閃光【怪警・ノエル】
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客の入りは上々。グッズの売れ行きも、ポストカードの方は予想以上に売れた。これなら、暫くは生活に苦しむこともないだろう。
展覧会の様子を眺めながら、私─巴柚葉はそう考えた。随分と現実的で捻くれた見方だが、何をするにしても資金は大事である。目の前の成功を喜ぶ暇があるのなら、この先を見据えた視野を展開したい。
「あ、私この写真好き!」
「わかる〜!何か、ただ綺麗なだけじゃなくて…仄暗い印象があるのが良いよね」
「そうそう。綺麗って言葉で言うのは簡単だけど、表すのって凄く繊細で難しいんだな〜って思わされちゃう」
きゃっきゃと写真を眺めている女の子達を眺めながら、心の底で「ありがとう」と感謝を述べておいた。彼女達が観ているのは、今は廃墟となった家々が立ち並ぶ町の写真だ。廃墟をメインに夕陽の明るさとの対比や、濃い影を写している。私としては「廃墟となった町に残る人々の生きていた残香」といったところを表しているのだが、どうやら彼女達にはまた違った印象を持たれたらしい。それもそれで良い。芸術は自由だ。
「あ、あの!」
一人の男性が声を掛けてきた。目深く帽子を被っており、眼鏡を掛けている為顔は見えない。「何でしょう」と答えると、「もしかしてここの写真を撮った方ですか…?」と遠慮気味に尋ねれられた。
「はい。フリーで活動をしている、巴柚葉と言います」
「僕、あなたのファンになっちゃって…!もっと作品を観たいんですけど、他には何かありますか…?」
「他は…そうですね、少し怖いかもしれませんが…ギャングラーの写真を集めています」
「…ギャングラーの写真ですか」
「はい。人間に被害を加える存在ですが、あの造形には興味があります。インスピレーションを受けたくて集めていて…この前も、運良く撮れたんですよ」
席に戻りゴソゴソとアルバムを漁っていると、男性は「やっぱりあの時の…」と小さく呟いた。え、と顔を上げた時には既にそこに人間はいなかった。悍ましい姿のギャングラーが、バールのようなものを持って佇んでいたのだ。
「ぎゃ、ギャングラー!?」
「きゃあああ!!」
「みんな逃げろ!!!ギャングラーが出たぞ!!」
声を掛けるまでもなかった。展覧会に来ていた人々は我先にと出口から走って出て行き、ギャングラーはそれを止めもしない。私をゆっくりと見下ろしていた。
「っ……何を、するつもり……?」
「お前、俺の化けの皮撮ったヤツだろ?」
「化けの皮…?」
「だから消しにきたんだよ、お前ごとな。写真もお前もぶっ殺してやる!」
帽子や眼鏡で気が付かなかったが、確かにこの間撮影した人間態と照らし合わせたところリンクする部分が多い。身長や体格にも見覚えがあった。
「オラァ!!」
バールを振り上げ、机をぶっ壊した。私はカメラとアルバムを抱きしめ、出口の方に向かっていく。しかし何故か出口には鍵がかかっており、ガチャガチャとドアノブを回しても開かない。
「な、なんで…!?」
客は鍵をかける余裕なんて無かった筈だ。意図的に閉じ込めようと画策した人間がいたとも思いたくはない。ここに来てくれた人達のことは疑いたくない。
「これが俺のコレクションの力だ。予め触れておいた扉の開閉を自由に操ることができる。地味だが、人間相手に使うなら十分だなァ!」
再びバールを振り下ろしてきた。慌てて避けたが、足が絡まり転んでしまう。アルバムはまだ腕の中だが、カメラが手からこぼれ落ちた。
「まずはそのカメラからぶっ壊してやる…!」
「ッやめて!!!それに触らないで!!!」
今まさにバールが振り下ろされようとした瞬間、ギャングラーに銃撃が放たれた。衝撃に手を止めたギャングラーは、銃弾がやって来た方向を見る。
「オーララ、レディにそんな言葉遣いをしちゃダメだよ」
白と金色が眩しい、派手な制服を着た男性がいた。手には銃のようなものを持っている。彼が「警察チェンジ!」と叫ぶと、エンブレムのようなものが浮かび上がった。それが彼を包み込むと、「パトレンエックス!」という声が響き渡る。
「気高く輝く警察官!パトレンエックス!」
ポーズまで完璧に決め、コートのようになっている裾の部分をひらりと翻した。
「お前、どこから入って来たんだ!?」
「最初からいたよ?つまり、君は彼女と二人きりじゃなくて、僕と彼女と君の三人を閉じ込めたという訳さ」
