【全3話】同位体が怖い話(全年齢部分のみ)
とある堀川国広の話
万屋の和菓子コーナーでの話です。僕、そこの和菓子が好きでよく行ってたんですよ。
その堀川国広を見たのは、最初は春でした。桜餅を買った日だったと覚えています。彼は電話をしていました。
「兼さん、お菓子何がいい?」
「草大福にしてくれ」
「うん、わかった!」
そんな会話をしていて、向こうの兼さんは草大福が好きなんだなぁって思いました。
それから、たびたびその堀川国広を見かけました。
「兼さん、今日はどうする?」
「草大福にしてくれ」
「はーい。それじゃあね」
また見た時も
「兼さん、どのお菓子にする?」
「草大福にしてくれ」
「りょーかーい」
って。始めの何回かは、あの兼さんすごく草大福が好きなんだなぁと思いました。
でも何回見かけても、兼さんは毎回草大福を頼んでいました。毎回同じものを頼むのに電話するなんてちょっと変じゃないかな、と感じました。僕は毎日万屋に行くわけではないから、偶然その兼さんが草大福を食べたい日に居合わせるのかもしれない……けど、夏になっても、秋になっても堀川国広は同じ電話をしていました。
「兼さん、何にする?」
「草大福にしてくれ」
「わかった。待っててね」
季節のものとか買わないのかなぁ、なんて思いながら、僕は芋や栗のお菓子のどれにするか迷っていました。あまりに迷って、もう季節関係なく僕も草大福にしようかなと思って、常設品の棚の方を見たんです。草大福はなかった。さっきの堀川国広が買ったのが最後だったんだ、と思ってその日は白大福を買って帰りました。
しばらくして、今度は栗きんとんを買おうと決めて行った日。あの堀川国広はやはり電話をして草大福を頼まれていました。今日はまだ草大福残ってるかな? と常設品の棚を見たら、まだ残ってました。
でも、堀川国広は電話を切ると何も持たないまま和菓子の棚から離れていきました。
どうして? 草大福はたくさん並んでるのに。
そういえば、今までもあの堀川国広って、本当に草大福を買ってた?
自分がお菓子を選ぶことに集中していて、僕は彼が草大福を手に取った瞬間を一度も見ていませんでした。兼さんと電話する声は聞こえていましたが。
でもよく考えたら、電話なのに兼さんの声はいつも「草大福にしてくれ」しか聞こえていなかったことに気づきました。普通、電話を取ったら「もしもし」とか言いますよね。僕が相手だったら「おう、俺だ」とか「国広、どうした?」とか。でもそういう声はなかった。兼さんの声は「草大福にしてくれ」という一言だけ。その後に「頼むぞ」とか「じゃあな」とか、そういう言葉もなかった。そしてふと思ったんです。
あの兼さんの声、いつも同じ調子じゃなかった?
「草大福にしてくれ」
思い出すと、いつも同じ抑揚で。
「草大福にしてくれ」
あの堀川国広は、電話じゃなくて録音した声を再生していたんじゃないの?
「草大福にしてくれ」
……なんでそんなことを?
