インハイ予選
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練習が終わり、夕食の時間。
「無名ー! こっち空いてる!」
日向が元気に手を振った。
そこには他のみんなもすでに座っていて、俺は日向の隣に腰を下ろす。
「無名って、見かけによらず大食いだよね」
『山口こそ、ご飯大盛りじゃん』
山口が俺のトレーを覗きこみながら笑う。
そのやりとりを見ていた影山が、ふと箸を止めた。
「……お前ら、“無名”って、只野のこと言ってんのか?」
嘘だろ。
その場の空気が、一瞬で固まった。
「え……嘘でしょ影山?」
「今さら!? おれ、けっこう前から呼んでたじゃん!」
山口と日向が同時に声を上げる。
もちろん、俺も驚いた。
人間には名字と名前があるということを、彼は今知ったのだろうか。
「……俺も、“無名”って呼ぶ」
突然の宣言。
「いいなー俺も無名呼びにしようかな〜」
「スガ!? ……影山の思考は、本当に計り知れないな」
みんなが笑ったり、驚いたりしていて。
月島だけがどうでもいい、というように箸を動かしていた。
その様子を見た山口が、にやにやしながら顔を寄せる。
「ツッキーも、“無名”って呼ばないの?」
「……は? 別に只野でいいでしょ」
その言い方が、いつもよりほんの少しだけ硬かった。
夜。
部屋に戻ると、日向と影山が布団の上で大の字になっていた。
「影山! どっちが長くお湯に浸かってられるか勝負だ!」
「上等だボケェ!」
あのやり取りを見たとき、嫌な予感はしていた。
「……おれの、かちだ」
「俺だ……」
案の定、二人とものぼせてしまったのだ。
「バレー以外のことになると、まるで二人は子どもだね」
タオルで二人の顔をあおぎながら、山口が苦笑いする。
俺も手伝うか。
タオルを持って立ち上がろうとした、その時。
「……只野」
静かな声に、思わず振り向く。
月島が立っていた。
手に紙コップを持ったまま、俺と目を合わせないまま。
「ちょっと……外、出よう」
普段と同じ、落ち着いた声で月島は言った。
部屋を出ると、夜風が柔らかく頬をなでる。
空には大きな月が浮かんでいて。
それはどこか、寂しそうに光っていた。
夏真っ盛りとはいえ、夜は少し肌寒い。
廊下へ出て歩くと小さなロビーのようなスペースがあって、俺たちはそのソファに並んで座った。
俺も月島も、一言も話さない。
時計は十時を指していて、遠くの部屋の話声だけが聞こえてくる。
その沈黙を破ったのは、月島だった。
「君、好きな人いるって聞いたけど」
声はいつもの調子なのに、どこか硬い。
俺はゆっくり頷いた。
『……うん、いる』
自分でもわかるくらい、声が震えていた。
月島も谷地さんが好きなのだろうか、そんな考えが頭をよぎって、息が苦しくなる。
こんな、背が高くて頭もいいイケメンに勝てるわけがない。
頼むから、次の言葉を言わないでくれ。
そんな俺の願いもむなしく、月島が口を開いて_
「__山口?」
『へ?』
脳内に、ウインクしてくる山口の顔がバチコーンと流れた。
数秒、時が止まり。
慌てて首を振る。
『ち、違う!!』
すぐにそっぽを向く月島。
「……忘れて」
その耳は、真っ赤だった。
__もしかして。
二週間前の部室の恋バナの時。
それより前、インハイ予選前日、帰り道の月島の態度。
いくつもいくつも思い返して、ひとつの仮説が浮かんだ。
『あのさ……月島の好きな人って、誰?』
少しの間沈黙があり。
月島は大きく息を吐いて。
「…………山口、だけど」
胸の奥が、すとんと腑に落ちた。
そういうことか。
今まで俺に向けてきた妙な棘は、全部山口との距離感が原因で。
月島は、山口が好きなんだ。
『へー……』
「……その目、ほんとやめて」
幼なじみへの恋。
俺の予想は、なんやかんやで合っていたようだ。
応援したい、と思う。
腐男子としてもモチロンあるし、その、普通に。
「ちなみに、只野の好きな人は誰なわけ?」
『……谷地さん、だけど』
きっと、多分そう。
誰かを好きになるのは初めてだから、自信なんて全然ないけど。
月島は少し驚いたように目をぱちりと瞬かせた。
『……そんなに意外かよ』
「別に。ただ……君は、山口か__」
顎に手を当て、月島は考えるような仕草を見せて。
「__黒尾さんのことが好きなんだと思ってただけ」
爆弾発言を。
『……は!?』
俺が驚いて固まるのを置いてけぼりに、月島は「じゃ、おやすみ」とだけ言い残して、部屋へ戻っていった。
