刀剣乱舞の夢以外の小説
新年のみの市にて報告された怪現象について
「新年のみの市」において、複数の怪現象が報告された。審神者が体験し、審神者より報告のあったものが46件、審神者が行方不明となり、刀剣男士より捜索願の出されたものが17件ある。審神者の怪現象体験と、行方不明事件との関連は不明である。
・審神者が体験した怪現象について
ほとんどのものが、古物についた付喪神によるものであった。自身を買わせようとした、波長の合う者がいたので話をしたくなった、など審神者に対して害意のあるものではなかった。その中に数件、新刀剣男士の姿を模したものが関わるものが報告された。
ケース1 茶碗
女性/二十代/審神者歴八年
その日は、鍛刀キャンペーンの終わった翌日でした。新しい子、ええと──はん、じん? うちに来ないと、なかなか名前を覚えられなくて。だから、大千鳥にお詫びも兼ねて、好きなものを買ってあげようと、彼とにっかり青江を連れていきました。青江は、古物の中には危ないのもいるからって、見てもらうために連れていきました。
わたしが怪現象に巻き込まれたのは、水墨画のような模様の描かれた茶碗だったんです。竹林……が描かれてたのかな。地味だけれど、なんだか目について。手に取ってみたら、竹林を誰か歩いていました。付喪神かなと思って、面白そうだから青江に買っていいか相談してみようと振り向きました。
すると、先程まで騒がしいのみの市にいたはずなのに、周りには誰もいない。青江も大千鳥も。そして、そこは薄暗い竹藪だったんです。わたし、付喪神になにかいたずらをされたと思って、茶碗に話しかけたんです。
「あなたがやったの?」
そしたら、茶碗はなんの絵もない、ただの無地のものになってました。だから、わたしは茶碗の『中』にいるのかなあと思って。
「素敵な竹藪だね。でも、外に出ないとあなたを使えないよ。うちには茶碗や茶会が好きな連中がたくさんいるんだ。ここでわたしを絵の中に入れるより、茶会をしてお茶を点てられたりした方がいいんじゃない? それに歌が好きなのもいるから、あなたを詠んでくれるかも」
そう話しかけたけど返事がなくて、気配もない気がしました。普通、付喪神の気配がするのに。
「茶碗さん、聞いてる?」
どこかに隠れてるのかな、と思って茶碗を回したりひっくり返したりしたんです。やっぱり無地になってて、人影もなくて……でも、そこに突然影がさしたんです。
わたしすごくびっくりして、悲鳴をあげました。後ろにひっくり返りそうになったけど、茶碗がずしっと重くなってバランスが取れて。あ、茶碗やっぱり生きてるなーとその時思って。
で、顔を上げたら、その子がいたんですよ──泛塵が。わたしその時は「あ、鍛刀キャンペーンの子だ」と思ったんですが、名前がわからなくて。その子、本当に突然目の前にいて、なんの気配もしなくて……まあ、脇差だし気配なんて人間のわたしにわかんないのかも、ですけど……。
「あ、あー、きみ、ええと」
名前わからないなんて言ったら失礼かなと思って、とりあえずごまかそうと思って。
「迷子? 主さんは?」
そうたずねたら、ただ首を横に振って。わたしお知らせの写真でしか泛塵のこと知らなくて、もしかして、人見知りとか、人嫌いなのかなあと思って。
「困ってたら、サービスカウンター行くといいよ。東西南北、どこの端にも用意されてるから」
そう伝えたら、黙ったままくるっと背を向けて歩いていきました。で、そもそもこの竹藪の中でサービスカウンターの話しても仕方なかったかなあって少ししてから気づいて。
「ねえ」
って呼び掛けたら、泛塵じゃなくて茶碗が返事をしたんです。返事、といってもまたずしっと重くなっただけなんですけど。
「……きみ、刀剣男士巻き込むのはよくないよ。斬られちゃうかもよ」
