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二年目の春・3

同じ頃明日菜は夢を見ていた。

まだ高畑と一緒に住んでいた頃の夢を。


「タカミチ、ごはんがへん。」

「ごめんね。 なんか失敗しちゃったみたいで。 電化製品って難しいね。」

麻帆良学園の教職員宿舎の高畑の部屋はあまり生活感がなく殺風景で、高畑が明日菜の為にと買い揃えた真新しい家具や学習机が印象的な部屋だ。

キッチンでは日本語の辞書と料理本や電化製品の説明書を片手に四苦八苦しながら料理を作る高畑の姿がある。

過去の記憶がない明日菜にとって一番古い記憶はそんな若き日の高畑の姿だった。


「お腹空いた? もうちょっと待っててくれるかい? もう一度ご飯を炊くから。」

「これでいい。」

おかずの大半はスーパーの惣菜だがご飯と味噌汁にサラダくらいは作ろうと張り切る高畑であるが、残念ながら出来上がったご飯はお粥に見えるほど柔らかくゆるい。

一応説明書通りに炊いたはずなのに何故だろうと頭を抱える高畑だが、流石にそんなご飯を食べろとも言えずに作り直すと言うが幼い明日菜は表情を変えずにお粥のようなご飯を茶碗に盛り食べると言い出す。

あのご飯はお世辞にも美味しいとは言えなかったが楽しかったなと明日菜は夢の中とは気付かずに漠然と思う。


「誕生日おめでとう。 アスナちゃん。」

「誕生日。 誰の?」

「アスナちゃんのだよ。 本当はご馳走も作りたかったんだけどね。」

「タカミチじゃ無理。」

ああ懐かしいとの想いが胸に広がる中、今度は丸くて大きなケーキを前に誕生日を祝ってくれた日の様子に変わる。

慣れない仕事が忙しく疲れた様子の高畑が二人では食べきれないサイズのケーキを買って来て、高畑でも作れる料理ということでちょっといい肉での焼肉が明日菜の麻帆良での初めての誕生日の料理だった。

夢の中の自分の冷たい口調に明日菜はそう言えばなんで自分はあんな態度を取ったのだろうと、不思議に思いつつも高畑への申し訳なさが込み上げてくる。


「タカミチ、火ぃくれねえか。」

そのまま胸の中にざわめくような申し訳なさが広がる明日菜だが、ふと気付くと目の前で胸から血を流して座り込む中年男性が居た。

この人って確か高畑先生のと明日菜は目の前の人物を知っていたが、何故今にも死にそうなほど血を流しているのか理解出来ない。


「幸せになりな。 嬢ちゃん。 あんたにはその権利がある。」

ああ、私はこの人を知っていると明日菜は直感的に感じ何かを思い出しそうになる。

忘れてはいけない人。

そんな想いが胸に込み上げてくるが……。


「あれ、横島さん?」

またまた場面が変わると何故か何もない真っ白な空間で横島がちゃぶ台を前にしてお茶を飲んでいた。


「まだ早いんだよな。」

「えっ?」

「今は忘れてくれ。 明日菜ちゃんの為に世界を敵に回した大馬鹿野郎たちの努力を無駄にしないためにもな。」

「ちょっと、横島さん? 何のこと!?」

何か大切なことを思い出しそうなのにあと少しなのにという想いが胸の中に広がる明日菜であるが、横島はいつの間にか明日菜の頭を撫でるように手を置くと意味が分からないことを囁くと急に意識が遠くなる。



「あすなちゃん、ごはんだよ。」

「……タマちゃん? 私今なんか……。」

気が付くと明日菜はすでに暗くなった部屋のベッドで目を覚ましていた。

実は明日菜は午後はバイトでなかったので夕方から少し昼寝をしようと店の二階の明日菜が泊まりに来た時に使っていた客間で寝ていたのだ。

すでに時間は夕食の頃でありタマモは明日菜の誕生日のお祝いの準備を終えて呼びに来たのだが、明日菜は何かいろいろ夢を見ていたことは漠然と理解していたが残念ながら内容は全く思い出せない。

思い出したいような気がする明日菜だが、思い出せないものは仕方ないのでタマモと共に夕食を食べる一階に降りていくことになる。


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