パトレンエックスはギャングラーと私の間に立つようにアクロバティックな動きで移動してきた。転がっているカメラを拾い、「はい」と渡してくれる。
「危ないから、君は出口から離れないでね。出口が開いたら、すぐに出るんだよ」
「は、はい…」
そこからはもう一方的な戦いだった。感情に任せて暴れ、振るうバールを十手で受け流し、華麗に動きを封じていく。そして途中で「怪盗チェンジ!」と叫べば、今度は金から銀の見た目に変身した。そしてここではルパンエックスという音が流れる。
ルパンエックスの姿でも戦いは圧倒的だった。まるで踊るように、しかし大胆に剣を振るう。そしてギャングラーがひっくり返った時に、何かを取り出してギャングラーの体についた金庫に触れさせた。すると瞬く間に金庫が開き、中の物を取り出す。
「ルパンコレクションは頂いていくよ」
「このッ……!調子に乗りやがって…!!」
「そちらのお嬢さん、今のうちにどうぞ外へ」
「っ…あ、ありがとうございます!」
慌てて私はドアノブを回した。回すことができた。ガチャリと音を立てて外に出れば、既に国際警察がやって来ている。
「大丈夫ですか!?」
「中の状況はどうなっていますか!?」
声の大きい人と真面目そうな女性はそう聞くなり中へと入っていった。それを慌てて追うように少し若い人も付いていく。
「あのっ…中で金と銀の人が戦ってます!助けてくれたんです!」
「ノエルか…情報提供、ありがとうございます!後程詳しい話を聞かせていただきます!」
三人の国際警察が突入していく背中を見守り、私は比較的安全そうな場所に移動した。先程まで展覧会に来ていた人達もチラホラとおり、私を見るなり「ああ良かった」「みんな無事そうだ」とホッとしている。
「皆さん、本日は予想外のことが起きてしまい申し訳ございません。これについての対応は後日行わせていただきますので、何分よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げて謝罪した。殆どの人が「気にしなくていい」「あれは事故だから」と言ってくれるが、お金を払って観に来てくれた人達にそんな雑な態度をとることはプロとして受け入れることができない。
元はと言えば、ギャングラーの写真をホイホイ見せた私が迂闊だったのだ。やはりあれは秘密裏にしておくべきだった。
何せあのアルバムには、数多のギャングラーとその人間態の証拠写真が載っているのだから。
*
その後巨大化したギャングラーとの戦いも終わり、数日後に私は国際警察の人に呼び出された。しかし簡単な事情聴取だけで済み、すぐに解放されることとなった。その帰りに私は展覧会を行っていたギャラリーに赴き、扉が開いていた為そっと中に入る。
まだ手付かずの状態なのか、惨状はそのままだ。展示していた写真は戦闘によってボロボロになり、殆どがダメになっていた。身の危険も考えず撮った写真も多いというのに、そんなことはお構いなしといった感じで破壊されている。正直、心にくるものがあった。
「…」
また一からやり直しだ。それに、ギャングラ―の写真をまとめたアルバムやカメラが破壊されていないのなら運が良かった方だろう。そう自分に言い聞かせ、ギャラリーを後にしようとした。
「こんにちは、お嬢さん」
銀色の衣服に身を包み、仮面を付けた男がいた。彼は私との距離を計っており、不用意には近付いて来ない。ただこの惨状を一瞥し、「ごめんね」と小さな声で謝る。
「…怪盗?」
「おや、察しが良いね」
「……この前戦っていた人は、パトレンエックスからルパンエックスになっていた。もしかして、あの人がルパンエックスで──あなたが、あの時の白い人なんですか?」
そう尋ねると、銀色の解答は仮面に手をかけ──するりと、意図も容易く外してしまった。仮面の下には、やはりあの時助けてくれた男性顔がある。柔らかい笑みを浮かべてはいるが、こちらへの観察は絶やしていない。
「僕はルパンエックスで、パトレンエックス。国際警察でもあり、怪盗でもある」
「…ただの一般市民に、そんな簡単に正体を明かしていいんですか?マスコミに言うかもしれませんよ?」
「ふふ、君はそんなことをする人じゃないだろう?」
派手な動き──所謂パルクールと呼ばれるものを存分に披露し、彼は私に近付いてきた。軽薄そうな雰囲気だが、どこか品があり優雅で情熱的だ。まるで「そういう作品」のようである。
「元々、僕は君のファンでね。展覧会へ来ていたのも、本当にただの偶然だったんだ」
