【改行増版】GX最終回後短編集-風のゆくさき
十代と後輩
「十代先輩!?」
廊下の向かいから来たスーツの男性に、大きな声で呼ばれた。まるで幽霊でも見たかのように驚いている。首から社員証を提げているから、このインダストリアル・イリュージョン社の社員だろう。
「あー……もしかして父のお知り合いの方ですか? オレ遊城十代の息子ですけれど」
十代がそう言うと、男性はほっとしたような顔をした。存在しないはずの「あの頃と変わらない高校時代の先輩」が「そっくりな息子」という実像を得たからだろう。
まあ、実際にはその「息子」の方が存在しないのだが。
「あ、息子さん? そうだよね、ごめんね突然驚かせて。あんまりお父さんにそっくりで」
よく言われますと十代は答える。男性は名乗り、デュエルアカデミアで後輩だったと言う。十代にはまったく覚えがなかったが、お世話になりますと返した。
「十代二世です。父を知ってる人からはジェイとか」
「そっか、よろしくジェイくん。しっかりしてるね、うちの子に見習わせたいよ。今デュエルアカデミアの高等部一年生なんだけど、その上着、キミもアカデミアに?」
「いえ、似てるジャケット買っただけ」
「そうなんだ。今高校生?」
「この前卒業したとこで」
「うちの子もその頃にはキミみたいにしっかりしてくれたらいいけど。今日はお父さんもこちらに?」
「いえ、来てません。オレは代わりのおつかいで」
「そうなんだ、えらいね。お父さんはお元気?」
「ええ、元気です」
あまり話すとぼろが出る。こういうときは相手にしゃべらせた方がいいか、と十代はかつての後輩に質問する。
「父とは部活とか一緒だったんですか?」
「いや、一時期寮が同じだったのと、卒業デュエルで相手してもらったくらいで──お父さんの方はボクのことなんて覚えてないかも」
それでよく覚えていたなあ、と十代は思う。もう卒業から二十年以上経っている。
「先輩のデュエルって面白くてね。学園の公開戦に先輩が出ると必ず見に行ったんだ。プロになられたら絶対ファンになったのになぁ」
もちろんお世辞もあるだろうが、真正面から褒められると気恥ずかしい。
「お父さんは今はどちらに?」
「ええと、今はどこだったかなあ。いろんな国を飛び回ってて……」
結局また十代の話に戻されてしまった。どう答えたものか。
「十代」
十代が返答に迷っていると、前田隼人が声をかけた。
「遅いから迷子かと思った。やあ、お疲れ様」
「お疲れ様です前田先輩。ごめんね引き止めちゃって。これお父さんに。こちらにいらしたらぜひコーヒーでもって」
後輩は十代に名刺を渡して会釈すると足早に去っていく。名刺の所属と肩書きからすると忙しいのだろうなと十代は思う。
「隼人、助かった~」
十代は破顔し旧友と拳を合わせた。
「はは。もう少し設定を考えた方がいいんだな」
「そうだな。しかしオレのこと覚えてるひとなんているんだなぁ」
「一年生のときから大活躍だったんだな」
「そうかなあ。ろくに大会成績もないぜ」
二年生のジェネックスは万丈目が優勝したし、三年生ではろくに大会もしていない。卒業後も記録の残るような大会には参加していなかった。卒業直後はペガサス会長に誘われたこともあったが、あまり顔が残ってしまっても困るから断っている。
「三幻魔も神のカードも記録には残らないもんな」
隼人は笑う。破滅の光も異世界も記録には残らない。十代にはその方が都合がいい。
「でも、設定なあ。放蕩親父の息子だけじゃダメかな」
「お母さんはって聞かれたらどうするんだ?」
「うーん、甲斐性なしを見限った」
「夫を見限っても息子は見限らない母親は多いんだな」
「ああそうか」
「遊城十代」が妻の存在を聞かれるのではなく「遊城十代二世」が母の存在を聞かれるのか。
「……きれいなひと、とか?」