そう考えて想像したのは、すごく嫌なこと。あの「兼さん」はもうどこにもいなくて、でもそれを認められなくて、あの堀川国広は録音した声を再生しながら電話するふりをしてる……。積もり積もった違和感の答えがそれのような気がしました。
その日は何も買わずに本丸に帰りました。それ以来あの和菓子コーナーには行っていません。
堀川国広が何も持たずにコーナーを離れたように見えたのは、ただの見間違いだったのかも。僕の想像は間違いで、あの兼さんは本当に草大福が大好きなだけかもしれない。
そう思ったし、気になるなら本当はどうなのか確かめたらいいのに、もうあの場所に行きたくありません。けど、それは彼が怖いわけじゃなくて。僕自身が兼さんを失えば似たようなことになってしまう。だからそういう想像をしてしまった、そのことに気づいたから。確かめて想像が本当なら、僕もきっとそうなる。想像が間違いなら、僕自身にそうなる素地があるから……。
だからこれは、堀川国広が怖かった話じゃなくて、僕が自分自身の恐怖に気づいた話……ですね。
2022/05/14 pixiv掲載
2024/12/14 当サイト掲載
万屋の和菓子コーナーでの話です。僕、そこの和菓子が好きでよく行ってたんですよ。
その堀川国広を見たのは、最初は春でした。桜餅を買った日だったと覚えています。彼は電話をしていました。
「兼さん、お菓子何がいい?」
「草大福にしてくれ」
「うん、わかった!」
そんな会話をしていて、向こうの兼さんは草大福が好きなんだなぁって思いました。
それから、たびたびその堀川国広を見かけました。
「兼さん、今日はどうする?」
「草大福にしてくれ」
「はーい。それじゃあね」
また見た時も
「兼さん、どのお菓子にする?」
「草大福にしてくれ」
「りょーかーい」
って。始めの何回かは、あの兼さんすごく草大福が好きなんだなぁと思いました。
でも何回見かけても、兼さんは毎回草大福を頼んでいました。毎回同じものを頼むのに電話するなんてちょっと変じゃないかな、と感じました。僕は毎日万屋に行くわけではないから、偶然その兼さんが草大福を食べたい日に居合わせるのかもしれない……けど、夏になっても、秋になっても堀川国広は同じ電話をしていました。
「兼さん、何にする?」
「草大福にしてくれ」
「わかった。待っててね」
季節のものとか買わないのかなぁ、なんて思いながら、僕は芋や栗のお菓子のどれにするか迷っていました。あまりに迷って、もう季節関係なく僕も草大福にしようかなと思って、常設品の棚の方を見たんです。草大福はなかった。さっきの堀川国広が買ったのが最後だったんだ、と思ってその日は白大福を買って帰りました。
しばらくして、今度は栗きんとんを買おうと決めて行った日。あの堀川国広はやはり電話をして草大福を頼まれていました。今日はまだ草大福残ってるかな? と常設品の棚を見たら、まだ残ってました。
でも、堀川国広は電話を切ると何も持たないまま和菓子の棚から離れていきました。
どうして? 草大福はたくさん並んでるのに。
そういえば、今までもあの堀川国広って、本当に草大福を買ってた?
自分がお菓子を選ぶことに集中していて、僕は彼が草大福を手に取った瞬間を一度も見ていませんでした。兼さんと電話する声は聞こえていましたが。
でもよく考えたら、電話なのに兼さんの声はいつも「草大福にしてくれ」しか聞こえていなかったことに気づきました。普通、電話を取ったら「もしもし」とか言いますよね。僕が相手だったら「おう、俺だ」とか「国広、どうした?」とか。でもそういう声はなかった。兼さんの声は「草大福にしてくれ」という一言だけ。その後に「頼むぞ」とか「じゃあな」とか、そういう言葉もなかった。そしてふと思ったんです。
あの兼さんの声、いつも同じ調子じゃなかった?
「草大福にしてくれ」
思い出すと、いつも同じ抑揚で。
「草大福にしてくれ」
あの堀川国広は、電話じゃなくて録音した声を再生していたんじゃないの?
「草大福にしてくれ」
……なんでそんなことを?
そう考えて想像したのは、すごく嫌なこと。あの「兼さん」はもうどこにもいなくて、でもそれを認められなくて、あの堀川国広は録音した声を再生しながら電話するふりをしてる……。積もり積もった違和感の答えがそれのような気がしました。
その日は何も買わずに本丸に帰りました。それ以来あの和菓子コーナーには行っていません。
堀川国広が何も持たずにコーナーを離れたように見えたのは、ただの見間違いだったのかも。僕の想像は間違いで、あの兼さんは本当に草大福が大好きなだけかもしれない。
そう思ったし、気になるなら本当はどうなのか確かめたらいいのに、もうあの場所に行きたくありません。けど、それは彼が怖いわけじゃなくて。僕自身が兼さんを失えば似たようなことになってしまう。だからそういう想像をしてしまった、そのことに気づいたから。確かめて想像が本当なら、僕もきっとそうなる。想像が間違いなら、僕自身にそうなる素地があるから……。
だからこれは、堀川国広が怖かった話じゃなくて、僕が自分自身の恐怖に気づいた話……ですね。
2022/05/14 pixiv掲載
2024/12/14 当サイト掲載
