刀剣乱舞の夢以外の小説

物語るもの


「俺の気持ちを返せー!」

 若者をからかい、日光一文字や南泉一文字と戯れ、一文字則宗は本丸の廊下を歩いていた。粟田口の短刀にざっと本丸を案内されたあと、あとはひとりで大丈夫だと言い、若者たちをからかって現在に至る。
 この本丸は起動より三年、刀剣男士は一通り揃い、よく育てられていた。特命調査も序盤は慣れない戦場に多少難航したようだが、自陣は全て守り一度で優判定を取っている。それなりに優秀な本丸、ということだろう。
 刀剣男士の情緒方面も健やかに育っているようで、もとより無愛想な刀を除けばすれ違う則宗に対して笑顔で挨拶をし歓迎の意を示した。
 内廊下には、たくさんの写真が飾られている。花見や海、紅葉狩りの様子や巨大な雪だるま、豊作だったらしい野菜の山などの写真があり、どれも皆笑顔で写っていた。これもやはり、無愛想な男士を除けば。
 ──まあ、居心地は悪くなさそうだ。
 そう思った。
「あ、いたいた。おーい」
 前方から白い着流しに浅葱色の羽織を肩に掛けた男士がやってくる。政府のデータによれば、あれは大和守安定だ。そういえば特命調査の部隊には見かけなかった、と思う。新選組の他の刀はいたはずだが。
「一文字則宗、だよね。主の愛剣、大和守安定。よろしく」
 笑顔で大和守はそう言った。
「明日からあなたが近侍だから、今暇なら軽く引き継ぎをしたいんだけど、どうかな?」
 特命調査にいなかったのは、近侍をしていたからのようだ。
「入ったばかりでもう僕が近侍なのか?」
「主の方針でね、新人はまず何日か近侍をやるんだ。その方が本丸に慣れやすいんじゃないかって」
「そうかい」
「近侍の仕事、そんなに難しくないよ。まずは端末に慣れないとだけど、あなたは政府の刀だったし出来るでしょ?」
「うーん、まあ、多少は」
「あれ、得意じゃないの? ながよしとか水心子とかは得意だから政府から来る刀は得意かと思った」
「通信は使えるぞー通信は」
「そっか。まあ使ってたら慣れるよ。主も使いやすくいろいろやってくれてるし。まにゅあるもあるよ。でね──」
 廊下を歩きながら、大和守は近侍の仕事を説明していく。
「──あと近侍は近侍おやつが出るよ。何が出るかはまちまちだけど。ちょっとした駄菓子の時もあれば、ちょっといいお饅頭だったりケーキだったりする時もある。そこは運だね」
「ほう。それは興味深い」
 半分雑談になりながら、執務室へと着いた。
「主~。あ、いないや」
 しかし部屋の主はいなかった。つきっぱなしの端末に特命調査の地図が出ている。
「トイレかもね。あ、これ近侍おやつ」
 大和守は主のいない部屋に入り、机にあった小鉢を手に取った。
「今日は柿の種だよ。あ、柿の種って名前のお煎餅で実際に柿の種じゃないから。食べる?」
「頂こう」
 則宗は細長い橙色の菓子を口に入れた。ボリボリと適度に堅い食感と、舌へのピリリとした刺激がある。
「ほう、これはなかなか」
「ピリッとしておいしいでしょ」
 大和守は慣れた様子で二人分の茶を用意し、自分も菓子を口に入れた。しばらくボリボリという咀嚼音だけが部屋に響いた。部屋の主はなかなか戻ってこない。
「──ところで」
 先に口を開いたのは則宗だった。てっきり大和守安定が話題にすると思ったことをされず、逆に居心地の悪さを感じていた。
「お前さんは特命調査にいなかったが、よかったのかね」
 んー、と返事か唸り声かよくわからない音を出してから大和守は口中の煎餅を飲み下す。
「うん。まあ、気になったけど。──あんまり歪んだ物語は見たくなくて」
「──歪んだ物語か」