わたしは茶碗に小声でそう言いました。茶碗には、付喪神の気配が確かにしていました。茶碗はしゃべれないようで、ただ重くなったり、手の中で傾いたりするだけでした。どうも、わたしに「右に向かって進め」と示しているようでした。よくよく足元を見ると、周りは墨を満たしたみたいに真っ黒で、右にだけ陶器の道が出来ていました。
わたし、まずは着物の裾が汚れなくてよかった、って思いました。昨年の成人祝いに実家から贈ってもらった振袖だったので。一歩でも動いたら汚れてましたよ。わたしは茶碗の示すまま、陶器の道を歩いていきました。
歩きながら泛塵は真っ直ぐ歩いていたけど足元大丈夫なのかなって思ったんですが、でも男士だし大丈夫か、と思ってあんまり心配しませんでしたね。
しばらく歩いたら、墨の竹藪から明るい光のさす出口があって、外に出られました。隣にいる青江に「そんなにご執心だと妬いてしまうよ」と冗談を言われました。彼にとっては、わたしはしばらく茶碗を見つめていただけ──だったそうです。
このことを話したら、即ここに連れてこられたんですけど……。
*
ケース2 襖絵
男性/六十代/審神者歴八ヶ月
私の場合は襖絵でした。百五十年ほど前に、妖怪好きな物好きが描かせた、付喪神の百鬼夜行の描かれたものだそうです。「人間って、面白いこと考えるんですね」と五虎退が襖絵を眺めていました。私も賑やかで面白い絵だと思いました。ふと、絵が動いたように見えて──次の瞬間には、周りはその描かれた付喪神だらけだったのです。驚いたのですが、隣には五虎退がいて「大丈夫ですよ。あるじさまが興味を持ったから、少し驚かせたいみたいです」と小声で言いました。確かに、絵の付喪神たちはぞろぞろ歩いていくだけで、私に何かしようとは思っていないようでした。
百五十年ほど前の作品ですから、パソコンの付喪神や、カセットテープやビデオテープの付喪神もいて、面白いものでしたよ。私には何か判然としないものもいたのですが、それも近年には忘れ去られた道具だったのでしょう。
面白く眺めていましたが、ふと、何か妙な気配がしたのです。五虎退も感じたようで、私の袖を引きました。
「あるじさま。これから来るものを見てはいけません。見ない振り、気づかない振りをしましょう……たぶんぼくには、まだ斬れない──」
五虎退はそう言って、私に虎たちを抱かせました。虎に夢中で気づかないふりをしたのです。行列からは目を逸らして、私は虎たちを見つめて撫でました。すると、耳に足音が聞こえてきたのです。行列の付喪神たちの軽やかな足取りではない──一歩一歩を踏み締める、人間の足音のように思いました。恐ろしくも思いましたが、五虎退の言う通りとにかく遣り過ごそうと思い、俯いて虎を撫でました。
足音は、私に向かって近づいてきて、俯いたままの私の視界に靴が見えました。若者の履く靴だ、と直感的に思いました。形は、ブーツで。それも見ないようにしようと、必死に虎だけを見ました。五虎退も恐ろしくなったのか、私に抱きついて来ました。私は五虎退の肩を抱いて、大丈夫だ大丈夫だと繰り返しました。「これはいまに通り過ぎていくよ。大丈夫だ大丈夫だ」自分に言い聞かせているのか、五虎退に言い聞かせているのか、わからないまま大丈夫だ大丈夫だと──思い返せば滑稽なものですが。でも、その足の持ち主は私たちに興味を失ったのか、離れていく足音がしました。また百鬼夜行の賑やかな雰囲気が戻ってきて、ほっと息をついたら現実に戻っていました。私も五虎退も、お互いの無事を確認しました。
私は店主にすぐ襖絵の話をしました。すると、この付喪神は百鬼夜行を客に見せて驚かせたりするだけで、そんな人間は絶対にいないはずだと言われて、また背筋の冷える思いがしました。
「──あるじさま。調査員さん。少し、よろしいでしょうか」
どうした五虎退?
「僕、その人間……いえ、人間ではないし……異様な気配のするモノ、としか言えないのですが……その姿を、少し見ました……」
そうなのか。どんな姿か詳しく話せるか?
