おちたツキ【暴太郎・ソノイ】
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タロウと雉野がヒトツ鬼に吸い込まれ、一時撤退を余儀なくされた新生ドンブラザーズ。
日が変わる前にソノイがもう一度喫茶どんぶらにやって来ると、四人席に移動した柚葉が足を組んで座っていた。テーブルの上にはイチゴパフェが置かれている。
「…柚葉」
「ああ、来たか。まあそう警戒するな、近う寄れ」
「…失礼」
目の前に腰掛け、コーヒーを注文するソノイ。パフェをスプーンで掬い、イチゴを口に運んだ彼女は「まず」と前置きした。
「この体…柚葉を長きに渡って守ってくれたこと、感謝する」
「…質問をしても?」
「許す」
「あなたは何者ですか?」
ソノイの質問に彼女は唸った。もう一度パフェを食べてから、「ユズハ」とその名を口にする。以前陣が言っていた、ドン家と同じく人間との共存を掲げて流刑にされた脳人と同じ名前だった。
「かつて赤子同然の姿に変えられ、記憶も消された貴族の娘。流刑になった後は爺と婆に拾われ、巴柚葉として育った」
「…柚葉の中に、二つの人格があるという理解で宜しいですか?」
「理解が早いな、その認識で良い。脳人としての人格が私、人間として育てられた人格が柚葉だ」
「何故今頃になってあなたが出てきた?」
「ソノシといったか。あの下衆が接触してきた弾みで私が起こされた。まあ、寝起きついでに一発叩きこんでやったが」
それがおでん壊滅事件の顛末だった。今思えば、潔癖症であるソノシが鍋の中に手を突っ込むことなど出来ない。ユズハがおでんを鷲掴みにし、ソノシの顔面に押し付けたのが事の顛末だったのである。
「…この先どうするのですか?まさか、柚葉の意識を乗っ取って体を使い続けるつもりですか?」
「ほう、その発想は無かったな。それも楽しそうだ」
「…」
「そう怖い顔をするな。なに、柚葉を傷付けるつもりはない。最初に述べただろう?守ってくれたことへの感謝を」
「…肉体は同じだが、人格は別ですから」
「柚葉を育ててくれた爺と婆への恩義がある。私はジロウとかいう男とは違って寛大だからな、柚葉の生を邪魔するつもりはない」
その返答に一先ずソノイは安堵し、コーヒーに口を付けた。ソノイを眺めていたユズハは足を組むのをやめ、座り直す。年月が経とうとも、高貴な者としての振る舞いは忘れていないようだった。
「皮肉なものだ。人間を愛して流刑にされたのに…体は、脳人を選んだ」
「…柚葉には、人間も脳人も関係ないのでしょう。私が脳人だと知っても、彼女は変わらず接してくれました」
「人間を想った脳人は処刑される…。だが、貴様が元老院の者共に目を付けられることはなかった。そして、欲望を抱えた柚葉がヒトツ鬼になることもなかった。当然だ、心が人間であろうとも肉体は脳人なのだから」
「…答えは、最初から出ていたということか…」
「お。ついに認めたか、柚葉を想ったと」
「…もとより、人間に情が入り…負けたことは認めています」
ふいとそっぽを向く。視線を合わせて感情を悟られることをソノイは避けた。その意図が分かっている為ユズハはにまにまと笑う。そんな彼女と対面していたたまれなくなったソノイは咳払いをし、「それより」と話を逸らした。
「私は…これからどうやって柚葉と接すればいいのでしょうか」
「知らん」
「今までのやり取りも、全て…その…見られていたということでしょう」
「起こされてから後の出来事だけ、な。危機を感じればこうして出て来るが、柚葉が表の間は意識を切って眠っておくこともできる。どうだ、便利だろう」
「そんな都合の良い話が…」
「ある。世の中には都合の良い話が幾つもあるからな。それに私は労働が嫌いだ。高貴な者が自ら働くなど有り得ない。温かい床で眠っている方が性に合う」
自身の怠惰を悪びれもせず話す、というか怠惰とも思っていない発言だった。ソノイの為なら努力も惜しまずおでんを作る柚葉とは何から何まで対照的だ。共通しているのは、人間が好き、というところだけである。
「だから案ずるな。貴様が柚葉と手を繋ごうと、接吻をしようと、抱こうと、私は見ていないし感じていない」
「脳人がそこまで欲望を抱くとは思えないが…」
「貴様は感情とそれに起因する欲望を甘く見ている。感情を知った貴様らが、人間と同じ…所謂脳人が思うところの、”下等な欲望”を抱くことは必然だ。欲望からは、誰も逃れられない。そして、欲望は限りなく存在し…我々はそれを受け入れ、上手く付き合っていかなければならないのだ」
パフェを食べ終わった彼女は財布から代金を取り出し、黙ってやって来たマスターに手渡した。余った分は持っていけ、と釣り銭を受け取らずに椅子から立ち上がる。
