灰梅の願い
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なんてことだ!もう1発頭突いてやるべきだった!
ご夫君を亡くされたばかりの女性を家から放り出すだなんて!!!
「もちろん僕がお引止めはしたのですが。父はどんなに時間をかけてでも僕が説得するからと言って…」
「それなのに、出て行ってしまわれたと?」
「はい。笑って『気にしないで、どうとでもなるわ』と仰って出て行ってしまわれたのです。」
「そんな…それで、澪さんは今、どちらに?」
「…分からないのです。」
俯いた千寿郎君から涙が零れる。
「烏が、時折文を届けてはくれるのです。ですが、どこにいらっしゃるのか場所をお聞きしても、一向にお答え頂けず、戻ってきて欲しい、父は必ず説得するからと申し上げても相変わらず承知してくれないのです。」
「文のやり取りが出来るなら、烏の後を追ってみるのはどうでしょうか?」
「要は…兄の鎹烏は、兄とはもちろんですが、澪さんとも絆深く、心から信頼し合っているようでした。だから、後を追うことがかなわないんです。後を追うと、撒かれてしまうか文を届けるのを止めてしまう始末です。」
「あの烏が…。俺をここまで導いてくれたのに。」
「澪さんの居場所を明かさないことは、要が澪さんのご意思か兄の意思を忠実に守っているからだと思うと…こちらが折れるしかないという状態です。あまりに繰り返して、消息すら分からなくなってしまうのは避けなければ、と。」
「それはもどかしいですね…。」
「…。」
悲しさ、寂しさ、不安、心配
匂いだけではなく、全身でそれらを表す千寿郎君の気持ちが染み入るように伝わってくる。
どうにか出来ないものか。
だが、義弟が心を尽くしても無しの礫であるのなら、俺に出来ることなんて…
「…炭治郎さん!」
自分の無力さに改めて打ちひしがれていた時、千寿郎君がパッと顔を上げた。
「お願いです!もし、何かの折に澪さんの所在の情報を得るようなことがあれば、知らせて頂けませんか。」
「それはもちろん!任務でいろいろな土地に出向くから。その時に必ず、周辺を確認してみます!」
「いえ、そのような…鬼殺の任務に影響が出るようなことまではして頂かなくて構いませんので、どうか…」
「そっ、それは…、そうだな。分かりました。確認するのは、恙なく任務を終えて次の任務まで時間に余裕がある時だけになってしまうかと思いますが、俺も出来る限りで協力は惜しみません!同じく先日の無限列車で任務にあたっていた善逸と伊之助にもお願いしておきます。」
「ありがとうございます。感謝します。…炭治郎さんとお話ができて良かった。気を付けてお帰りください。」
「…いいえ、こちらこそありがとうございました。」
家の門前まで見送りに出て下さった千寿郎君に、頭を下げていたら
「そうだ、炭治郎さん。これを…兄の日輪刀の鍔です。」
そう言って、差し出された。炎の意匠の刀鍔だ。
ところどころ小さな傷があるが、奇麗に磨かれている。
「い、いただけません。こんな大切なもの…俺は…」
「持っていて欲しいんです。きっとあなたを守ってくれます。それに…その鍔が、炭治郎さんを澪さんの元へいつか導いてくれる気もするのです。」
ひと目見た時から、すぐに煉獄さんの弟だと分かるくらい似ている兄弟だなと思ったけれど、
似ているものの印象は全く違うし、煉獄さんと重なることは無かった。
だけど、そう言って微笑った千寿郎君の面差しが初めて煉獄さんと重なった。
と同時に、これまでずっと感じていた悲しみや寂しさの匂いがスッと弱まり
優しくて、強い想いの匂いがした。煉獄さんの匂いだ。
だから…
「…ありがとう。」
その想いをしっかりと受け取ることにした。
今はまだ届かなくとも。叶わなくとも。
鍛錬をして、自分のやるべきことやる。少しずつでも、前に進めるように。
近道はない。
目の前には灰梅の細い道しかなくても、
毎日精一杯努力をして、煉獄さんに少しでも近づくように、
その願いをかなえることが出来るように、1歩でも前へ。進め。
灰梅の願い