一斤染の自覚
お名前の設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そうね…。先ほども言った通り、私も旦那様も、杏寿郎の妻には澪を…とは願っていますが、もしそうならなかった場合はとても残念だけど、杏寿郎には別の相手を探さねばなりません。」
「…え、…」
瑠火様のにこにこ顔はあっという間にいつもの凛としたお顔に戻ってしまったけど、先ほどと同様、私は瑠火様の言葉のせいで瑠火様の表情を気にしている余裕がなかった。
「杏寿郎は長男です。煉獄の家を繋いでいくため、必要なことです。澪もそれは分かっているでしょう?」
まるで井戸水をかぶったような気がした。
そう…そうだよね、一の兄上様もそうだったし、お友達の雪乃さんのお兄様もそうだった。
私がお断りしたら、杏寿郎兄さまの許婚は私じゃない誰か別の女の子になって、
杏寿郎兄さまと夫婦になるのも私以外の女の人になって…
…私は、私の相手をして下さる以外は鍛錬している杏寿郎兄さましか知らないから
ぼんやりとしか想像できないけど、私が居ても、杏寿郎兄さまのお隣にその…女の人がいらっしゃったら、杏寿郎兄さまは私と遊んでくれない?私と話してくれない?私を見てくれない?
…そんなの嫌。そんなの寂しくて、悲しくて、胸が痛いわ。
「…ごめんなさい、澪。」
気付いたら、瑠火様がそう言いながらまた頭を撫でて下さった。
今度の瑠火様は眉を下げた困ったお顔。何だか今日は瑠火様のいろんなお顔を見た日だったな…
「分かっていることだと思っていたけど、考えたことはなかったのですね。戸惑っている今日この時に言うべきことではありませんでした。ごめんなさい。ほら…もう泣くのはお止しなさい、明日の朝瞼が大変なことになりますよ?」
「…っ、はぃ…っ」
それからずっと、瑠火様は私が泣き止むまで頭を撫でながらお話をして下さって、
私が泣き止んでからも眠るまで傍に付いていて下さった。
重くなってしまった私の目元を心配そうに見つめながら。
************************
それからしばらくの月日が過ぎると、瑠火様は時折その夜のことを思い出して
「あの時は、澪がまだ十だということを忘れていたのですよ」とお謝りになるので
その度に私は、にっこりと笑いながら
「いいえ、私は感謝しています。だって、あの時に気付かずにいたら杏寿郎さんがあまり家にいらっしゃらない寂しさよりもっともっと寂しくて悲しいことを選んでしまうところだったんですもの。」と答えるのだ。
そんなやり取りを繰り返した頃、瑠火様は旦那様には内緒ですよと言いながら、こっそりと私に、どんなに家を不在がちになって寂しくても旦那様が帰る場所は必ず自分の所であってほしいと思ったから結婚したのよと教えて下さった。
それは、私が瑠火様のことを「お義母様」と呼ぶのが自然になったずっとずっと未来の話。
そして、
「澪、おはよう!!」
「っぉ、おはよぅございます…っ」
「?どうした!目が少し腫れている、昨日は眠れなかったのか?」
「ぃえ!だいじょうぶです!!」
「…クスクス」
「っ…////」
「「???」」
ようやく自分の想いに気付いた私が、瑠火様に笑われつつ
何度も不調があるのかと聞いてくる杏寿郎兄さまに対して
何度も何度も、大丈夫、何でもないと答えながら
仄かに頬を染めるのは
槇寿郎様とお父様に「是」とお答えして、杏寿郎兄さまが私の許婚殿になる
四日前の朝の話。
一斤染の自覚