か言いかけてやめ、ため息をついた。
「……オレはいらないし、やらない。カードはもっと大事にしろ。オレは帰る」
「え! 待てって、オレもやりたい! お前のデッキ面白そうだ」
帰ろうとした十代を慕谷が止める。
「アンティやめて購買のドローパンってのどうだ?」
「ドローパン?」
「この学園の名物! 中身がランダムのパン。一日に一個しかない黄金のタマゴパンがめちゃくちゃうまいらしいぜ。負けた方が明日の昼飯にそれ奢るってのは?」
十代はしばし中空を見つめる。
「まあ、パンくらいなら」
「決まりだな」
そうして、翌日万丈目たちは十代にドローパンを奢ることになった。慕谷もワンターンキルはさせず、万丈目も善戦したものの十代が三勝したのだ。
「シャケパン、納豆パン、ピザパン……」
タマゴじゃないなと十代は呟く。そう簡単にタマゴパンは出ないようだった。
「オレはコロッケだ」
「オレは……あんパンだ。しょっぱいのがよかったな」
慕谷と取巻は残念そうに言った。
「万丈目さんは?」
万丈目は黙って封を切ったパンを三人に見せた。パンに挟まれ輝くようなタマゴの黄味が覗いている。
「すげぇ!」
「さすが万丈目さん!」
「この勝負はオレの勝ちだな」
「いつの間に勝負になったんだよ」
十代はおかしそうに笑った。
「取巻、甘いの嫌ならピザパンと変えねえ? オレ一個くらい甘いの欲しい」
「お、いーよ。サンキュー」
取巻と十代はパンを交換した。昨日のデュエルの後、感想戦を交えて話すうち四人は自然と打ち解けていった。最初は表情が固く無愛想に見えた十代も話し出せば案外とよく笑う。人見知りの気があるのだろうと万丈目は思った。
「タマゴパンどう?」
「うまいぞ」
「へえー。次は当てよ」
「納豆パンなんてうまいのか?」
「納豆とパンも結構合うぜ。オレ家にいるときは納豆トーストとかしてた」
「マジ? オレ納豆は米がいいなー」
「具なしパンもあるらしいぜ」
「下手なもんが当たるよりはマシかな」
「そういやさっきの授業さ──」
しゃべりながら昼休みも半分過ぎた頃、不意に十代の視線が宙を泳いだ。
「……行かなきゃ」
十代は立ち上がると急ぎ足で食堂から出ていった。
そのようなことはその日だけでなく、その後も何度もあった。最初のうちは変だと思ったが、幾度か続くうちそういうものだと万丈目たちは受け止めるようになった。
十代がたびたび姿を消す理由は、後にこう解釈された。
遊城十代には恋人がいるらしい。
その噂はまず女子生徒の間で共有された。なんでも告白した女子生徒はみんな「愛してるひとがいるから」という理由で断られたそうだ。
明日香はなんでまた彼がそんな噂になるほど告白されるのだろうか、と思うけれど。どうやら男子生徒に絡まれる女子生徒を何度か助けていたらしい。一部の男子生徒の素行には明日香も思うところがある。
明日香自身もお茶をどうだ一緒にランチをなどと誘われたし(当然断っている)、そのように絡まれる女子生徒を助けたこともある。今特に仲良くしているジュンコとももえもそうだ。あの時、気の強いジュンコは「しつこい」と男子三人に怒鳴っており、ももえは今にも泣き出しそうだった。明日香は「先生が呼んでいるからすぐに来て」と嘘をつき二人を男子生徒から引き離した。
以来、二人とはすぐに友達になった。それを思えば助けてもらった相手に好意を抱くのは自然なことか。
しかし明日香には、遊城十代はアンティルールを仕掛ける万丈目一味の一人──という印象がある。他の取り巻き連中ほどではないが、しばしば万丈目と行動を共にしている。万丈目一味は女子生徒には手出ししないので、ジュンコとももえは評価しているようだが。
──どちらがマシかを比べてもね。
明日香にはアンティルールを仕掛けるのも女子生徒につきまとうのも、両方ろくでもない連中としか思えない。
