健全な短編【船体】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あ」
喫煙所から戻って来た瞬間、嫌な人と会ってしまった。私が変に声を出してしまったせいであちらも気付いてしまい、目が合う。咄嗟に逃げようとしたが、向かう先が一緒の為どう足掻いても逃げられない。
「また煙草か」
「喫煙所で吸ってるんでいいでしょう」
「吸い過ぎはよくない。早死にするぞ。この前の健康診断でも引っ掛かったと聞いたが」
「は!?誰から聞いたんです!?」
「咲也がポロっと呟いていた」
「アイツ~…!!」
今度問い詰めてやる。何でよりによって面倒くさい方の先輩に言うんだ。つかさ先輩なら「息抜きも必要だろう」って言ってくれるのに。実際、プライベートで遊んだ時も煙草休憩するか聞いてくれたし。勿論、遊んでいる時なので断ったが。
「心配しているだけだ、怒ることはないだろう」
「余計なお世話です」
「近々国際警察も完全禁煙になる話は聞いたか?」
「耳タコですよ。ヒルトップ管理官に散々言われました。だからこうしてどこで吸えるのかチェックしているんじゃないですか」
「そういうところまで真面目なのか…」
「真面目じゃなきゃ、警察官してません」
クソ真面目な問いかけにネチネチとした嫌味で応酬しながらオフィスに入ると、先に休憩から戻って来たであろう高尾先輩が呑気に紅茶を飲んでいた。私達二人に気付いた彼はヒラヒラと手を振り、微笑を浮かべる。
「オーララァ、今日は随分仲良しだね」
「たまたま一緒になっただけです」
このおフランス男は時たま癪に障ることをズバッと言ってしまう。恐らく分かって言っているのだろう。そこまで読み取れない程能天気だとはとても思えない。余計にタチが悪い。
私が明らかに不機嫌そうなオーラを出していると、「そう怒ってたらシワが増えるよ」と更に癪に障ることを言う男が入って来た。咲也だ。こっちは本当にただのド天然のアホである。
「アンタ健康診断の結果勝手にチクったでしょ」
「えっ…あ」
「ほんと信じらんない。デリカシー無い男はモテないわよ」
「ええ!?」
「咲也、流石にそれはどうかと思うぞ」
「つかさ先輩まで!?いや…呟いてたから言っていいのかなって…」
「何でこっちに言うの!?一番面倒くさいって分かってるでしょ…!」
「い、いや~…圭一郎先輩が気に掛けたら柚葉も喜ぶんじゃないかなって…」
即座に朝加先輩に羽交い締めにされた。読まれていた。咲也をぶん殴ろうとしたのを。
「落ち着け」
「こいつは一発殴っていいんです、脳細胞を幾つか殺した方が為になります」
「せめてプライベートの時にしろ、勤務中に仲間割れをするな」
「……」
鬼の形相で睨むと咲也は高尾先輩を盾にした。仕方なく力を緩めれば朝加先輩による拘束も解いてもらえた。
「…私、言われてた書類届けてきます…」
*
柚葉が出て行った後、咲也が「でもあの子って喫煙者だったかなあ」と呟いた。
「…訓練生時代は違ったのか?」
「女子の中じゃ一番真面目でしたよ。陰口言われるくらいには…」
「陰口…」
「ちょっと変な方向で熱血気味だったんで…。やる気あるのとか、足引っ張るなとか結構キツイこと言ってました」
「…今は、あんまり熱血そうには見えないね。どうしてだろう」
ノエルがそう言うと、饅頭を手にした圭一郎が自分のデスクに戻った。先程の咲也の発言は全く気にしていないようで、そんな彼を見てつかさは溜め息を吐いている。首を傾げているノエルに彼女は饅頭を差し出した。
「柚葉が戦力部隊 で事務担当になっている理由、ノエルは知らなかったな」
「…後遺症、とは聞いているよ」
「ああ。元々前任者が抜けた穴には、咲也より先に柚葉が入るつもりだったんだが…その前にギャングラ―絡みで大怪我を負っていてな。本人がどうしてもと戦力部隊入りを志願したから、私達が手を回せない分の事務をしてもらっているんだ」
「…それは…残念だね」
「…もしかして、本来の仕事が出来なくなったから…ヤケになって喫煙するようになったとか?」
咲也がそんな考察を口にすると、饅頭を口にしていた圭一郎が「いいや」と話に入ってきた。
