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平和な日常~冬~

横島はある物をそのまま使ったと告げたが、そもそも同じ物を使ったからと言って雰囲気まで同じになるほど飲食店は簡単ではない。

まるで昔の光景を知っているかのような、そんな印象がある。


「いや~、まさか坂本さんが来るとは思わなかったよ」

常連の老人は坂本夫妻が来たことが本当に驚きらしく興奮気味であった。

坂本夫妻も口に出した訳ではないが二度とここに来る気はなかったし、恐らくあの柿の贈り物がなければ来ることはなかっただろう。


「ここが変わる姿は見たくなかったからな。 俺達にとってここは故郷そのものなんだよ」

この言葉を他人に言えるとは思わなかったなと夫はシミジミと感じる。

怖かったのだ、自分達の故郷が思い出が壊され消えていくことが。


「ここにお客さんとして来られるなんて……」

先程からハンカチで目頭を抑えていた妻は、慣れ親しんだ店に客として来られる幸せを噛み締めている。

諦めたはずだった自分達の思いがいつの間にか継承されていることに、これ以上ないほどの幸せを感じてしまう。


「昔の常連も時々来てるよ。 みんなあんた達に会いたがってた」

常連の老人は横島が開店当初から訪れている最古参の常連であり、彼は夫妻が麻帆良を去って横島が来た頃の話などをゆっくりと語っていく。

いつの間にか常連の老人の隣にはタマモが座っていて、三人の話をニコニコと聞いている。

まるでお人形さんか外国映画の子役のような可愛らしいタマモの幸せそうな姿に、夫妻はこの店が上手くいっているのだとシミジミと感じた。



「久しぶり、坂本さん」

「来てると聞いて飛んで来たよ」

そして時間がお昼になる頃には、噂を聞き付けた元常連や友人達が店に集まり出していた。

そんな大袈裟なと夫は少し困ったように笑うが、昔を懐かしみまた麻帆良亭の味が食べたいと語る者は少なくない。

ちょうどお昼時とあって店は平日の昼間としては久しぶりに混雑をし始め、横島とタマモは慌ただしく働いていく。


「うわっ、また横島さんなんかしたの!?」

お昼の混雑がどんどん増す中、この日は運よく午前授業だった木乃香達が店にやってくる。

彼女達は妙に年配者が多い店内と忙しく働く横島とタマモを見た明日菜は、また横島が何か始めたのかと真っ先に疑ってしまう。


「とりあえず手伝いましょうか」

半ば呆れた表情で横島を見つめる明日菜や夕映だったが、夕映は言い訳は後で聞こうと告げると彼女達はすぐに店の手伝いを始めた。

どこか同窓会のような雰囲気の店内に木乃香達は少し不思議そうであるが、一方の坂本夫妻もまた自分達に会い集まってくれる人々の多さや店に入るなり手伝いを始めた木乃香達を驚きつつ見つめていた。


「あのマスター、料理も美味いんだよ。 まあ坂本さんほどじゃないけどな」

店内の客の半数近くは坂本夫妻に会い来た人々になっていたが、夫妻はどんどん混雑していく店に流石に驚きを隠せない。

喫茶店だと聞いていたし繁盛してるとは聞いてはいたが、正直喫茶店にしては広い店内が満席近くにまでなるとは思わなかった。

まあ半数近くは坂本夫妻に会いに来た人達だが、常連の老人いわく夕方や休日は結構混む日もあるらしいと聞くと更に驚くしかない。



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