【改行増版】GX一話完結短編

編入生のユベルくん

「十代!」

 校舎の廊下を歩いていた十代を、知らない声が呼んだ。翔の隣の十代は驚いた顔で振り向く。

 そこには、二色の髪と目の色をした少年がいた。レッド寮の制服を着ているが翔は見覚えがない。

「……ユベル?」
「十代! 会いたかった!」

 少年は十代に駆け寄って勢いよく抱きついた。十代は驚きながらも確かめるようにその背に手を回す。

「ユベル……本当にユベルなのか」
「もちろん」
「ユベルくん、突然走ってったら困るにゃあ~」

 情けない声で大徳寺がユベルを追ってきた。

「ユベルくん、十代くんに会えて嬉しいのはわかるけど、まだ案内の途中だにゃ」

「まだ何かあるんですか? ボクは十代と一緒にいたいのに」

 ユベルは不満そうに言った。

「あとは校舎とかの案内だけだけど」

「オレがやります。どこを案内したらいいですか?」

 十代が言った。

「それじゃあお願いするにゃ。……えーと、図書室と教室と……」

 大徳寺はメモを作って十代に渡した

「じゃあ、夕食の時間にレッド寮生に紹介するから、それまでに終わらせてほしいにゃ」

 大徳寺はそう言うと廊下を引き返していった。

「十代、その子は?」

 隼人が訊ねた。

「ああ、えっと……」

「遊城ユベル。十代の親戚。ちょっと事情があって入学には間に合わなかったんだ」

 ユベルはにこりと笑った。親戚というが顔立ちは十代とは似ていない。

「オレは前田隼人」

「ボクは丸藤翔。ボクたち、アニキと同じ部屋なんだ」

「アニキ?」

 ユベルは十代を見た。

「んー、なんかそう呼ばれてる」

「ふーん……アニキねぇ。ボクがいない間も楽しくやってたわけ」

「楽しいよ。デュエルもたくさんできるしな」

 ユベルの言葉には含みがあるようだったが、十代は知ってか知らずかそう答えた。

「じゃあ翔、隼人。オレはユベルを案内してくるから、先に戻ってくれよ」

「ボクたちも行こうか?」

「十代と二人で大丈夫。久しぶりにゆっくり話したいし」

「わかった。じゃ、また後でな」

 ユベルにそう言われて、隼人が頷いた。翔はほんの少し十代を取られてしまったような気持ちもあったが、無理について行くのも変だ。翔と隼人は十代とユベルと別れて、寮へと向かった。

