一斤染の自覚
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夜半
いつもならもう眠っている時分だけど、部屋で一人になるとつい昼の話を思い出してしまって、襖を開け放してお月様を見上げている。
あの後、杏寿郎兄さまはいつもと変わらないご様子で、
帰って来たばかりの槇寿郎様に稽古をつけてほしい!とせがんで
すぐさまお二人で道着に着替えられてお庭で鍛錬を始めてしまった。
夕餉を皆で食べる時も、「うまい!うまい!」と言いながら気持ちの良い食べっぷりで…
「今日は寝物語に父上に昨日の任務の話を聞かせてもらうんだ!ではな、澪!君もよく休むんだぞ!」
と心なしかうきうきと槇寿郎様と自室へ向かわれた。
驚くほどいつも通りの杏寿郎兄さまだ。
「…はぁ。(ため息)」
私はまだまだ驚きがおさまっていないのに…いつも通り過ぎる杏寿郎兄さまが少しだけ恨めしい。
もう少し、一緒に戸惑ってくれたっていいのに。
…いつまでも一つのことに思い悩んでいる杏寿郎兄さまなんて想像付かないけど!
五日後…五日後には私も自分の気持ちを槇寿郎様にお答えしなければいけないのよね…
『澪とならばきっと良き夫婦になれるとそう思います!』
杏寿郎兄さまはそう言ってたけど…良き夫婦ってなぁに?
どんな夫婦のことなの?喧嘩をしなければ良き夫婦なのかな?
でもこの前、一の兄上様とお義姉様は喧嘩をなさって三日も口を聞いていなかったのに、
隣の家の奥様は「瀬尾様のところは夫婦仲睦まじくて良いご夫婦ですねぇ」と仰ってたわ。
それに…
昼に感じた“もや”が心の中にずっとたちこめていて、それがずっと晴れない。
『俺も将来は父上のように立派な柱になるんだ!』
杏寿郎兄さまがそう言うのなら、そうなるんだろうな…って思う。
そうなったら、今の槇寿郎様みたいに杏寿郎兄さまはお家にほとんど居なくて。
私が五日後に「是」とお答えしたら、私はいずれ杏寿郎兄さまの妻になって
それで、ずうっと、寂しいって、心の中でそう私は思い続けるのかな…。
「澪、何故障子を開け放しているのです。体が冷えてしまいますよ。さぁ、早く布団に入りなさい。行火を持ってきたので、布団に入れてあげましょう。」
「瑠火様…はい、ごめんなさい…。」
瑠火様に言われるまま、お布団に横になったら
お布団の横に座った瑠火様が布団に行火を入れて下さった。…温かくてホワッとする。
…フワッ
「…昼に旦那様から言われたことを考えていたのですか?」
私の頭を撫でながら、静かに瑠火様が言う。
「…はい。」
「あの話の後からずっとそのように難しい顔をして…。…澪は杏寿郎のことが嫌いなのですか?」
…フルフル
私は首を振って、先ほどまで考えていたことを瑠火様にお話した。
「瑠火様は、槇寿郎様がいらっしゃらなくて、寂しくないのですか?」
「寂しいと思うことはありますよ。でも…旦那様のお役目は、私の思いよりも大事なことです。旦那様の大切なお役目で、使命です。」
「鬼殺のお仕事が大事なことは分かります。けれど…私は…」
瑠火様の目はいつも真っすぐで、やっぱり私は瑠火様のようになれる自信がない。
そんな私は、いつか槇寿郎様のように鬼殺隊の柱になる杏寿郎兄さまと
“良き夫婦”になれる自信もない。
そんなことを思いながら、行火で温まってきた布団の中でしょんぼりしていると
座ってこちらを見下ろしていた瑠火様が「…ふ」と微笑った。
「じゅうぶんですよ、澪。今のあなたがそう考えられること、そのことこそが、私や旦那様が澪と杏寿郎を言ひ名付けようと思った理由です。安心なさい。あなたは杏寿郎の良き妻になれます。」
「?よく、分かりません。」
「今は分からなくて良いのです。いずれあなたにも分かるようになります。」
瑠火様がきっぱりとそう言うと、何だかそんな気がしてくる…だけど、
「でも…五日後にはお返事をしなくちゃいけないのに…。」
「そうですね。…それなら澪、今は“良き夫婦”になれるかどうかなど考えずとも良いです。今は、澪自身の気持ちだけを考えて結論を出しなさい。」
「えっ…私の気持ちですか?」
「先ほど、私が杏寿郎のことが嫌いなのかと尋ねたとき、澪は首を振りましたね?嫌いじゃない、ということは杏寿郎のことを好いている、ということでしょう?」
「そっ…ち、ちがっ、いや、違わないですけど!そんな簡単なお話では…っ!」
「今は、一度簡単に考えてみなさいと言っているのです。杏寿郎のことが好きですか?許婚に、夫婦になりたいと思いますか?」
「そんなこと、分かりませんっ!杏寿郎兄さまのことは好きですけど…千寿郎だって小さいお手てでぎゅうっとしてくれるところが愛らしくて好きだし、槇寿郎様も瑠火様もお優しくて大好きです。お父様、兄上様方、お姉様、お義姉様…みんな好きですもの。」
「そう…澪は好きな人がたくさんいるのね。良いことだわ。」
そう言いながら、瑠火様はにこにことこちらを見ている。
瑠火様のこんな満面の笑顔なんてとても珍しいのでは…っ!?と思うけど、顔が熱くてそれどころではなかった。