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平和な日常~冬~2

次の日になると店には朝から一夜限りの麻帆良亭復活に関する問い合わせが何件か来ていた。

やはり情報を今日になって知った人もかなり居たらしく情報が事実だと知ると本当に残念がる人達ばかりであり、またやる可能性があるのかと聞かれることも多い。

横島としては昨日は客として店を訪れた坂本夫妻の好意による一夜限りの復活なので、今後は分からないと答えるしか出来ないが。


「次はきちんと予告してやるべきだな」

結局は夕方まで問い合わせはぽつぽつと続くことになったが、横島は自分が思ってた以上に麻帆良亭の味を求める人の多さには流石に驚いている。


「昨日奥さんに少し話を聞いたのですが、経営は最後まで上手く行っていたそうですよ。 夫婦二人でやる分には十分な収入はあったと言ってたです」

昨日と打って変わってこの日はいつもと同じ女子中高生の客で賑わう店だったが、横島も木乃香達もなんとなく昨日の客の笑顔が忘れられなかった。

夕映や明日菜は昨日ずっとフロアで坂本夫妻の妻と一緒だったので、妻や元常連からいろいろ昔の話を聞いたらしく昨日聞いてない横島や木乃香達に話して聞かせるが、店を辞めた理由はやはり経済的な問題ではないと妻が断言したらしい。


「そもそも麻帆良亭は明治時代の初代店主が、当時あまりに洋食を食べたことのない学生達が多いことを憂いて店を始めたとのことです。 それが時代が変わり世の中に洋食が当たり前のように広まり学生達が麻帆良亭を必要とする時代が終わったのならば、店を閉める時なのだろうと決断したと言ってました」

夕映が淡々と語る麻帆良亭を閉めた理由に、木乃香やのどかは複雑そうな表情で聞いている。

それは坂本夫妻が考えに考え抜いた結論なのだろうが、どこか言葉に出来ない寂しさを感じるし端から見ると麻帆良亭がもう必要ないとはとても思えないのだ。

昨日だって多くの人達が寒い冬の夜に並んでまで麻帆良亭の味を求めたのだから。


「引き際ってのは難しいからな。 惜しまれつつ引くか、灰になるまで燃え尽きてから引くか。 どっちが正しいかは俺には全く分からんけど」

坂本夫妻の決断を真剣に考える夕映も明日菜ものどかも木乃香も、みんな本当に成長したなとタマモを抱き抱えている横島は改めて感じていた。

だが流石に今回の引き際を理解するにはみんなまだ若すぎると思う。

実際のところ二十歳前に人間では無くなり老化もしてない横島にとっても、坂本夫妻の引き際に関する気持ちを理解できるとは言い難い訳だし。


「坂本さん達は決断を後悔はしてなくとも、まだやりたいとの想いは心のどこかにあったのでしょうね」

そんな坂本夫妻の引き際については全く分からないと語る横島だが、夕映は本当のところ横島は坂本夫妻の心情をある程度は理解してるのではと疑っていた。

実際に坂本夫妻の心に秘められた想いにいち早く気付いていたからこそ、横島は一夜限りの復活を持ち出したし最後にはまたいつか復活させるとの言葉を引き出したのだろうと思うのだ。

まあ横島が最初に坂本夫妻を気にした理由は自分が麻帆良亭の味を食べたかっただけなのだろうが、後半は坂本夫妻のことを思っての行動にも思える。

欲求に忠実な割にはお人よしなのだなと夕映はシミジミと感じていた。



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