「あいつも仕事は真面目にしているぞ。事務になったからといって腑抜けるような奴じゃない」
「…じゃあ何で…」
「さあな。だが、ルール違反をしていないのなら本人の自由だ。俺が言うのもなんだが、強く口出しする権利はない」
「……そういえば圭一郎。お前、この間柚葉に突き返された資料があっただろ。もう渡したのか?さっき持って行った書類の束、この間の資料が必要な筈だ」
「…しまった。完全に失念していた…。すまないつかさ、俺も少し行ってくる」
圭一郎が慌てて彼女の後を追ってオフィスから出て行くと、呆れたような目でつかさが圭一郎のデスクを一瞥し、咲也が頭を抱え、ノエルがふふふと笑みを浮かべる。
「どう見ても柚葉が喫煙者になったのは圭一郎のせいだ」
「ですよね!?きっと圭一郎先輩に心配してもらいたくて、」
「そっちじゃないと思うなぁ。事情はもっと複雑だよ」
「ええっ!?」
「熱血で真面目な圭一郎君を間近で見るのは…きっと彼女にとって、どうしようもない程眩しいんじゃないかな?」
*
ああ、イライラする。先程吸い終えたばかりなのにもう煙草が恋しい。ニコチン依存症は乳首依存症と同じだというヘイトスピーチのような言説を聞いたことがあるが、世間様にどう言われようと知ったことではない。
戦力部隊で活躍したかった。事務ではなく、実戦で。だから、実戦入りが出来ないと分かっていても強引に志願した。間近で先輩達を見ていると、自分もその一員になったような気になる。
そう、”なったような気になる”だけ。私は何もしていない。国際警察は給料が良いからと現実的な話をさらりと言ってしまうつかさ先輩と居るのは気楽だが、朝加先輩と居るのはどうも落ち着かない。
熱くて真面目なヒーロー。私がなりたかった姿。それを間近で見て、その光を浴びる度に、私の影が濃くなる。羨ましくて、眩しくて、でもきっと自分はあんな風にはなれないという劣等感に苛まれる。
「柚葉!」
振り返ると、朝加先輩が資料を持っていた。この間指摘した資料だ。
「すまない、渡し忘れていた」
「…いえ」
「…もう不備はないか?」
「はい、大丈夫です。…朝加先輩でも、資料渡し忘れるとかあるんですね」
「俺も人間だからな。勿論、市民の命を守る者としていかなるミスも許されてはいけないが…」
たかが資料一枚で命取り、か。クソ真面目なことだ。私なんかより、ずっと。
「柚葉こそ…出す書類が揃っているのか確認していなかったのか?」
「……先輩なら絶対出してると思ってたんですよ、真面目だから」
「普段から真面目過ぎるのも考え物だな。俺もたまには羽目を外してみるか」
「…煙草でも吸うつもりですか?」
「他人の健康に害をなすようなことはしないつもりだ、誓って」
「…先輩はそのままでいいですよ。羽目外して、早死にされても困るので」
「お前は早死にする為に吸うのか?」
制服の奥深くに仕舞ってある煙草を見透かされたような気がした。
ちくり、と胸が痛む。…そっか、この人…そんなことも、言えるんだ。
「そうだって言ったら、どうします?」
「…禁煙できるよう、代わりの物を渡す」
「ブッ」
「何故笑うんだ。俺は真剣だ」
どこまで真面目なんだ。他人の禁煙の為に、代替品を毎度差し出す?そんな馬鹿馬鹿しいこと、できる訳がない。いや、でも。朝加先輩ならやりかねないというか、確実に”やる”。
「いえ…良い意味で笑わせてもらいました。なら何かください、禁煙推進の為に」
「…デスクに戻ったら黒飴がある。それで我慢しろ」
「煙草から黒飴か…。随分安っぽい物になっちゃいますね」
「勤務中には舐めるなよ。飲み込んだら危険だからな。あと、舐めすぎも駄目だ。あれは糖質が高い」
「……クソ真面目ですねーホント」
その内黒飴からソーダ系の飴にランクアップしてもらおう。飴で延命が出来るなんて、本当にお手軽だ。というか、飴一つでやめられる程…このイライラは、どうでもいいものだったのだろうか。
…誰から貰うのかが、大事なのかもしれない。高尾先輩、咲也、つかさ先輩。この内の誰から貰っても、延命が出来たとは思えなかった。
