遊城十代が死んだ

 十代は一ヶ月ほどで帰ってきた。あまり大事でなくてよかったと話した。新たな精霊と出会ってきたらしく、きっとそのうちカードになるだろうと楽しそうにしていた。
 十代は万丈目の日常の中に戻った。同じベッドで眠るという日常も戻ってきた。やっぱり万丈目のベッドはいいなあと甘えるように背に腕を回してくる十代に、どれほどの含意があるものか、やはり万丈目は問えないのだった。
「お前がこれで満足ならいいんじゃねえの?」
 夢の中の嫌味係も、今日はさすがに機嫌がいいようだった。十代がいなくて寂しいから十代に対する感情をかきたてるために嫌味を言っていたのかもしれなかった。
「十代だってこの関係に満足してそうじゃん、ていうかこの関係が大好きそうじゃん。確かにあいつが誰かとキスしたり寝たりしてんの全然想像できねーしたぶん興味ねーし、今オレすげーいいポジションにいるじゃん」
 嫌味係は遊城十代の姿のまま、一人称と二人称を取り繕うのも忘れている。姿が十代なのは、万丈目準の姿で素直に感情を表すことが想像できないからだろう。
「持ってるのが恋愛感情じゃなくたってあいつオレのこと大好きじゃん。見ただろ、あのキラッキラの笑顔。オレと目が会った瞬間。あれ、何? 絶対オレに惚れてる、それ以外考えられない」
 嫌味係は真顔で捲し立てた。お前は嫌味係だろうが。何を都合のいい妄想をしているのだ。
「妄想じゃねえ。あの、窓から覗いてあいつと目が会った瞬間。もう、ヤバかっただろうが。あんな笑顔見たことあったか? 再現してやろうか?」
「やめろ」
 あの笑顔は心臓に悪い。そしてこんな想像で汚したくない。あの瞬間は心の奥底に大切にしまっておくべきだ。
「だいたいな、エビフライが楽しみだっただけかもしれんぞ」
 なんでオレが嫌味係をせにゃならんのだ、と思いながら言った。嫌味係は完全に舞い上がって嫌味など言いそうになかった。
「ごまかすなよ、食べ物を前にしたときの笑顔と違うことくらいわかってるだろ? オレが揚げたタヌキ色のエビフライもうまいうまいって食べてくれた顔も可愛かったなあ……」
 言葉はうっとりとしているのに、嫌味係の表情は真顔で声も平坦だった。おそらく十代がうっとりとしている顔や声を想像したくないのだ。大根役者め。
「絶対オレのこと大好き。友情の中でもマックスに友情の好き。オレも本当は恋愛感情じゃなくてマックスに友情の好きなんじゃないか? 大好きな感情の名前に恋愛しか思いつかなかっただけで」
 マックスに友情ってそもそもなんなんだ。十代の姿だからって語彙力を放棄するな。
「だって別に十代のこと抱きたいとか思わないし……いやこうやってハグして寝るの好きだけどさ、それ以上なんかしたいと思わないじゃん。夢にも見ないってことは無意識に望んでるわけでもないじゃん。そうなると、マックスに友情なんじゃねーの」
 知らんけど、と言い添える。最早十代っぽいしゃべり方さえ放棄している。そんなにじゃんじゃん言わないだろう。
「もういいじゃんこのままで。出掛けたら寂しいけど戻ってきたら嬉しいじゃん。亭主元気で留守がいいってやつ?」
「誰が亭主だ。あんな根なし草の甲斐性なしまったく亭主に向いてないぞ。だいたいあいつは下宿人なんだから亭主はオレだ!」
「借家じゃん。どっちでもいいよ別に。一軒家で一緒に住んでさ、ごはん作ったり作ってもらったりして、夜は一緒に寝て……こんだけ『実態』があんならマックス友情だろうが恋愛感情だろうがどうでもよくね?」
 嫌味係は完全に役割を放棄していた。おい、十代が旅立った日の元気のよさはどうした。ヨハンがどうこうとネチネチ言ってたじゃないか。
「ヨハンは生きてるって教えてもらっただけじゃん。オレは一緒に住んでて、一緒にごはん食べて、一緒に寝てんだぞ。どこにヨハンの入る隙があんだよ。嫉妬する要素ゼロじゃん。だいたいな、オレが好きじゃなかったら帰ってきたときにあんな顔しないんだって」
 嫌味係は十代はオレに惚れてる係に転職したようだ。じゃあ誰が嫌味係をやるんだ?