「欲望も悪くないぞ、ソノイ」
ユズハは、喫茶どんぶらを出て行った。
日が変わる前にソノイがもう一度喫茶どんぶらにやって来ると、四人席に移動した柚葉が足を組んで座っていた。テーブルの上にはイチゴパフェが置かれている。
「…柚葉」
「ああ、来たか。まあそう警戒するな、近う寄れ」
「…失礼」
目の前に腰掛け、コーヒーを注文するソノイ。パフェをスプーンで掬い、イチゴを口に運んだ彼女は「まず」と前置きした。
「この体…柚葉を長きに渡って守ってくれたこと、感謝する」
「…質問をしても?」
「許す」
「あなたは何者ですか?」
ソノイの質問に彼女は唸った。もう一度パフェを食べてから、「ユズハ」とその名を口にする。以前陣が言っていた、ドン家と同じく人間との共存を掲げて流刑にされた脳人と同じ名前だった。
「かつて赤子同然の姿に変えられ、記憶も消された貴族の娘。流刑になった後は爺と婆に拾われ、巴柚葉として育った」
「…柚葉の中に、二つの人格があるという理解で宜しいですか?」
「理解が早いな、その認識で良い。脳人としての人格が私、人間として育てられた人格が柚葉だ」
「何故今頃になってあなたが出てきた?」
「ソノシといったか。あの下衆が接触してきた弾みで私が起こされた。まあ、寝起きついでに一発叩きこんでやったが」
それがおでん壊滅事件の顛末だった。今思えば、潔癖症であるソノシが鍋の中に手を突っ込むことなど出来ない。ユズハがおでんを鷲掴みにし、ソノシの顔面に押し付けたのが事の顛末だったのである。
「…この先どうするのですか?まさか、柚葉の意識を乗っ取って体を使い続けるつもりですか?」
「ほう、その発想は無かったな。それも楽しそうだ」
「…」
「そう怖い顔をするな。なに、柚葉を傷付けるつもりはない。最初に述べただろう?守ってくれたことへの感謝を」
「…肉体は同じだが、人格は別ですから」
「柚葉を育ててくれた爺と婆への恩義がある。私はジロウとかいう男とは違って寛大だからな、柚葉の生を邪魔するつもりはない」
その返答に一先ずソノイは安堵し、コーヒーに口を付けた。ソノイを眺めていたユズハは足を組むのをやめ、座り直す。年月が経とうとも、高貴な者としての振る舞いは忘れていないようだった。
「皮肉なものだ。人間を愛して流刑にされたのに…体は、脳人を選んだ」
「…柚葉には、人間も脳人も関係ないのでしょう。私が脳人だと知っても、彼女は変わらず接してくれました」
「人間を想った脳人は処刑される…。だが、貴様が元老院の者共に目を付けられることはなかった。そして、欲望を抱えた柚葉がヒトツ鬼になることもなかった。当然だ、心が人間であろうとも肉体は脳人なのだから」
「…答えは、最初から出ていたということか…」
「お。ついに認めたか、柚葉を想ったと」
「…もとより、人間に情が入り…負けたことは認めています」
ふいとそっぽを向く。視線を合わせて感情を悟られることをソノイは避けた。その意図が分かっている為ユズハはにまにまと笑う。そんな彼女と対面していたたまれなくなったソノイは咳払いをし、「それより」と話を逸らした。
「私は…これからどうやって柚葉と接すればいいのでしょうか」
「知らん」
「今までのやり取りも、全て…その…見られていたということでしょう」
「起こされてから後の出来事だけ、な。危機を感じればこうして出て来るが、柚葉が表の間は意識を切って眠っておくこともできる。どうだ、便利だろう」
「そんな都合の良い話が…」
「ある。世の中には都合の良い話が幾つもあるからな。それに私は労働が嫌いだ。高貴な者が自ら働くなど有り得ない。温かい床で眠っている方が性に合う」
自身の怠惰を悪びれもせず話す、というか怠惰とも思っていない発言だった。ソノイの為なら努力も惜しまずおでんを作る柚葉とは何から何まで対照的だ。共通しているのは、人間が好き、というところだけである。
「だから案ずるな。貴様が柚葉と手を繋ごうと、接吻をしようと、抱こうと、私は見ていないし感じていない」
「脳人がそこまで欲望を抱くとは思えないが…」
「貴様は感情とそれに起因する欲望を甘く見ている。感情を知った貴様らが、人間と同じ…所謂脳人が思うところの、”下等な欲望”を抱くことは必然だ。欲望からは、誰も逃れられない。そして、欲望は限りなく存在し…我々はそれを受け入れ、上手く付き合っていかなければならないのだ」
パフェを食べ終わった彼女は財布から代金を取り出し、黙ってやって来たマスターに手渡した。余った分は持っていけ、と釣り銭を受け取らずに椅子から立ち上がる。
「欲望も悪くないぞ、ソノイ」
ユズハは、喫茶どんぶらを出て行った。