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平和な日常~冬~2

そこからの流れは早かった。

横島が急遽坂本夫妻の妻を連れて仕入れに出かけると、普段は使わない横島のコック服を借りた夫は木乃香と共に厨房に入る。

つい先程まではお客さんだった夫はコック服に着替えると、その表情は更に真剣味を増していた。


「貴方は不思議な人だわ。 夫は店を閉店して以降一度も包丁を握ったことはないし、二度とお客さんに料理を振る舞うことはしないって言ってたのよ」

真冬の寒い日にオープンカーで仕入れに行く横島に妻は目を見開いて驚くが、ふと思い出したかのように閉店する頃の話を始める。

時代の移り変わりは夫妻にとって驚くほど早く、歴史と伝統と未来の狭間で夫妻は散々悩んだのだから。


「私達には勿体ないような話もたくさんあったのよ。 店の改築費用を無条件で出してくれるとまで言ってくれた人も居たし、跡を継ぎたいって本気で言ってくれた弟子も居たわ」

冷たい冬の風を感じながら車が信号で止まるたびに淡々と語る妻の表情は少し懐かしそうな様子だった。

悩み苦しんだ過去を全て思い出に出来た今だからこそ、人に話せるのかもしれない。



「君達だけで店番するのか?」

一方店に残った夫の方は店主である横島が中学生の少女達に店を任せて仕入れに行ってしまったことに驚き唖然としていた。

仮にコンビニやファーストフードのようなマニュアルで誰でも出来る店ならば学生だけで営業を続けても不思議ではないが、喫茶店は流石に難しいだろうと思うのだ。

もし居ない間にお客さんが来たらどうするのだろうかと考えるのは当然だろう。

正直ここだけで判断すると横島が料理の腕前はあっても料理自体をナメてるとしか思えないが、この店はすでに他人の店だと思うと余計なことは言うべきではないと心に決める。


「木乃香、オムライス二人前お願い!」

「了解や」

そんな戸惑う夫にのどかは気付くが流石にどうやって説明していいか分からず困っていると、運がいいのか悪いのか料理の注文が入った。

夫が手伝うへきか悩む中、木乃香とのどかは二人で作業を分担しながら注文のオムライス作りを始める。


(作れる訳がない)

木乃香とのどかの包丁捌きは想像以上でありそこらのプロよりも断絶上手く夫は目を見開いて驚くが、それでも先程横島が作った物と同じ味は作れないだろうと確信する。


「なっ……」

しかし不安げに見守る夫が驚きのあまりとうとう声を上げたのは、木乃香が卵でオムライスの仕上げのオムレツを作り始めた頃だった。

仕上げである卵の工程はのどかはまだ未熟なので木乃香が一人で行っていたが、それは幼さの残る面影からは信じられないほど絶妙なタイミングで調理していく。


「いっちょ上がりや」

結局最後まで楽しそうに料理をする木乃香とのどかを、夫は立ち尽くすように見つめていた。

この光景の意味を理解出来ないほど彼は愚かではないし、信じられないが二人のうち取り分け木乃香の実力は中学生の枠を完全に逸脱している。

決して横島が料理をナメていた訳でもいい加減な訳でもなかった。

多少手際の悪さや未熟さはあるにはあったが、木乃香は十分横島の代わりを勤めたのだから。

それは夫にとって横島以上の衝撃だったかもしれない。

プロの難しさも厳しさも知らないような少女が、並のプロ以上の料理の腕前があるのだから驚かないはずがなかった。


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