露草の慈愛
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「澪ちゃん!!よく来てくれたわね~!座って、座って!!」
「…。」
「…。」
甘味屋のお姉さんに文字通り両手をあげて歓迎されながら、席に着く。
お義父様と二人で甘味屋だなんて初めてだ…というか、千寿郎もお留守番だし
(私が家を出たときは、お義母様の横で一緒にお昼寝してたけど)
杏寿郎さんもいないのに、私だけがこんなことしてて良いのかなぁ…?
「お待たせしましたー!うちの父さん自慢の水ようかんよ!」
「!あ、ありがとうございます…うわぁ…きれいな色…」
「んふふ、ありがとう!澪ちゃんがきれいな色って言ってたって言ったら父さんも喜ぶわ!…では、煉獄さんごゆっくり~!」
「…いただきます。…あ、冷たくて甘くて美味しい~…。」
もぐもぐ。もぐもぐ…
暑くなってきたこの頃にはぴったりの水菓子だ。美味しすぎて無言で黙々と食べてしまう。
「澪は…よく町の者とも馴染んでいるようだな。」
「んぐっ…。そうでしょうか…?」
「あぁ。感心なことだ。」
「いえ、私が何かしたわけではなくて…元々はお義母様が親しくなさっていたから、お義母様が連れていた私にも良くして下さるだけですし、そもそも皆さまがお優しいからだと思います。」
「いや、お前が良くやっているからだろう。」
「え!?え、えと、ありがとうございます…。」
そうかなぁ…。この町の人たちは、もうずっと前から煉獄家の近くで担当区域内だから
鬼も見たことがない人ばかりなんだと聞いた。
それでも、この町の人たちは父母から祖父母から
「この町に鬼が出ず、安心して暮らせるのは煉獄家のおかげなのだ」と
言い聞かせられて育つ。
そして、時おりこの町から嫁いだりで外に出た人から鬼が出た噂などを聞いて、
やっぱりこの町が安全なのは普通なのではない、
当たり前ではないのだと気付く。
そうして暮らしているから、この町の人たちは総じて煉獄家の人を尊敬して、大切にして、感謝している。
だから。私に皆が優しいのは、私が杏寿郎さんの許婚だってことを皆が知っているからだと思うんだけどなぁ…。
「澪には苦労をかけるな。…すまない。」
私は何もしていないのに…
そう言いたかったけど、その時のお義父様の目を見て、何も言えなくなってしまう。
ご近所の方々も、商店の方々も何も言わない。
お義父様も、お義母様も、何も言わない。
だから、杏寿郎さんも、私も、何も聞かないし、何も言わない。
だけど、その時のお義父様の目は雄弁だった。
不穏な過去と現状、未来への不安…哀しみ、寂しさ、戸惑い、どこへもぶつけられぬ怒り、なぜ、どうして…嘆き、離別、苦しみ、絶望、喪失の予感…
口にしてしまうと全部が真実味を帯びてしまうから、きっと誰もが口に出来ないでいる。
目の前のお義父様は、私の目から何を読み取ってしまうだろう。
思わず、目を逸らして視線を皿の上にある食べかけの水ようかんへ落とす。
瑞々しい水ようかんに映った自分の目と目が合う。
不安、哀しみ、嘆き…だけど、それだけだろうか?本当に、それだけだろうか?
そうじゃない、そうではないはず。
そう思って、顔を上げる。
「…お義父様、水ようかんとっても美味しいです。…私、好きです、この水ようかん。それに、甘味屋のお姉さんも、三河屋さんも、杏寿郎さんも、千寿郎も、お義父様も大好きなんです。」
「…!?」
大きく目を見張っているお義父様としっかりと目を合わせて言う。
「もちろんお義母さまも大好きです!…だから、私、幸せですよ。」
だから、苦労だなんて言わないで。
例え、限られた時間だって、一緒にいられることは幸せです。幸せなのです。
「…。…そうか…。」
「はいっ!」
希望、愛情、慈しみ、労り、側にいる幸せ
それらを瑞々しく映し出す、水ようかんをもうひと口食べる。
「…美味しい!幸せです…っ!」
「ふっ…そんなに言うなら、俺の分も食べるといい。」
「いいえ、そんなにたくさん食べたらご飯が食べられなくなってお義母様に叱られてしまいます。」
「それなら、瑠火には内緒にしておいてやろう。」
「え!本当ですか!?約束ですよっ!」
「分かった、分かった。ホラ、早く食べなさい。もう雨も上がったようだ。」
そう言われて窓の方を見ると、
窓辺の植木の葉に溜まっていた雨のしずくに
同じように窓辺を見遣ったお義父様の笑顔と慈愛の目が映って
きらきらと光りながらぽつんと落ちた。
露草の慈愛