「もう認めろよ、今スゲー幸せだろ。嫌味言ってる方が安心するんだろうけど、そんな卑屈さからはそろそろ卒業した方がよくないか?」
 もう高校生じゃねーんだからさ。
 十代の顔をした万丈目準はそう言った。
「万丈目ー、そろそろ起きな。今日も仕事だろ」
 肩を揺すられて目が覚めた。眼鏡越しの黒い瞳が万丈目を覗き込んでいる。
「また夢見悪いか? 朝からすげ~眉間にシワ」
 十代の指が眉間を撫でた。水に触っていたのか指先は冷たい。
「今日はフレンチトーストだぜ。カラメルソースつき。もうすぐ焼けるから早く起きろって」
 十代は微笑み、軽く万丈目の頬を叩いて寝室を出ていった。
 認めろよ、今スゲー幸せだろという夢の言葉がよみがえる。万丈目は単純で、十代がそばにいたら幸せになってしまうのだ。十代の真意は不明なままだ。マックス友情なのか恋愛感情なのか。だが万丈目とて関係の発展を望んでいるわけではない。だったら今この幸福を噛みしめておけばいい。仮にあいつに恋人ができてここを出ていく未来があるとしても。
 手作りのカラメルソースつきのフレンチトーストは、甘くほろ苦かった。

「翔が来年結婚するそうだ」
 万丈目がそう伝えると、十代は目を輝かせて喜んだ。
「うわあ、スゲーな! おめでとう、翔には言えないけど」
「あいつもアニキに彼女を会わせたかったと言ってたぞ」
 写真で見た翔の婚約者は大きな瞳の快活そうな女性で、万丈目は学園祭で見たブラック・マジシャン・ガールを思い出した。
「考えたことなかったけど、もう結婚とかする歳なんだなあ……」
 十代は宙を見つめ、それから万丈目を見た。
「万丈目は結婚とかするの?」
「するように見えるのか」
「わかんねーけど、明日香とか」
「もうとっくにフラれとるわ!」
 ごめん、と十代は謝った。そういえば、全日本大会のときにはもし彼女の兄に勝ったら彼女が見直してくれないだろうかなどと考えたのだった。負けてしまったが。その後に起きたゴタゴタで、そんなものはすっかり記憶から消えていた。
「そうか、でも、よかったかも」
「何が」
 まさかこいつも天上院くんを──。
「万丈目が結婚するとなったら、オレ出てかなきゃいけないじゃん。オレ万丈目と住みたいもん」
 十代は能天気な顔で笑った。これは喜ぶところなのか──。
「あ、でも、オレに遠慮しなくても、そんときはちゃんとすぐ出てくぜ」
 あっけらかんと十代は言う。
「ふん……心配しなくても、オレはデュエル一筋だ」
 私はデュエルに恋してるの、とかつて言われた言葉を思い出していた。大人になってからはそんな断り方はされていない。いい友達だと思う、これからも友達でいたいと言われた。実際、友人としてならたびたび顔を会わせている。先日吹雪からちらりと最近は同じ教職の男性とよく出掛けているようだと聞いた。一抹の寂しさも感じたが、幸せになってほしいとも思った。
「そっか、じゃあずっと一緒にいられるな」
 無邪気な笑顔で十代は言った。だが、まだ喜ぶのは早い。
「……お前は誰かいないのか」
「え? 考えたことねーなあ」
 十代は心底不思議そうな顔をした。万丈目は胸を撫で下ろす。予想通り、こいつはそんなことに興味はない。
「……そういえば、実はさ」
 しかし、十代は少し声をひそめた。
「ヨハンが──」
 おい、まさか、いつか結婚しようと言われてたなんてことはないよな? 心臓がうるさいくらいに鳴った。
「結婚するだろ? オレを結婚式に招待できないかって、ペガサス会長に相談したみたいで。危ないといけないし断ったんだけど」
「……ヨハンが結婚?」
「あ、万丈目はまだ聞いてなかったか? しまった、先に言っちまった……。本人から聞いたときには初めて聞いたふりしてくれ!」
 十代は拝むポーズをした。
 しばらく後、ヨハンに会った際に結婚するのだと言われた。相手は精霊研究の論文を何本も書き、いずれは大学教授になるだろうという知的な女性だった。アークティック校主席のヨハンにふさわしい相手だろう。
 蓋を開けてみればヨハンと十代の間柄など本人たちの言う通り「友」であり、仲を疑ったのは完全に万丈目の邪推だったのだ。色恋にさっぱり興味のない十代を疑うにあたり「一番仲がよさそうな友人」であるヨハンしか邪推できるところがなかった、ともいえる。
 ヨハンの結婚式は、正式な日程は未定だが来年か再来年にはと考えているらしかった。もちろん参列すると返事をした。心から祝福の言葉を述べ、ヨハンから婚約者とのなれそめなどを聞いた。