「放棄された世界は、いつもそうでしょ。死んでるはずの人が生きてたり、生きてるはずの人が死んでたり。それはもう、歪んだ物語だ」
 大和守は特命調査の地図を映す画面を見た。
「近侍だし画面越しには見てたんだけど。あれは……もうあのひとじゃ、なかった」
 大和守は目を伏せる。
「……加州清光は、それを斬った。でも、今の僕は……」
 ぐっと拳を握る。
「僕は……あの場にいたら遡行軍も生かすべき人間も見境なく斬ってたかもしれない……僕が守るべき物語が歪められたら……」
 俯いて、大和守はひとりごちる。則宗が声をかけようか迷ったその時、大和守は頭を振った。
「駄目だ、駄目だ! それじゃ、我が主に勝利をもたらせない! もしまた物語が歪められたら、今度は僕だって戦わなきゃ。あいつばかりに誉取らせたくないし! それで主にいっぱい誉めてもらう!」
 気を取り直したようで、大和守は顔を上げて宣言した。ひとりで落ち込みひとりで立ち直ったらしい。
「……お前さんも面白い歪み方してるな」
「戦闘になると性格が変わるのは直さないとなって思うよ」
「そうかね」
「今回も主のお膝がなければ……端末を叩き斬っていたかもしれない……主のお膝がなければ……」
 至極真剣な顔で大和守は言った。
「膝」
 思わず、則宗はその単語を繰り返す。大和守は頷いた。表情は真剣そのものである。何故膝が出てくるのか、則宗にはよくわからない。
「──まあ、物語を歪められるのは耐え難いな。……それはよくわかる」
「うん。……あなたにも、やっぱり彼の物語があるの?」
 ようやっと、則宗の望んだ本題だ。大和守安定は微笑んでいるが、気を悪くしてはいないのだろうか。
「『物語』しかないがね」
「一文字則宗。一文字の祖。御番鍛冶。あなたがその物語を負うほどに、彼の『物語』に菊一文字が相応しいとされた。そのくらい、あのひとは多くのひとに愛された。──素敵なことだよね」
 大和守安定は笑った。懐かしむような、愛おしむような顔で。
 ──これは。
 読み誤ったな、と則宗は思う。本丸に来る前の則宗の想像では、怒って文句の一つでも言うかと思ったが。
 ──修行の成果、というものか。
「どうかした?」
「いやいや。てっきりお前さんには嫌われるかと。じじいの思い過ごしだったよ」
 大和守はちょっと眉を寄せた。
「昔の僕はそうかも。あなたに嫉妬すると思う。でも、嫌いにはならないと思うよ。同じひとの物語を負う刀だもの。僕はあなたみたいな存在がいるのが嬉しいよ」
「おや、こんなじじいがいて嬉しいとは光栄だ」
「今の僕は主だけの刀だから。彼の物語は確かにここにあるけれど──」
 大和守は自分の胸に手を当てる。
「必要なく誰かに語るつもりはない。僕が語るのは、今の主の綴る物語れきし
 主の愛剣、大和守安定──彼は、最初にそう名乗った。
「でも菊一文字則宗は、いくつもの物語で彼を彩り物語る。だから、こうしてあなたがその物語と共に顕現したことが嬉しいよ。来てくれてありがとう」
 大和守安定は微笑み、真っ直ぐに一文字則宗へと感謝を述べた。
「少し遅れたけど、本丸へようこそ、一文字則宗。同じ主を持つ刀として、これからよろしく」
「おやおやこれはご丁寧に。照れてしまうねえ。あっちの坊主と大違いだ」
「加州清光? 迷惑かけると思うけど、あいつのこともよろしく」
「ああ。相手しておこう」
 くつくつ笑って、則宗は再び柿の種を口に運んだ。ボリボリという音に紛れ、縁側を歩く人間の足音が聞こえてきていた。

2021/01/30 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
2/7ページ
スキ