「そりゃ写真見せてって言われちゃうな」
「写真には写んない」
「どんな性格って聞かれたら?」
「厳しくて減らず口」
「おいボクを想定するのはやめろ」
やだよキミの母親なんて、とユベルは文句を言った。隼人が笑う。
「でもモデルがいる方がリアリティは出るんだな」
「モデルなあ。レイでも参考にするか?」
「プロデュエリストじゃバレちゃうかな」
「じゃあレイの旦那の方とか?」
「ああ──参考になるかもなあ。世界中飛び回ってる人のパートナーって部分は同じで」
そんな冗談を言い合ううち、階段の前につく。
「じゃ、オレはここで。またな十代」
「またな、隼人」
そう声をかけて隼人と別れた。
後日、十代は後輩の名刺の番号へと電話をかけた。後輩は意外な電話に驚きながらも、喜んでくれた。会うことはできないが覚えていてくれたことに礼を言う。多少の近況をお互いに話した。
「今はどちらに?」
「息子と落ち合うのに日本に。またすぐ出るけど」
「お忙しいんですねえ。ボクもなかなか日本には帰れませんよ。奥さんは日本に?」
「今は一緒に旅してるよ」
「いいですね。奥さんはアカデミアの方ですか?」
「いや、違うけど幼なじみみたいな」
「やっぱり奥さんもデュエル強いんですか?」
「ああ。オレより強いかも。今はちょっと勝ち越されてるな」
他人をモデルにされるのはもっと嫌だというから、ユベルをモデルにさせてもらった。嘘をまじえるとはいえ、誰かにユベルをパートナーとして話せるのは少し嬉しかった。
「うちも奥さんのが強いですよ、うちは今自宅でデュエル教室みたいなのやってまして」
後輩の近況と共に、彼の妻の話を聞く。一人息子がデュエルアカデミアに行き手持ち無沙汰になりデュエル教室を始めたそうだ。教え方がうまいのか、近所の子供たちから評判がいいという。
「ボクより一年後輩だったんですけど、一年違うともう先輩のこと全然知らないんですよねえ。この前息子さんに会った話をしたときに全然話が通じなくて一歳差なのにジェネレーションギャップ感じちゃいました」
電話の向こうで後輩は笑う。なんの功績もない「遊城十代」の名を知る人はこれからはもっと減るだろう。先日声をかけられたときは驚いたが、こんな機会は二度とないのかもしれない。
「オレは行けないけどさ、息子はまた本社の方行くと思うから、よろしく」
「ええ。先輩も来たらぜひご連絡くださいね」
元気で、と互いに言い合って電話を切る。
「……幼なじみ」
電話を聞いていたユベルが言った。
「だいたい似たようなもんだろ?」
「そうかなあ」
「不満ならなんか設定考えてくれよ」
「設定ねえ。騎士のボクがキミの護衛の任を……」
「現代日本で頼む」
ユベルは肩をすくめた。
「今のを現代風にすると……小さい頃オレの送り迎えをしてくれた近所のお兄ちゃんとかかな」
「スケールが小さいなあ。それじゃ、キミがボクに愛を誓ったことを現代風にするとどうなるんだい」
「現代風? えーと……小さな頃からいろいろ面倒を見てくれるユベルが好きで……ってこれ結局幼なじみってことじゃないか?」
「じゃあ幼なじみでいいか。ボクが勝ち越してるのは真実だしねぇ」
ニヤッとユベルは笑う。
「今は、な」
「これからもそうかもよ?」
「絶対オレが勝ち越す」
「へえ。楽しみにしてるよ」
挑戦的に笑うユベルには、勝ち越されない自信があるようだった。十代もまだユベルに勝つ画期的な戦略を思いついたわけではない。だが追追考えていけばいいだけだ。
「じゃ、行くか」
ユベルを見上げれば笑って頷く。新しい世界へのゲートに十代は飛び込んだ。新しい世界が新しいアイデアをもたらすかもしれない。またあの後輩に会う頃には、今は父が勝ち越してますよとでも言えるようにしなければ。
2025/01/07
