夏虫の蛍火
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夏虫の蛍火
…カタン
「…。…澪?」
「っ、あぁすみません、お義母様。起こしてしまいましたか?」
日暮れ、真っ赤に染まっていた空から宵闇へと変わる頃合い
あらかたの家事を終えて、お義母様のお部屋の障子を閉めようとしたら
その音で目を覚まされたのか
先ほどまで目を閉じて静かに眠っていたはずのお義母様が目を開けて
こちらへ呼びかけている。
そのまま、身じろぎ身体を起こそうとなさっている様子を見て
慌てて背中に手を当てながら介助する。
「お義母様、ご無理なさらずっ…もう陽も落ちました。このまま横になられていては…。」
「ずいぶんと長いこと眠っていたようですから、大丈夫です。…千寿郎は?」
「今、杏寿郎さんと共に湯を使っております。」
「そうですか、杏寿郎の様子はいかがでしたか?」
「っ…。…しばらく、何か考え込む様子でしたが…その後は普段通りに、」
「…そう。」
その時ちょうど遠くから、なにやら千寿郎が話す声と
わははははっ!と楽し気に笑う杏寿郎さんの声が聞こえてきた。
昼間、私が庭で洗濯をしている最中に
横で素振りをしていた杏寿郎さんがお義母様に呼ばれ、
しばらくお二人で何かのお話をされているようだった。
しばらく後に、部屋から出てきた杏寿郎さんの目は酷く赤らんでいて
明らかに涙を流したと分かる様子だったが、
何も言わず、洗い終わった物を干す私から離れた場所で
ただただひたすらに、素振りを繰り返していた。
一心不乱に。
何かを振り払うように。
お義母様のお部屋で昼寝をしていた千寿郎が起きてきて、
皆で夕飯を食べる頃にはいつも通りの笑顔で
甲斐甲斐しく千寿郎の世話を焼き
「さて、風呂だ!」
と千寿郎と二人で薪をくべ湯の準備をして、
そのまま二人で一番風呂に入っている。
お義父様は任務でここ三日ほど家を離れていた。
チリン、チリーン…
と風鈴の鈴の音が響く。
「!すみません、夏とはいえ夜風が入りますから…障子閉めますね。」
「澪。」
「っ…はい。」
改めて障子を閉めようと立ち上がりかけた私を静かに呼び止める声に
居住まいを正してお義母様と目を合わせる。
「貴方にも話しておくべきことがあります。澪。…まだ幼き貴方を早々にこの家へ迎え入れた理由が、分かりますか?」
「…っ。」
見つめる先には、静かだが、強く輝くお義母様の目。
病に伏し、床を離れることも出来なくなって久しいが、
その姿はずっと私が憧れているまま、凛とした美しさを持っている。
「、杏寿郎さんの…将来の妻として、…煉獄家の嫁として、この家をお支えするため、かとっ…」
「…いいえ、そうではありません。貴方が、自分の足でしっかりと立ち、生きていけるようになるためです。」
「それは…」
「澪。煉獄家は代々炎柱を継承する鬼狩りの家系です。杏寿郎も…いずれその任に就く日がくるでしょう。それは…あの子の使命であり責務です。」
「…はい。」
「だからこそ、澪。貴方は、自分自身でしっかりと立ち、生きていかねばなりません。あの子が安心して使命を全うできるよう…あの子に何があっても、倒れぬよう、しかと。」
「はい…っ。」
「杏寿郎にも言いましたが、私はもう…長く生きられません。」
「そんな…っ、お義母様っ…!」
スッと手を伸ばし、お義母様が私の涙を拭う。
「澪、幼き貴方に言うのは酷なことと思います。…ですが、貴方になら出来ます。」
「わた、私はまだ…っまだまだお義母様に…っ」
「不安になることはありません。…もう充分出来ていますよ。」
「そんなことはっ…!」
「杏寿郎には貴方が必要です。…あの子を支える必要などないのです。ただ、隣に居て…互いに地に足を付け、しっかりと顔を上げ、共に前を向いて歩けばよいのです。」
「ぃ、はいっ…分かりました…っ」
「澪。貴方を義娘として迎えることが出来て、幸福でした。」
「…ふ、っく…、わ、私もっ瑠火様をお義母様と…お呼びすることが出来てっ…っく、…し幸せです…っ」
「…ふふ、ありがとう、澪。」
チリンッ…
私の嗚咽を隠すように、風鈴の音が夏の夜に響いた。
