【全3話】同位体が怖い話(全年齢部分のみ)

とある乱藤四郎の話

 演練場でよく会うベテラン審神者さんがいたの。そこの乱藤四郎の話。
 その審神者さん──ベテランさんて呼ぶね。彼はいつも高レベルの極を連れてた。でも、ある時顕現されたばかりの乱藤四郎を連れていた。そういえばベテランさんはいろんな刀を連れてくるけど、乱藤四郎を連れてくるのは初めてだなぁってその時思った。 これまでずっとボクを顕現してなかったのかな? っていうのはちょっと気になった。審神者の中には女の人が苦手で女の子っぽく見えるボクを苦手な人もいるって聞くし、何か事情があるのかなぁって思った。
 その乱藤四郎は、会うたびにどんどん強くなっていた。演練も出陣もたくさんしてるんだろうなと思った。ある日、演練場じゃなくて万屋で彼に会った。
「こんにちは。いつも演練で会うよね」
 彼はそうボクに声をかけた。私服でおしゃれしてて、白いブラウスに黒のジャンパースカートで可愛かった。
「うん、こんにちは。その服すごく可愛いね」
「ありがとう。あるじさんが買ってくれたんだ。ね、よかったらお茶しない?」
 ボクも暇だったし、一緒にカフェに行った。ボクはキャラメルパフェ、彼は抹茶パフェを頼んだ。最初のうちは好きな食べ物やファッションの話で盛り上がった。
「ボク、明日から修行に行くんだ。だから、この時代のおいしいもの食べてから行こうと思って」
「そうなんだ。頑張って」
「うん。早くキミみたいに強くなりたいな。ボク、顕現されたのが遅かったから……」
 やっぱりそうだったんだ、と思いながら彼の話を聞いた。
「あるじさん、亡くなった娘さんがいて、ずっとボクを顕現出来なかったんだって。写真見ても似てたのは髪型くらいなんだけど。まだ小学生になったばかりだったのに、審神者の才があったみたいで遡行軍に襲われた、って……」
 ひどい話だよ。
「それであるじさんは、審神者になったんだって。遡行軍を壊滅させるのが夢だ、って。その為にも、ボクを顕現させたって言ってた。一緒にお墓参りも行ったんだ。……ランちゃんって名前だった。お花の蘭ね。読み方違うけどボクの名前もランって読めるからさ──そこもずっと顕現出来なかった理由なのかなって思った」
 審神者さんの中にはボクを「ランちゃん」や「ランラン」って呼ぶ人もいるよね。うちのあるじさんは「みだれちゃん」て呼ぶけど。
「その事件さえなかったら、あるじさんは今も蘭ちゃんと一緒に幸せに暮らしてたのかな……あ、もう大人になってるしお孫さんがいたりしたかも……」
 乱藤四郎は窓の外の女性の審神者さんを目で追っていた。二十代から三十代くらいかな。「蘭ちゃん」は生きていたらそのくらいの年齢なのかもしれないと思った。彼はボクに視線を戻した。
「ま、もしも、なんて考えても、仕方ないんだけどね。あるじさんだって、普段は笑って過ごしてる。ボクも兄弟も他の刀も大事にされてて、幸せ。だけど──」
 乱藤四郎は、何か言葉を飲み込んだようだった。何か悩んでるみたいで気になったけど、ボクが口を挟む前に彼はにっこり笑って話題を変えた。
「そうだ、ボクの本丸の光忠さんって、甘いもの作るのが苦手なんだ。他の料理は得意なのに、スイーツ系になると失敗しちゃうの」
「そうなんだ。うちの燭台切さんは和菓子が得意で洋菓子はちょっと苦手みたい。クッキーとかちょっと焦げたりして」
 ボクも彼に合わせて、特に深入りせず本丸の話をした。パフェの後には飲み物を頼んで、またおしゃべりして、楽しい時間だった。
「それじゃ、今日はありがとう」
「うん。また演練とかで会おうね」
 別れ際にそう言った。その時、彼はちょっと間をあけてから「うん」と頷いた。それもちょっと引っ掛かったけど、長い修行に出るからまた演練に行く日が遠く感じたとか、そういう理由かもってその時は思った。
 でも、四日経っても彼に演練場で会うことはなかった。ベテランさんも来ていなかった。一週間経っても、二週間経っても。
「最近あの審神者さん見ないね」
 ってボクはあるじさんにベテランさんの話をした。だけど、あるじさんはあんまりベテランさんのことを覚えてなかった。たくさんいろんな人に会うからわからない、って。
 確かに、演練にはたくさん人が来る。ボクは乱藤四郎が気になったから特別覚えてただけかも……でも、気になっていち兄にも確認した。いち兄とは、あの審神者さんのとこのボクは顕現したばかりみたいだねって話を前にしていた。
「そんな方いたかい? ……覚えていないな。すまない、乱」
 いち兄も覚えていなかった。あの乱藤四郎を初めて見た日に少し話しただけだから、忘れてしまったのかも。よく一緒に演練にいく他の刀にも聞いてみた。でも、みんな覚えていなかった。
 ボクだって、演練にくる審神者さんをみんなしっかり覚えてるわけじゃない。他のみんなにはそんなに印象に残らなかっただけ──そう考えるのが、普通なんだけど。
 でも、ボク、少し思ってしまった。もしかしてあのボクは「蘭ちゃん」を助けたんじゃないか? って。
 もしもボクのあるじさんが、大切な人を遡行軍に殺されて、普段は笑ってても、その胸の奥に深い悲しみを抱えていたら。
 もし自分の存在と引き換えに、あるじさんの悲しみを消すことが出来たなら。
 ボクは──。
 ……歴史を変えるのはいけないこと。あるじさんが戦ってきた日日を、無駄にしてしまう。
 ベテランさんは、単に演練に行く時間を変えてボクたちと会わなくなっただけ。あの乱藤四郎とも連絡先の交換とかしてないし、きっとたまたま会わないだけ。
 ……そういうことだよ、ね……。

2022/05/14 pixiv掲載
2024/12/14 当サイト掲載
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