「間違ってたら、申し訳ないんですけど……新しい刀剣男士さん、槍じゃなくて脇差の方……に、似てたと思います」
あの報せにあった……はんじん、といったか。鍛刀はあまりせんから似ているかわからんな……靴しかみとらんし。
「……姿だけで、絶対に刀剣男士ではありません。それは……確かです。僕、あるじさまが狙われている気がして……あるじさまには、もう刀があるからあなたはいらないんだって、あるじさまの腰に抱きついたんです。あるじさまも僕のこと持ってくれたから、それで諦めたのかも……と、思いました」
そうかそうか、やっぱりお前が守ってくれたんだな、五虎退。
「え、えへへ……あるじさまの守り刀として、お役に立てましたか?」
ああ、もちろん。褒美に、何か甘味でも食べて帰ろうか。
*
ケース3 鏡台
女性/十代/審神者歴一年
鏡台を探していたんです。お化粧道具、だんだん増えてきて。実家の母みたいに鏡台が欲しいと思って。引き出しは広いのが一つと細かいのが四、五段くらい……といくつか条件を決めていたので、乱と加州は別行動で探してもらって、わたしは護衛の骨喰と探していました。ひとつ、希望よりは引き出しが少ないけど気が惹かれるものがあったので、引き出しの大きさなどを見ていたんです。そしたら、半開きの三面鏡の、左側に動くものが見えた気がして……気になって開きました。一瞬わたしではない顔が映って、小さめにですが叫んでしまいました。骨喰が心配して鏡を覗き込んで、その時は、角度で骨喰の顔がわたしより先に映ったのかな、と思いました。一瞬見えたのは肩くらいの長さの髪の、女の子だったように思ったんです。「ごめん、ただの見間違いだよ」って三面鏡を全部開きました。
そしたら、さっきの女の子がわたしたちの後ろに映っていたんです。びっくりして振り向いたら、通行人はいるけどそんな女の子はいませんでした。骨喰にどうしたのか聞かれて、鏡に目を戻すと女の子はいなくなってて……骨喰に女の子のことを話すと、骨喰は見ていないと言うんです。わたしは怖くなって、鏡台を買うのはやめようと決めて乱と加州にも連絡しました。二人と合流したら、乱は鏡台の付喪神のいたずらではないかと言うので、少し怖さがなくなりました。でものみの市を歩いていたら、鏡台の女の子とすれ違って……わたしはびっくりして、怖くて、声も出せずに立ち止まりました。三人が心配して、落ち着いてから話すと……加州が「あいつのこと?」とすれ違った先とは違う場所にいるあの女の子を指差したので頷きました。
「あれ、この前実装された刀剣男士だよ。主が鏡台を見ている時にたまたま鏡に映ったんじゃない?」と加州は言いました。でも、骨喰は「いや、主殿があの鏡台を見ている時に、あいつは近くにはいなかった」と言うのです。骨喰はもう極の修行を終えた男士です。まだ顕現されたばかりの男士が、その骨喰の偵察力を掻い潜って鏡に映るなんて、出来るんでしょうか……。
似たような話がいくつかあるんですか……? 泛塵の──刀剣男士の姿を真似た、『何か』……こ、怖いですね……。
*
ケース4 香炉
男性/三十代/審神者歴十二年
大将、だいぶ疲れてるみたいだし俺が話すな。大将は香炉を見てたんだ。蓋に鳥がついてて、俺は雅なものはよくわからんが、まあ綺麗なもんに見えたよ。大将はナントカの香炉に似てるって気に入ったみたいだった。
で、その香炉を手に持って蓋開けたりして眺めてたんだが、突然「鳥が!」って大将が叫んだんだ。んで「待ってくれ!」って香炉を持ったまま走りだしちまった。すぐ追おうとしたが、店主が「お前ら盗む気か!」って俺のベルトをひっつかみやがって。振り払いたくなったが、怪我でもさせて大将が始末書とか書かされても大変だと思って……俺は金は持ってなかったから、俺の本体を「これを質として預けるから、今はあの人を追わせてくれ!」って頼んで離してもらった。
で、大将をすぐに追った。あの人はあんま足早くないはずなんだが、もう市の外まで出てて……立ち止まってたんだが、どうにも様子がおかしい。呼びかけても返事はないし、目も何処を見てるのかわからない。とりあえず香炉を店に返しに行かねえと、大将が泥棒にされちまうと思って大将の手にある香炉を取ろうとしたんだ。
したら、突然鳥の声が聞こえた。
「お前も付喪神だな?」
「お前は香炉の付喪神か? 俺の主に何したんだ!」
「わたしではない、何かが、中に入ってるんだ! 助けてくれ!」
鳥がそう叫んだ。俺は蓋を開けて、中に入ってた木炭みたいなもんを引っ付かんで投げ捨てた。