「じゃあ、もしあなたがいなかったら…」
「…君は、殺されていただろうね」
死神に首筋を撫でられた気分だ。死というものを身近に感じたあの出来事が記憶に蘇り、ふらつきそうになった。
「…それで、怪盗で─警察でもあるあなたが、どうしてここに?」
「償いだよ。君や、君の作品を傷付けてしまったことへのね」
「そんな…私は命を救ってもらった側の人間です。あなたに償ってもらいたいなんて思っていませんし、償わせる権利もありません」
「ううん、これは僕なりのケジメなんだ。どうか少しだけ、僕に魔法を使うチャンスをくれるかい?」
怪盗は懐から何かを取り出した。工具のような形をしたそれは、一見ただのオモチャのように見える。
「改めて名前を聞いても?」
「…巴柚葉です」
「柚葉さんだね。柚葉さん、少し目を瞑ってもらっていいかな」
言われた通りに目を瞑る。「5、4、」というカウントを彼は刻み始めた。そしてあっという間に時間が流れていき、「0」と口にする。
「もう目を開けてもいいよ」
ゆっくり目を開けると、そこに惨状は無かった。写真や机、全てが元通りになっている。まるで戦闘が起きる前の姿に戻ったみたいだ。
良い意味で言葉を失っている私に彼は「気に入ってもらえたかな?」と首を傾げて微笑んだ。
「ウソ…どうして、こんなことが…」
「魔法だよ。僕はね、ほんの少しなら魔法を使うことができるんだ」
「魔法…でも、そんなの…」
「ふふ、マジックのタネは明かされたい派かな?でも、世の中には知らない方が面白いことも沢山あるんだ」
それじゃあ怪盗で、警察で、魔法使いじゃないか。一体、本当の彼は何者なんだ。
私の困惑する様は相当見ていて楽しいのか、彼はふふふと口元に手を当てて笑う。
「……あなたの、名前は?」
「僕は高尾ノエル。気軽に、ノエルと呼んでくれていいよ。これからよろしくね、柚葉さん」
「えっと…私、これからもあなたと仲良くするんですか?」
「僕の予定ではね。だから、これはほんの挨拶さ」
ノエルは上着の裾に少しだけ指を入れた。指を引き抜くと、白い薔薇がポンと出てくる。これは恐らく、魔法ではなくマジックなのだろう。
差し出された薔薇をおずおずと受け取れば、嬉しそうに目を細めた。まるで犬のようだ。
「雷のような出会いに感謝を、柚葉さん」
展覧会の様子を眺めながら、私─巴柚葉はそう考えた。随分と現実的で捻くれた見方だが、何をするにしても資金は大事である。目の前の成功を喜ぶ暇があるのなら、この先を見据えた視野を展開したい。
「あ、私この写真好き!」
「わかる〜!何か、ただ綺麗なだけじゃなくて…仄暗い印象があるのが良いよね」
「そうそう。綺麗って言葉で言うのは簡単だけど、表すのって凄く繊細で難しいんだな〜って思わされちゃう」
きゃっきゃと写真を眺めている女の子達を眺めながら、心の底で「ありがとう」と感謝を述べておいた。彼女達が観ているのは、今は廃墟となった家々が立ち並ぶ町の写真だ。廃墟をメインに夕陽の明るさとの対比や、濃い影を写している。私としては「廃墟となった町に残る人々の生きていた残香」といったところを表しているのだが、どうやら彼女達にはまた違った印象を持たれたらしい。それもそれで良い。芸術は自由だ。
「あ、あの!」
一人の男性が声を掛けてきた。目深く帽子を被っており、眼鏡を掛けている為顔は見えない。「何でしょう」と答えると、「もしかしてここの写真を撮った方ですか…?」と遠慮気味に尋ねれられた。
「はい。フリーで活動をしている、巴柚葉と言います」
「僕、あなたのファンになっちゃって…!もっと作品を観たいんですけど、他には何かありますか…?」
「他は…そうですね、少し怖いかもしれませんが…ギャングラーの写真を集めています」
「…ギャングラーの写真ですか」
「はい。人間に被害を加える存在ですが、あの造形には興味があります。インスピレーションを受けたくて集めていて…この前も、運良く撮れたんですよ」
席に戻りゴソゴソとアルバムを漁っていると、男性は「やっぱりあの時の…」と小さく呟いた。え、と顔を上げた時には既にそこに人間はいなかった。悍ましい姿のギャングラーが、バールのようなものを持って佇んでいたのだ。
「ぎゃ、ギャングラー!?」
「きゃあああ!!」
「みんな逃げろ!!!ギャングラーが出たぞ!!」
声を掛けるまでもなかった。展覧会に来ていた人々は我先にと出口から走って出て行き、ギャングラーはそれを止めもしない。私をゆっくりと見下ろしていた。
