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二年目の春・5

「よし、ちょっと休憩にするか。 大きく息を吸って吐いて呼吸を落ち着かせて。」

そのまま何度かまき絵に演技をさせては一言二言アドバイスするが、やはり技術的なアドバイスは皆無である。

魅せること演じることを意識するように仕向けながらの練習はまき絵自身始めてだが、頭で考えるより身体で覚えるタイプのまき絵に合わせて基本的にはシンプルなというか抽象的なアドバイスばかりだった。


「誰かは知らんがあの人上手いな。 一人だけ別格だぞ。」

手法としては誉めて伸ばす指導法でまき絵の精神面の幅を広げるようにアドバイスしていた横島であるが、まき絵の休憩を兼ねて指導の参考になるかと周囲を見渡すと一人の選手を見つけてその動きの良さに感心していた。

新体操の技がどうとかいうのではなく全体の動きや体の動かし方が他の人とは別格だったのだ。


「マスター、美鈴先輩知らないの? 次のオリンピックの候補なんだよ。」

「ああ、どうりで。 だけど足痛めてるなら休んだ方がいいと思うが。」

誰だろうなと眺めて呟いた横島にまき絵が少し驚いた表情で横島が見ている相手の名前を教えてくれるが、新体操の世界ではかなり有名な選手で麻帆良でもそれなりに有名らしい。


「お前、今なんて言った?」

「へ? いや足を痛めてるなら休んだ方がいいって。」

凄い選手が見られて嬉しそうなまき絵を横目に横島は何気なく美鈴が隠している足の痛みを見抜いて呟いてしまうと、横島達の近くで練習を見ていた中年男性が顔色を変えて横島を睨む。


「あいつ、またやったのか!?」

だが中年男性は横島の呟きを確認すると一目散に美鈴の元に走って行き、そのまま美鈴を会場から引っ張って連れ出してしまう。


「あのおっさんは誰なんだ?」

「さあ、私もあの人は……。」

「麻帆良大の新体操部の山部監督よ。」

なんで自分達が睨まれたのかと不思議そうにしていた横島とまき絵であるが、その疑問に答えたのはこれまた見知らぬ三十後半くらいの女性だった。


「えーと、どちら様で?」

「私は陣内絵理子。 新体操部のコーチをしてるわ。 怪我とかされたら困るから見てたんだけど……。」

不味いことを言ったのかと少し苦笑いを浮かべる横島を目の前の女性は興味深げに見つめていたが、どうやらさっきの中年男性は新体操部の監督で女性はコーチらしい。

刀子よりもキツそうな見た目の女性は若干横島達を迷惑だと考えていたのが明らかなようだったのだが、困惑した表情を見せたのは横島が監督やコーチも見抜けなかった些細な足の痛みを遠目から一瞬で見抜いたからだろう。


「貴女は中等部の子よね。 確か二ノ宮のとこの。 でも貴方は何者なの? 私も監督も毎日あの子を見てるのよ。」

「俺はマホラカフェって喫茶店やってる横島です。」

「喫茶店? なんで喫茶店のマスターが新体操教えてるの?」

「いや~、成り行きで。」

陣内という女性は横島を若干胡散臭げに見ていて何者なのだと根掘り葉掘り聞き始めるが、横島としてはなんで責められるんだとの疑問しかない。

その微妙な雰囲気に大人しく見学していた木乃香達も近寄って来るが夕映やのどかも知らない人らしく今のところ口を挟む余地はない。


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