もちろん、その夜眠れるわけもなく。
俺は翌朝、見事なクマを作って二日目を迎えるのだった。
「無名ー! こっち空いてる!」
日向が元気に手を振った。
そこには他のみんなもすでに座っていて、俺は日向の隣に腰を下ろす。
「無名って、見かけによらず大食いだよね」
『山口こそ、ご飯大盛りじゃん』
山口が俺のトレーを覗きこみながら笑う。
そのやりとりを見ていた影山が、ふと箸を止めた。
「……お前ら、“無名”って、只野のこと言ってんのか?」
嘘だろ。
その場の空気が、一瞬で固まった。
「え……嘘でしょ影山?」
「今さら!? おれ、けっこう前から呼んでたじゃん!」
山口と日向が同時に声を上げる。
もちろん、俺も驚いた。
人間には名字と名前があるということを、彼は今知ったのだろうか。
「……俺も、“無名”って呼ぶ」
突然の宣言。
「いいなー俺も無名呼びにしようかな〜」
「スガ!? ……影山の思考は、本当に計り知れないな」
みんなが笑ったり、驚いたりしていて。
月島だけがどうでもいい、というように箸を動かしていた。
その様子を見た山口が、にやにやしながら顔を寄せる。
「ツッキーも、“無名”って呼ばないの?」
「……は? 別に只野でいいでしょ」
その言い方が、いつもよりほんの少しだけ硬かった。
夜。
部屋に戻ると、日向と影山が布団の上で大の字になっていた。
「影山! どっちが長くお湯に浸かってられるか勝負だ!」
「上等だボケェ!」
あのやり取りを見たとき、嫌な予感はしていた。
「……おれの、かちだ」
「俺だ……」
案の定、二人とものぼせてしまったのだ。
「バレー以外のことになると、まるで二人は子どもだね」
タオルで二人の顔をあおぎながら、山口が苦笑いする。
俺も手伝うか。
タオルを持って立ち上がろうとした、その時。
「……只野」
静かな声に、思わず振り向く。
月島が立っていた。
手に紙コップを持ったまま、俺と目を合わせないまま。
「ちょっと……外、出よう」
普段と同じ、落ち着いた声で月島は言った。
部屋を出ると、夜風が柔らかく頬をなでる。
空には大きな月が浮かんでいて。
それはどこか、寂しそうに光っていた。
夏真っ盛りとはいえ、夜は少し肌寒い。
廊下へ出て歩くと小さなロビーのようなスペースがあって、俺たちはそのソファに並んで座った。
俺も月島も、一言も話さない。
時計は十時を指していて、遠くの部屋の話声だけが聞こえてくる。
その沈黙を破ったのは、月島だった。
「君、好きな人いるって聞いたけど」
声はいつもの調子なのに、どこか硬い。
俺はゆっくり頷いた。
『……うん、いる』
自分でもわかるくらい、声が震えていた。
月島も谷地さんが好きなのだろうか、そんな考えが頭をよぎって、息が苦しくなる。
こんな、背が高くて頭もいいイケメンに勝てるわけがない。
頼むから、次の言葉を言わないでくれ。
そんな俺の願いもむなしく、月島が口を開いて_
「__山口?」
『へ?』
脳内に、ウインクしてくる山口の顔がバチコーンと流れた。
数秒、時が止まり。
慌てて首を振る。
『ち、違う!!』
すぐにそっぽを向く月島。
「……忘れて」
その耳は、真っ赤だった。
__もしかして。
二週間前の部室の恋バナの時。
それより前、インハイ予選前日、帰り道の月島の態度。
いくつもいくつも思い返して、ひとつの仮説が浮かんだ。
『あのさ……月島の好きな人って、誰?』
少しの間沈黙があり。
月島は大きく息を吐いて。
「…………山口、だけど」
胸の奥が、すとんと腑に落ちた。
そういうことか。
今まで俺に向けてきた妙な棘は、全部山口との距離感が原因で。
月島は、山口が好きなんだ。
『へー……』
「……その目、ほんとやめて」
幼なじみへの恋。
俺の予想は、なんやかんやで合っていたようだ。
応援したい、と思う。
腐男子としてもモチロンあるし、その、普通に。
「ちなみに、只野の好きな人は誰なわけ?」
『……谷地さん、だけど』
きっと、多分そう。
誰かを好きになるのは初めてだから、自信なんて全然ないけど。
月島は少し驚いたように目をぱちりと瞬かせた。
『……そんなに意外かよ』
「別に。ただ……君は、山口か__」
顎に手を当て、月島は考えるような仕草を見せて。
「__黒尾さんのことが好きなんだと思ってただけ」
爆弾発言を。
『……は!?』
俺が驚いて固まるのを置いてけぼりに、月島は「じゃ、おやすみ」とだけ言い残して、部屋へ戻っていった。
もちろん、その夜眠れるわけもなく。
俺は翌朝、見事なクマを作って二日目を迎えるのだった。