「っ……何を、するつもり……?」
「お前、俺の化けの皮撮ったヤツだろ?」
「化けの皮…?」
「だから消しにきたんだよ、お前ごとな。写真もお前もぶっ殺してやる!」
帽子や眼鏡で気が付かなかったが、確かにこの間撮影した人間態と照らし合わせたところリンクする部分が多い。身長や体格にも見覚えがあった。
「オラァ!!」
バールを振り上げ、机をぶっ壊した。私はカメラとアルバムを抱きしめ、出口の方に向かっていく。しかし何故か出口には鍵がかかっており、ガチャガチャとドアノブを回しても開かない。
「な、なんで…!?」
客は鍵をかける余裕なんて無かった筈だ。意図的に閉じ込めようと画策した人間がいたとも思いたくはない。ここに来てくれた人達のことは疑いたくない。
「これが俺のコレクションの力だ。予め触れておいた扉の開閉を自由に操ることができる。地味だが、人間相手に使うなら十分だなァ!」
再びバールを振り下ろしてきた。慌てて避けたが、足が絡まり転んでしまう。アルバムはまだ腕の中だが、カメラが手からこぼれ落ちた。
「まずはそのカメラからぶっ壊してやる…!」
「ッやめて!!!それに触らないで!!!」
今まさにバールが振り下ろされようとした瞬間、ギャングラーに銃撃が放たれた。衝撃に手を止めたギャングラーは、銃弾がやって来た方向を見る。
「オーララ、レディにそんな言葉遣いをしちゃダメだよ」
白と金色が眩しい、派手な制服を着た男性がいた。手には銃のようなものを持っている。彼が「警察チェンジ!」と叫ぶと、エンブレムのようなものが浮かび上がった。それが彼を包み込むと、「パトレンエックス!」という声が響き渡る。
「気高く輝く警察官!パトレンエックス!」
ポーズまで完璧に決め、コートのようになっている裾の部分をひらりと翻した。
「お前、どこから入って来たんだ!?」
「最初からいたよ?つまり、君は彼女と二人きりじゃなくて、僕と彼女と君の三人を閉じ込めたという訳さ」
パトレンエックスはギャングラーと私の間に立つようにアクロバティックな動きで移動してきた。転がっているカメラを拾い、「はい」と渡してくれる。
「危ないから、君は出口から離れないでね。出口が開いたら、すぐに出るんだよ」
「は、はい…」
そこからはもう一方的な戦いだった。感情に任せて暴れ、振るうバールを十手で受け流し、華麗に動きを封じていく。そして途中で「怪盗チェンジ!」と叫べば、今度は金から銀の見た目に変身した。そしてここではルパンエックスという音が流れる。
ルパンエックスの姿でも戦いは圧倒的だった。まるで踊るように、しかし大胆に剣を振るう。そしてギャングラーがひっくり返った時に、何かを取り出してギャングラーの体についた金庫に触れさせた。すると瞬く間に金庫が開き、中の物を取り出す。
「ルパンコレクションは頂いていくよ」
「このッ……!調子に乗りやがって…!!」
「そちらのお嬢さん、今のうちにどうぞ外へ」
「っ…あ、ありがとうございます!」
慌てて私はドアノブを回した。回すことができた。ガチャリと音を立てて外に出れば、既に国際警察がやって来ている。
「大丈夫ですか!?」
「中の状況はどうなっていますか!?」
声の大きい人と真面目そうな女性はそう聞くなり中へと入っていった。それを慌てて追うように少し若い人も付いていく。
「あのっ…中で金と銀の人が戦ってます!助けてくれたんです!」
「ノエルか…情報提供、ありがとうございます!後程詳しい話を聞かせていただきます!」
三人の国際警察が突入していく背中を見守り、私は比較的安全そうな場所に移動した。先程まで展覧会に来ていた人達もチラホラとおり、私を見るなり「ああ良かった」「みんな無事そうだ」とホッとしている。
「皆さん、本日は予想外のことが起きてしまい申し訳ございません。これについての対応は後日行わせていただきますので、何分よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げて謝罪した。殆どの人が「気にしなくていい」「あれは事故だから」と言ってくれるが、お金を払って観に来てくれた人達にそんな雑な態度をとることはプロとして受け入れることができない。
元はと言えば、ギャングラーの写真をホイホイ見せた私が迂闊だったのだ。やはりあれは秘密裏にしておくべきだった。
何せあのアルバムには、数多のギャングラーとその人間態の証拠写真が載っているのだから。