2025/01/29 改行増版
「十代先輩!?」
廊下の向かいから来たスーツの男性に、大きな声で呼ばれた。まるで幽霊でも見たかのように驚いている。首から社員証を提げているから、このインダストリアル・イリュージョン社の社員だろう。
「あー……もしかして父のお知り合いの方ですか? オレ遊城十代の息子ですけれど」
十代がそう言うと、男性はほっとしたような顔をした。存在しないはずの「あの頃と変わらない高校時代の先輩」が「そっくりな息子」という実像を得たからだろう。
まあ、実際にはその「息子」の方が存在しないのだが。
「あ、息子さん? そうだよね、ごめんね突然驚かせて。あんまりお父さんにそっくりで」
よく言われますと十代は答える。男性は名乗り、デュエルアカデミアで後輩だったと言う。十代にはまったく覚えがなかったが、お世話になりますと返した。
「十代二世です。父を知ってる人からはジェイとか」
「そっか、よろしくジェイくん。しっかりしてるね、うちの子に見習わせたいよ。今デュエルアカデミアの高等部一年生なんだけど、その上着、キミもアカデミアに?」
「いえ、似てるジャケット買っただけ」
「そうなんだ。今高校生?」
「この前卒業したとこで」
「うちの子もその頃にはキミみたいにしっかりしてくれたらいいけど。今日はお父さんもこちらに?」
「いえ、来てません。オレは代わりのおつかいで」
「そうなんだ、えらいね。お父さんはお元気?」
「ええ、元気です」
あまり話すとぼろが出る。こういうときは相手にしゃべらせた方がいいか、と十代はかつての後輩に質問する。
「父とは部活とか一緒だったんですか?」
「いや、一時期寮が同じだったのと、卒業デュエルで相手してもらったくらいで──お父さんの方はボクのことなんて覚えてないかも」
それでよく覚えていたなあ、と十代は思う。もう卒業から二十年以上経っている。
「先輩のデュエルって面白くてね。学園の公開戦に先輩が出ると必ず見に行ったんだ。プロになられたら絶対ファンになったのになぁ」
もちろんお世辞もあるだろうが、真正面から褒められると気恥ずかしい。
「お父さんは今はどちらに?」
「ええと、今はどこだったかなあ。いろんな国を飛び回ってて……」
結局また十代の話に戻されてしまった。どう答えたものか。
「十代」
十代が返答に迷っていると、前田隼人が声をかけた。
「遅いから迷子かと思った。やあ、お疲れ様」
「お疲れ様です前田先輩。ごめんね引き止めちゃって。これお父さんに。こちらにいらしたらぜひコーヒーでもって」
後輩は十代に名刺を渡して会釈すると足早に去っていく。名刺の所属と肩書きからすると忙しいのだろうなと十代は思う。
「隼人、助かった~」
十代は破顔し旧友と拳を合わせた。
「はは。もう少し設定を考えた方がいいんだな」
「そうだな。しかしオレのこと覚えてるひとなんているんだなぁ」
「一年生のときから大活躍だったんだな」
「そうかなあ。ろくに大会成績もないぜ」
二年生のジェネックスは万丈目が優勝したし、三年生ではろくに大会もしていない。卒業後も記録の残るような大会には参加していなかった。卒業直後はペガサス会長に誘われたこともあったが、あまり顔が残ってしまっても困るから断っている。
「三幻魔も神のカードも記録には残らないもんな」
隼人は笑う。破滅の光も異世界も記録には残らない。十代にはその方が都合がいい。
「でも、設定なあ。放蕩親父の息子だけじゃダメかな」
「お母さんはって聞かれたらどうするんだ?」
「うーん、甲斐性なしを見限った」
「夫を見限っても息子は見限らない母親は多いんだな」
「ああそうか」
「遊城十代」が妻の存在を聞かれるのではなく「遊城十代二世」が母の存在を聞かれるのか。
「……きれいなひと、とか?」