「実はさ、結婚式に遠いところの友達を呼びたかったけど、断られちゃったんだよな……そいつはちょっとトラブルがあって、すごく遠くに引っ越してて……あ、アークティックの友達な、アークティックの」
 ヨハンは不自然なことに二回もアークティックと言った。十代のことだ、と万丈目は思う。十代がヨハンは嘘をつけないと言ったのはこのような理由だろう。
「残念だったけど、手紙をくれたんだ。そしたら、おめでとうって、実はオレも今は大好きな人と一緒に暮らしてるんだって書いてあって……オレや地元の友達に会えなくなったけど、今は本当に幸せだって……」
 ヨハンは目を潤ませた。そんな風に思っていたのか? いや、本当にアークティックのヨハンの友達で別人の可能性もある。自惚れるな、期待しすぎるな。
「ひとりぼっちで引っ越してから、ずっと心配してたから、本当に嬉しくて……」
 ヨハンは目元を拭った。
「なんかどうしてもお前には言いたくて……万丈目は知らない人なのに、ごめん」
「いや。いい友達だったんだな」
「ああ、本当に。最高の友達だ」
 ヨハンは笑った。
「きっと引っ越し先で素敵な人に出会ったんだろうな。お嫁さんの写真はなかったけどさ、身寄りのないのを助けてくれて、デュエルが強くて怒りっぽくて自分の意見をしっかり言う人だって。学生の頃は恋の話とかしたことなかったけど、いいお嫁さんに出会えてよかったなあ──」
 誰がお嫁さんだ。誰が怒りっぽいって? いやいや、やはりヨハンのアークティックの友人の可能性はある。怒るには早い。確認は大事だ、確認は。
「ヨハンに手紙? 出したけど。結婚式誘ってくれたからさ、行けなくてごめんっていうのとおめでとうっていうのと」
 帰宅後十代に確認するとそう答えた。
「オレのことも書いたのか?」
「まあバレないように」
「お嫁さんとか怒りっぽいとか書いたのか?」
「はあ? そんなこと書いてねー……って、怒りっぽいは書いた。けど、しっかりしたいいやつだって、そういうこと書いたよ。お嫁さんなんてのは一言も書いてねえ」
「ヨハンはそう言ってたぞ!」
「本当に書いてねえよ! ……たぶん、一緒に暮らしてるって書いたから、ヨハンは結婚したと勘違いしたんじゃないか? 怒りっぽいは悪かったよ、ちょっと人となり書いた方がいいかなって思って」
 十代は謝ったが、あまり悪いと思っていなさそうだった。
「普通怒りっぽいなんて書くか!?」
「でも、オレ万丈目のそういうとこ好きだから書きたかったんだよ。こうやってちゃんと怒ってはっきり言うの、すごくいいところだって思うし」
「なんっ……」
 万丈目は言葉に詰まる。十代に悪気はなかったのだ。しかし怒るのがいいところ? どういう神経をしているのだこいつは。
「……でも、怒りっぽいはよくなかったな。もうちょっと書き方変えた方がよかった。えっと……自分の感情に素直、とか?」
 残念ながら、素直なのは怒りだけだ。時には怒りさえ照れ隠しなどの嘘のこともある。
「本当に悪く書いたつもりはないけど、ヨハンに誤解させたかな……オレ文章下手だから……」
 十代は申し訳なさそうな顔をした。
「……って、ヨハンはオレからの手紙とは言わない、よな……?」
 十代は首を傾げる。
「……遠くに引っ越して結婚式に来られないアークティックの友達だとヨハンは言っていた」
「なんで万丈目はオレだってわかったんだ?」
「ヨハンの口振りがやや不自然だったからな。お前がヨハンは嘘がつけないと言ったのは当たりだ。だが、お前が生きてることを知らなければ結びつけないだろうし、ヨハンもオレにはどうしても話したかったと言っていたから、他には口外しないと思うぞ」
「そっか。……誰にも言えないのもつらいよな、きっと」
「なんでオレに言ったのかはわからんがな」
「……万丈目っぽいって思ったのかな?」
「怒りっぽいでオレを連想したってか?」
「怒りっぽいしか書いてないわけじゃないって! えーと……デュエルが強くて戦略が面白いってのと、はっきり意見を言うとか、すごくきちんとしてるとか、何事も諦めないし、つらいことがあってもしっかり立ち直るのがすごいとか……あと何書いたっけ」
 案外と褒められている。
「忘れちゃったけど本当に悪くは書いてないんだって」
「……それはわかった」
 聞かなければよかった。名前を伏せたとはいえヨハンへの手紙にそんなことを書かれたのは恥ずかしすぎる。いや、第一こいつは大好きな人と暮らしてるだの幸せだだのと書いていたのだったか?
