千草の再会
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二人を居間に通し、
お茶をお淹れしてお出ししてから正面に座す。
目の前で千寿郎がお義父様の脇腹を
ごすごすとせっついているのを見て
ふっ…と微笑いを漏らす。
良い関係を築けているようで
本当に何よりだ。
杏寿郎さんも喜んでいるだろう。
「…その、…これは、土産だ。」
「?まぁ…三河屋さんのお隣の。」
「…お前好きだったろう。」
「えぇ、ありがとうございます。」
いつかの初夏、
お義父様と二人で行った甘味屋の包みだ。
懐かしく、
覚えていて下さったことが嬉しく、
満面の笑みでそれを受け取る。
「…、父上。」
「…あぁ。…澪、体調はよいのか?」
「えぇ、おかげ様で恙なく。お義父様は…お“体”は“大切”になさっておられますか?」
「っ…、あぁ。酒も止めた。」
「まぁ、それは朗報です。」
杏寿郎さんがお義父様に遺したという
言葉を伝えれば、
その想いがきちんと伝わったことが分かり
喜ばしいことだ…と心からそう思う。
「長い間、すまなかったな。お前には本当に…苦労をかけた。」
「…ふふふっ」
「義姉上…?」
目の前に置いてある、甘味屋の包みを眺めながら
思わず笑ってしまった。
「お義父様ったら…、私、申し上げましたでしょう?私は杏寿郎さんも、千寿郎も、お義母様も、お義父様も、皆さまのことが大好きですから、幸せなのですよ。」
「…?」
「あぁ、そうだったな。だが…、それなのに俺はお前のことを家から出してしまった。本当にすまなかった。」
よく分かっていないようである千寿郎を横目に
そう言ってお義父様は頭を下げた。
「…お義父様っ、お止め下さい!」
「澪。お前は、俺を恨んでいるだろう。だから、その子のことを明かさなかったのだろう?」
「っ、何を仰るのです。そのようなことは決してありません。大好き“だった”のではなく、大好き“なのだ”と申し上げたではありませんかっ…。」
「だが…。」
「私は自分で考え、納得して家を出たのです。それに…お義父様が、まだ若い私を思って家を出したのだということは分かっております。私のこれから先の幸せを思って下さったのだと…ですから、お恨みする気持ちなど欠片もありはしません。」
「ならば!…っ、それならば何故義姉上はっ、僕がどれほどお願いしてもお戻りくださらなかったのですか!そんなお身体を抱えていらっしゃったのに相談もなくっ!!」
それまで、大人しく
私とお義父様の問答を聞いていた千寿郎が
耐えかねたように膝を立てて、そう叫ぶ。
「千寿郎。」と咎めるように、
その腕を引き戻すお義父様。
そんな二人の様子を見て、私は
ますます自分の考えが間違っていない
という思いを強くする。
「それは、私がもうあの家に必要ないと思ったからですよ、千寿郎。」
「そのような…っ!僕はっ…」
「…。」
「杏寿郎さん亡き今、あの家を継いでいくのは千寿郎、あなたです。ですから、いずれ貴方の細君があの家に入ることになるでしょう。その時に小姑などいない方が良いのです。」
「…そんな!その子が…、兄上の子がいらっしゃいます!ならば、家はその子が継ぐべきです!」
「…。」
「いいえ、煉獄の家を継ぐべきなのは千寿郎です。杏寿郎さんだってきっとそう仰います。」
「義姉上っ!」
「…(はぁ)。ひとまず引きなさい、千寿郎。」
「しかし、父上っ!」
「これ以上、ここで騒ぎ立てても澪は聞かん。それどころか、あまりに聞き分けないとまた姿を晦ましかねない。」
「…っ!」
「ふふふっ…さすがお義父様ですね。」
「…当たり前だ。…一体何年、お前の義父をやっていると思っているんだ。」
そう言って、ようやく
お義父様はこの家に来て初めて
笑顔を見せられた。
困ったような、呆れたような笑顔だったけれど。
「お前のことだから、実家の瀬尾の家にも何も伝えてはおらんのだろう。あちらには俺から知らせておく。」
「…っ、!?」
「それから、これからは出産に関しても、出産に関さないことも、入用な物はすべてこちらで用意する。」
「、ぉ、お義父様!」
「澪。聞き分けなさい。」
…ぐっ、
と押し黙りそうになりながらも
ぼそぼそと小声で反論する。
「そのようなご苦労をお掛けするわけには…、」
「何を言うんだ。…俺だって、義娘のことを好ましく大切に思っているのだからな。これは苦労ではなく幸せなのだろう?」
「…っ」
先ほど、私自身が言ったことを
返されてはもう、ぐうの音も出ない。
「全く…。まぁもしそれが苦労であったとしても、それは頑固な義娘を持つ親の宿命だな。」
「…さすがは、お義父様ですこと…っ!」
ぷいっ
やり込められたことが悔しく、
くすぐったく、
気恥ずかしく、
そして何より嬉しくて。
誤魔化すように視線を外した私を見て
柔らかく笑うお義父様の横では、
千寿郎が驚いたようにお義父様と私の顔を交互に見遣っていた。
千草の再会