◇◆◇

「……いったいどうしたんだ? いなくなったと思ったら、いきなり……」

 翔たちが離れてから十代は訊ねた。ユベルは数年前に大事な用があるから異世界に行かなくてはならないと言ったまま消息を絶っていた。

「なんだ、嬉しくないの? せっかく一緒に学校に通えるのに」

「それは……嬉しいけど」

 四六時中一緒だったユベルがいなくなり、なんの音沙汰もないまま何年も経ち不安だった。今こうして無事な顔が見られて嬉しいが、それ以上に聞きたいこともたくさんある。

「どうやって人間になったんだ?」
「やっぱり気になるよね。ほら」

 ユベルが右の袖をまくると腕輪がはめられていた。

「これを付けると人間の姿になって人間にも見えるようになるのさ。手に入れるのに苦労したよ。本当はもっと早く帰れるつもりだったんだけどさ──寂しかった?」

「そりゃ寂しいよ。なんの連絡もないから心配だし……」

 十代が素直に答えるとユベルは満足げに笑った。

「たまには離れると愛が深まるものさ。じゃ、行こうか」

「どこに?」

「先生に案内を頼まれただろう。もう忘れたのか?」

「あ──そうか」

 十代は大徳寺にもらったメモに目を落とした。

「本当に編入生……なんだ」
「そうそう。これからは学友ってやつさ」

「……あのさ、書類とかどうしたんだよ。戸籍? とか……」

「さあね。細かいことは興味ない」

 細かくはない気がする──が、つい先日小学生で女の子の早乙女レイが高等部の男子寮に入ったくらいだ。デュエルアカデミアは案外雑な入学処理をしているのだろうか。

「……じゃ、ここからだと一番近い教室から行くか」

「うん」

 ユベルが手を差し出した。十代はその手を握る。先程抱きつかれたときもそうだったが、確かに存在してぬくもりがある。──あの頃のように。

「おや、そんなに感動する?」

 ユベルが目を潤ませた十代をからかう。我慢しようと思ったのに、十代の目からは涙がこぼれた。

「──二度と、できないと思ってた」

 精霊となったユベルとあの日のように手をつなげる日がくるなんて。

「……何度だってつなげるよ。手をつなぐだけじゃなくて、涙を拭いてあげることもできる」

 ユベルは濡れた十代の頬を手で拭った。頬に触れる手にも、もちろん感触と温度がある。十代の滲む視界の向こうで二色の目が細められる。

「さあ、早くしないと日が暮れてしまうよ。せっかくこうして手をつないで一緒に歩けるんだ。泣いていたらもったいないさ」

「……ああ」

 十代は袖で涙を拭った。

◇◆◇

 図書室で、この場所ではあまり聞かない──というか、初めて聞く声が亮の耳に届いた。

「キミ、本当にちゃんと勉強してるのかい?」

「ここにはちゃんと入れたじゃないか」

「でもレッド寮って一番成績悪いんだろ」

「そうだけどさぁ……あ、でも一回イエローに上がる話はあったんだよ。オレ赤の方が好きだから残ったけど」

 片方は遊城十代の声だが、もう一人の声は初めて聞くように思う。亮は手にしていた本を借りることに決め、貸し出し機のある出入口へ向かった。

「あ、カイザー!」

 十代が亮を呼んだ。同じレッド寮の制服を着た少年と手をつないでいる。あまり見たことのない少年のように思う。

「十代。珍しいな、こんなところで」
「入学案内のとき以来初めて来た」
「そうか」

 あまり意外ではなかった。 

「何か借りに来たのか?」
「いや、ユベルを案内してた」

「遊城ユベルです。十代の親戚で、今日から編入してきました」

 ユベルは如才なく微笑んで挨拶した。

「三年の丸藤亮だ」

「カイザーは翔の兄貴で、スッゲー強いんだぜ」

 十代は自慢気に言ったが、十代が自慢することではないように思う。

「キミより?」
「おう!」
「へえ」

 ユベルが亮を見た。先程と打って変わってやや挑発的な視線だ──直感的に油断のならない相手だと亮は思った。

「カイザー何読むんだ?」
「これは『デュエル物理学入門』だ。ツバインシュタイン博士の……本だ」

 説明しようとしたが、十代の顔の横にクエスチョンマークが見えた気がしてやめた。

「それ借りる?」
「ああ」

「じゃ、ついでに借り方教えてくれよ。オレもう忘れちゃって」

「難しくはない。本をここに置いて、この機械に生徒手帳をかざすだけだ」

 亮は二人の目の前で貸し出し処理を終えた。

「貸し出し期間は基本的に二週間だ。確か漫画や雑誌類は一週間で」

「漫画もあるのか?」

「歴史や理科をわかりやすく解説した漫画があったはずだ」

「勉強の漫画かあ……」

 十代は少し残念そうだった。

「返却は向こうの返却ポストに入れる」
「わかった! サンキュー、カイザー」
「ありがとうございます」