「そりゃ写真見せてって言われちゃうな」
「写真には写んない」
「どんな性格って聞かれたら?」
「厳しくて減らず口」
「おいボクを想定するのはやめろ」
やだよキミの母親なんて、とユベルは文句を言った。隼人が笑う。
「でもモデルがいる方がリアリティは出るんだな」
「モデルなあ。レイでも参考にするか?」
「プロデュエリストじゃバレちゃうかな」
「じゃあレイの旦那の方とか?」
「ああ──参考になるかもなあ。世界中飛び回ってる人のパートナーって部分は同じで」
そんな冗談を言い合ううち、階段の前につく。
「じゃ、オレはここで。またな十代」
「またな、隼人」
そう声をかけて隼人と別れた。
後日、十代は後輩の名刺の番号へと電話をかけた。後輩は意外な電話に驚きながらも、喜んでくれた。会うことはできないが覚えていてくれたことに礼を言う。多少の近況をお互いに話した。
「今はどちらに?」
「息子と落ち合うのに日本に。またすぐ出るけど」
「お忙しいんですねえ。ボクもなかなか日本には帰れませんよ。奥さんは日本に?」
「今は一緒に旅してるよ」
「いいですね。奥さんはアカデミアの方ですか?」
「いや、違うけど幼なじみみたいな」
「やっぱり奥さんもデュエル強いんですか?」
「ああ。オレより強いかも。今はちょっと勝ち越されてるな」
他人をモデルにされるのはもっと嫌だというから、ユベルをモデルにさせてもらった。嘘をまじえるとはいえ、誰かにユベルをパートナーとして話せるのは少し嬉しかった。
「うちも奥さんのが強いですよ、うちは今自宅でデュエル教室みたいなのやってまして」
後輩の近況と共に、彼の妻の話を聞く。一人息子がデュエルアカデミアに行き手持ち無沙汰になりデュエル教室を始めたそうだ。教え方がうまいのか、近所の子供たちから評判がいいという。
「ボクより一年後輩だったんですけど、一年違うともう先輩のこと全然知らないんですよねえ。この前息子さんに会った話をしたときに全然話が通じなくて一歳差なのにジェネレーションギャップ感じちゃいました」
電話の向こうで後輩は笑う。なんの功績もない「遊城十代」の名を知る人はこれからはもっと減るだろう。先日声をかけられたときは驚いたが、こんな機会は二度とないのかもしれない。
「オレは行けないけどさ、息子はまた本社の方行くと思うから、よろしく」
「ええ。先輩も来たらぜひご連絡くださいね」
元気で、と互いに言い合って電話を切る。
「……幼なじみ」
電話を聞いていたユベルが言った。
「だいたい似たようなもんだろ?」
「そうかなあ」
「不満ならなんか設定考えてくれよ」
「設定ねえ。騎士のボクがキミの護衛の任を……」
「現代日本で頼む」
ユベルは肩をすくめた。
「今のを現代風にすると……小さい頃オレの送り迎えをしてくれた近所のお兄ちゃんとかかな」
「スケールが小さいなあ。それじゃ、キミがボクに愛を誓ったことを現代風にするとどうなるんだい」
「現代風? えーと……小さな頃からいろいろ面倒を見てくれるユベルが好きで……ってこれ結局幼なじみってことじゃないか?」
「じゃあ幼なじみでいいか。ボクが勝ち越してるのは真実だしねぇ」
ニヤッとユベルは笑う。
「今は、な」
「これからもそうかもよ?」
「絶対オレが勝ち越す」
「へえ。楽しみにしてるよ」
挑戦的に笑うユベルには、勝ち越されない自信があるようだった。十代もまだユベルに勝つ画期的な戦略を思いついたわけではない。だが追追考えていけばいいだけだ。
「じゃ、行くか」
ユベルを見上げれば笑って頷く。新しい世界へのゲートに十代は飛び込んだ。新しい世界が新しいアイデアをもたらすかもしれない。またあの後輩に会う頃には、今は父が勝ち越してますよとでも言えるようにしなければ。
2025/01/07
2025/01/29 改行増版