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平和な日常~秋~3

「少し早いっすけど向こうは盛り上がってますし、次で最後にしましょっか」

晩秋の夕日が西の空に傾く頃、フロアから聞こえる楽しげな声に横島は次で最後にしようと告げる。

この一ヶ月余りで学んだことを再確認するように一日料理を作り続けていた伸二は、その言葉に最後に作る料理を自ら決めるとさっそく調理に取り掛かった。


「実は最後に作る料理だけは決めてたんです」

練習用の食材も残り少なく作れる料理に限りがあるが、どうやら伸二は最後に作る料理を決めていたらしく一言告げると真剣な面持ちで調理を始める。

熱く熱した中華鍋で作るその料理は、伸二が横島の店に来て初めて作った料理だった。

初心に帰るというほど進んだ訳ではないが、伸二にとってあの日の炒飯は一つの原点である。

最後はそれを作ってどこまで自分が変わったか、見てみたいのかもしれない。


「……やっぱり、敵いませんでしたね」

最後に作った炒飯は最初に作った物とは全くの別物だった。

調理手順も手際も全て問題なく大きなミスはない。

それは一ヶ月の成長の証としては十分過ぎる成果だったが、伸二はこの一品くらいは横島や木乃香に近付き、越したいとすら思っていた。

だがそれは伸二が食べてもわかるほどの違いがまだある。

ご飯の炒め方も火の通し方も味の付け方も届いてない。

少し悔しそうにしながらも何処かホッとした伸二の表情は、この先の可能性を横島に感じさせるモノだった。


「仮免は合格ってとこっすね。 正直よく頑張ったと思いますよ」

そんな伸二に対して横島は、仮免という言葉を使いつつも合格だと告げて称賛する。

横島自身かつての自分ならば、多分伸二ほどできなかっただろうなと思うと素直に伸二を尊敬していた。

加えてこれは絶対に言えないことだが、他人の経験や技術で優位に立つ自分に少し後ろめたさを感じていることもある。


「本当になんてお礼を言ったらいいのか……」

「それは向こうに居るみんなに言って下さい。 みんな心配してくれたんっすから」

そのまま全てやり終えた伸二は緊張感から解放されたからか、少し涙ぐみ出したが横島はそんな伸二を半ば無理矢理フロアに送り出す。

するとフロアからは先程よりも大きな声で本日何回目かも分からない乾杯の声が聞こえるが、横島はそんな声に一人でホッと一息をつく。


「マスター、終わったんでしょ!?」

「もう仕事なんていいからあっちでみんなで騒ごうよ!!」

しかし横島もまたゆっくり休むような暇もなく、フロアから来た少女達に引っ張られて騒ぎの中に連れ出されてしまう。


「おっしゃ、そんじゃとっておきの宴会芸を披露してやろう」

少女達に引っ張られた横島がフロアに行くと、伸二は少女達に囲まれすっかり涙ぐんでいる。

年端も行かぬ少女に慰められる大人の姿は珍しいが、やはり慰める側にはタマモも混じっていた。

木乃香達は飲み物なんかは有料だからと注意しながらも仕事をしており、横島は騒ぐ少女達に更なる燃料を焼べるように宴会芸と称して騒ぎに加わっていく。

結局この日は最早喫茶店の営業にならなかったが、これもまた横島の店ではよくあることだった。


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