 ユベルは会釈して礼を言った。先程の挑発的な視線など亮の見間違いかと思うほど「無害そう」に見えた。

「ユベル、なんか本読む?」

「ボクよりキミが読むべきだと思うけど……でも、この島の遺跡とかそういうのは気になるな。あと精霊に関する本とか」

「そんなのあるのか?」

「島のことなら学校史に少し記載があるかもしれない。精霊は……民俗学の本ならあったと思うが」

「精霊って民俗学なのか?」
「さあな。でも前に……」

 言いかけて、自分はそんなものどこで知ったのだろうと思う。民俗学には特に興味はない。でも「誰か」が精霊のことを調べていて──。誰か? いったい誰のことだ。

 十代が不思議そうにこちらを見ていた。ユベルは探るように亮を見ている。

「……気になるなら、司書に聞いた方がいい。島や精霊のことを知りたいといえば、何か教えてくれるだろう」

「そっか。ありがとカイザー」
「ああ。ではな」

 亮は、頭の中の違和感が何かよくわからないままブルー寮へと戻った。

◇◆◇

「浮かない顔だな」

「──少し昔のことを思い出して」

 明日香は海を眺めながら亮に答えた。兄の話をするために毎日のように灯台のもとで会うが、今日も特に進展はない。

「十代の親戚のユベルくんにはもう会った?」

「ああ、昨日図書室で。ユベルを十代が案内していた」

「今日、二人が手をつないでたの。だから、私も小さい頃は兄さんと手をつないだなって思い出して」

 十代とユベルは顔は似ていないのに身長はぴったり同じで体格も似通っており、そんなところが血筋なのだろうかと明日香は思った。明日香はよく兄と顔が似ていると言われる。

「──そうか」
「亮は翔くんと手をつないだりした?」

 亮はしばし考える。

「……たぶん、幼い頃には」

 今はぎこちない丸藤兄弟も幼い頃には手をつないでいたようだ。

「あの二人は昨日も手をつないでいたな」
「そうなの。本当に仲がいいのね」

 明日香とて兄と仲はよかったけれど、手をつないだのは小学校も低学年の頃までだと思う。高校生にもなった今はなんだか気恥ずかしくてやらないと思うけれど。

 兄が行方不明の今、その手を掴めば帰ってきてくれるならば喜んで手を伸ばす。手をつないでいたら離れずにすむならば毎日だって手をつなぐ──そんなせんないことを思った。

「翔くんは少し妬いてたみたい。今日も授業のあと、島を案内するって二人でどこか行っちゃったの」

 またせんないことを考える前に、明日香はわざと声を明るくした。亮はただ微笑んで「そうか」といつもの調子で返してくれた。

◇◆◇

 この島の存在を知ったのは十代が中学生になる前だったか。

 デュエルアカデミアの入学募集案内を十代が持って帰ってきた。中等部の枠は非常に少なく、到底十代の成績では入学できそうになかった。しかしユベルは、学校よりその島の方が気になった。

「この島って三幻魔の封印されてる場所じゃないか?」

「三幻魔?」
「まあ──強い精霊だよ」

 なぜこんな場所に学校など建てたのだろう。人間は知らないのだろうか。覇王と光の波動のことも現在ではほとんど知る人間がいないようだし、知らなくとも不思議ではないのだが。

 精霊と人間が共に暮らした時代は遥か遠く、現在はほとんどの人間が精霊を見ることさえできない。

「封印ってことは、悪い精霊ってこと?」

「悪いかどうかは知らないけど。世界を滅ぼすくらいはできる」

「くらいじゃねぇだろそりゃ」

 十代は眉を寄せた。

「まあ十二次元すべては無理でも、地球くらいなら」

「くらいの規模がでかすぎだろ」

「キミだってやろうと思えばできる。まだ力が足りないが」

「なんで滅ぼす方の話するんだよ……」

「光の波動が宇宙を滅ぼす力を持ってるなら、キミも同等の力を持たなきゃ対抗できないじゃないか。だから力の扱いは常に気をつけないといけない」

 十代は真剣な瞳でユベルを見返した。

「……ここに行けば、それも学べるかな」
「学ぶのに悪くないと思うよ。中等部は無理だろうが、高等部の方ならまだチャンスがあるんじゃないか」

 覇王の力が彼のものとなるにはまだ時間を要する。高等部に入ることができれば、デュエルの腕を磨きながら力の開花を待つにちょうどよいのではないかとユベルは思った。

 そのしばらく後に、ユベルは一度十代と離れることを決めた。今のままでは励ますために肩を叩くことも涙を拭いてやることもできない──精霊世界の伝承にある人間に姿を変える腕輪を手に入れるために旅立ったのだ。

 腕輪は手に入ったものの、それは当初の予定を大幅に超えてしまい、戻れたのは十代がデュエルアカデミア高等部に入学したあとだった。数ヶ月で戻るつもりが数年となり、連絡手段もないので十代はずいぶん気を揉んだようだった。