 だが、それはヨハンを安心させるための嘘の可能性もある。引っ越し先で幸せだと書いておけば、ヨハンは十代を心配し探したりしないだろう。
「その……大好きな人と暮らしてるとか幸せとかも本当に書いたのか?」
「ああ! だってオレここの暮らし、スゲー好きだぜ!」
 屈託なく笑う。
「変な連中に見つからないようにあんまり旅に出られないけどさ、一箇所にいるのもいいなって。毎日好きなもん料理して食えるし、毎日万丈目といられるし!」
 毎日万丈目といられるし?
「旅も楽しいけど、料理って旅しながらじゃあんまり自由にできないからさ。キャンプ料理みたいなのもあるけど、昔習ったのって自宅のキッチンで作るような料理だし、そっちに慣れてると不便ばっかり気になるからやらねー方がマシって思っちまってさ。荷物も増やしたくないし」
 料理の話はしなくていい。
「……どうした万丈目?」
 十代は首を傾げた。
「毎日……オレといて、楽しいのかお前は」
「ああ! まあ万丈目はあんまりオレがいるとウザいかもしれないけどさ、オレは一緒にいられて嬉しいぜ」
 笑顔が眩しい。万丈目は目を覆ってうつむいた。
 これは夢か? 目の前にいるのは嫌味係改め十代はオレに惚れてる係改め万丈目大好き係か?
「万丈目? ……やっぱウザかった? でもオレ本当に万丈目が大好きだからさ、追い出さないでほし」
「お」
「なに?」
「オレも大好きに決まってるだろうが!」
 叫んだあと、恥ずかしさのあまりに万丈目は机に突っ伏した。
「え? ──え? き、嫌いじゃなかったのかよ」
「嫌いなわけないだろうがこの間抜け! そんなこと早く言え!」
「言ったよ!?」
 言った!?
 いつだ。「カテゴリー遊城十代:マンジョウメ ダイスキ」で記憶の中を検索する。アカデミアの頃から、現在に至るまで、たびたびの発言が引っ掛かった。
「オレは万丈目大好きだぜ」……デュエルアカデミア一年生、レッド寮の食堂。
「やっぱ万丈目大好き!」……デュエルアカデミア二年生、教室。
「万丈目~やっぱお前のこと大好きだぜ」……デュエルアカデミア卒業後、自宅。
「万丈目大好き」……ごく最近、リビングで、キッチンで、ベッドで。
 まだまだ他にもある。その度に万丈目は聞き流すか「お前になんぞ好かれたくない」などと返している。アカデミア時代は特にそれが顕著だ。十代に好意を持った最近の記憶でも照れて「ふん」とか言っている。
 錯乱する背中に、あの日のようにあたたかいものが触れる。
「ありがとう、万丈目」
 嬉しそうな声で耳元にささやかれた。十代はずっと万丈目に嫌われていると思いながら、甲斐甲斐しく料理をし、万丈目が悪夢にうなされれば深夜でも抱きしめてなだめ、旅立っても帰宅するのを楽しみにしていたのか? 嫌われていると思いながら、久しぶりに万丈目の顔を見たら、あの輝くような笑顔を?
 オレはいったい、今まで何をやってたんだ!?