そんなことを考えていたからか、ちょうど万丈目一味が向かいから歩いてくる。購買帰りらしく、遊城十代は紙袋を抱えていた。
「お前それ本当に全部食うのか?」
「食うよ。腹減るもん」
「ちびの大食いだよなー」
「これから伸びる……っと、オレもう行くな」
遊城十代はなぜか中空に目を泳がせてから走っていった。
「あいついつもどこ行ってんだろ」
「また彼女に電話じゃないの?」
「あ~かもな」
万丈目たちも彼に恋人がいることは知っているらしい。特に隠し立てもしていないのだろう。
「いーよなー楽しそうで」
「でもこの前説教されてたぞ」
「え、なんで知ってんですか万丈目さん」
「スピーカーで話してて聞こえた。起きるのが遅いとかなんとか」
「それ母親からの電話じゃないですか?」
「ははっ。かもな。──おや、天上院くん」
万丈目が明日香に気づいて笑いかける。
「どうも」
「この後デュエルフィールドを予約してあるんだが、よかったら」
「ごめんなさいね、鮎川先生の手伝いがあるの」
「そうか。ではまたの機会に」
万丈目は断られても気にした様子はない。時折今ような声はかけられるがしつこくないのはいいところだ。まあ、やはりどちらがマシかという話でしかないのだが。
明日香は購買につく。トメさんに声をかける。
「すみません。鮎川先生に頼まれて、保健室用の荷物を取りにきました」
「ああ、聞いてるよ。お手伝いありがとね、明日香ちゃん」
「いいえ」
荷物を受け取り保健室へ向かう。箱のかさはあるが、中身は包帯だから軽いものだ。ドアの前につくと話し声がした。鮎川先生がもういるのだろうか。話しているということは怪我をした生徒でも来ているのか。
「失礼します」
ドアを開けて、中にいたのは遊城十代だった。
「あ……」
振り向いて目の合った遊城十代は、気まずそうな顔をした。保健室には彼ひとりだ。診察用の椅子に座っている。
「……あなたひとり? 今、話して……」
「……電話」
「ああ──」
これが例の、と思う。慌てて電話を切ったから気まずそうな顔をしたのだろう。
「怪我でもしたの?」
明日香は先生の机に荷物を置きながら訊ねる。
「いや……それ包帯? もらっていい?」
「怪我したなら、先生に診てもらわないと……でも今日は会議で遅くなるらしいわよ」
だから明日香が購買に荷物を受け取りに行った。購買は午後五時で閉まってしまう。
「怪我は前に診てもらったから今日は替えの包帯もらいにきただけなんだけど」
「そうなの?」
「だから一個もらってくな」
遊城十代は明日香が机に置いた箱を開けてしまう。包帯を一つ取り自分の紙袋に放り込んだ。
「ちょっと、勝手に」
「先生には言っとくから勝手じゃないだろ。サンキューな」
にかっと笑い彼は明日香が止める間もなく保健室を出ていった。
「……勝手なやつ」
やはりろくでもない連中の一人だ、と思う。本当に鮎川先生に伝えるのかどうか。明日香は遊城十代が包帯を持っていったことをメモに残して保健室を後にした。
「ラッキーだったなー」
ひとり──いや、ふたりきりになり、十代は言った。いつもそばにいる精霊ユベルに笑いかける。しかしユベルは顔をしかめている。
「ラッキーじゃないよ。傷はちゃんと診てもらわないと」
「大丈夫だって。ユベルは心配しすぎ」
「キミは能天気すぎ」
「そうかあ?」
今、十代の腕には光の波動に影響された精霊とのデュエルでついた傷がある。購買で消毒薬や包帯を買おうとしたが、トメさんに訊ねたら保健室へ行くように言われてしまい、仕方なく鮎川先生に診てもらった。怪我の理由は転んだと嘘をついた。
これから先もこのような怪我はするだろうから、なるべくなら保健室の世話にはなりたくない。今日は先生がいなかったので少しばかり包帯などを拝借したかったが棚には鍵がかかっていた。女子生徒が補充の包帯を持ってきたのは幸運だったと十代は思う。
