前世捏造話

「十代」
 そう言うとユベルは二色の目をぱちくりとさせた。
「ボクの名前、十代っていうんだ」
 重ねてそう言うとユベルは目を丸くした。竜の鱗を身にまとい、すっかり大人びた姿になったのに、その表情は以前のユベルとまるで同じだった。
「名前じゃないみたいでしょ。でも本当にそうなんだ。ボク、生まれたときにはたぶん長くは生きられないって思われてて、だから」
 せめて十代になるまで生きられますようにと、そう願われて名づけられた。
「そう──だったんですか」
 ユベルの表情は気遣わしげなものに変わる。
「十歳になったとき、真っ先にキミに伝えたいと思った」
 でも、ユベルを探してたどり着いた先で見たのは、ユベルが苦しむ姿だった。名前も知らない相手のために、すべてをなげうってしまうなんて──そのときに、ユベルが覇王としての宿命にいい顔をしなかった理由をやっと理解した。
 どうして誰かのためにキミが命を捧げなくちゃいけないの?
 キミが他人を守る義理なんてないじゃないか!
 きっとユベルもそう思っていた。
 どんなに必要だと言われても、立派な行いだと言われても、そんなものは理不尽だ。
 ボクは今まで、ユベルにそんな思いをさせてきてしまった。そしてその果てに、ユベルは人間としての身も命も捨ててしまった。
 あなたをお守りするのがボクの役目ですとユベルは笑った。
 ボクがユベルを守りたかったのに、ユベルも同じことを思っていたなんて知らなかった。
 ユベルが自分を犠牲にしたことが悲しかった。でも共に歩んでくれることがすごく嬉しかった。ボクだってユベルにすべて捧げたいくらいに。
 でも、ユベルのようにこの身や命を捧げることはできない。この身も命も覇王として使わなくてはならないし、ユベルの望みもそれだ。
 なら心は?
 心ならばボクの自由だ。この心は、愛は、ユベルだけのものだ。
 そう告げたらユベルは少し驚いたあとに微笑んでくれた。
 その何より美しい微笑みを、きっとボクは永遠に忘れない。夕日に染まる頬を。握った硬く温かな手を。耳に届く潮騒を。
「十代」
 初めてそう呼んでくれた声も、決して。

2025/01/21
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