そしたら、大将の目が俺を見た。
「あ、薬研。鳥を捕まえてくれたのか」
「大将。鳥って、この蓋か? ずっとあんたが手に持ってたよ」
「そんなはずはない! 飛んでいってしまったんだ」
俺は付喪神のやつがいたずらしたんだと思って、蓋に向かって言ったんだ。
「お前、やっぱり俺の主を騙したんだろ。叩き割るぞ!」
もちろん脅しで実際にやる気はなかった。だが鳥は違う違うと鳴いた。
「今、お前が投げ捨てた何かがこの人間に幻覚を見せてたんだ! わたしは関係ない!」
俺は一応投げ捨てたモノを見た。ただの木炭みたいなもんで、前の持ち主が焚いた香木の焼け残りかなんかだろ。
──え? 普通香炉に香木だけ入れて焼かない? ……雅なことはよくわからんな。
で、まあ、大将は鳥が逃げたと言ってずっと鳥と話してたって言うんだ。でも、香炉の鳥は逃げてないし大将は自分じゃないモノと話してた、と言う。互いの言い分が違う。でも大将が嘘をつくわけない。そんなお人じゃないことは十年以上仕えてりゃよくわかってる。
「大将、この鳥あんたを騙そうとしてるぜ」
「わたしはそんなことしない。わたしは名品でウンタラカンタラ」って、鳥は自分の自慢を始めやがった。したら大将は「俺の話してた鳥はこいつじゃない」と言い出した。もっと色鮮やかな鳥だった、と言うんだ。蓋の鳥は茶色一色の鳥だったからな。
「でも大将、蓋の鳥を追いかけたんだろ?」
「ああ、そうだ。でも蓋は茶色だよな……でも、俺は確かに蓋の鳥を……」
大将はだいぶ混乱してるみたいだった。香炉を手にしたら色鮮やかな鳥が見えて、そいつが飛んでったと言うんだ。でも実際香炉の鳥は茶色だ。あと声は香炉の鳥と同じ声だったらしい。
色鮮やかな鳥は、大将との追いかけっこに飽いたら自分を買うように強くすすめてきた。でも大将はまだ値段も知らないし、今ここで買う約束は出来ないって、断った。そうしたら、このまま持っていけばいいとか、いや泥棒になるわけにはいかないとか、ずっと鳥と押し問答してたそうだ。そしたら、俺がやってきてその鮮やかな鳥を捕まえて放り投げた、と言うんだな。あっと思ったが、実際俺を見たら香炉の蓋を手に持ってる。だから「あ、薬研。鳥を捕まえてくれたのか」と──。
その鮮やかな鳥ってどんな鳥だったんだ、って聞いたら。
「薄いピンクの髪に、赤い服を着てた。靴はブーツだったかな」
……人間のような姿を説明してくるのに、認識は鳥みたいなんだ。年末から働きすぎて、疲れちまってんじゃねえかなあ……。
*
ケース5 筆
男性/二十代/審神者歴三年
筆の付喪神ッスか? あの日はたくさん探したんだけど、気の合うのが見つからなかったんスよ。こう、本丸のお知らせに毛筆でドーン! って書いたら超イイ感じじゃん!? って思い付いたんだけど……やっぱり筆の付喪神って、風流な相手が好きなのかな。俺風流とは無縁だからなー。
あ。それは関係ないんスね。すみません。えっと、筆の付喪神と何か話したか?
そッスね。だいたい書き味を見せてもらって、うちの本丸のお知らせとかかっこよく書いてほしい! って話をしました。でも、いい返事はもらえなかったんスよ……みんな、俺に読めない字を書いてきて交渉決裂ッス……。言葉にされなくても、「こんな字も読めないんじゃ主に相応しくない」って空気をビンビンに感じたッス……。
書かれた字? なーんかさんずいへんの……あー! それですそれです! どっかで見た気はしたんスけど読めなくて。
はんじん?
へー、そんな読みなんスか。なんか聞いたこと……あ、鍛刀キャンペーンか! うち鍛刀は虚無本丸だからすっかり忘れてた! 大千鳥には悪いけどまた縁があったら来るっしょってことでさ~唐揚げパーティーして忘れることにしてました!
……ってことは、筆の付喪神たち、もしかして、俺のこと嫌ってた……? だから出なかった刀の名前を……?
関係ない? あ、聞き取りもこれで終わりッスか? わかりました! じゃ、失礼しま~っす!
*
今回の審神者の共通項としては「泛塵を所持、および顕現していない」ということが挙げられる。大千鳥十文字槍については、ケース2の審神者以外は顕現していた。ケース1の審神者は大千鳥十文字槍を護衛としていたが、彼への聞き取りでは泛塵の気配は感じなかったという。その他の審神者の近侍や護衛の刀剣男士への聞き取りでも、同様の返答であった。唯一目撃しているケース2の五虎退は「姿は泛塵に似せていたが絶対に刀剣男士ではない」と証言している。また、ケース4にて香炉の中に入っていた「木炭状のもの」について薬研藤四郎より提出があったが、調査の結果ただの焼けた木片であり、怪異の一部等ではなかった。この香炉を販売していた店主は、木片について「商品出品前の検査に出した時には中は空であり、検査後は蓋を開けていない」と証言している。政府管理の記録上も香炉の中身は空であった。木片がいつ入ったものかは不明である。