「ちょっとした怪我から破傷風とかなるんだから」
「破傷風なら確か子供の頃にワクチン打ってるって。昔と違ってそんな簡単には死なないよ」
十代はそう言ったが、ユベルは十代をにらむ。その二色の目の奥に悲しみがあることは十代もわかっている。
「……わかったよ、今度怪我したときもちゃんと診てもらうから」
「どうせキミはたいしたことないとか言って行かない」
不機嫌にそう返された。信用がない。
「『十代』になったからって油断しないで」
以前は──前世では『十代』になって早早に命を落としている。死に際はあまり覚えていないが高熱にうなされていたことはぼんやり覚えている。現在よりもずっと昔のことだ。子供の死亡率はそもそも高かったのではないかと思う。
覇王の魂は不滅でも人間の器の方は脆い。覇王の魂を真に目覚めさせれば器も不滅のものになるのだ、と伝承にはあったが定かではない。
早く不滅になってくれたら楽なのに、と十代は思う。そうしたら怪我の手当てもいちいちしなくて済むかもしれないし、腹が減ることもなくなるかもしれない。ユベルが些細な怪我に気を揉むこともなくなるだろう。十代の死に悲しむことも、再び生まれてくるまで孤独に待つことも、きっと。
「ちゃんと大人になるよ」
まだ十二になったばかりだ。大人になるまであと何年かかるのだろう。
大人になったら──。
ユベルはどうするのだろうと少し思う。
十代が覇王となるまで守るのがユベルの役割だ。十代が子供のまま死んでしまったら、ユベルはまた孤独に次の覇王が生まれるのを待たねばならない。ユベルのためにも覇王とならなければ。でも。
その役割を終えたら──。
もうそばにはいてくれないのだろうか。
一言たずねてみたらいいだけなのだ。あっさりとこのまま一緒にいると言ってくれるかもしれない。
でも。
長すぎる役割に倦んで早く自由になりたいと思っているかもしれない。もしそんなことを言われてしまったらと思うと恐ろしい。ユベルと離れるくらいなら覇王になんかなりたくない。でもユベルをまた悲しませるのは嫌だ。やはり覇王にはならなくてはいけない。
あるいは大人になるというのは、そうした結果を受け入れることなのかもしれない。もしユベルと離れるのだとしても、それがユベルの選択ならば──。
そんなことばかりをぐるぐると考えている。大人になれる保証もないのに。ただ一言聞くことができない、それこそ自分の幼さなのだと十代は思う。自分の望む答え以外を受け入れられない。
「……まったく。そんな顔しなくても」
どきりとした。いつの間にかうつむいていた顔を上げると、ユベルは微笑んでいた。
「怒って悪かったよ。でも、ボクは光の波動からは守れても病魔からは守ってやれないんだ」
ユベルは十代の頬を撫でる。実際には触れられていないのに、十代はその手を感じるような気がする。
「キミが大人になるのを今度は守らせてくれ。そうしたら」
永遠に一緒にいられるだろう?
ユベルは二色の目を細めた。まるで十代の心などお見通しだと言いたげだ。そのきれいな微笑みに十代は目の奥がちかちかするような気がした。
「……うん」
十代はユベルが竜の鱗をまとった理由をやっと本当に理解した。あのときはユベルが人間としての人生を失ったことが悲しくて、十代がそれを奪ってしまったことが申し訳なかったけれど、ユベルはもっと先を見ていた。
覇王の魂が、その器が滅びないのなら、永遠に一緒にいられるのだ。
永遠に!
十代は頬に触れている手を握ろうとする。今は精霊のユベルに触れることはできない。でも、自分の頬と手の間に確かにユベルの手があることを十代は感じていた。
2025/01/03
2025/01/29 改行増版