オフィスに戻って行く朝加先輩の背中を見送ったあと、渡された資料を再度見た。ほんのり饅頭の匂いがして、思わず笑った。
喫煙所から戻って来た瞬間、嫌な人と会ってしまった。私が変に声を出してしまったせいであちらも気付いてしまい、目が合う。咄嗟に逃げようとしたが、向かう先が一緒の為どう足掻いても逃げられない。
「また煙草か」
「喫煙所で吸ってるんでいいでしょう」
「吸い過ぎはよくない。早死にするぞ。この前の健康診断でも引っ掛かったと聞いたが」
「は!?誰から聞いたんです!?」
「咲也がポロっと呟いていた」
「アイツ~…!!」
今度問い詰めてやる。何でよりによって面倒くさい方の先輩に言うんだ。つかさ先輩なら「息抜きも必要だろう」って言ってくれるのに。実際、プライベートで遊んだ時も煙草休憩するか聞いてくれたし。勿論、遊んでいる時なので断ったが。
「心配しているだけだ、怒ることはないだろう」
「余計なお世話です」
「近々国際警察も完全禁煙になる話は聞いたか?」
「耳タコですよ。ヒルトップ管理官に散々言われました。だからこうしてどこで吸えるのかチェックしているんじゃないですか」
「そういうところまで真面目なのか…」
「真面目じゃなきゃ、警察官してません」
クソ真面目な問いかけにネチネチとした嫌味で応酬しながらオフィスに入ると、先に休憩から戻って来たであろう高尾先輩が呑気に紅茶を飲んでいた。私達二人に気付いた彼はヒラヒラと手を振り、微笑を浮かべる。
「オーララァ、今日は随分仲良しだね」
「たまたま一緒になっただけです」
このおフランス男は時たま癪に障ることをズバッと言ってしまう。恐らく分かって言っているのだろう。そこまで読み取れない程能天気だとはとても思えない。余計にタチが悪い。
私が明らかに不機嫌そうなオーラを出していると、「そう怒ってたらシワが増えるよ」と更に癪に障ることを言う男が入って来た。咲也だ。こっちは本当にただのド天然のアホである。
「アンタ健康診断の結果勝手にチクったでしょ」
「えっ…あ」
「ほんと信じらんない。デリカシー無い男はモテないわよ」
「ええ!?」
「咲也、流石にそれはどうかと思うぞ」
「つかさ先輩まで!?いや…呟いてたから言っていいのかなって…」
「何でこっちに言うの!?一番面倒くさいって分かってるでしょ…!」
「い、いや~…圭一郎先輩が気に掛けたら柚葉も喜ぶんじゃないかなって…」
即座に朝加先輩に羽交い締めにされた。読まれていた。咲也をぶん殴ろうとしたのを。
「落ち着け」
「こいつは一発殴っていいんです、脳細胞を幾つか殺した方が為になります」
「せめてプライベートの時にしろ、勤務中に仲間割れをするな」
「……」
鬼の形相で睨むと咲也は高尾先輩を盾にした。仕方なく力を緩めれば朝加先輩による拘束も解いてもらえた。
「…私、言われてた書類届けてきます…」
*
柚葉が出て行った後、咲也が「でもあの子って喫煙者だったかなあ」と呟いた。
「…訓練生時代は違ったのか?」
「女子の中じゃ一番真面目でしたよ。陰口言われるくらいには…」
「陰口…」
「ちょっと変な方向で熱血気味だったんで…。やる気あるのとか、足引っ張るなとか結構キツイこと言ってました」
「…今は、あんまり熱血そうには見えないね。どうしてだろう」
ノエルがそう言うと、饅頭を手にした圭一郎が自分のデスクに戻った。先程の咲也の発言は全く気にしていないようで、そんな彼を見てつかさは溜め息を吐いている。首を傾げているノエルに彼女は饅頭を差し出した。
「柚葉が
「…後遺症、とは聞いているよ」
「ああ。元々前任者が抜けた穴には、咲也より先に柚葉が入るつもりだったんだが…その前にギャングラ―絡みで大怪我を負っていてな。本人がどうしてもと戦力部隊入りを志願したから、私達が手を回せない分の事務をしてもらっているんだ」
「…それは…残念だね」
「…もしかして、本来の仕事が出来なくなったから…ヤケになって喫煙するようになったとか?」
咲也がそんな考察を口にすると、饅頭を口にしていた圭一郎が「いいや」と話に入ってきた。
「あいつも仕事は真面目にしているぞ。事務になったからといって腑抜けるような奴じゃない」