今回の物品に宿る付喪神への聞き取りにおいては、人語を解さない者、対話を拒否する者もいたが、聞き取りに応じた者からの返答は「『何か』に入り込まれた」「それが何であったかははっきりとわからないが、自分と同類のもの(付喪神)ではないと感じた」「自分への害意より、自分を手に取る『人間』に対しての意志を感じたため、関わらないようにした」というものがほとんどの付喪神の証言の大意であった。行方不明となった審神者が彼らの言う『何か』に拐かされた可能性も考えられる。
のみの市の参加者において、同様の怪現象に遭ってもただの付喪神のいたずらと判断し報告をしなかった審神者もいる可能性が考えられるため、引き続き調査を行いたい。
以上
2021/02/02 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
「新年のみの市」において、複数の怪現象が報告された。審神者が体験し、審神者より報告のあったものが46件、審神者が行方不明となり、刀剣男士より捜索願の出されたものが17件ある。審神者の怪現象体験と、行方不明事件との関連は不明である。
・審神者が体験した怪現象について
ほとんどのものが、古物についた付喪神によるものであった。自身を買わせようとした、波長の合う者がいたので話をしたくなった、など審神者に対して害意のあるものではなかった。その中に数件、新刀剣男士の姿を模したものが関わるものが報告された。
ケース1 茶碗
女性/二十代/審神者歴八年
その日は、鍛刀キャンペーンの終わった翌日でした。新しい子、ええと──はん、じん? うちに来ないと、なかなか名前を覚えられなくて。だから、大千鳥にお詫びも兼ねて、好きなものを買ってあげようと、彼とにっかり青江を連れていきました。青江は、古物の中には危ないのもいるからって、見てもらうために連れていきました。
わたしが怪現象に巻き込まれたのは、水墨画のような模様の描かれた茶碗だったんです。竹林……が描かれてたのかな。地味だけれど、なんだか目について。手に取ってみたら、竹林を誰か歩いていました。付喪神かなと思って、面白そうだから青江に買っていいか相談してみようと振り向きました。
すると、先程まで騒がしいのみの市にいたはずなのに、周りには誰もいない。青江も大千鳥も。そして、そこは薄暗い竹藪だったんです。わたし、付喪神になにかいたずらをされたと思って、茶碗に話しかけたんです。
「あなたがやったの?」
そしたら、茶碗はなんの絵もない、ただの無地のものになってました。だから、わたしは茶碗の『中』にいるのかなあと思って。
「素敵な竹藪だね。でも、外に出ないとあなたを使えないよ。うちには茶碗や茶会が好きな連中がたくさんいるんだ。ここでわたしを絵の中に入れるより、茶会をしてお茶を点てられたりした方がいいんじゃない? それに歌が好きなのもいるから、あなたを詠んでくれるかも」
そう話しかけたけど返事がなくて、気配もない気がしました。普通、付喪神の気配がするのに。
「茶碗さん、聞いてる?」
どこかに隠れてるのかな、と思って茶碗を回したりひっくり返したりしたんです。やっぱり無地になってて、人影もなくて……でも、そこに突然影がさしたんです。
わたしすごくびっくりして、悲鳴をあげました。後ろにひっくり返りそうになったけど、茶碗がずしっと重くなってバランスが取れて。あ、茶碗やっぱり生きてるなーとその時思って。
で、顔を上げたら、その子がいたんですよ──泛塵が。わたしその時は「あ、鍛刀キャンペーンの子だ」と思ったんですが、名前がわからなくて。その子、本当に突然目の前にいて、なんの気配もしなくて……まあ、脇差だし気配なんて人間のわたしにわかんないのかも、ですけど……。
「あ、あー、きみ、ええと」
名前わからないなんて言ったら失礼かなと思って、とりあえずごまかそうと思って。
「迷子? 主さんは?」
そうたずねたら、ただ首を横に振って。わたしお知らせの写真でしか泛塵のこと知らなくて、もしかして、人見知りとか、人嫌いなのかなあと思って。
「困ってたら、サービスカウンター行くといいよ。東西南北、どこの端にも用意されてるから」