 つまりは別離の間にユベルのことを考えていたのだからそれは嬉しいのだが、その間に「たぶん闇のデュエルをやったと思う」と聞いたときには離れたことを悔やんだ。

「ここがサイコ・ショッカーとデュエルしたところ」

 今日は十代が闇のデュエルをしたとおぼしき場所を回っている。案内された発電所はもう特に不審な気配はなかった。

「サイコ・ショッカーはわざわざここに来たから何か意味はあると思うんだけど……」

「たぶん発電所のエネルギー目当てじゃないか。話を聞くに実体化して高寺ってやつをさらったんだろ。実体化にはかなりのエネルギーがいるからね」

「ふーん……じゃ、その腕輪ってやっぱりすごいものなんだな」

「そうさ。ちょっと時間はかかりすぎたけど……。光の波動の気配はないし大丈夫かと思ったら……やっぱり目が離せないな」

 十代は不満そうにユベルを見返す。

「……そんなに弱くないつもりだけど」

「まだボクに勝てないし、あのカイザーってやつにも負けたんだろ」

「……そうだな」

 十代はおとなしく頷いた。つないでいたユベルの手を強く握りしめる。

「早くユベルのこと守れるくらい強くなりたい」

「守るのはボクの役目だよ」
「でもボクは……オレは……」

 久しぶりに十代の口から「ボク」という言葉を聞いたと思う。ユベルにつられたのか、何か思うことがあったのか。

 十代が自分のことを「オレ」と言うようになったのは十になるかならないかの頃だったか。十代が前世の記憶を取り戻した後だったことは覚えている。

「もっと強くなりたい」

 あのときも十代はそう言った。たぶん十代は過去とは違う自分になろうとしている。かつての彼は覇王となる前に亡くなっている。

 十代はかつてと同じ道は歩むべきではないと思っているのだろう。それが正しいかどうか、ユベルにも十代にもわからない。覇王は未だかつて存在したことがないのだから。

 しかし十代の心がそう望むならそれは覇王へとつながる道なのかもしれない──。

「ボクもそうさ。強くなりたいしキミを守りたい」

「……じゃ、結局は同じなのかな、オレたち」

 十代は微笑んだ。

「そうだね。──次に行こうか」

 十代が次に案内したのは生徒たちに幽霊寮と呼ばれる建物だった。立ち入り禁止のチェーンの外からでも建物からは微かに闇の力の気配が感じられる──幽霊寮と呼ばれるのは外観の印象だけでなくその異質な気配にもあるのだろう。

「入ると怒られちまうから見るだけな。危うく退学になるとこだった」

「退学? ここに入っただけで?」

 十代は頷く。

 ──ここに三幻魔のカードがあるのか?

「昔ここは特待生の寮で、闇のゲームの研究してたんだって」

「昔って、ここは創立からまだ数年だぞ」

 十代にとっては数年前でも十分に昔か。

「あ、そっか? じゃあ寮も数年前に建てられたんだよな。ボロボロんなるの早ェな」

 荒廃の仕方もまだ築数年の建物を放棄するのもおかしいと感じる。建物付近から漂う気配といい、ここは本当にただの学校だろうか。

「……中には何があった?」

「千年アイテムについて調べてたみたいで、その資料があった。あと明日香の兄ちゃんの写真」

「明日香の兄ちゃん?」

「ここで行方不明になったんだって」
「ここでって……建物の中で?」

「たぶん? なんか奥は広い洞窟みたいなとこにつながっててさ──あ、そこでデュエルしたんだけど、そいつ詐欺師っていうかさ──」

 いわく、そのタイタンという男は闇のゲームをすると言い張る詐欺師で、十代に嘘がバレたあとに逃げようとしたが、そのあとに精霊の実体化する不思議な空間に行った──と。

「最初は手品だと思ったんだけどさ、よく考えたらあのときハネクリボーがやけにハッキリ見えたし、魔物? なんか灰色のごちゃごちゃしたやつがハネクリボーにビビってたし、やっぱり本当に闇のデュエルだったのかなって」