「…じゃあ何で…」
「さあな。だが、ルール違反をしていないのなら本人の自由だ。俺が言うのもなんだが、強く口出しする権利はない」
「……そういえば圭一郎。お前、この間柚葉に突き返された資料があっただろ。もう渡したのか?さっき持って行った書類の束、この間の資料が必要な筈だ」
「…しまった。完全に失念していた…。すまないつかさ、俺も少し行ってくる」
圭一郎が慌てて彼女の後を追ってオフィスから出て行くと、呆れたような目でつかさが圭一郎のデスクを一瞥し、咲也が頭を抱え、ノエルがふふふと笑みを浮かべる。
「どう見ても柚葉が喫煙者になったのは圭一郎のせいだ」
「ですよね!?きっと圭一郎先輩に心配してもらいたくて、」
「そっちじゃないと思うなぁ。事情はもっと複雑だよ」
「ええっ!?」
「熱血で真面目な圭一郎君を間近で見るのは…きっと彼女にとって、どうしようもない程眩しいんじゃないかな?」
*
ああ、イライラする。先程吸い終えたばかりなのにもう煙草が恋しい。ニコチン依存症は乳首依存症と同じだというヘイトスピーチのような言説を聞いたことがあるが、世間様にどう言われようと知ったことではない。
戦力部隊で活躍したかった。事務ではなく、実戦で。だから、実戦入りが出来ないと分かっていても強引に志願した。間近で先輩達を見ていると、自分もその一員になったような気になる。
そう、”なったような気になる”だけ。私は何もしていない。国際警察は給料が良いからと現実的な話をさらりと言ってしまうつかさ先輩と居るのは気楽だが、朝加先輩と居るのはどうも落ち着かない。
熱くて真面目なヒーロー。私がなりたかった姿。それを間近で見て、その光を浴びる度に、私の影が濃くなる。羨ましくて、眩しくて、でもきっと自分はあんな風にはなれないという劣等感に苛まれる。
「柚葉!」
振り返ると、朝加先輩が資料を持っていた。この間指摘した資料だ。
「すまない、渡し忘れていた」
「…いえ」
「…もう不備はないか?」
「はい、大丈夫です。…朝加先輩でも、資料渡し忘れるとかあるんですね」
「俺も人間だからな。勿論、市民の命を守る者としていかなるミスも許されてはいけないが…」
たかが資料一枚で命取り、か。クソ真面目なことだ。私なんかより、ずっと。
「柚葉こそ…出す書類が揃っているのか確認していなかったのか?」
「……先輩なら絶対出してると思ってたんですよ、真面目だから」
「普段から真面目過ぎるのも考え物だな。俺もたまには羽目を外してみるか」
「…煙草でも吸うつもりですか?」
「他人の健康に害をなすようなことはしないつもりだ、誓って」
「…先輩はそのままでいいですよ。羽目外して、早死にされても困るので」
「お前は早死にする為に吸うのか?」
制服の奥深くに仕舞ってある煙草を見透かされたような気がした。
ちくり、と胸が痛む。…そっか、この人…そんなことも、言えるんだ。
「そうだって言ったら、どうします?」
「…禁煙できるよう、代わりの物を渡す」
「ブッ」
「何故笑うんだ。俺は真剣だ」
どこまで真面目なんだ。他人の禁煙の為に、代替品を毎度差し出す?そんな馬鹿馬鹿しいこと、できる訳がない。いや、でも。朝加先輩ならやりかねないというか、確実に”やる”。
「いえ…良い意味で笑わせてもらいました。なら何かください、禁煙推進の為に」
「…デスクに戻ったら黒飴がある。それで我慢しろ」
「煙草から黒飴か…。随分安っぽい物になっちゃいますね」
「勤務中には舐めるなよ。飲み込んだら危険だからな。あと、舐めすぎも駄目だ。あれは糖質が高い」
「……クソ真面目ですねーホント」
その内黒飴からソーダ系の飴にランクアップしてもらおう。飴で延命が出来るなんて、本当にお手軽だ。というか、飴一つでやめられる程…このイライラは、どうでもいいものだったのだろうか。
…誰から貰うのかが、大事なのかもしれない。高尾先輩、咲也、つかさ先輩。この内の誰から貰っても、延命が出来たとは思えなかった。
オフィスに戻って行く朝加先輩の背中を見送ったあと、渡された資料を再度見た。ほんのり饅頭の匂いがして、思わず笑った。
9/9ページ