そう伝えたら、黙ったままくるっと背を向けて歩いていきました。で、そもそもこの竹藪の中でサービスカウンターの話しても仕方なかったかなあって少ししてから気づいて。
「ねえ」
って呼び掛けたら、泛塵じゃなくて茶碗が返事をしたんです。返事、といってもまたずしっと重くなっただけなんですけど。
「……きみ、刀剣男士巻き込むのはよくないよ。斬られちゃうかもよ」
わたしは茶碗に小声でそう言いました。茶碗には、付喪神の気配が確かにしていました。茶碗はしゃべれないようで、ただ重くなったり、手の中で傾いたりするだけでした。どうも、わたしに「右に向かって進め」と示しているようでした。よくよく足元を見ると、周りは墨を満たしたみたいに真っ黒で、右にだけ陶器の道が出来ていました。
わたし、まずは着物の裾が汚れなくてよかった、って思いました。昨年の成人祝いに実家から贈ってもらった振袖だったので。一歩でも動いたら汚れてましたよ。わたしは茶碗の示すまま、陶器の道を歩いていきました。
歩きながら泛塵は真っ直ぐ歩いていたけど足元大丈夫なのかなって思ったんですが、でも男士だし大丈夫か、と思ってあんまり心配しませんでしたね。
しばらく歩いたら、墨の竹藪から明るい光のさす出口があって、外に出られました。隣にいる青江に「そんなにご執心だと妬いてしまうよ」と冗談を言われました。彼にとっては、わたしはしばらく茶碗を見つめていただけ──だったそうです。
このことを話したら、即ここに連れてこられたんですけど……。
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ケース2 襖絵
男性/六十代/審神者歴八ヶ月
私の場合は襖絵でした。百五十年ほど前に、妖怪好きな物好きが描かせた、付喪神の百鬼夜行の描かれたものだそうです。「人間って、面白いこと考えるんですね」と五虎退が襖絵を眺めていました。私も賑やかで面白い絵だと思いました。ふと、絵が動いたように見えて──次の瞬間には、周りはその描かれた付喪神だらけだったのです。驚いたのですが、隣には五虎退がいて「大丈夫ですよ。あるじさまが興味を持ったから、少し驚かせたいみたいです」と小声で言いました。確かに、絵の付喪神たちはぞろぞろ歩いていくだけで、私に何かしようとは思っていないようでした。
百五十年ほど前の作品ですから、パソコンの付喪神や、カセットテープやビデオテープの付喪神もいて、面白いものでしたよ。私には何か判然としないものもいたのですが、それも近年には忘れ去られた道具だったのでしょう。
面白く眺めていましたが、ふと、何か妙な気配がしたのです。五虎退も感じたようで、私の袖を引きました。
「あるじさま。これから来るものを見てはいけません。見ない振り、気づかない振りをしましょう……たぶんぼくには、まだ斬れない──」
五虎退はそう言って、私に虎たちを抱かせました。虎に夢中で気づかないふりをしたのです。行列からは目を逸らして、私は虎たちを見つめて撫でました。すると、耳に足音が聞こえてきたのです。行列の付喪神たちの軽やかな足取りではない──一歩一歩を踏み締める、人間の足音のように思いました。恐ろしくも思いましたが、五虎退の言う通りとにかく遣り過ごそうと思い、俯いて虎を撫でました。
足音は、私に向かって近づいてきて、俯いたままの私の視界に靴が見えました。若者の履く靴だ、と直感的に思いました。形は、ブーツで。それも見ないようにしようと、必死に虎だけを見ました。五虎退も恐ろしくなったのか、私に抱きついて来ました。私は五虎退の肩を抱いて、大丈夫だ大丈夫だと繰り返しました。「これはいまに通り過ぎていくよ。大丈夫だ大丈夫だ」自分に言い聞かせているのか、五虎退に言い聞かせているのか、わからないまま大丈夫だ大丈夫だと──思い返せば滑稽なものですが。でも、その足の持ち主は私たちに興味を失ったのか、離れていく足音がしました。また百鬼夜行の賑やかな雰囲気が戻ってきて、ほっと息をついたら現実に戻っていました。私も五虎退も、お互いの無事を確認しました。
私は店主にすぐ襖絵の話をしました。すると、この付喪神は百鬼夜行を客に見せて驚かせたりするだけで、そんな人間は絶対にいないはずだと言われて、また背筋の冷える思いがしました。
「──あるじさま。調査員さん。少し、よろしいでしょうか」
どうした五虎退?
「僕、その人間……いえ、人間ではないし……異様な気配のするモノ、としか言えないのですが……その姿を、少し見ました……」
そうなのか。どんな姿か詳しく話せるか?
