最初は優しい人だと思った。
でも、付き合っていくうちにそれがまやかしだったのだと気付いた。

同棲を始めると、彼は私に暴力を振るうようになったのだ。

よくある話だ。

でもまさか、自分がそんな男を引き当てるとは思ってもいなかった。
当時よく言われたのが「お前なんかが1人で生きていけるわけない」という言葉。

いつしか私もそう思うようになった。
私は1人じゃ生きられない。だから彼といなきゃ。
そんな風に思い始めて、ふと気づいたら、友達もみんな離れていった。

ある日ふと思った。

私はこのまま一生この人の顔色を伺って生きるのか、と。

その時感じたのは、とてつもない嫌悪感。
まるで夢から目が覚めたようだった。

それから仕事の量を増やして、お金を貯め、何とか夜逃げをして彼の元から去った。

それが6年前。
もうずっと、あんな奴のこと忘れていた。

それなのに、どうして急に。
きっと私をどこかで見かけて、私の知らない間に家までつけていたのだろう。
今日だけの思いつきであれだけ周到にインターホンを鳴らせるはずもない。

ジンベエがいなかったらどうなっていたことか。
きっとまた何度も殴られていたのだろう。
その可能性を考えてゾッとする。

私はジンベエに話をしながら、涙を止めることができないでいた。
それくらい、アイツとの日々は私の心に大きな傷となって残っている。


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「ずっと忘れてたのに……！　ようやく忘れられたのに……！　また思い出すハメになった……！」

ズビズビと鼻水を流しながら、私は自分の肩を抱く。
どこからともなく不安が襲って来る。
次々とやって来るその不安が私を押しつぶそうとしているかのようだ。

ジンベエは険しい顔で私の話を聞きながら、背中をさすってくれていた。
ずっと黙って聞いていた彼が、ふと口を開く。

「お前さん。奴のことを忘れとったという割に、えらく仕事に熱中しとるな。好きでやっとるならいい。だがもしや、まだ奴に言われた言葉を気にしとるんじゃないのかのう？」

その言葉に私はしばし考える。

「………そうなのかな。ほとんど無意識だった。でも、そうなのかも。」

ジンベエは私の肩に手を置き、私を彼の方へと向かせた。
そうして至極真剣な、真っ直ぐな目で私に言う。

「いいか、忘れるな。お前さんは、もう自由の身じゃ。好きなように生きれば良い。」

もしかしたら私は、こんな言葉を言ってくれる人を待っていたのかもしれない。
その言葉に、私の胸に何かが込み上げる。
再び涙がこぼれ落ちた。

「……！……う"ん"……っ！」

長年続いてきた呪縛から、ようやく解き放たれた気がした。
急にジンベエが輝いて見える。
ジンベエだけじゃない。
この部屋も、世界も。
まるで色を取り戻したかのように、キラキラとして見える。

「ありがとう…！　ジンベエ…！」

この人は私の恩人だ。
私の人生を救ってくれた人だ。
私は泣きながら笑う。
きっとブサイクだろう。

でもジンベエはそんな私を見ながら優しく微笑む。

「気にせんでいい。」

この日から、ジンベエは私にとっての特別になる。