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平和な日常~冬~2

結局この日最後の客が店を出たのは、十一時半を過ぎた頃だった。

店に残っているのは横島と木乃香達と坂本夫妻と刀子・鶴子・新堂の三名である。

一夜限りの夢の時間が終わった店内は先程までの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。


「いや~、こんなに遅くまで混むとは思いませんでしたよ」

夕映とのどかは即座に本日の売り上げの集計と夕方以降の売り上げを算出すべくレジ閉め作業に入ったが、横島は少し失敗したなと相変わらず笑ってるだけである。


「葛葉先生も鶴子さんも新堂先輩も、本当にありがとうございます」

「いいのよ、私はいい勉強になったから。 麻帆良亭はね、麻帆良の食の歴史そのものなのよ。 明治期に入って来た洋食と麻帆良の人達が向き合って来た歴史が詰まってるの。 そんな歴史の一端に触れることが出来て光栄だわ」

そして木乃香は刀子・鶴子・新堂の三名を突然巻き込んだことを詫びてお礼を言っていたが、楽しかったから気にしなくていいと言う刀子と鶴子と対称的に新堂は感慨深げに店内を見つめて感想を語っていた。

今でこそ日本の洋食は日本人の味として全国の家庭に広がっているが、元々は横浜や銀座などと並び麻帆良が数少ない発祥地だと言っても過言ではない。

麻帆良亭はそんな歴史そのものであった。


「去年の暮かしらね、麻帆良亭が閉店するって噂が広まって結構な騒ぎになったのよ。 原因に資金難だとの噂が出回ったおかげで寄付金を集めだした学生もいたわ。 最終的に坂本さんの判断を尊重しようと収まったけど、後継者に名乗りをあげた学生も居たしね」

新堂はそのまま麻帆良亭閉店に纏わる学生側の話を教えてくれるが、行動力がある麻帆良生達が僅かな期間で数百万単位の寄付金を集め麻帆良亭に持参した時は、流石の坂本夫妻が目を丸くして驚いたなんて話もある。

坂本夫妻の弟子は元より何人かの料理人志望の学生が後継者になりたいと弟子入り志願した話も結構有名らしい。


「凄い話っすね」

いつの間にか横島達などフロアに居た者達は新堂が語る閉店当時の話に聴き入ってしまい驚きを隠せない様子だったが、そんな話をしていると厨房から坂本夫妻が料理を持って現れた。

実は坂本夫妻は先程から最後まで残り手伝ってくれた木乃香達や刀子達の為にと料理を作っていたのだ。

ハンバーグやフライなど、それは本当に昔懐かしい日本らしい洋食である。

特に横島達と坂本夫妻は夕食もまだだっただけに空腹であり、麻帆良亭の洋食の数々を頬張っていく。

フライのサクッとした歯ざわりや肉汁滴るハンバーグの味わいなど、それらの料理は横島の作る料理ともまた一味違った味わいがあった。


「わたしもたべたい!」

そんな一同が食事を始めてしばらくした頃、パジャマ姿に上着を羽織ったタマモがさよと共に二階から降りてくる。

先程は一端眠くなっていたようだが、寝れなかったらしく起きていたようだ。


「お嬢ちゃんも一生懸命手伝ってくれたもんね」

さよとタマモが空いていた席に座ると坂本夫妻の妻がタマモとさよにも料理を取り分けてあげて、二人は嬉しそうに食べ始める。

実のところタマモとさよはハルナと千鶴達が帰る際にご飯を食べて行ってと言われて一足先に麻帆良亭の料理を食べているのだが、タマモはどうやら店の営業が終わったのを感じたらしく降りて来てしまったようだ。


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