「間違ってたら、申し訳ないんですけど……新しい刀剣男士さん、槍じゃなくて脇差の方……に、似てたと思います」
あの報せにあった……はんじん、といったか。鍛刀はあまりせんから似ているかわからんな……靴しかみとらんし。
「……姿だけで、絶対に刀剣男士ではありません。それは……確かです。僕、あるじさまが狙われている気がして……あるじさまには、もう刀があるからあなたはいらないんだって、あるじさまの腰に抱きついたんです。あるじさまも僕のこと持ってくれたから、それで諦めたのかも……と、思いました」
そうかそうか、やっぱりお前が守ってくれたんだな、五虎退。
「え、えへへ……あるじさまの守り刀として、お役に立てましたか?」
ああ、もちろん。褒美に、何か甘味でも食べて帰ろうか。
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ケース3 鏡台
女性/十代/審神者歴一年
鏡台を探していたんです。お化粧道具、だんだん増えてきて。実家の母みたいに鏡台が欲しいと思って。引き出しは広いのが一つと細かいのが四、五段くらい……といくつか条件を決めていたので、乱と加州は別行動で探してもらって、わたしは護衛の骨喰と探していました。ひとつ、希望よりは引き出しが少ないけど気が惹かれるものがあったので、引き出しの大きさなどを見ていたんです。そしたら、半開きの三面鏡の、左側に動くものが見えた気がして……気になって開きました。一瞬わたしではない顔が映って、小さめにですが叫んでしまいました。骨喰が心配して鏡を覗き込んで、その時は、角度で骨喰の顔がわたしより先に映ったのかな、と思いました。一瞬見えたのは肩くらいの長さの髪の、女の子だったように思ったんです。「ごめん、ただの見間違いだよ」って三面鏡を全部開きました。
そしたら、さっきの女の子がわたしたちの後ろに映っていたんです。びっくりして振り向いたら、通行人はいるけどそんな女の子はいませんでした。骨喰にどうしたのか聞かれて、鏡に目を戻すと女の子はいなくなってて……骨喰に女の子のことを話すと、骨喰は見ていないと言うんです。わたしは怖くなって、鏡台を買うのはやめようと決めて乱と加州にも連絡しました。二人と合流したら、乱は鏡台の付喪神のいたずらではないかと言うので、少し怖さがなくなりました。でものみの市を歩いていたら、鏡台の女の子とすれ違って……わたしはびっくりして、怖くて、声も出せずに立ち止まりました。三人が心配して、落ち着いてから話すと……加州が「あいつのこと?」とすれ違った先とは違う場所にいるあの女の子を指差したので頷きました。
「あれ、この前実装された刀剣男士だよ。主が鏡台を見ている時にたまたま鏡に映ったんじゃない?」と加州は言いました。でも、骨喰は「いや、主殿があの鏡台を見ている時に、あいつは近くにはいなかった」と言うのです。骨喰はもう極の修行を終えた男士です。まだ顕現されたばかりの男士が、その骨喰の偵察力を掻い潜って鏡に映るなんて、出来るんでしょうか……。
似たような話がいくつかあるんですか……? 泛塵の──刀剣男士の姿を真似た、『何か』……こ、怖いですね……。
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ケース4 香炉
男性/三十代/審神者歴十二年
大将、だいぶ疲れてるみたいだし俺が話すな。大将は香炉を見てたんだ。蓋に鳥がついてて、俺は雅なものはよくわからんが、まあ綺麗なもんに見えたよ。大将はナントカの香炉に似てるって気に入ったみたいだった。
で、その香炉を手に持って蓋開けたりして眺めてたんだが、突然「鳥が!」って大将が叫んだんだ。んで「待ってくれ!」って香炉を持ったまま走りだしちまった。すぐ追おうとしたが、店主が「お前ら盗む気か!」って俺のベルトをひっつかみやがって。振り払いたくなったが、怪我でもさせて大将が始末書とか書かされても大変だと思って……俺は金は持ってなかったから、俺の本体を「これを質として預けるから、今はあの人を追わせてくれ!」って頼んで離してもらった。
で、大将をすぐに追った。あの人はあんま足早くないはずなんだが、もう市の外まで出てて……立ち止まってたんだが、どうにも様子がおかしい。呼びかけても返事はないし、目も何処を見てるのかわからない。とりあえず香炉を店に返しに行かねえと、大将が泥棒にされちまうと思って大将の手にある香炉を取ろうとしたんだ。
したら、突然鳥の声が聞こえた。
「お前も付喪神だな?」
「お前は香炉の付喪神か? 俺の主に何したんだ!」
「わたしではない、何かが、中に入ってるんだ! 助けてくれ!」
鳥がそう叫んだ。俺は蓋を開けて、中に入ってた木炭みたいなもんを引っ付かんで投げ捨てた。
そしたら、大将の目が俺を見た。
「あ、薬研。鳥を捕まえてくれたのか」
「大将。鳥って、この蓋か? ずっとあんたが手に持ってたよ」
「そんなはずはない! 飛んでいってしまったんだ」
俺は付喪神のやつがいたずらしたんだと思って、蓋に向かって言ったんだ。
「お前、やっぱり俺の主を騙したんだろ。叩き割るぞ!」
もちろん脅しで実際にやる気はなかった。だが鳥は違う違うと鳴いた。
「今、お前が投げ捨てた何かがこの人間に幻覚を見せてたんだ! わたしは関係ない!」
俺は一応投げ捨てたモノを見た。ただの木炭みたいなもんで、前の持ち主が焚いた香木の焼け残りかなんかだろ。
