長春の告白
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「…。…よもや、よもやだ。…君の力は、こんなことのために使うものなのか?」
「っ、…わ、私は!」
「…君の言う事は全てにおいて間違っている。澪が何の力も持っていないなどということは無い。」
「っ!」
「俺は、自分の助けになる人物だけに側にいて欲しいとも思わない!…それに、澪の存在を心強く、愛しく想うことはあれど、負担に思ったことなど一度もない!」
「杏寿郎さん…、」
「日輪刀を振るうだけがすべてではない!鬼を斬ることだけが強さではない!…澪は強い、侮辱するな。」
「、っう…っ、」
ぎりぎりぎり…
先ほど音がしそうだと感じた彼女の視線と違い、
物理的にぎりぎりという音が耳に入り
「き、杏寿郎さんっ!」
思わず制止の声を上げる。
その声が聞こえたのだろう、杏寿郎さんは掴み上げていた彼女の手首を離して告げた。
「今回は父上の言に正しく従うべきだったようだ。…それほど動けるのであれば、即刻この家から出てもらおう!」
「なっ…!」
「先般の助力には感謝している!だが、俺は、俺の大事な人を傷つける者を許すつもりはない!」
「っ!」
そのまましばし睨み合っていた女性隊士は、
黙したまま踵を返すと微塵も振り返らずに走り去って行った。
「杏寿郎さん…、」
「澪。今回はすまなかった。俺の配慮が足らなかったようだ!」
「いえその…良かったのですか?」
「うん?何がだ?」
どこから私と彼女の話を杏寿郎さんが聞いていたのかは分からないが、
彼女が杏寿郎さんに対して恋情を抱いていることを
会話の中で直接的に言葉にしてはいなかったと思う。
だから、彼女がどうしてあのような行動に出たのかを知らないまま
追い出すようなことをしてしまって本当に良かったのだろうか?と不安になる。
かと言って、彼女の想いを勝手に私が告げてよいわけがない。
「…澪。」
眉を下げて、彼女が走り去った方向を見つめていると
ふわっ
と杏寿郎さんの香りに包まれ、視界は隊服の黒一色に染まる。
「っえ、あ、あのっ杏寿郎さんっ?」
私が焦って声を上げると、ぎゅっとますます強く杏寿郎さんの腕に抱き込まれた。
逃がさない、という意図も含めて腕の中に捕らわれた気分だ。
「澪、…俺は君のことを愛おしいと想っている。幼き頃より、ずっとだ。」
頭の上から落ちた杏寿郎さんの声が、吐息と共に耳に届き
ぴくんっと背中が震える。
背中が震えたことで、腰のあたりに回された杏寿郎さんの腕と
掌の温かさをより感じてしまい
心臓が跳ねた。
「許婚だから愛おしいのではなく、愛おしいと思ったから許婚になったんだ。」
「…。」
自身の脈動が喉元までせり上がって、こきゅ、とそれを飲み込むように喉を鳴らす。
「長年、共に暮らしてきたから家族としての愛情もあるだろう。…だが、澪。俺は、一人の女性として君のことを愛おしいと思っているし、ずっと俺の傍に居て欲しいと思っている。」
一体、何が起こっているのだろう…という混乱から始まり
今、告げられた言葉を心の中で何度も、何度も、反芻して、
ようやく、澪が状況を理解した頃
すっと澪を包んでいた温もりが離れた。
一瞬前まで自分の身体を包み込んでいたその熱を追いかけるように
手を伸ばして黒い隊服の胸元をそっと掴む。
「ゎ、…わた、わたしっ」
「澪?」
「私もっ…、私だってっ…ずっと、杏寿郎兄さまのことをお慕いして、だからっ、杏寿郎兄さまの…お傍に、…杏寿郎さんの隣に、居るのは私で在りたいと、そう思ったから許婚の話をお受けしたんですっ…。」
恥ずかしくて、決して顔を上げられず
言葉だってたどたどしい不格好さだったけれど
今、ここで
ちゃんと私も伝えなければ…と思った、その想いを
胸元を掴んだ私の手の上に自分の手を重ねて包み込んだのと同じように
ふんわりと
杏寿郎さんは受け取り、包み込んでくれた。
そして、いつものように緩やかに上がった口角が
私のそれと重なって、
じんわりと温かい春を感じた。
長春の告白