*
その後巨大化したギャングラーとの戦いも終わり、数日後に私は国際警察の人に呼び出された。しかし簡単な事情聴取だけで済み、すぐに解放されることとなった。その帰りに私は展覧会を行っていたギャラリーに赴き、扉が開いていた為そっと中に入る。
まだ手付かずの状態なのか、惨状はそのままだ。展示していた写真は戦闘によってボロボロになり、殆どがダメになっていた。身の危険も考えず撮った写真も多いというのに、そんなことはお構いなしといった感じで破壊されている。正直、心にくるものがあった。
「…」
また一からやり直しだ。それに、ギャングラ―の写真をまとめたアルバムやカメラが破壊されていないのなら運が良かった方だろう。そう自分に言い聞かせ、ギャラリーを後にしようとした。
「こんにちは、お嬢さん」
銀色の衣服に身を包み、仮面を付けた男がいた。彼は私との距離を計っており、不用意には近付いて来ない。ただこの惨状を一瞥し、「ごめんね」と小さな声で謝る。
「…怪盗?」
「おや、察しが良いね」
「……この前戦っていた人は、パトレンエックスからルパンエックスになっていた。もしかして、あの人がルパンエックスで──あなたが、あの時の白い人なんですか?」
そう尋ねると、銀色の解答は仮面に手をかけ──するりと、意図も容易く外してしまった。仮面の下には、やはりあの時助けてくれた男性顔がある。柔らかい笑みを浮かべてはいるが、こちらへの観察は絶やしていない。
「僕はルパンエックスで、パトレンエックス。国際警察でもあり、怪盗でもある」
「…ただの一般市民に、そんな簡単に正体を明かしていいんですか?マスコミに言うかもしれませんよ?」
「ふふ、君はそんなことをする人じゃないだろう?」
派手な動き──所謂パルクールと呼ばれるものを存分に披露し、彼は私に近付いてきた。軽薄そうな雰囲気だが、どこか品があり優雅で情熱的だ。まるで「そういう作品」のようである。
「元々、僕は君のファンでね。展覧会へ来ていたのも、本当にただの偶然だったんだ」
「じゃあ、もしあなたがいなかったら…」
「…君は、殺されていただろうね」
死神に首筋を撫でられた気分だ。死というものを身近に感じたあの出来事が記憶に蘇り、ふらつきそうになった。
「…それで、怪盗で─警察でもあるあなたが、どうしてここに?」
「償いだよ。君や、君の作品を傷付けてしまったことへのね」
「そんな…私は命を救ってもらった側の人間です。あなたに償ってもらいたいなんて思っていませんし、償わせる権利もありません」
「ううん、これは僕なりのケジメなんだ。どうか少しだけ、僕に魔法を使うチャンスをくれるかい?」
怪盗は懐から何かを取り出した。工具のような形をしたそれは、一見ただのオモチャのように見える。
「改めて名前を聞いても?」
「…巴柚葉です」
「柚葉さんだね。柚葉さん、少し目を瞑ってもらっていいかな」
言われた通りに目を瞑る。「5、4、」というカウントを彼は刻み始めた。そしてあっという間に時間が流れていき、「0」と口にする。
「もう目を開けてもいいよ」
ゆっくり目を開けると、そこに惨状は無かった。写真や机、全てが元通りになっている。まるで戦闘が起きる前の姿に戻ったみたいだ。
良い意味で言葉を失っている私に彼は「気に入ってもらえたかな?」と首を傾げて微笑んだ。
「ウソ…どうして、こんなことが…」
「魔法だよ。僕はね、ほんの少しなら魔法を使うことができるんだ」
「魔法…でも、そんなの…」
「ふふ、マジックのタネは明かされたい派かな?でも、世の中には知らない方が面白いことも沢山あるんだ」
それじゃあ怪盗で、警察で、魔法使いじゃないか。一体、本当の彼は何者なんだ。
私の困惑する様は相当見ていて楽しいのか、彼はふふふと口元に手を当てて笑う。
「……あなたの、名前は?」
「僕は高尾ノエル。気軽に、ノエルと呼んでくれていいよ。これからよろしくね、柚葉さん」
「えっと…私、これからもあなたと仲良くするんですか?」
「僕の予定ではね。だから、これはほんの挨拶さ」
ノエルは上着の裾に少しだけ指を入れた。指を引き抜くと、白い薔薇がポンと出てくる。これは恐らく、魔法ではなくマジックなのだろう。
差し出された薔薇をおずおずと受け取れば、嬉しそうに目を細めた。まるで犬のようだ。
「雷のような出会いに感謝を、柚葉さん」
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