「キミ本当によく死ななかったな……」

 やはり数年とはいえ離れるべきではなかったか。十代には自覚がないだけでかなり危険な状況だったと推測できる。

「ボクはもう二度とキミから離れないからね」

 やはり十代を守るためには十代から離れてはならない。幼い頃から多少図体が大きくなっても十代はまだふわふわとした子供だ。

「それって──」
 十代は何か言いかける。
「なんだ?」

 ユベルが聞き返すと十代は気まずそうに目をそらした。

「言いなよ」

 十代はためらってから口を開いた。

「オレが大人になっても、かなって……」

 十代が悲しげに言った理由が、ユベルはしばしわからなかった。

「当たり前だろ」

 大人になったからなんだと言うのか。

「そう──か」

 十代はやけにほっとした顔をする。十代は何を気に病んだのだろうとユベルは考える。

 大人。十代にとっては覇王になることか。

「あ」

 あなたが子供から大人になるまでお守りするのがボクの役目なのですから──遥か昔、ユベルは十代にそう言ったのだ。

「ユベル……もしかして忘れてたのか?」

 十代が目を瞬かせる。

「ちょっと」
「お前も忘れっぽいじゃん」
「ボクが何千年生きてると思ってるの?」

 何万だったろうか。数えていないからよくわからない。

「……そうだよな」

 十代は先程口を尖らせたのにすぐにしょげてしまう。忙しいやつだとユベルは思う。

「オレ、ほんの数年ですごく寂しかったのに」

「……たとえ何万年待ったって、キミに会えたらそんなのチャラさ」

 十代は黙ってユベルを抱きしめた。顔が見えなくても泣いているのはすぐわかる。ユベルは十代の背を叩いた。

「……まったく、昔から泣き虫だ」

 返事の代わりにきつく抱きしめられる。ユベルも十代を抱きしめた。

 子供から大人になるまで──それはそのときのユベルにとっては偽りない言葉だった。その間そばで守れるのならそれだけでいいと思っていた。それが果たせたら文句はないし、もしも彼に「ありがとう」の一言でも言われたら、それだけで幸せだと。でも。

 ボクの愛はキミだけのものだ──。

 彼から返されたのはユベルの期待を遥かに上回る愛だった。ユベルの中のただ彼を想う感情がはっきり「愛」と定義づけられたのはまさにあの瞬間だった。

 もしもそれが愛と定義づけられなかったら──彼が愛してくれていなかったら、自分はどうなっていたのだろうと思うと少し薄ら寒い気持ちにもなる。

 自分の感情の名前もわからないまま自らをなげうつなんて、あのときのユベルは恐れ知らずの愚か者だった──ちょうど今の彼と同じように。

 子供だったと今なら思う。でも後悔はしていない。

 彼のためならどんなことでもできる。どんな苦痛にも耐えられる。その想いはずっとユベルの中で真実だ。

 でも長すぎる孤独に耐えるには愛というよすがが必要だったと思う。彼を失った世界で、彼の愛だけがユベルの寄る辺だった。こうして抱きしめられる日をずっと待ち続けていた。

「……ごめん、オレ、昨日から泣いてばっかりで」

「キミの涙を拭いてあげるのもボクは嬉しいけど」

 鼻は自分でかんでよね、と言うと十代は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をさらに歪めて笑った。

 少し風に当たりたいと十代の気に入りの崖に案内された。ほんの少し沈みかけた太陽と、波が崖に当たる音と潮の香り──それは遠い記憶を呼び起こす場所だ。

「ここがお気に入り?」
「ああ」

 まだほんのりと赤い目と頬で十代は頷いた。

「いい場所じゃないか。またあの日のように愛を誓ってくれていいよ」

 ユベルがからかうと十代は色の薄まりかけていた頬をまた赤くした。しばらく視線をさ迷わせ、意を決したようにユベルを見つめる。

「オレの愛はユベルだけのものだ。永遠に」

 言い終わって、十代はさらに赤くなった顔を両手で覆った。その反応になんだかユベルまで心の奥がこそばゆくなってくる。

 思えば真正面から愛を告げられるのは久しぶりで、喜びと同時に妙な照れくささがあった。

「……ユベルも赤くなってる」

「キミが照れるからボクまで照れてくるんだよ」

「オレのせいかよ」
「キミのせいだ」

 しばしにらみ合って、どちらからともなく笑い出す。

「……そもそもなんでここに来たんだっけ」
「風に当たりたいって言ってたよ」
「そうだよ、ちょっと顔を冷やそうと思ったのに……」

 逆効果だ、と十代は呟く。

「これじゃ寮に戻れないじゃん」

「ボクはキミと野宿してもいいけど。星空の下で愛を語り合うのも素敵だろう?」

「やだよ夕飯食いっぱぐれるもん。飯の話したら腹減ってきた……」

 十代は熱を払うように両手で自分の頬を軽く叩いた。

「キミの前じゃロマンが食欲に負けるんだね」

 ユベルは肩をすくめた。

「じゃ、帰ろうぜ」

 右手が差し出された。つないだ手は十代の方が少し熱い気がした。赤を愛する十代とレッド寮へと向かう。

 まだ赤い頬は、道すがら誰かに見つかってもきっと夕日のせいにできるだろう。

2024/11/28
2024/12/07 改行増版
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