「だから言ったじゃん、十代はオレに惚れてるって」
 嫌味係改め十代はオレに惚れてる係は、万丈目の夢の中で呆れたように言った。
 以前まで暗かった夢の中の景色は、今は明るい花畑になっている。なんて単純なんだと万丈目は思う。
「まあ、これで百パーハッピーエンドなんて言わないけどさ~」
 ふわふわ浮いていたそいつは地面に降りた。その前には古ぼけた墓がある。墓石は風雨にさらされてところどころ欠け、もうどんな文字が書いてあったかさえ読めない。その墓石以外はただただ花畑が広がり、人間の文明らしいものは見あたらなかった。
 万丈目の想像は、どうやら遥か未来にまでいったらしい。人類が滅びるほどの未来に墓石が残るのは不自然な気もするが。
「墓石にいつまでもすがりつくとは限らないし、お前のことなんかさっさと忘れるかもしれないけどな」
「嫌味係は辞めたんじゃないのか」
「嫌味係じゃねえよ別に。お前がそう思ってるからオレが言葉にしてるだけ」
 嫌味係も十代はオレに惚れてる係も、万丈目の意識や無意識が表出したにすぎない。
「まあ、せいぜい長生きしてやれよ。健気じゃんかよ、勉強苦手なあいつがあんなにいっぱい本買い込んで」
 昼間、本屋に行きたいと言った十代は、健康食だの身体にいい料理だのの本を買い込んだ。高齢者向けの料理本はまだ早い、と棚に戻させた。
 十代は万丈目の想像した通り、永遠に一緒にいることなど望んでいなかった。まだ四半世紀生きただけでも、永遠の重みを意識しているのか。あるいは万丈目が思うほど「永遠」など簡単には手に入らないのかもしれない。
 どうして彼が少年と青年のはざまで時を止め、傷ひとつ残らない肉体であるのか、万丈目は知らない。訊ねたら教えてくれるのだろうが、それを聞き出したところでなんになるのだろう。そんなことよりも、なるべく彼のそばにいて、なるべく長生きしてやる方がよいのではないか。
「聞いたところでどうせ力になんてなれねえし。『領分』ってのはあるからな。あいつの領分に押し入ったってなんもいいことはねえ。とっくに体験済みだ」
 嫌味係は墓の隣に横になった。万丈目の棺は土の下にあるのだろうか。それとも火葬か。
「人間が滅んでもあいつは生きてるのかな」
「さあな」
「ファラオや大徳寺先生や精霊たちは本当にあいつとずっと一緒にいるのか?」
「知らん」
「五十六億七千万年後には」
「弥勒菩薩とお友達にでもなるか?」
「さあ。なるかも。あいつなら誰とでも友達になれるよ……」
 嫌味係は元気がない。胸の前で指を組んで目を閉じた。まるで死体のように。
「……十代は、オレの墓になんの花供えると思う?」
「さあ」
 以前見た夢では白い百合だった。死者に供える一般的な花だが、十代はそれを選ぶのだろうか。
「お前は向日葵みたいだから向日葵置いてくれって言えよ」
「断る」
 あいつは墓のそばになんかいなくていい。どこでも自由に行ってしまえ。
 嫌味係はひょいと起きて、またふわりと浮くと万丈目の顔を覗き込んだ。
「なんだよサンダー、キミを離したくないくらい言ったら?」
「言うわけないだろ」
「知ってる。なあ、万丈目」
 嫌味係は遊城十代の顔で、声で、遊城十代らしく微笑む。
「これからはちゃんと十代に好きって言わなきゃダメだぜ。嫌いだと思わせちゃってさ、お前サイテーな男だぞ」
「笑いながら言うな」
「だって十代なら責めたりしないじゃん。それともキツめに言われたかった? そーゆーのが好みだっけ?」
 万丈目は無言でその顔を殴ろうとしたが、嫌味係はふわりと避ける。
「暴力はダメだぜ、いくら傷が治ったって痛いんだから」
「お前だから殴りたくなるんであって十代を殴る気はない」
「どうだか。殴りたいときもあったろ」
「もうそんな子供じゃない」
「本当に? オレがいなくて大丈夫なくらい?」
 嫌味係はじっと万丈目の瞳を見る。
「『オレ』が言葉にしなくても、お前自身でちゃんと言葉にできるのか」
 嫌味係、十代はオレに惚れてる係、正確には「万丈目自身が言葉にしにくいことを、遊城十代の姿で言う係」だ。
「するさ」
「じゃ、まずは愛してるって言って」
「お前に言ってどうする」
「練習だよ。本物の十代前にぶっつけ本番で言えるのか? お前にそんな度胸あったっけ?」
 やはりこいつは嫌味係だ。
「ほら。『愛してる』『永遠に』『オレが死んでも』」
「そこまでは言わん」
「オレが死んだら自由にしろって~? 本当に忘れちまうかもしれないぜ。ドロップアウトボーイの記憶力じゃあさ」
「それでいい」
「カッコつけ」
「五十六億七千万年泣かせる男よりマシだろ」
「確かにな。泣かせるのは嫌だ」
 嫌味係も頷いた。
「じゃあ、さよならだ。五十六億六千九百九十九万九千九百九十九年以内に忘れられる男」
「一万年以内くらいにしとけ」
 キャラメル色の目が細められて、嫌味係はいつかのように何本もの向日葵になった。向日葵は、まるで重さなんてないかのように、風に乗って地平線の彼方へ消えていった。

2025/01/14
2025/01/29 誤字修正
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