それからしばらくして…
お義母様は帰らぬ人となった。
…カタン
「…。…澪?」
「っ、あぁすみません、お義母様。起こしてしまいましたか?」
日暮れ、真っ赤に染まっていた空から宵闇へと変わる頃合い
あらかたの家事を終えて、お義母様のお部屋の障子を閉めようとしたら
その音で目を覚まされたのか
先ほどまで目を閉じて静かに眠っていたはずのお義母様が目を開けて
こちらへ呼びかけている。
そのまま、身じろぎ身体を起こそうとなさっている様子を見て
慌てて背中に手を当てながら介助する。
「お義母様、ご無理なさらずっ…もう陽も落ちました。このまま横になられていては…。」
「ずいぶんと長いこと眠っていたようですから、大丈夫です。…千寿郎は?」
「今、杏寿郎さんと共に湯を使っております。」
「そうですか、杏寿郎の様子はいかがでしたか?」
「っ…。…しばらく、何か考え込む様子でしたが…その後は普段通りに、」
「…そう。」
その時ちょうど遠くから、なにやら千寿郎が話す声と
わははははっ!と楽し気に笑う杏寿郎さんの声が聞こえてきた。
昼間、私が庭で洗濯をしている最中に
横で素振りをしていた杏寿郎さんがお義母様に呼ばれ、
しばらくお二人で何かのお話をされているようだった。
しばらく後に、部屋から出てきた杏寿郎さんの目は酷く赤らんでいて
明らかに涙を流したと分かる様子だったが、
何も言わず、洗い終わった物を干す私から離れた場所で
ただただひたすらに、素振りを繰り返していた。
一心不乱に。
何かを振り払うように。
お義母様のお部屋で昼寝をしていた千寿郎が起きてきて、
皆で夕飯を食べる頃にはいつも通りの笑顔で
甲斐甲斐しく千寿郎の世話を焼き
「さて、風呂だ!」
と千寿郎と二人で薪をくべ湯の準備をして、
そのまま二人で一番風呂に入っている。
お義父様は任務でここ三日ほど家を離れていた。
チリン、チリーン…
と風鈴の鈴の音が響く。
「!すみません、夏とはいえ夜風が入りますから…障子閉めますね。」
「澪。」
「っ…はい。」
改めて障子を閉めようと立ち上がりかけた私を静かに呼び止める声に
居住まいを正してお義母様と目を合わせる。
「貴方にも話しておくべきことがあります。澪。…まだ幼き貴方を早々にこの家へ迎え入れた理由が、分かりますか?」
「…っ。」
見つめる先には、静かだが、強く輝くお義母様の目。
病に伏し、床を離れることも出来なくなって久しいが、
その姿はずっと私が憧れているまま、凛とした美しさを持っている。
「、杏寿郎さんの…将来の妻として、…煉獄家の嫁として、この家をお支えするため、かとっ…」
「…いいえ、そうではありません。貴方が、自分の足でしっかりと立ち、生きていけるようになるためです。」
「それは…」
「澪。煉獄家は代々炎柱を継承する鬼狩りの家系です。杏寿郎も…いずれその任に就く日がくるでしょう。それは…あの子の使命であり責務です。」
「…はい。」
「だからこそ、澪。貴方は、自分自身でしっかりと立ち、生きていかねばなりません。あの子が安心して使命を全うできるよう…あの子に何があっても、倒れぬよう、しかと。」
「はい…っ。」
「杏寿郎にも言いましたが、私はもう…長く生きられません。」
「そんな…っ、お義母様っ…!」
スッと手を伸ばし、お義母様が私の涙を拭う。
「澪、幼き貴方に言うのは酷なことと思います。…ですが、貴方になら出来ます。」
「わた、私はまだ…っまだまだお義母様に…っ」
「不安になることはありません。…もう充分出来ていますよ。」
「そんなことはっ…!」
「杏寿郎には貴方が必要です。…あの子を支える必要などないのです。ただ、隣に居て…互いに地に足を付け、しっかりと顔を上げ、共に前を向いて歩けばよいのです。」
「ぃ、はいっ…分かりました…っ」
「澪。貴方を義娘として迎えることが出来て、幸福でした。」
「…ふ、っく…、わ、私もっ瑠火様をお義母様と…お呼びすることが出来てっ…っく、…し幸せです…っ」
「…ふふ、ありがとう、澪。」
チリンッ…
私の嗚咽を隠すように、風鈴の音が夏の夜に響いた。
それからしばらくして…
お義母様は帰らぬ人となった。