──え? 普通香炉に香木だけ入れて焼かない? ……雅なことはよくわからんな。
で、まあ、大将は鳥が逃げたと言ってずっと鳥と話してたって言うんだ。でも、香炉の鳥は逃げてないし大将は自分じゃないモノと話してた、と言う。互いの言い分が違う。でも大将が嘘をつくわけない。そんなお人じゃないことは十年以上仕えてりゃよくわかってる。
「大将、この鳥あんたを騙そうとしてるぜ」
「わたしはそんなことしない。わたしは名品でウンタラカンタラ」って、鳥は自分の自慢を始めやがった。したら大将は「俺の話してた鳥はこいつじゃない」と言い出した。もっと色鮮やかな鳥だった、と言うんだ。蓋の鳥は茶色一色の鳥だったからな。
「でも大将、蓋の鳥を追いかけたんだろ?」
「ああ、そうだ。でも蓋は茶色だよな……でも、俺は確かに蓋の鳥を……」
大将はだいぶ混乱してるみたいだった。香炉を手にしたら色鮮やかな鳥が見えて、そいつが飛んでったと言うんだ。でも実際香炉の鳥は茶色だ。あと声は香炉の鳥と同じ声だったらしい。
色鮮やかな鳥は、大将との追いかけっこに飽いたら自分を買うように強くすすめてきた。でも大将はまだ値段も知らないし、今ここで買う約束は出来ないって、断った。そうしたら、このまま持っていけばいいとか、いや泥棒になるわけにはいかないとか、ずっと鳥と押し問答してたそうだ。そしたら、俺がやってきてその鮮やかな鳥を捕まえて放り投げた、と言うんだな。あっと思ったが、実際俺を見たら香炉の蓋を手に持ってる。だから「あ、薬研。鳥を捕まえてくれたのか」と──。
その鮮やかな鳥ってどんな鳥だったんだ、って聞いたら。
「薄いピンクの髪に、赤い服を着てた。靴はブーツだったかな」
……人間のような姿を説明してくるのに、認識は鳥みたいなんだ。年末から働きすぎて、疲れちまってんじゃねえかなあ……。
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ケース5 筆
男性/二十代/審神者歴三年
筆の付喪神ッスか? あの日はたくさん探したんだけど、気の合うのが見つからなかったんスよ。こう、本丸のお知らせに毛筆でドーン! って書いたら超イイ感じじゃん!? って思い付いたんだけど……やっぱり筆の付喪神って、風流な相手が好きなのかな。俺風流とは無縁だからなー。
あ。それは関係ないんスね。すみません。えっと、筆の付喪神と何か話したか?
そッスね。だいたい書き味を見せてもらって、うちの本丸のお知らせとかかっこよく書いてほしい! って話をしました。でも、いい返事はもらえなかったんスよ……みんな、俺に読めない字を書いてきて交渉決裂ッス……。言葉にされなくても、「こんな字も読めないんじゃ主に相応しくない」って空気をビンビンに感じたッス……。
書かれた字? なーんかさんずいへんの……あー! それですそれです! どっかで見た気はしたんスけど読めなくて。
はんじん?
へー、そんな読みなんスか。なんか聞いたこと……あ、鍛刀キャンペーンか! うち鍛刀は虚無本丸だからすっかり忘れてた! 大千鳥には悪いけどまた縁があったら来るっしょってことでさ~唐揚げパーティーして忘れることにしてました!
……ってことは、筆の付喪神たち、もしかして、俺のこと嫌ってた……? だから出なかった刀の名前を……?
関係ない? あ、聞き取りもこれで終わりッスか? わかりました! じゃ、失礼しま~っす!
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今回の審神者の共通項としては「泛塵を所持、および顕現していない」ということが挙げられる。大千鳥十文字槍については、ケース2の審神者以外は顕現していた。ケース1の審神者は大千鳥十文字槍を護衛としていたが、彼への聞き取りでは泛塵の気配は感じなかったという。その他の審神者の近侍や護衛の刀剣男士への聞き取りでも、同様の返答であった。唯一目撃しているケース2の五虎退は「姿は泛塵に似せていたが絶対に刀剣男士ではない」と証言している。また、ケース4にて香炉の中に入っていた「木炭状のもの」について薬研藤四郎より提出があったが、調査の結果ただの焼けた木片であり、怪異の一部等ではなかった。この香炉を販売していた店主は、木片について「商品出品前の検査に出した時には中は空であり、検査後は蓋を開けていない」と証言している。政府管理の記録上も香炉の中身は空であった。木片がいつ入ったものかは不明である。
今回の物品に宿る付喪神への聞き取りにおいては、人語を解さない者、対話を拒否する者もいたが、聞き取りに応じた者からの返答は「『何か』に入り込まれた」「それが何であったかははっきりとわからないが、自分と同類のもの(付喪神)ではないと感じた」「自分への害意より、自分を手に取る『人間』に対しての意志を感じたため、関わらないようにした」というものがほとんどの付喪神の証言の大意であった。行方不明となった審神者が彼らの言う『何か』に拐かされた可能性も考えられる。
のみの市の参加者において、同様の怪現象に遭ってもただの付喪神のいたずらと判断し報告をしなかった審神者もいる可能性が考えられるため、引き続き調査を行いたい。
以上
2021/02/02 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載