露草の慈愛
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露草の慈愛
「あっつい…っ!」
雨の季節だ。
ここ数日、ずっと降り続いた雨は昨夜眠る前には上がっていた。
『明日こそ晴れるやも知れん!!』
そう言って嬉しそうに、久しぶりに姿を見せた月を眺め、杏寿郎さんは目を輝かせながら
いつも以上に早く就寝した。
明くる朝、数日ぶりの走り込みを行うためだろう。
(いえ、きっと今日は空が明ける前に起きて行ったのね…)
今朝、覗いた杏寿郎さんの部屋の隅にきっちり畳まれて置かれていた布団を思い浮かべる。
お家同士での言ひ名付けが正式に成り、私と杏寿郎さんが許婚同士となったのは昨年の冬のこと。
それをきっかけに呼び方は「杏寿郎兄さま」から「杏寿郎さん」に変わり、
瑠火様をお義母様、槇寿郎様をお義父様とお呼びするようになった。
そして、許婚である私が花嫁修業として煉獄家に入ったのは許婚となったばかりの春のことだった。
いくら何でも花嫁修業は早すぎるのでは…と周囲からはたくさん言われたし、
私自身もはじめに煉獄家へ入るように…と言われた時はとても戸惑った。
確かに、私のお母様は私が物心つく前にお亡くなりになっていて、
お祖母様も数年前に他界、姉上様は三年前に嫁ぎ、
一の兄上様の妻であるお義姉様は私と杏寿郎さんの言い名付けが正式になる直前に一の兄上様と共に家から三里ほど離れた場所に居を移されたばかり、
家を継ぐ予定の二の兄上様はまだ他家での奉公修行中で祝言は当分先という…
要は瀬尾家には女手というものがさっぱり無い状態ではあったのだけれど。
そういった状態から、女手のない瀬尾家で過ごすよりは…という名目で私は煉獄家に住むようになった。
けれど…
今ではもう皆が、本当の理由を知っている。
私があまりにも早く煉獄家へと入った、
その本当の理由。
「えぇと…今日は、八百屋さんと…あとは味噌がもう少しで無くなるから三河屋さんにも行かなくちゃ。」
冬の終わりあたりから、お義母様は床につく時間が少しずつ長くなっている。
はじめはお義母様と二人でやっていた家事も、
少しずつ少しずつ、
一人でやることが多くなって。
私が煉獄家で迎える二度目の春を過ぎ、
夏が近付くこの頃は
もう外での買い物にお義母様が一緒にいらっしゃることはない。
「あら、澪ちゃんいらっしゃい!…また茄子買うのかい?一昨日山ほど買っていったじゃないか?」
「一昨日はお義父様がお戻りの日だったからあっという間になくなっちゃったの!味噌炒めがお気に召したと仰っていたから今日も作ろうと思って…」
「そうかい、そうかい。今日は大ぶりの良い茄子が入ったからきっと槇寿郎さんも満足してくれるよ!」
「わぁ、大きい!美味しそう!!」
ご近所の方々も、商店の方々も、
もうこの頃では「小さいのに偉いねぇ。」と言うことはなくなったし、
「おや?…今日は澪ちゃん一人なのかい?」とか
「今日は瑠火さんの加減が良くないのかい…?」とはもう聞かなくなった。
そういうものだ、と。
あぁ、そういうことなのだ…と、
皆が何も言わずとも、
当たり前のことのようにそう思っていることが分かって、
それが、私はいつも、少し哀しい。
「あっつい…っ!」
雨の季節だ。
ここ数日、ずっと降り続いた雨は昨夜眠る前には上がっていた。
『明日こそ晴れるやも知れん!!』
そう言って嬉しそうに、久しぶりに姿を見せた月を眺め、杏寿郎さんは目を輝かせながら
いつも以上に早く就寝した。
明くる朝、数日ぶりの走り込みを行うためだろう。
(いえ、きっと今日は空が明ける前に起きて行ったのね…)
今朝、覗いた杏寿郎さんの部屋の隅にきっちり畳まれて置かれていた布団を思い浮かべる。
お家同士での言ひ名付けが正式に成り、私と杏寿郎さんが許婚同士となったのは昨年の冬のこと。
それをきっかけに呼び方は「杏寿郎兄さま」から「杏寿郎さん」に変わり、
瑠火様をお義母様、槇寿郎様をお義父様とお呼びするようになった。
そして、許婚である私が花嫁修業として煉獄家に入ったのは許婚となったばかりの春のことだった。
いくら何でも花嫁修業は早すぎるのでは…と周囲からはたくさん言われたし、
私自身もはじめに煉獄家へ入るように…と言われた時はとても戸惑った。
確かに、私のお母様は私が物心つく前にお亡くなりになっていて、
お祖母様も数年前に他界、姉上様は三年前に嫁ぎ、
一の兄上様の妻であるお義姉様は私と杏寿郎さんの言い名付けが正式になる直前に一の兄上様と共に家から三里ほど離れた場所に居を移されたばかり、
家を継ぐ予定の二の兄上様はまだ他家での奉公修行中で祝言は当分先という…
要は瀬尾家には女手というものがさっぱり無い状態ではあったのだけれど。
そういった状態から、女手のない瀬尾家で過ごすよりは…という名目で私は煉獄家に住むようになった。
けれど…
今ではもう皆が、本当の理由を知っている。
私があまりにも早く煉獄家へと入った、
その本当の理由。
「えぇと…今日は、八百屋さんと…あとは味噌がもう少しで無くなるから三河屋さんにも行かなくちゃ。」
冬の終わりあたりから、お義母様は床につく時間が少しずつ長くなっている。
はじめはお義母様と二人でやっていた家事も、
少しずつ少しずつ、
一人でやることが多くなって。
私が煉獄家で迎える二度目の春を過ぎ、
夏が近付くこの頃は
もう外での買い物にお義母様が一緒にいらっしゃることはない。
「あら、澪ちゃんいらっしゃい!…また茄子買うのかい?一昨日山ほど買っていったじゃないか?」
「一昨日はお義父様がお戻りの日だったからあっという間になくなっちゃったの!味噌炒めがお気に召したと仰っていたから今日も作ろうと思って…」
「そうかい、そうかい。今日は大ぶりの良い茄子が入ったからきっと槇寿郎さんも満足してくれるよ!」
「わぁ、大きい!美味しそう!!」
ご近所の方々も、商店の方々も、
もうこの頃では「小さいのに偉いねぇ。」と言うことはなくなったし、
「おや?…今日は澪ちゃん一人なのかい?」とか
「今日は瑠火さんの加減が良くないのかい…?」とはもう聞かなくなった。
そういうものだ、と。
あぁ、そういうことなのだ…と、
皆が何も言わずとも、
当たり前のことのようにそう思っていることが分かって、
それが、私はいつも、少し哀しい。